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主役達の物語の裏側で 前日譚

一人の近衛兵が見た不遇な騎士の物語と、その騎士も知らない裏側の物語


前回のお話に詳細を足してヤンデレ成分を増量しアータシュに不憫要素を加えた話が今回の前日譚です。


大事なことなのでもう一度、ヤンデレ成分が増量してあります!!

厳かな謁見の間はその日、修羅場と化した。婚約者を裏切った浮気の果て、間男を夫にすると王女が国王陛下の御前で宣誓した。


もしも、これが王国の中枢である王宮などではなく。役者も何処にでも居るような男女達であったならば。もしかしたら話は少し変わっていたのかもしれないと。

謁見の間の入り口で傍観する近衛兵の一人であるドミニクは益体もなく考えていた。


謁見の間に響き渡る腹に来る打撃音を聞きながら。小さく喝采を上げる同僚に。ドミニクはまだ耐えろと自身もひくつく頬を誤魔化しながら囁く。


打撃音の主は国王陛下の御前で事実上の婚約破棄を告げられた王女の婚約者で。その婚約者に殴られた間男は床に倒れ。ああ、歯が碎けたみたいだなとドミニクは心中で口笛を吹く。


銀の御髪を翻し、怒りに爛々と輝く翡翠の瞳を細め。先程振り抜いた拳を彼の婚約者殿は無駄の無い仕草で引き戻して。自身が殴り付けた青年にくるりと背を向ける。


そして褐色の精悍な顔を笑みの形に歪め、王女の婚約者殿アータシュ・イェク・マフシード将軍は。国王陛下に爵位と将軍位の返上を告げ、王女との婚約破棄を飲むと衆目の前で言い切った。



「マフシード将軍、どうか御武運を!!」


言うことは言ったと。颯爽と謁見の間を駆け去るマフシード将軍は。去り際に入り口で警備のため待機していたドミニクたち近衛兵に小さくこれから苦労を掛けると謝罪した。


将軍が去った謁見の間では。この日のために集められた貴族の諸公や淑女が国王陛下の御前であることも忘れ騒々しく囁く。


(よりにもよって、今日に婚約破棄をぶつけてくるとは相変わらず王女様の思考は常人には分からない作りであられるな!!)


冑の向こうで白目を向く同僚に。今更だろうとドミニクは彼の脛を容赦なく蹴った。


(けれど、確かに今日という日に婚約破棄を仕出かしたのかとは僕も思うけれどね。)


騒々しい謁見の間の中心でマフシード将軍に殴られた青年は。喚くように治癒の御子に対する態度がこれかと叫ぶ。

叫べるということは。マフシード将軍はかなり手加減なされたのだなと軍属のドミニクは嘆息する。手加減しなければ今頃治癒の御子と自称する彼は顎が砕けていたであろうからと。



さて、まだまだ謁見の間の喧騒は収まりそうにないから。詳しい話をそろそろしよう。


ドミニクたちが住まうアルゼンタム王国は十年に一度の割合で深刻な疫病が流行り。国民を酷く苦しめてきた。

この疫病を封じる力を持つとされているのがマフシード将軍に殴り飛ばされた治癒の御子と呼ばれる存在。


治癒の御子は神殿で選別の儀式を受けて選ばれる存在で。御子に選ばれた時点で王家預かりの身となる。


王家預かりとなった御子は疫病封じの旅に出るまでの間に。御子としての心得であったり、疫病に対する専門知識を習得して貰うのが慣例だ。


そして御子として然るべき知識を身に付けると。疫病に苦しむアルゼンタムの地域に旅をしながら回り。疫病を封じることが定められていた。


そして同僚が、何故今日なのかと困惑したのかというと。この日は無事に疫病が終息したことを祝う祝賀会が開かれる日であり。


疫病封じの旅に同行していた王女と。その婚約者であるマフシード将軍の婚約を正式発表する日であったからだ。

しかし、聖なる存在である御子がマフシード将軍という婚約者が居た王女を言い方は悪いが寝とり。


あまつさえ王女はそれを良しとし。婚約者だったマフシード将軍に婚約破棄を突き付けた上に。間男である御子との未来を祝福するように告げたことで祝賀会モードの謁見の間は見事に凍りついた。



更には凍りついた謁見の間で。誰よりも早く立ち直った王女の婚約者であるマフシード将軍が王女を奪った間男の御子を殴ったことで。凍りついた広間はより冷え冷えとしたものに変わって。


「おい、アンタ笑ってないで王女なんだから俺を殴った男を捕まえるよう命令しろよ!!」


倒れた御子に寄り添っていた王女に彼が憤懣を顕に怒鳴った。だがそれに返ってきたのは。御子を路端の石を見るような王女の感情の籠らぬ視線。そして歪で暗くて淀んだ笑みだった。


「ありがとうございます、治癒の御子様!」


お陰様でアータシュ様が掲げる王家の忠誠を削ぐことが出来ましたわと弾むような声音で王女は笑い出した。


「これであなた様の役目は終わり。」


「アンタそれは一体どういう意味だ。そんな台詞、ゲームにはなかったじゃないか。」


あんなに、俺を愛していると言っていたのにと叫ぶ御子に。可笑しそうに王女は笑みを浮かべ。私があなた様を愛していると本当に思っていたのですかと愛らしく首を傾げた。


「ずっと、ずっとみたかったのです。あの方が悲痛に顔を歪める姿を。あなた様のお陰でようやくみれましたわ!」


絶句する御子に対して。それに爵位を返上したアータシュ様はこれでもう私には逆らえません。良いこと尽くめですわと笑う王女に沈黙を守っていた国王陛下が何ということをしてくれたのだと激昂し、玉座から立ち上がる。


「マフシード家は長きに渡り。王国の繁栄に尽力し。戦場での武勲を持って王家を守護してきた存在だ。マフシードあればこその安寧だった!」


そんなマフシードが爵位を返上したということは我ら王家は敵対諸国に対して無防備となったも同然なのだ!!


「しかしマフシードの代わりなど幾らでもいましょう!!」


そう叫んだ何処かの貴族に国王は目尻を吊り上げて。アータシュのように王家から与えられる勲章という勲章を全て網羅してから異を唱えよと叫んだ。


国王陛下は息を詰まらせた貴族に一瞥も与えず。祝賀会の中止と王女に暫しの謹慎処分を言いつけた。




「「よっしゃあッ!!将軍閣下の婚約破棄万歳!!」」


謁見の間を辞する貴族に合わせ。持ち場を離れ。ドミニク達は空になった将軍の執務室に赴き。誰もいないことを確認して婚約破棄により“マフシード将軍の命が守られた”ことに歓声を上げた。



歴代に渡り王家に忠誠を捧げることを誇りとしていたアータシュは。今回の婚約破棄により一族の忠誠を王家が蔑ろにしたことに酷く怒り傷ついたはずだ。


(だが結果的にそれがマフシード将軍の命を守ることになったことを、僕等は知っている。)



ドミニクは将軍の身の安全が一先ず保証された喜びに沸く同僚を見ながらも、アータシュ・イェク・マフシードという人のことに思いを馳せた。


アータシュと初めて会ったのは、ドミニクが騎士団から近衛兵に配置換えされた日のことであった。

近衛兵は王家の身辺警護に駆り出されることが多いことから。騎士団の中でも一握り程の先鋭が選ばれる。


そしてドミニクたち近衛兵の直属の上司は王家を除く軍事の最高責任者である将軍。

平民である自分がまさか近衛兵に選ばれるとは思わず、ドミニクは辞令に驚いてもいた。


ましてやドミニクの上司となるアータシュはマフシードの血を引く人間。平民の間ではマフシード家と言えば憧れの存在だ。


マフシード家の初代である傭兵であったアータシュの曾祖父は。二人の王子の間で起きた王位継承権を巡る争いで現在の王家の血筋である第二王子に見出だされた。


すると劣勢であった彼の方を勝利まで瞬く間に導き。その功績から辺境伯に任じられると。それ以降変わらぬ忠誠を代々王家に捧げることを誓ったとされている。


曾祖父から始まり、マフシード家は戦の度に武勲を挙げ続け。アルゼンタムの繁栄を陰日向に支えて来たことは平民の間では有名な英雄譚として良く語られている。


また、今代の将軍であるアータシュは確かな領地経営の手腕を持ち。度重なる敵対諸国の侵略を退けたかと思えば長年に渡って国境を巡り膠着状態だった隣国との争いを終わらせ。


和平条約を取り付ける功績を見せるなど。歴代のマフシード家の人間の中でも飛び抜けた活躍を示した人物だった。



憧れの人に会えると逸る気持ちを押さえ。緊張しながら配属初日に将軍の執務室に呼ばれたドミニクが入室すると。そこに広がっていたのは戦場だった。


机に床に置ける場所には全部と言わんばかりに積まれた書類と。将軍付きの将軍補佐達が上げる怒号と悲鳴。

その真ん中で無表情で淡々と書類を捌く印象的な銀の髪と翡翠の瞳をした。精悍な褐色の肌をした男こそがアータシュだった。


「今日から配属されたドミニクだな。」


書類から目を上げず部屋の惨状に立ち竦むドミニクに声を掛けると。早速で悪いが書類の分類を手伝ってくれと床に積まれた山を指差す。


「近衛兵の職務内容や規約など本来は説明したいところだが。今朝からこの通り書類が溜まっていてな。」


すまないと存外に腰の低い謝罪を憧れの人から頂いてしまったドミニクは慌てて首を振り。急いで書類の分類に取り掛かった。



後から聞いた話だが。本来なら一月前には将軍の元に来ていなければならない書類が何処かで止められていて。その日の今朝に執務室の扉の前に山積みで置かれていたらしい。しかも書類の提出期限は夕刻までと来た。


「割りと将軍には良くあることなんだ。」


全ての書類が片付き疲労困憊でそれらを国王陛下の許に提出しに行く将軍を見送るドミニクに。補佐官は苦虫を何匹も噛み潰した顔で腹に据えかねたように吐き捨てた。


「将軍を蹴落としたい貴族が今回みたいに回って来た書類を意図的に止めることが多々あるんだよ。」


そう冷めきった紅茶で喉を潤し。落ちるように寝落ちした補佐官の言葉の意味を知ったのは直ぐのことだった。

近衛兵の職務で王宮の警備に着いていたドミニクは偶然アータシュのことを悪し様に嘲笑う貴族の諸公を廊下で見掛けたのだ。


成り上がりの異国人の末裔が国の中枢に居るのは可笑しい。王家に媚びへつらう様など浅ましいと嗤う彼等にドミニクは食って掛かろうとした。そのドミニクを止めたのは他の誰でもない。


「彼等に構うのは時間の無駄だ。」


十日に渡る徹夜明けで。何時もより艶のない銀髪と僅かに無精髭を生やしたアータシュその人だった。


「それに慣れているから問題はない。」


例え彼等に悪し様に言われようと。王家に捧げた忠誠は今更揺らぎはしない。


「マフシード家の忠誠は何よりも重い。」


だからって憧れの人を悪く言われることを看過するなんて納得出来ない。そうドミニクの顔に出ていたのか。アータシュは少し昔話をしようと執務室にドミニク連れていった。


「父が死んだと聞かされたのはまだ騎士見習いの頃だった。」


元々、王宮に詰めてばかりで。親子らしいことは何もしなかった父だから。突然その父が死んだと言われても戸惑うだけで寧ろ急に呼びつけられた王宮の謁見の間の豪奢さに緊張した程だった。


「“マフシードの名において終生変わらぬ忠誠を王家に捧げることを誓う”。」


「マフシード将軍、その言葉は一体?」


「歴代のマフシード家が伝える曾祖父が王家に誓った言葉であり、我が父の“最期の言葉”だと言われている。」


そう言ってアータシュは顔を歪ませて笑ったのだと思う。どこかぎこちない不格好なその笑みはドミニクには泣いているようにも見えた。


「父は戦場で窮地に陥り。敗走することになった王族を逃がすために殿として最後まで残り。」


敵の捕虜となって。そう末期の叫びを上げて、敵国の断頭台の露と消えたそうだ。


「マフシード家にとって“忠誠とは命を擲つほどに重いもの”だと知ったのはその時だ。」


劣勢だった第二王子を戦働きで玉座に着けた曾祖父のように。或いは命を賭けて。王家に対する忠誠を示してみせた亡き父のように。


「私はマフシード家に生まれた以上、王家に忠誠を捧げなければならない。それがマフシード家に生まれた者の定めであり、唯一無二の誇りであるからだ。」


だから例え。自分と傭兵から身を興したマフシード家に対して幾多に渡る貴族の諸公らが妬み嫉みから悪しき様に成り上がりと嘲笑しようとも。


「マフシードが王家に捧げた忠誠の重さを思えば彼等の悪意など取るには足らん。」


けれど悪意に傷つかない訳じゃないのだと無表情の裏側で波打つ心を顕す翡翠の瞳にドミニクは胸を詰まらせた。アータシュの力になりたいとドミニクが思ったのはきっとその時だ。


これ以上アータシュが傷つかなくて済むように。少しでも力になれるように。同じ志を持った仲間を募り陰ながら支えようと誓った。


「最近、私物がよく無くなるな。」


そして、知ったのだ。

アータシュを脅かす相手が思いの外近くにいたことを。


警備シフトの編成を確認しに訪れた執務室でアータシュはそう言って何かを探していた。慣れたようにまた嫌がらせかと。首を傾げたアータシュに涙腺を刺激されながら。


お探しのものを見つけたらお渡しますとドミニクが伝えると手間を掛けると苦笑を溢した。


「ちなみに探しものは何ですか?」


「革手袋だ。」


まあ買い替える頃かと思っていたんだが最近は頻繁に私物が消えるとため息を吐いた。


軍備のことで国王陛下に呼ばれたと。執務室を後にするアータシュを見送り。直ぐ様ドミニクは同僚らに情報を拡散すべく動いた。

そして青ざめた顔をした近衛兵の同僚と侍女がドミニクの許に突撃してきたのは数刻後のことだった。


声にならない悲鳴を上げながら。ドミニクを何処かに連れていこうとする彼等に暫くは為すがままにさせていたのだが。行先が王族しか立ち入れない領域であることに気づき眉を潜めた。


「こんなところに将軍の革手袋が···。」


あるはずがないと言う筈だった声は。侍女が壁に偽装された扉を開いたことで止まった。開かれた扉の先に広がっていた光景をドミニクは生涯忘れる事は出来ないだろう。



壁と言う壁にアータシュの姿絵とアータシュが無くしたと思っていた私物が時系列に沿って飾られ。

床には数千冊を超える将軍の観察日誌と成人しないと見てはいけない類いのほにゃららな道具が散乱し埋め尽くしている。


(どうみてもヤベェ方の部屋ですね。ありがとうございます誰か僕の記憶を今すぐに消去してェ!!)


そしてドミニクは無惨な姿となった使用済みの革手袋と共に置かれる妄想を書き殴った手記から。

アルゼンタムの王女がアータシュに歪んだ欲望を抱いていたことを知ったのだ。



アルゼンタムの王女“フィーネ”は妖精のような愛らしい相貌に華奢な容姿で知られ。アータシュの婚約者でもある女性だった。


「王女について?」


またしても戦場と化した執務室で書類を捌くアータシュにフィーネのことをそれとなく聞くと元々将軍位に着いたのは内々に王女であるフィーネとの婚約が決まったからだと教えてくれた。


曰く、マフシード家と王家の繋がりを強化する目的で決まった婚姻だと言われたと。疑い無く信じる将軍だがドミニクには裏しか感じられないと乾いた笑みを浮かべた。


「ちなみに王女のお人柄は?」


将軍は困ったように、婚姻が決まった直後に隣国の和平条約を結びに行かされたり。敵国との戦に最前線に送られたりと職務に忙殺され顔すら見ていないと告げた。


「そう言えば婚姻が決まった辺りから私物が無くなる頻度が上がったような。」


やはり私のような成り上がりが王女の婚約者になるのを望ましく思わない者が多いということかと首を傾げるアータシュに。ドミニクはフィーネの真実を伝えることなど出来なかった。


(だが、例え王女と言えどあれは犯罪じゃないかなぁ!?)


アータシュには悪いが王女とはなるべく会わせない方向で行こうと。ドミニクは仲間と連携してフィーネがアータシュと接触する機会を潰すことに追力した。


しかし、どうしても婚約者であることから王女と顔を会わせる機会が巡ってくる。

王家主催のデビュタントで王女のエスコートをするようにと将軍が頼まれたのだ。


当日、会場の警備として待機していたドミニクはそれとなく二人の様子を窺う。


フィーネはチューベローズの花を刺繍したイブニングドレスと。季節外れに咲いたという青い竜胆の髪飾りを着けた姿でアータシュの前に現れた。

対するアータシュは功績を讃える勲章に彩られた軍服に身を包み、フィーネに相対する。


「御覧になってください。私の心はこの花々のように貴方を何時も思っていますのよ愛しいアータシュ様。」


「?光栄に存じますフィーネ王女殿。」


花と聞いて何かの判示ものかと首を傾げるアータシュにフィーネは凡そ年齢にそぐわぬ艶やかな笑みを浮かべた。


(あれ、確かチューベローズの花言葉は“危険な快楽”で。)


竜胆は“悲しむ貴方が好き”という意味だったようなと。近頃、城下で出回る花言葉の本を思い出す。ドミニクの年の離れた妹が教えてくれた記憶を辿ってフィーネの真意に気づき戦慄した。


「私はずっとずっとアータシュ様を見ておりました。」


華やかな笑みである筈なのにフィーネの笑みは何故だか酷く怖じ気を誘うものだった。そしてドミニクは聞いてしまったのだ。


「ああ、早く貴方が懸命にすがり付く誇りを喪って美しいその顔を絶望でぐちゃぐちゃに歪めた顔を見てみたいわ!!」


そう、仄暗い歓喜にフィーネが声を震わせ呟いた言葉を。幸いなことにアータシュは王家の方に声を掛けられ歓談していたから気づいてはいなかったようだが。


はっきりとドミニクは聞いてしまった。フィーネの願望と欲望を。しかし相手は仮にも王女と為す術なく月日が経ち。十年に一度国を襲う疫病を封じるために治癒の御子の選出が始まった。


神殿による治癒の御子の選出の儀により。カウサ男爵の末子が見出だされ、王宮に召し上げられた御子にフィーネ直々にアータシュは御子の教育と護衛を頼まれた。


「御子様と言えど、出自のことできっと諸公らに貴方がされたように目の敵にされることでしょう。」


だから、貴方が守ってねと言われてしまってはアータシュは断ることなど出来なかった。出自で蔑まれる苦しみはアータシュが一番理解していたことだから。


「どうしても目に余る時はおっしゃてくださいね。愛しい方の苦悩する姿はとても心が弾むけれど。」


早速何処かで何かをやらかした御子と御子に怒り散らす貴族の子弟の声に。フィーネに断りを入れて駆け出すアータシュの背に向けてフィーネはうっそりと。

苦痛で喘ぐ貴方様は見たいけれど私以外の者が与えた苦痛では。折角の愉しみが半減しますわと微笑んだ。


(このままではマフシード将軍の命と貞操が危ない!)


男性であるアータシュに貞操の危機を心配するなんて可笑しな事態だが。わらえないほどに深刻である。

それから御子の旅立ちの日までアータシュとドミニクは苦難の日々を送る。


美しいと見れば誰彼構わず女性に声を掛ける御子と。そんな御子を追い掛け教育をしようと奔走するアータシュと。苦悩するアータシュを見て悦に入るフィーネと。


馬脚を現したフィーネがアータシュを襲わぬよう見張るドミニク。終わりが見えないと思われた苦難の日々は突然終わる。


フィーネが御子の疫病封じの旅に同行することになったのだ。アータシュは困惑して。出立間際の僅かな時間に旅に同行を願った真意を問うとフィーネは忠誠を試すためと笑った。


最早慣れたとばかりにドミニクは死んだ魚の目で。補佐官が将軍の裁決待ちの書類を待っていると伝え。アータシュを逃がすと良い機会だと王女に問う。


本来ならば立場上許されないことではあるが。意を決して王女は何故、マフシード将軍にそこまで拘るのかと叫んだ。


「貴方は確かアータシュ様の部下の方ですわね。」


毒の蜜を孕む笑みで王女は謳う。


「貴方はアータシュ様の御父上様がどのように死んだかご存知かしら?」


「存じておりますが一体それが?」


「実は私もあの時に謁見の間におりましたの。王族の王家の人間の命と引き換えに、断頭台の露と消えた亡き御父上様を想い。自身が哀しんでいることにも気づかずに呆然と打ち震えている姿を一目見てから心を奪われた。」


私はあの方を髪の一筋から血汗の一滴に至るまで。心から狂おしいほどに愛しているのですよ。そう例えあの方が私を王女という存在としか認識せず私を一人の女としては見てくれなくとも!!


「けれど、いい加減。私は自分から動くことにしたのです。」


その言葉の真意をドミニクが知ったのは。疫病の猛威の収束に伴い。王宮に戻って来た王女が御子と道中で仲を深め愛し合うようになったことを臆面もなく国王とアータシュに告げた時だった。


「全ては真実の愛のためですわ、アータシュ様。」


「真実の愛···?」


割れるほどの大音量でアータシュは笑い、そんなことで。それだけのことで私の誇りは。マフシード家の忠誠は放り捨てられたというのかと目を手で覆い天を仰ぐ。


「空の上からご覧になられるか。偉大なる曾祖父殿よ、断頭台に消えた今は亡き父上よッ!!」


貴殿方の“忠誠”はかくも容易く裏切られるものであったと!!


アータシュの叫びを聞きながら王女が考えた企みはこれだったのかとドミニクは拳を握り締めた。


(けれど、それは失策でしたよ。フィーネ王女。貴女はマフシード将軍の“忠誠の重さ”を計り間違えていたのだから!!)


アータシュは王女を奪った御子を殴りつけ。国王陛下に一礼すると、止める声を振り払い謁見の間を駆け去った。


爵位と将軍位の返上を告げて。


「どうか王女の手の及ばぬ程に遠くまで逃げて下さい将軍。」



(我々は、ただそれだけをねがっています。親愛なるマフシード将軍閣下。)


アータシュは最後に城下町の酒場に入るところを目撃されて以降、消息を絶った。


それから間を置かずにアルゼンタムではマフシード家の後継者であったアータシュが。王家を見限ったことを受けてマフシード家に連なる一族が国を去っていった。


将軍の不在で忙殺されていたドミニクと。補佐官の許に一通の宛名のない手紙と職務の詳細な引き継ぎ書が届けられたのはその頃だった。


きっとそれは。アータシュがアルゼンタムと王家に対して見せた最後の忠誠だったのだろうとドミニクは思う。


フィーネは相変わらずアータシュを諦めてはいないらしく。各国に賞金付きでアータシュの手配書を回したり。魔術師に行方を探させているようだがアータシュは未だに見つかってはいない。



見つかってはいないということは将軍が息災であるなによりの証拠だろうと。アータシュと近しかった者達は笑っていたけれど。



目の前に広げられた遠い国の新聞の号外には何故か見覚えのある人物が。クラーケンという魔物を討伐したことが絵付きで詳しく載っていた。


「でも、流石に息災過ぎやしないかなマフシード将軍?」


絵に描かれた見覚えのある人物は。ぎこちないあの悲しい笑みではなく、晴れやかな心からの笑みを浮かべていた。



登場人物

不遇な騎士:アータシュ・イェク・マフシード

白銀の髪に翡翠の瞳と褐色の肌をしたエキゾチックな顔をした精悍な青年

見た目に反して穏和な性格で大抵のことは根性と忍耐で乗り越えていた。

実は割りと高給取りな将軍だったことが今回判明した。

やや天然な気配がある人だがしかしその天然さが彼の貞操を守っていたことを彼は知らないだろう。


近衛兵:ドミニク

平民出身ながら近衛兵に選ばれた。

そして王宮内にアータシュ将軍見守り隊を組織し陰ながら将軍の安寧と命、そして貞操を守り抜いた功労者。


ヤンデレ王女:フィーネ

哀しみに暮れるアータシュを見てヤンデレに目覚めた見た目は妖精のような少女。

前回の反省を踏まえて何故王女はヤンデレになったのか、如何にアータシュにヤンデレ的行動をしていたのか詳しく書いた結果どうしようもない領域のヤンデレに進化した。

構想初期に比べたらまだマイルドなヤンデレ具合なんです、これでも。

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