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主役達の物語の裏側で涙を飲む者

短編と内容は基本変わりありませんが誤字脱字を修正し。本文も読みやすいように手を加えました。

自分を捨てた婚約者から、浮気相手との明るい未来を祝福してくれと言われたので。

取りあえず間男の小綺麗な顔面に右ストレートを入れた私は何も悪くはない筈だと。彼は自身の行動に内心喝采を上げつつも、呆然と固まる国王陛下に向けて完璧な騎士の礼を取って微笑んだ。





ところ変わって、城下町の一角に居を構える大衆酒場。月光にも例えられる銀髪に。切れ長の翡翠色の瞳に褐色の肌をした精悍な相貌をした青年が口から蛸足を覗かせながらエールを勢い良く飲み干していた。



「~~~~~な に が!!真実の愛に目覚めたから私との婚約は破棄してくれ、だ!!」


ぶはあと酒気を口から吐き出しながら。彼“アータシュ・イェク・マフシード”はそもそも王命じゃなかったら婚約なんてしていないぞと良く磨かれたテーブルに突っ伏し吠え上げた。


「分かる、妾にはお主の嘆き痛いほどに良く分かるぞ!!」


そう言って彼の肩を叩くのは、燃えるような赤い髪に。奮い立つほどの美貌をくしゃくしゃと歪めながら涙を流す黒衣の夜会服に身を包んだ美しい女性だった。


二人は顔を見合わせ、異口同音に歯噛みしながらも声を上げた。



「「─────口惜しいぃい゛ッ!!」」


そうして、女性とテーブルをだしだしと叩き始めた彼こそ。冒頭で婚約者を奪った間男を殴り飛ばした人物であり、王国アルゼンタムの若き辺境伯だった。



何故、貴族が大衆酒場で酒を飲んでいるのかと聞かれたならば。一重に貴族としての不遇故にと答えねばならないだろう。


元々アータシュの一族は王国アルゼンタムでは新参者の部類に入る貴族であった。

今の国王陛下から数えて三代前のこと。王位継承権を巡って正妃が産んだ第一王子と妾妃が産んだ第二王子が争い。各派閥による内紛が起きた。



当時名の知れた傭兵で異国の人間だったアータシュの曾祖父は、内紛を鎮める為にと傭兵として劣勢であった第二王子に雇われ。以降多くの武勲を戦場で上げ、第二王子を王位継承権争いの勝利に導いたという。


その働きが評価され、貴族として取り立てられることになった曾祖父は。身分として辺境伯の爵位を与えられ。アータシュの一族は正式にアルゼンタムに仕えることになる。


しかし、元が異国の傭兵であることから。アータシュの一族は長きに渡って保守派のアルゼンタムの貴族から成り上がりと罵られてきた。


勿論その度に武勲を上げ、内政に力を入れ。領地を富ませたりと努力はしたが。どんなに手を尽くしてもアルゼンタムの貴族はアータシュの一族に対する見識を一向に改めようとはしなかった。



それはアータシュの代でも変わらず。騎士見習いとして城に上がった際には、お上りと揶揄され。定期的に行われる貴族の夜会で踊れば猿真似と嘲笑される。

仕舞いには国王陛下から直々に請われ王女との婚約が決まった時には金で権威を買ったとまで言われた。



それでも王家の人々からは、忠誠に対する見返りとして三代に渡りアータシュの一族を厚遇してくれてきたし。王国の民も傭兵から貴族として成り上がったアータシュの一族に親しみを持って接してくれたから。


アータシュと彼の一族は生涯アルゼンタムに尽くしていこうとあの時までは思っていたのだ。


そう彼の婚約者である王女が“治癒の御子”と呼ばれる青年を王宮に連れて来るまでは。


このアルゼンタムは十年に一度の割合で深刻な疫病が流行る。

疫病を鎮められるのは、神に選ばれた治癒の御子と呼ばれる存在だけであるとされており。


丁度、以前の疫病から十年後の今年。やはり流行りを見せ始めた疫病の猛威から民を守るために。国中から老若男女問わず多くの人々が神殿に集められ、治癒の御子を選出する儀式が行われた。


その儀式で選ばれたのが王国の端すれすれに領地を持ったカウサ男爵の末子ファスラだった。


儀式の後に選ばれた御子は、王家預かりの身となるため。ファスラは着のみ着のままその日のうちに王宮に上がって国王と相対することになった。


ファスラは美しい青年だった。


金髪の癖のない髪と白い肌に紺碧の瞳が品良く収まる整った造りの顔。

特徴的な神に選ばれた者が持つという滴型の痣を額に浮かべた彼は、儀式の立会人だった王女に連れられて謁見の間に入ると。

膝を着き治癒の御子として誠心誠意国に仕えることを国王陛下に誓った。



まだデュビダントを迎えていないという話だったので。並み居る有力貴族に物怖じすることなく国王陛下に挨拶する彼に。アータシュは年下の青年の振る舞いに流石御子なだけはあると関心すらしていた。



謁見の間での挨拶を終えた後に王女からファスラが王宮に居る間の面倒をアータシュが見るよう仰せつかることになる。


思えばアータシュの苦難はそこから始まったとも言えるだろう。

城を歩けば見目麗しい女性に攻略対象という言葉を呟き躊躇いなく声を掛けるファスラに対して、あからさまに顔をしかめ陰口を叩く貴族の子弟から彼を守り。


更には御子として把握していなければならない各地域の情勢や疫病の分布領域についての勉強をファスラにさせなければならなかったのだから。


それは途方もないほどの忍耐を要した。


日を追う毎にファスラの虜になる女達が増えると。貴族の子弟による実害を伴う嫌がらせが起こるようになっただけでなく。


退屈な御子の勉強に早々に飽きたファスラが彼の虜になった女性らのところに逃げるようになったからだ。


突き刺さる男達の敵意の眼差しや。ファスラを回収しに行く度に女達から向けられるくちさがない物言いに何度もアータシュは挫け掛けた。


それでも王女から強いては王家から頼まれたことだからと耐えに耐えて、一月後。漸く御子の選出を経て本格的に疫病を鎮めるために各地の神殿を回る手筈が整ったと報せが入った。



それから暫くして御子の護衛にと国中から魔術師や戦士と言った選りすぐりの若者達が五人集められた。


選別にファスラが加わったことが影響したのか。五人中四人が見目よい女性であったことには目を瞑ったが。

唯一看過出来なかったのは四人の中にアータシュの婚約者である王女が居たことだった。


「アンタのお姫様を奪うことになるけどさ。悪く思うなよ?」


そう出立の前にアータシュに囁いたファスラに嫌な予感がしなかった訳ではない。


けれども、治癒の力が生む利権争いから御子を守るため。王家の一員が旅に随行することは正しいことであったからアータシュは黙って彼等を見送った。


その結果として御子に王女を寝とられるという最悪の事態が起きてしまった訳だ。


真実の愛とやらに目覚めた王女と。勝ち誇ったように抱き合う御子。そして王女を寝とられたアータシュに侮蔑の眼差しを向けて笑う貴族達を見て彼の堪忍袋の尾は盛大に切れることになる。



思わず、国王陛下の御前で御子を殴った彼は。僅かに痛む拳から血を振って落とすと。国王陛下に対して優雅に一礼すると婚姻破棄の承諾と爵位の返上を願い出て城を後にした。



「強がりでもなく別に王女を寝とられたことは。正直なところ悔しくもなんともなかったんだ。」


元々、王女との婚姻は王家と彼の家を更に結びつける為だけに持ち掛けられたものだった。

そこに愛は当然ながらありはしない。しかし貴族であるならば普通のことだとアータシュは納得していた。



だというのに、アータシュが今こうして口惜しいと声を荒げるのは。婚姻破棄の理由が自身だけに留まらず。彼の一族を軽んじるようなものだったからである。


よりにもよって王家の人間がアータシュの一族を軽んじたことが彼は許せなかった。

誰に疎まれても構わない。何故なら彼の一族は王家に必要とされている。


(その事実だけを私と私の一族は支えにしていたんだ···!!)


その想いを裏切られたことに。彼は我を忘れて御子を殴り飛ばすという暴挙に出てしまったのだ。


御子を殴り、城を後にした足で。彼は身のうちに燻る怒りを消化することが出来ず衣服を簡素なものに変えると城下町に繰り出して酒場に向かった。


よもやそこで彼と同じように鬱積を吐き出しながらエールを煽る夜会服の女性に出会うとも知らずに。


「それにしても。貴族にしては酒場でエールを飲み干す様が堂に入ってはおるように妾には見えるのだが?」


何杯目かのエールを喉に落としながら、アータシュは王女と婚姻を結ぶまでは自身の領地だけだが良くお忍びで遊びに行っていたのだと唸った。


冒険者ギルドにも出入りしていたこともあったと懐かしげにアータシュは笑った。


「だがそんなことは王女の伴侶には相応しくないからとやめさせられた。」


それからほろりと溢れたのは心の本音。


「これでも王女の婚約者として相応しくなるように色んなものを削ぎ落として精進して来たんだがな。」


頑張りが足りなかったかと空笑いする彼に。夜会服の女性は眉間を押さえると。今日はお主の気が済むまで飲むが良いと自身が注文したエールをアータシュに渡した。



そのエールを有り難く、ちびちび舐めながら。彼の冷静な部分が何故、この見知らぬ夜会服の女性に身の上話をしてしまったのだろうかと首を傾げる。


自分と同じように鬱積を吐き出すべくエールを煽る女性に親近感が湧いたから?


(それとも酒精のせいだろうか?)


「貴女はどうして私の話を聞いてくれるんだ。」


(それに“夜会服”なんて酒場では浮いている姿なのに周りの人間が一向に騒がないのは何故なのだろう。)


周りを見渡せば、夜会服の女性に気づいていないかのように人々の視線は不思議と彼女をすり抜けて行く。


「それはきっと。妾もお主と似たような境遇だからであろうなぁ。」


そんな疑問に首を傾げていた彼に静かな。でけれども何処か苦みを感じさせる声で夜会服の女“フレイア”は語り出す。


曰くフレイアはこのアルゼンタムよりも遥かに遠い国の宰相の娘として生を得たという。


なんでも宰相であった彼女の父は。先王の崩御に伴って新たに即位した先王の息子と彼女を婚姻させることを決めていたという。


当初、婚姻自体には乗り気ではなかったフレイアだったが。先王が臨終の間際に宰相家が息子の後ろ楯になるようにと嘆願されたことや。父が先王に重役として取り立てられた恩義などから先王の息子と婚姻を結ぶことを承諾した。


先王の息子も後ろ楯がないままで統治を行うのは困難だと理解してか、フレイアとの婚姻を一度は受け入れた。

正直なところ先王の息子はフレイアにとってはまだまだ子供のような年齢だった。


だから彼を見る自分の目はどうしても姉が弟を見るようなもので、そこには男女の愛はなかった。


彼に愛を向けるとしてもそれは兄弟が向けるようなそれ。だから例えそこに男女の愛はなくとも。何れ信頼を築き良いパートナーと成り得たならばとフレイアは願っていたという。


だがある日、突如として現れた人間の娘に。横から先王の息子を浚われたことで彼女の淡い期待や願いは打ち砕かれることになる


多数の男性を率つれて。城に現れた人間の娘はたった一目で、先王の息子を自身の虜にしてみせたのだ。そこからはまさに坂を転げて行く一方だった。


人間の娘と過ごすために魔王としての執務を疎かにし始めた先王の息子をたしため続けたフレイアは。何時からか疎まれるようになり、挙句には忠誠を誓った先王の息子直々の命で宰相であった彼女の父は閑職へと追いやられ。


「仕舞いには婚約破棄をされた上に謂われなき罪を被せられて国から追い出されそうになったのでな!!」


先んじて妾は自分から魔界を出奔してやったのじゃと。エールと一緒に出された摘まみの酢蛸をかじるフレイアにアータシュは酔いが耳に回ったのかなと。幾つか気になる単語があった気がすると首を傾げた。


「それで貴女はアルゼンタムに?」


「うむ。妾がアルゼンタムに出奔したのは。元々、先王陛下の頃から国交を結べないかと考えていた国のひとつでもあったからなのじゃ。良い国じゃと聞いていたからな。アルゼンタムは肥沃で風土もよいと。」


出奔ついでにアルゼンタムはその通りの国なのかフレイアは見に行くことにしたのだそうだ。

自分を追い出そうとした国の為に。わざわざ遠いアルゼンタムにまで来たフレイア。貴女は凄いなと額に両手を当ててアータシュは項垂れた。


「····私は何もかもが嫌になって全てを放り投げてしまった。」


父祖が苦心して、築き上げた地位を。一時の激情に任せて捨てたというのに。積もる思いは後悔などではなく漸く解放されたという薄情なものだった。


それほどまでにアータシュは。今回のことで貴族というものがほとほと嫌になってしまった。

もしも自分が生粋の貴族であったらばとアータシュは自嘲する。


激情に流され、御子を殴り飛ばすこともなく。王女に祝福を述べて身を退くことが出来たのだろうかと。


そう悔恨するアータシュに。後悔せずとも良いのではないかとフレイアは彼に向き合うと労るように肩に手を置いた。


「お主がしたことは正当な権利の行使に他ならない。」


むしろ婚約者を奪った間男に対して。拳ひとつで許してやったのだからお主は寛大なぐらいじゃとフレイアは憤ってみせる。


「妾だったら即刻浮気した王女諸共に間男をフレイムドラゴンに食わしてやるところじゃぞ!!」


「だが、間男でも。ファスラが治癒の御子であることに変わりはない。」


王家預かりの人間を殴った上に。爵位の返上までしたアータシュは、最早不敬罪に問われても可笑しくはない身なのだと天井を見上げ嘆息した。


酔いが冷めた彼は。自身の仕出かしたことの大きさに改めて気づき、苦笑を溢し。これからどうしようかと椅子の背凭れに身体を預けて悩み出す。


貴族でなくなった今、アータシュは自分がこれから何をするべきかわからずに居た。


そんなアータシュにフレイアはそれならば妾と一緒に旅に出ないかと。興奮したように彼の手を掴むと激しく上下に振る。


「妾はお主を最早他人とは思えぬ!!」


そんなお主を一人この国に置き去りにするなど出来はせんと。フレイアは目を輝かせ。爵位を返上したいまのお主を縛るものはなにもないのだから共に行こうと微笑んだ。


フレイアの言葉で。アータシュは確かに自分を縛るものはなにもありはしないと気づき目を見開いた。


「そうか、私はもう貴族ではないんだ。」


もうこの国に彼を縛り付けるものはなに一つありはしない。元より貴族という身分に未練はなく。王家への忠誠も既に最悪の形で失われた。

ゆるゆると翡翠の瞳に灯る意志の光にフレイアは良い顔になったではないかとアータシュの肩を叩く。


「この国がお主を必要としないのであれば。妾がお主を貰い受けるまでのことじゃ。」


そう高らかに笑った彼女に。どうしてかアータシュの心臓の鼓動は強く胸の内で高鳴った。

その意味をきちんと考える余裕は自分にはまだないけれど。


差し出された手を取るには十分な理由だと。アータシュは心に掛かる後悔の名残から決別するように晴れやかに笑って見せた。







魔術師に命じて、水晶を用いた遠視の魔術が写し出した青年の姿に。王女は桃色の吐息を吐き出し頬を染めると愛しいその人の名前を恍惚の表情で紡ぐ。


「ずっとずっと貴方が好きでした。」


月光の如き白銀の髪は勿論のこと。野生の狼のようにしなやかな体躯も。舌を這わしたいほど艶かしい褐色の肌も。美しい翡翠の瞳も。全て、全て貴方を構成するものはみんな愛しくて堪らないと王女は謳う。


けれども、彼は。アータシュはどんなに彼女が焦がれていても臣下として忠誠を捧げるだけで愛してくれなかった。彼女はアータシュに愛されたかった。同時に酷く傷つけたかった。


王女には秘めた嗜好があった。愛するものを肉体、精神問わず。痛めつけずにはいられないという悪癖。


だから、王女は好きでもない男を利用し偽りの婚約破棄をしでかしたのだ。直ぐに婚約破棄は撤回するつもりで。アータシュの傷つく様を見たいが為に。

予想外はアータシュがファスラを殴り。


「まさか、爵位を返上し。アルゼンタムから出ていくなんて計画外のことが起こるとは思いませんでしたわ。」


だが、見方を変えれば爵位を返上したアータシュは平民となったのだから。王女である自分に逆らうことは難しい。ならば捕らえよう。あの美しい狼を。そしてその首に枷を嵌め。思う存分可愛がるのだと。行動も思考も、その愛も破綻しきった王女は喜悦に身体を震わせる。


「待っていてね、私のアータシュ様。」



歪んだ愛を胸に燻らせ。王女は只今、会いに参りますわと水晶越しに笑みを浮かべるアータシュへと口付けた。




旅装に身を包み、地図を覗き込むアータシュに気取られぬようにフレイアは彼を絡め取ろうと伸びる追跡の魔術を指先で弾き。霧散させると拙い魔術だと鼻を鳴らす。


(例え、理由がなんであれ。先にアータシュを手放し傷つけた貴様らに今更こやつは渡さぬからな。魔族は、妾はな。気に入ったものはなにがなんでも手放さぬ。)


「フレイア!」


行き先を決めたらしいアータシュの腕に勢い良く抱き着きながら。フレイアは虚空に向かって子供のように舌を出してから微笑んだ。




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