御園透子の子供達
子供達の誕生秘話です。医学的な部分は多目にみてください。文中に、中絶のお話があります。不快な方は、飛ばしてください。
あれは、看護大学卒業し就職間近のこと。
当時付き合っていた彼氏、鷹ちゃんこと鶴ヶ崎鷹矢がレポートだ実習だと忙しくなると連絡がきた次の日だったか…
高校三年生に進級する妹が、突然言った…
「お姉ちゃん…私、私…引っ越したい。」
妹の遥奈は、我が妹ながらとっても可愛い。
150センチそこそこの身長は、きっと双子の弟の総司に取られたに違いない。
ヒヨコなみのピヨピヨ感が堪らない、小さな体の持ち主だ。
どうしたの、突然…
そう言った私の耳に、信じられない言葉が。
私・・・妊娠した
ソファーに座っていた総司が、牛乳を吹き出した。
総司…吹き出した牛乳程、匂うものはないぞ。
真面目な眼鏡男子の総司が吹き出すのも、とってもレアだったが…
妊娠?
遥奈が?
まさか…
「妊娠って…遥奈、本当、なの?」
継ぎはぎの言葉をやっと発した私。
「何ヵ月だ?」
冷静な弟が時々怖い。
眼鏡の奥の瞳が、ギラッと光る。
「もう…3ヶ月くらい、生理がないの。
私、私…どうしよう。」
3ヶ月って…
「とりあえず、病院に行かなきゃ…」
動揺する私とは反対に、冷静沈着な総司。
「透子姉、俺が詳しいことを聞いてみる。
遥奈の学校の奴なら、少しはわかるから。」
小声で総司に言われ、私は総司に任せることにした。
遥奈と総司は、別々の高校に通っている。
総司は医者を目指すべく、通学一時間かかる県内有数の進学校。
早く医者になって、父さんのクリニックを取り戻す。
これが、総司の夢。
遥奈は、家の近所のチャラい私立高校。
学力の差で、別々になってしまった双子だが、意思の疎通は抜群らしい。
明日、病院。
明日、産婦人科。
そのことで頭がいっぱいになっていた私は、遥奈のお相手のことを考えてあげれなかった。
**
「妊娠してますね。
既に、18週です。
中絶は、難しくなってますが…しかも、御園さんは…体が小さくて骨盤も小さいので…」
妊娠…18週。
4ヶ月の後半。
中絶は難しい…
「う、産みます。
命かけて、産みます!」
これが…遥奈が出した答えだった。
慣れない産婦人科受診で疲れたのか、遥奈は帰宅後すぐに眠ってしまった。
夕食の準備中に帰ってきた総司は、何故か傷だらけ。
問い詰めた総司は、やっと口を割った。
遥奈の相手は、学校の王子と呼ばれてるらしい金髪イケメン。
この街の市長の息子で、まさにやりたい放題どら息子。
噂では、市長の妾の子供だとか…
「あの野郎…遥奈は遊びだって。
大丈夫だって遥奈が言ったから、避妊しなかったんだと。
費用は出すから、さっさと中絶しろと。」
「で、殴ったと…」
総司によると、遥奈は相手が中絶を望んでると知っていたらしい。
それでも産みたくて、だから引っ越したいと言ったそうだ。
違う土地で、赤ちゃんを産んで育てたい。
それが、遥奈の希望だった…
「それより透子姉、遥奈は既に学校辞めたんだと。
退学届け、終業式の日に出したって。
本当は一人で、どこかに行こうと思ってたって。
それだけ、覚悟してたってことなんだけど…」
「はぁ?」
言葉も出なかった…
産む覚悟で、学校も退学してた遥奈。
一人で姿を消そうとしていた遥奈。
「透子姉…引っ越そうか。
違う街で、遥奈と遥奈の子供を育てよう。
俺も、協力するし。」
そう言った総司。
この街じゃ、遥奈が可哀想だと…
よし…腹は決まった。
早急に、物件を探す。
総司の高校を挟んで向こう側の街に、マンションを見つけた。
県は変わってしまうが、致し方無い。
鷹ちゃんにも事情を説明し、私も就職先を大学病院から一般の総合病院に変えた。
街の治安も良し、スーパー病院近しのマンション。
いろんな手続きをしに走り回り、やっと落ち着いたのは4月の中旬。
遥奈とお腹の赤ちゃんのために懸命に仕事に勤しむ私と、勉強に励む総司。
新しい環境にいっぱいいっぱいだったが、膨らむ遥奈のお腹に癒された。
そして8月…
遥奈は、1875グラムの小さな可愛い女の子を産んだ…
本当に、命をかけて…
骨盤が狭かった遥奈。
それに加えて前置胎盤が見つかり、帝王切開を余儀なく選択。
予定日より1ヶ月以上も早かったが、破水してしまった。
だが、帝王切開なら大丈夫だろうと、タカをくくっていた。
出血量が多く、遥奈はショック状態に陥った。
産まれた赤ちゃんの手を握り、遥奈は還らぬ人となった。
遥奈が命がけで産んだ赤ちゃんは、遥香と名付けられた。
22才の夏…私は最愛の妹を亡くした。
それが、今の私の娘の遥香の誕生物語だ。
そして、もう一人の子供の話をしようか…息子、透矢のことを。
遥奈が亡くなり遥香を引き取った私は、実子ではなく養女として籍に入れた。
母親である遥奈の戸籍に、一瞬でも遥香の名前を入れてあげたかったから。
なんて、私のエゴかもしれないけど。
遥奈の葬儀は、こじんまりと行われた。
何故か現れた相手の男は、親友と思われる銀髪の男に襟首を掴まれ、遥奈に土下座しながら号泣していた。
総司が相手の男を殴り倒した時、その銀髪男が総司を褒め称えメル友になったらしい。
その銀髪、後でわかったが学校の王様と呼ばれてる厳つい男だった。
葬儀が終わってもしばらく遥奈の遺影から離れなかった銀髪男"王様"。
それから毎年、遥奈の命日には必ず銀髪男はお線香を立てにくるようになり、総司の無二の親友となるのだが、それはまた別の話。
遥奈が亡くなってから、慌ただしい毎日だった。
小さく生まれた為、しばらく入院していた遥香。
退院後は、病院の託児所にお願いできることになったのが、唯一の救い。
片方が居なくなった寂しさから、脱け殻状態だった総司も、遥香の存在で立ち直った。
私の彼の鷹ちゃんも、時間を見つけては会いに来てくれた。
ただ…
遥香が私の子供になったことで、鷹ちゃんとの未来に引け目を感じていたのは確かだ。
けれど鷹ちゃんだからと、大丈夫と、甘えていたのかもしれない。
だから、気付かなかった…
鷹ちゃんが、色々と悩んでいたことに。
「俺…アメリカに留学するんだ。」
鷹ちゃんがそう言ったのは、遥香が生まれて半年経った頃。
医学部でも優秀な鷹ちゃんは、留学の大学推薦の枠に選ばれたと。
「鷹ちゃん…行きなよ。
そして、いっぱい勉強してきて。
だから…だから、お別れしようか?」
私から切り出した別れ。
待っているとか、私には言えない。
鷹ちゃんは、前に住んでた街の小児科病院の跡継ぎだ。
鷹ちゃんのご両親も、私のことを可愛いがってくれてた。
だから尚更、鷹ちゃんの未来に足手まといなんじゃないかと、思ってた。
遥香が理由にはしたくないけど。
二年間、たくさん勉強して吸収してきてほしい。
私を抱き締めた鷹ちゃんは、僅かに震えていた。
その夜、遥香を総司にお願いし私と鷹ちゃんは朝まで抱き合った。
鷹ちゃんと睦み合う最後の夜は、バレンタインデーだった。
帰国したら連絡する、と言った鷹ちゃんだったが、鷹ちゃんが旅立った日に私は携帯を替えた。
嫌いでお別れしたわけじゃない。
大好きだから、お別れしたの。
私の選択を、みんなは笑うかな?
けどね、大好きだから幸せになってほしいの。
そして、鷹ちゃんが旅立ってから1ヶ月後…私は妊娠した。
姉妹揃って父親がいない妊娠。
世間の人は呆れるかもしれないけど、私は産むことを決めた。
弟の総司は、国内でもトップクラスの医大に合格。
大都会に近いこの街は、通学も大丈夫だからと総司は笑った。
「だから…産めよな、透子姉。
家族、いっぱいいた方がいい…遥香にも。
透子姉の赤ちゃんにも。」
あの時の総司の言葉がなかったら、私はどうしてただろう…
遥奈みたく、一人でどこかに?
それとも、透矢に会えなかった?
考えただけでおぞましい…
その年の秋、私は透矢を産んだ。
元気な元気な男の子。
鷹ちゃんのミニチュア透矢。
鷹ちゃん…今、幸せですか?
透矢は、もうすぐ高校生です。
将来は、お医者さんになるそうです。
鷹ちゃんに、目元がそっくりです。
笑うとタレタレな目。
心地よいハスキーな声なんて、鷹ちゃんに母ちゃんと呼ばれてるみたい。
総司は、立派な産婦人科医になりました。
ただ一つの疑問は、いまだ独身だということ。
"俺、種ないからな。
透矢が俺の跡を継げよ。"
そんな重大なことを、昨日カミングアウトした総司は、五年後にはお父さんのクリニックを買い取るからと言ってました。
銀髪男"王様"も、何故か産婦人科医になってました。
最近では、この二人は怪しいと踏んでます。
だってねぇ…ルームシェアしてるし。
なんて、我が家の近況を語ってみたりして。
ねぇ、鷹ちゃん。
もしも再会したら、またいっぱい飲もうね。
お腹が痛くなるぐらいに、笑って話そうね。
私は、大丈夫だから。
何故か、マンションのバルコニーで呟いた私。
どうしてだろうとか、思わなかった。
だってその日は、透矢の15回目の誕生日だったから。
次回より、現在に戻ります。色々な問題が出てきます。読んでみてください。