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理由

 グレゴは日が暮れる前にラハト山を越えることは不可能であることを少女に伝えた。少女もそれは承知していたようで野宿の支度をし始めた。


 その間グレゴは少女に自分はアルムの民であり、その村の狩りの儀式に臨んだところ、仲間を失ってしまったこと、そして、魔法使いと思われる存在に夜になると狼になってしまう呪いをかけられたことを説明した。


「その魔法使い、どんな容姿をしていましたか!? 」


 すると、少女は奇妙なグレゴの話を信じたのかどうかはわからないが、最後の呪いの話へと食いついてきたのだった。


 グレゴは顔や背丈もよく測れないほど、黒のローブが夜の闇に紛れていた、と少女に伝えた。すると、少女はそうですか、と短く呟き残念そうな表情を浮かべた。


「その魔法使いを探しているんですか?」


 少女の表情をグレゴは不思議に思って彼女に問う。少女はその問いに伏し目がちに口を開いた。


「私の兄はエーレーン魔術都市に魔法留学をしたまま、帰ってくる期日になっても帰ってこないので私が迎えに行こうと思ったのです。私の父も良い訓練になると快く送り出してくれました。この山を抜けたら、セントヴァーニアの方を経由して、エーレーンまで行こうと思ってます」


 少女の発言に、グレゴはかなり驚いた。サンドラ王国の中心部、城下町からラハト山はそこそこの距離があるからだ。それを一人で、しかも女の子がここまで来るのは普通じゃありえないことだからだ。


 普通じゃありえない、ということに関連付けて、グレゴは狩人を殺さず気絶をさせた、あの剣技について少女に聞くことにした。

 すると、彼女は今度は少し恥ずかしそうに自らの藍色の髪を触りながら答える。


「私の父が剣で有名な王都の軍人なのです。兄には魔法の才能がありましたので、剣の方は私が教わっていたのです。父ほど実力があるわけではなく、護身に使えるという状態ですが。それに、無駄な殺生は避けたいですし」


 少女は謙遜してグレゴに答えたが、それでもグレゴはあの素早い太刀捌きがまだ真の力、剣戟を見せていないことに畏怖を感じた。


 それからグレゴはアルムの村を通ってきたはずの少女にアルムの村の様子についても聞いた。


 すると少女はアルムではグレゴが守護霊扱いされていることを話し始めた。

 グレゴはその話を聞くと、今まで自分が助けた人が皆逃げ出してしまい、自分とは口を利いてくれなかった理由がわかったような気がした


 少女と情報交換をおこなっていると日はもう沈みかけ、月の輝きがついに映えようとしていた。


「本当に狼に変身するんですか? 」


 少女は呪いの話をまだ信じきれていないようで、怪訝そうな目でグレゴを見る。


「驚いて腰を抜かさないでくださいね」


 グレゴは少女に忠告するとすぐにグレゴの左腕が熱を帯び始める。狼の刻印が浮かび上がるのをグレゴは感じた。


 グレゴは着ていた外套を脱ぐと、左腕の刻印は既に赤熱していた。グレゴは脱いだ外套を木の枝に掛けると皮膚のすぐ真下まで狼の肉体が迫って来ているのを感じとった。

 日が沈み、月の輝きが増したと同時に一気に黒い物体がグレゴの体から飛び出したと思うと、グレゴの全身を包み込む。

 グレゴの体を黒い物体は覆い尽くした後、グレゴが手を地につけると黒い物体は骨格となり、筋肉となり、その上から毛を生じさせ、狼の体を形成していく。


「きゃあああ! 」


 少女は案の定、恐怖で悲鳴を上げるとその目を手で覆った。

 その内に、グレゴの体は完全に狼へと変身していた。


「終わったぞ」


 グレゴは少女にできるだけ、優しく声をかけようとするも、なぜか、グレゴは変身時には獣としての荒々しさが勝ってしまっているのか、どうも人間の時のような言動ができなくなっていた。


「えっええ。ありがとうございます」


 少女は恐る恐る目を隠していた手を離すと、グレゴを見やる。


「本当に狼だ……」


 どうやら本当に呪いをかけた魔法使いが気になって狼になる下りは聞いていなかったのか信じていなかったのか。少女は信じられないというような表情を浮かべていた。


「俺も信じられねーよ。こんな姿になる呪いがあるなんて」


 グレゴは話が信じられていなかったことに憤慨し、ぶっきらぼうに少女に言った。すると少女はグレゴに向かって思いもよらぬことを聞いた。


「ちょっと触ってみてもいいですか?」


「はあ!? 何言ってんだアンタ」


 少女は先ほどの恐れは何のその、少し興奮した様子で目を輝かせている。グレゴは少女の変わり身の速さに辟易していると、少女は有無を言わさずにグレゴの体にペタペタと手で触り始めた。


「凄い……。家で飼ってた犬と同じ触り心地だぁ……」


 少女は年相応と言うべきか、少女は飽きて寝入ってしまうまで、グレゴの体を撫で回していた。

 逆に、グレゴは彼女が寝入ってからも女の子が近くで寝ているという状況に緊張してしまい、寝付くことが難しかった。




「おっ起きてください!もう朝ですよ! 」


 グレゴはその声に目を開けると、朝になっていたことに気がついた。少女は本当に長い距離を歩いて来たとは思えないような白い顔を真っ赤にしながら自分の体を揺さぶっていることに気がついた。

 少女はその後、続けて独り言を言った。


「男の人の体を撫で回してから寝たなんて恥ずかしすぎます……」


「俺はまだ14で見習い扱いだし、そこまで男って年じゃないですよ……」


 少女の独り言に対して、グレゴは体を起こして反論すると、少女は、今の聞こえてたんですか!? とますますその顔を朱に染める。


 昨日のクールそうな感じとは全然違うぞ……。


 グレゴはそんな少女の様子を見ながら、ずっと考えていたことを少女に告げる。


「あの! いきなりなんですけど、あなたのお兄さんを探すその旅に俺も同行させてもらってもいいですか? 元に戻る方法を知りたいんです! 」


 グレゴは唐突に、少女の旅に同行を願い出たのだった。


 この二ヶ月間フェルト族以外とは言葉を交わさずにいた(交わしたといっても罵り合いであるが)グレゴにとっては自分を見て亡霊だと恐れずに話し掛けて来てくれた彼女の行動が素直に嬉しかったのだ。

 だからグレゴは少女を無下に扱うことはできなかった。ましてや、自分と年の近い少女とあれば尚更であった。


 そして、普通の人間に戻り、アラン達を村で弔ってやるという目的には彼女と協力することが最も近いからだとグレゴは思った。

 グレゴは山とアルム村の周辺しか土地の知識が無かったが、彼女はその点きっと知識は豊富であろう。

 また、エーレーンは魔術都市国家なのだ。きっと自分が元の人間に戻れる術を知っているだろう、グレゴはそう考えての頼みであった。


 少女は突然のその提案に驚くことはなく、フェルト族に立ち向かった時のような凜とした声で応える。


「こちらこそ。互いに頑張りましょう」


 彼女はそう言って微笑むと、ふと思い出しかのようにグレゴに言った。


「そういえば、自己紹介がまだ済んでいませんでしたね。私の名前はエリン・ガルシアです。よろしくお願いします」


 少女、エリンはすっと右手をグレゴに向けて差し出すとグレゴはそれを自らの右手で握る。


「俺はグレゴ・ジールです。ところで年っていくつくらいですか? 」


 グレゴは名乗ると同時に、今までずっと気になっていたことを思い切って聞いてみる。

 するとエリンは口を尖らせながら言った。


「女性に年を尋ねるべきではありませんよ。グレゴ君」


 年上なのかな、とグレゴが考えている内に、エリンは出発しましょう、と荷物を背負い、歩き始めていた。

 グレゴは慌てて、外套を羽織り、弓やら剣やらを身につけ、エリンの後を追って駆け出して行った


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