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ミューズがすぐさま全員にモップないしはそれに類する「柄の長い物」を用意するよう指示を出し、いつの間にガメてきたのか、校名の入った拡声器をカオリに押し付けると、「頼んだ」白衣の裾を翻し、駆け出した。
カオリは息を吸い込み、「るーくん、聞こえる!?」
キィンっとハウリング。
「何!?」
ピンク・コングの外部スピーカーを模したディティールが不思議紙の力でその役割を果たす。「こいつ千切っても千切ってもダメなんだ!」
「退治方法あるから、誘導して!」
「どこ!?」
「プール!!」
「なに云ってるの!? 泳げなくなるよ!」
「ならどうするの!?」
一瞬の沈黙。
「選べる場合じゃないでしょ!」
「リっちゃん、いいの!?」
「じゃないと困るでしょ!」
叫びに似たその声に、満は覚悟を決めた。「エース、ジャック、キング! コングの攻撃に注意!」ペーパーロボットに指示を出す。「クイーンの角笛を合図に!」
満はぐっと操縦桿を握る。
プォ──ッ!
クイーンのかまえた角笛が空気を切り裂くように鳴った。コングの両手がドロドロの一部を挟み込む。ブチブチと結合が解かれる前に繊維を千切り取ると、グラウンドの隅の一画にある二十五メートルプールの方へ投げた。ドロドロは切り離されたそれを求めるように新たに触手を伸ばしながら移動を始めた。ペーパーロボットたちがその小さな体躯で、目一杯ドロドロの注意をひきつける。コングもドロドロにパンチを繰り出す。だが引き戻そうとしたその腕をドロドロはがっちりとくわえ込んだ。
「こなくそぉ──!」
コングは巨大な腕を振り払った。ミシッとどこかで嫌な音がした。操縦席に警告音が鳴る。無理な動作に関節が危ない!
一度、後退して距離をとる。長丁場となったら負けは必至だ。ドロドロは嘲笑うかのように無数の触手を踊らせている。その合間を小さなペーパーロボットたちはたくみにすり抜け、攻撃を加えるが、どうしたって力量不足だ。クイーンも弓を構え、操縦席の中から矢を放った。満はプールの方へ視線を向ける。プールサイドに、トイチ他、部員たちがモップを片手に、固唾を呑んで金網フェンス越しに見ているのが分かった。
その距離、数メートル、「クイーン、角笛!」
「了解だわよ!」
プォ──ッ!
コングはタイミングを見計らい、ドロドロを巨大な手のひらで横に張り倒し、続けざまに地面からすくい上げるようにして腕を差し込んだ。
プォ──ッ!
角笛が高く強く鳴り響く。
「おりゃぁ──!」
ブースター、出力最大!
その勢いに、持ち上げられたドロドロは結合を解く間もなく、プールに向かって投げ入れられた。
オオ──ッ!!
ヌブゥ──!?
交叉する二つの咆哮。水しぶきが上がる。コングもバランスを崩し、金網フェンスをなぎ倒し、そのまま勢い余ってプールの中に落ちた。
ざばっと水が溢れ出る。プールサイドがしとどになる。操縦席に水が入る。このままでは不思議紙がふやけて剥がれ、きっとコングは動けなくなる。
満は操縦桿を力一杯を振り絞って、プールから這い出ようとするドロドロを捕まえ、何度も何度も水に沈めた。繊維の結合はみるみる解け、手応えがなくなる。だがそれだけではダメだ。散らして互いに結びつく機会を失わねばならない。前後左右、水の中、あらゆる方向から細切れになったドロドロが再び結合して触手を伸ばす。コングは両腕でプールをかき廻し、渦を作って、ドロドロの塊をボロボロにする。
「水の中で散れ──ッ」
オオオ──ッ!
拳を振り上げ、コングが吼える。その時、濡れそぼった操縦席の中、不意に計器類が全てダウンした。「な……ッ!?
これまで!? もう少し、もう少しでいいから動いてくれ──!
しかし満の願い空しく、コングの巨体がふわっと浮く。足に絡みついていたドロドロの触手が引っ張ったのだ。巨体が傾いで、操縦席に大量の水が流れ込む。
「モップでヘドロを掻き廻せ!」ミューズの指示が飛ぶ。「繊維の結合を解くんだ!」
ゴボゴボと泡の破裂する音がした。「るーくん!」カオリの声が聞えた。操縦席はプールの中に沈み、浸水の勢いで満は抜け出せずにいた。
このまま沈んでしまう……。半ば覚悟したとき、水の抵抗がふっとなくなる。
目を開けると、鈍い光りの滲んだ視界の中に、真っ直ぐ差し出された手があった。満は無意識にそれを掴み、その暖かさに少し驚き、導かれるようにして操縦席から脱出した。
人魚だ。人魚が助けに来てくれたのだ。水面はすぐそこだった。




