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ところで美術部の三年は部長のトシ子と、副部長の美保子の二人きりである。どちらも大型立体造形作品を組み上げるスキルはない。そこで制作協力の実績のある二年男子コンビ、満とトイチを中心にチームが組まれた。
制作経過を幾度となくチェックが入るという前提から逆算して、トイチは例年と比較し、前倒しのスケジュールを立てた。昨年度の際どさから原点回帰、中学校の文化祭らしい「みんなで楽しいフォトスポット」をテーマに幾つかのラフスケッチが描かれた。
最終候補は満の描いた怪獣体型の空に向かって吠えるティラノザウルスと、ぺたんと座り込んだ肩幅の大きなゴリラの二つだった。どちらも満の得意であるメカニカルさと可愛らしいフォルムが調和した意匠であった。
部員による投票結果は半々だった。伸び上がったメカ・ティラノは大スケールでウェルカム・モニュメントに相応しく、来場者の目を引くだろう。だが、メカ・ゴリラも座り込んだ格好の愛らしさを持ちながら、その恰幅の良いスタイルで圧倒的な存在感を校門前で放つだろう。
「第二美術室での制作は搬出を考える必要がある」
トイチは大雑把な寸法を出し、既に計測を終えた第二美術室の図面の中に落とし込んだ。「分割を工夫したり、ギリギリのサイズにしてもいいけど、教室の中と外に置くのではスケール感って変わるんですよ。外に出したら思いの他チャチく見えたりするし」
「ならどうする?」トシ子が訊いた。
「どうにかしますけどね。みんなで決めたことを実現するのがぼくの仕事だと思うんで」
その一言に美保子があらまぁ、「素敵」と両手を胸に引き寄せ頬を薄く赤に染めた。
「どっちがいいと思う?」満の問いに、トイチは個人的な見解だけど、と前置き、「メカ・ゴリラ。ティラノは当日、強風だったら危険になるかもしれない」
「ならメカ・ゴリラにしよ?」とトシ子。
「そうね」と美保子も賛同する。
「ひとつ提案なんだけど」トイチは満を見て云った。「お腹にコックピットっぽいの作れない?」
「できるけど、なんで?」実際に動かすギミックを内蔵するのはさすがに無茶だと思った。
「これってフォトスポットでしょ? モニュメントだからハリボテの飾り物でもいいけど、折角の空洞を活用してはどうかなと。操縦席に乗れて写真も撮れるなら、もっと盛り上がるんじゃないかな」
その提案に皆が賛同した。
満が云う。「背中にブースターとかウイングの追加装備いい?」
「オッケー」快諾するトシ子。「六文字隊員、直ぐに取りかかりたまえっ」
「了解っス」満は芝居がかった風に大仰な敬礼をし、「メカ・ゴリラ発進っス」
そうして満は、ラフスケッチを元に、楽しい気分のイキオイのまま、余り紙を使ってモックアップを作成した。図面に落としやすいよう各関節で分解でき、腹部のコクピットはアニメの録画を一時停止させて参考に、一ミリに満たない細やかなパーツがたくさん取り付け制作した。操縦レバーは作業中にくしゃみでどこかへ飛び去り、作り直した。
皮工芸用パンチで打ち抜いた丸いパーツはリベット風モールド、サークル(コンパス)カッターでドーナツ型に切り抜き作ったコーン型ノズル、スラスターにアポジモーター、メンテナンスハッチ、パネルライン。実サイズにしたときにのっぺり感が出ないよう、ディティールの密度を上げ、情報量を増やした。モックアップなのに「こまかッ」とトシ子以下、皆が驚嘆した。トイチすら「やりすぎ」と評した。「けど、この密度なら作り甲斐はありそうだ」にやっと笑う。
「でも、なんでピンクなの?」美保子が訊いた。
「いやまぁ」満は頭をかき、「モックアップだし、ちょうど〈桜〉と〈桃〉の紙が余っていたんで」
満がクラフトで主に使う紙はマーメイドという厚手の、「人魚が泳ぐ時に出来るさざ波」をあらわしたというファインペーパー(特殊紙)だ。水彩画用紙としても活用されている。その名に恥じぬ、柔らかな凹凸を持つ表面の肌触りは不思議と暖かく、そして優しい。かてて加えて、クラフトで使用されるその優位性はしっかりとした厚みや風合いだけでなく、凡そ八十もの色数にある。基本色はもちろんのこと、淡い中間色まで網羅しており、作品表現を豊かにするのだ。とは云え、全色揃えているわけでない。常備しているのはだいたい二十色程度で、作品に応じて追加購入し、他のファインペーパーも加えると自宅の作業デスク横のひと棚が埋まる。
絵の具は好きな色からなくなるとはよく云ったもので、それは紙細工でも同じだ。満の場合、特にハッキリとしたビビッドな色合いの紙から減って行く。主にベースカラーとするので、紙の使用面積が大きい。反面、淡泊な色はディティールとして引き立て役に廻るので小さい。そんな事情もあり、ちょうどひと作品仕上げるには充分で、余っていたのが〈桜〉と〈桃〉の二色で、その選別に別段、深い意味はなかった。最終カラーパターンはモックアップをデジカメで撮影し、電算機室の画像編集ソフトで色を置き換えするなどしてシミュレーション、検討すればいいと軽く考えていた。
メカ・ゴリラは満の作風故に可愛らしい顔立ちであり、遊園地のアトラクションのようにカラフルに仕上げてもいい。逆に、そのファンシーさとギャップを楽しむロボロボしたメカメカしいガンメタルだとかオリーブグリーンでも面白いだろう。都市か砂漠かジャングルか。スプリッター迷彩だってアリだ。
だが、「いいんじゃないかな」トイチが云った。「ピンクのゴリラ」
そうだね、とトシ子も美保子も賛同し、そのままモックアップの配色が採用された。そして誰が云い出したか、本年度のウェルカム・モニュメントは「ピンク・コング」と呼ばれるようになった。