8-2
「偶然、ですか」
「必然も偶然も今はナンセンスだろうね」
「正直、ぼくは疑っています」
「どの辺を?」
「なにもかも。特にあなたを」
「まだ疑っちゃってくれるんだ」
「こうやって、ぼくとモンジを引き離したのはわざとじゃないんですか?」
「はあん?」ミューズは変な声を出し、「成程、そう云う考え方もあるか」感心した。
「推測です」トイチは小さく肩をすくめる。「ワザとでなかったと云うならそうでしょう。企んでいるとも云いません。悪意がないのも信じます。でも、無意識下、深層心理までは」
「そりゃわたしの専攻外だ」思わず笑った。「もっと気楽でいいんでないかなー?」
「性分だと思ってください」
「なんか危なっかしいなぁ。そう云うの、トランプの城って云うんだよ」少年の膝の上、黄色いクラフトに目をやって、「なんとも妙な符合な気がするね」けけけっと笑った。「ねぇ、トイチくん。キミはあんまり自分の創作に対して思い入れが弱そうだね」
「そうかもしれません」云って、トイチはいや、と否定した。「実際、そうですね。本当のところ絵が好きなのかどうか、描いてて分からないときもあるので」
「それは悪いことなのかな」
トイチがこっちを向くのを視界の隅で捉えた。ミューズは云った。「アートってね、没個性の方がビジネスに向いてる所があるのよ。ゴッホやピカソだのって、アクが強くてひとを選ぶでしょ? ポスターにして飾りたい? ポストカード欲しい? 強烈な個性よりも、最大公約数的な作風のほうが儲かったりするものよ。自分が作家としてそれをどう思うかは別だけどね」アハ、と笑う。「その点、ウォーホルはすごいね」
「栄光の十五分ですか」
「まさにそれだな。死んでから値段がついても意味ないじゃん。やっぱね、お金は大事」
「なんか、そういうのって嬉しくないですね」
「ひとを騙して儲けるわけじゃあないんだ。でも誠実な作品には誠実な値段がつく? 無いね。そんなことはまず無い。きちんと的確にプロデュースできなきゃ、作品の存在は世間に知られない。見向きもされない。趣味の範疇に留まる。工夫でどうにかなるものでもない。極々稀に、運もある。けれども、そんなの期待しするものでないからね。だから仕掛けとタイミング、そして予算が勝敗を決する。好むと好まざるとも、まず金ありき。しょうがないじゃん。それに、お金で安定と安心を買えるんだよ?」
「むしろ不安と心配を生みそうですけど」
ハハッ、とミューズが楽しげに笑う。「どんなものにも二面性はある」トイチに向かってウインクし、「とりあえず幕は開けた、PSR(安全引き返し点《Point of Safe Return》)を通過した! ならばやるっきゃないだろう?」
*
「あと五分もしないと思うよ──ッ」
いきなりキングからミューズの声が教室に響いた。「準備出来た──ッ?」
肩と腕を組み立て終え、ちょうど足首を取り付けているところだった。
「もう少しです!」
満はキングに向かって叫び返した。既に組み上がっている部分の、貼り忘れ箇所をトシ子たちがチェックしている。「あ、ヤバッ」云うや、横に立つ一年の持っている端切れをぺたぺた貼り付け、次に移る。乾いた頃合いに美保子が余りを切り落とし、それをまた一年が受け取る。
「本当に動くと思う?」小声でカオリが訊いてきた。
「分からない」満は素直に答えた。「でも、イケる気はする」
「そう」カオリはそれで充分だったようだ。
ペーパークラフトは不思議紙の力で動き始めた。それは満の作品で、満の思い入れがあったからだとトイチは云った。だから本来、ここで作業すべきはトイチの筈なのだ。ウェルカム・モニュメントはトイチが主体で作業をすすめたのだから。しかし自分だけでなく部長たちも手がけている。では誰の思いがこめられた作品なのだ? 満のモックアップを具現化したモノがこれならば、トイチの思いはどこにある? モニュメントはみんなの思いがひとつになって制作されたのだ。なら──動いたって不思議じゃない。同時に、動かなくても、不思議でない。
満は動くことに賭けていた。動いて欲しいと願っていた。ミューズに云われたからでない。トイチが中心となって手がけたモノだからだ。殆ど完成していたそれにわざわざ追加作業したいと主張し、それを願い、打ち込んだモノだからだ。ここはハッピー・ゴリラの腹の中。トイチが丹精込めて作り上げたウェルカム・モニュメント。つまり、幸せ空間。おまじないが本当なら──必ず、動く!
「あら、大変」美保子が行った。「頭……どうしよう」
教室の中にあって、ピンク・コングの巨体は窮屈そうだった。
「大丈夫です」満は云った。「頭を載せたら天井、突き破りますから」
「でも、どうするの?」
「あとで取り付け──」云いながら、ふと満は思った。頭は必要なのか? 完全である必要なのか? 完全でないと動かないのか?
「どうかした?」カオリが不安そうに云った。
「あ、うん。大丈夫です、頭は別にして、他の作業進めてください」
「そうなの?」トシ子もどこか腑に落ちない顔をした。
「完成はないんです。でも、締め切りは五分……いや三分後です」
それで美術部員は皆、合点が行ったと、最終仕上げに拍車をかけた。
「どういうこと?」ひとり蚊帳の外のカオリが訊ねる。
「美術部ジョークだよ。自分の作品に満足したらそれはもうお終い。でもそんなことはない。だからと云ってずっとそれにかかりっきりに出来ない。締め切りは一区切りなんだ」
「なんか呪いから解放されるみたいな感じだね」云って、カオリはハッとした。「ごめん、云いすぎた」
でも満は面白いと思った。「制作って確かに呪いだ」笑いながら、最後の部位を取り付けた。「モノづくりは罪深いってね」
そして頭部を残し、教室いっぱい巨大なピンク・コングが完成した。




