表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カミガミペーパークラフト  作者: 岡本眞事
第八章 「さぁ。どうでしょう」
47/53

8-2

「偶然、ですか」

「必然も偶然も今はナンセンスだろうね」

「正直、ぼくは疑っています」

「どの辺を?」

「なにもかも。特にあなたを」

「まだ疑っちゃってくれるんだ」

「こうやって、ぼくとモンジを引き離したのはわざとじゃないんですか?」

「はあん?」ミューズは変な声を出し、「成程、そう云う考え方もあるか」感心した。

「推測です」トイチは小さく肩をすくめる。「ワザとでなかったと云うならそうでしょう。企んでいるとも云いません。悪意がないのも信じます。でも、無意識下、深層心理までは」

「そりゃわたしの専攻外だ」思わず笑った。「もっと気楽でいいんでないかなー?」

「性分だと思ってください」

「なんか危なっかしいなぁ。そう云うの、トランプの城って云うんだよ」少年の膝の上、黄色いクラフトに目をやって、「なんとも妙な符合な気がするね」けけけっと笑った。「ねぇ、トイチくん。キミはあんまり自分の創作に対して思い入れが弱そうだね」

「そうかもしれません」云って、トイチはいや、と否定した。「実際、そうですね。本当のところ絵が好きなのかどうか、描いてて分からないときもあるので」

「それは悪いことなのかな」

 トイチがこっちを向くのを視界の隅で捉えた。ミューズは云った。「アートってね、没個性の方がビジネスに向いてる所があるのよ。ゴッホやピカソだのって、アクが強くてひとを選ぶでしょ? ポスターにして飾りたい? ポストカード欲しい? 強烈な個性よりも、最大公約数的な作風のほうが儲かったりするものよ。自分が作家としてそれをどう思うかは別だけどね」アハ、と笑う。「その点、ウォーホルはすごいね」

「栄光の十五分ですか」

「まさにそれだな。死んでから値段がついても意味ないじゃん。やっぱね、お金は大事」

「なんか、そういうのって嬉しくないですね」

「ひとを騙して儲けるわけじゃあないんだ。でも誠実な作品には誠実な値段がつく? 無いね。そんなことはまず無い。きちんと的確にプロデュースできなきゃ、作品の存在は世間に知られない。見向きもされない。趣味の範疇に留まる。工夫でどうにかなるものでもない。極々稀に、運もある。けれども、そんなの期待しするものでないからね。だから仕掛けとタイミング、そして予算が勝敗を決する。好むと好まざるとも、まず金ありき。しょうがないじゃん。それに、お金で安定と安心を買えるんだよ?」

「むしろ不安と心配を生みそうですけど」

 ハハッ、とミューズが楽しげに笑う。「どんなものにも二面性はある」トイチに向かってウインクし、「とりあえず幕は開けた、PSR(安全引き返し点《Point of Safe Return》)を通過した! ならばやるっきゃないだろう?」


   *


「あと五分もしないと思うよ──ッ」

 いきなりキングからミューズの声が教室に響いた。「準備出来た──ッ?」

 肩と腕を組み立て終え、ちょうど足首を取り付けているところだった。

「もう少しです!」

 満はキングに向かって叫び返した。既に組み上がっている部分の、貼り忘れ箇所をトシ子たちがチェックしている。「あ、ヤバッ」云うや、横に立つ一年の持っている端切れをぺたぺた貼り付け、次に移る。乾いた頃合いに美保子が余りを切り落とし、それをまた一年が受け取る。

「本当に動くと思う?」小声でカオリが訊いてきた。

「分からない」満は素直に答えた。「でも、イケる気はする」

「そう」カオリはそれで充分だったようだ。

 ペーパークラフトは不思議紙の力で動き始めた。それは満の作品で、満の思い入れがあったからだとトイチは云った。だから本来、ここで作業すべきはトイチの筈なのだ。ウェルカム・モニュメントはトイチが主体で作業をすすめたのだから。しかし自分だけでなく部長たちも手がけている。では誰の思いがこめられた作品なのだ? 満のモックアップを具現化したモノがこれならば、トイチの思いはどこにある? モニュメントはみんなの思いがひとつになって制作されたのだ。なら──動いたって不思議じゃない。同時に、動かなくても、不思議でない。

 満は動くことに賭けていた。動いて欲しいと願っていた。ミューズに云われたからでない。トイチが中心となって手がけたモノだからだ。殆ど完成していたそれにわざわざ追加作業したいと主張し、それを願い、打ち込んだモノだからだ。ここはハッピー・ゴリラの腹の中。トイチが丹精込めて作り上げたウェルカム・モニュメント。つまり、幸せ空間。おまじないが本当なら──必ず、動く!

「あら、大変」美保子が行った。「頭……どうしよう」

 教室の中にあって、ピンク・コングの巨体は窮屈そうだった。

「大丈夫です」満は云った。「頭を載せたら天井、突き破りますから」

「でも、どうするの?」

「あとで取り付け──」云いながら、ふと満は思った。頭は必要なのか? 完全である必要なのか? 完全でないと動かないのか?

「どうかした?」カオリが不安そうに云った。

「あ、うん。大丈夫です、頭は別にして、他の作業進めてください」

「そうなの?」トシ子もどこか腑に落ちない顔をした。

「完成はないんです。でも、締め切りは五分……いや三分後です」

 それで美術部員は皆、合点が行ったと、最終仕上げに拍車をかけた。

「どういうこと?」ひとり蚊帳の外のカオリが訊ねる。

「美術部ジョークだよ。自分の作品に満足したらそれはもうお終い。でもそんなことはない。だからと云ってずっとそれにかかりっきりに出来ない。締め切りは一区切りなんだ」

「なんか呪いから解放されるみたいな感じだね」云って、カオリはハッとした。「ごめん、云いすぎた」

 でも満は面白いと思った。「制作って確かに呪いだ」笑いながら、最後の部位を取り付けた。「モノづくりは罪深いってね」

 そして頭部を残し、教室いっぱい巨大なピンク・コングが完成した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ