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カミガミペーパークラフト  作者: 岡本眞事
第七章 「マーメイドって云うんだよね」
44/53

7-6

   *


 第二美術室での拡張紙の貼付作業は、腕、足、胴と分かれ進行した。時間的制約はあったが、内容は先の追加作業の再現であったので、円滑に進んだ。

 満はカオリとペアになり、右大腿部のパーツ上面に、ボンドを塗り広げた拡張紙の両端を持ち、側面に合わせながら貼り付けていく。余分をザッと、カッターで切り落とす。次の面に貼る分を用意しながら、ふとカオリが云った。「なんか、楽しい」

 尻ポケットにカッターを戻しながら満もボンドをスキージーで広げていく。「楽しい?」

「うん。わたしも一緒に遊びたかったんだって気付いた。るーくんが楽しそうで、自分も混ざりたかったんだって。だから今、何だか大変だけど、楽しい」

 紙の四隅を持って二人は立ち上がり、側面に貼り付けた。

「あのさ」上から破けないようしっかと拡張紙を貼り付けながら満は云った。「この紙の名前ってさ、」

「マーメイドって云うんだよね」

「うん」満は両手で中央から外へ向かって均しながら、続けた。「小学校の頃、ミチ子の水泳教室の迎えによく付いて行った。母さんはミチ子を探してたけど、リっちゃんが泳いでいるのもよく見た」一歩下がり、ボンドが乾くのを待つ。「水を蹴って腕を広げて、顔を出してまた潜る。泳いだ軌跡が白く残って、名前の由来なんて気にしてなかったけど、工作しながらずっと思ってた。リっちゃんのことだって」

 カオリは少し困ったように、「わたし、速くもないし、記録も賞状もないよ」

「人魚にそういうのって必要?」満はカオリを見た。

「……なくてもいいけど、ちょっと欲しいかなって思う」

 どこか残念そうな笑みを浮かべた。

「大会、またあるんでしょ?」

 カオリが頷く。

「こう云うのって無責任だと思うけど」満はカオリを見つめ、「がんばって」

「そこ! 手が遊んでるよ!」トシ子の声が教室の向こうから飛んできた。

 二人はそっと笑い合い、次の紙の用意をする。しゃがんでボンドを伸ばし、広げていると、「ありがとう」彼女は小さな声で云った。


   *


「まだ、完全体って感じじゃないね」

 停めた車から降り、ミューズは百メートルほど先の、灰色のドロドロの塊をそう評した。「あと三回くらい変身するとか」

「冗談はやめてください」トイチも車から降り、それを見た。塊が動いている、と云うより流れているようにも見える。全高は五メートルくらいだろうか。だが接地面積はその倍以上はありそうな山型だ。

「冗談かねぇ」ミューズは後部ハッチを開けながら、「むしろ〝冗談からできたモノ〟でいいんでないかな」両手に抱えるには幾分大きなグロス仕上げの真っ黒い直方体を引っ張り出した。「よっとっと」

「持ちますよ」手を出し、受け取ったトイチはすぐにそれが何か分かった。その寸法はH九〇〇×W四〇〇×D一〇〇(単位はミリ)に違いない。「モノリスですね」

「おうよ」ミューズは手を打ち払いながら、「さぁ祈れ!」よく分からないことを云い出した。

 なのでトイチもよく分からないことを云ってみた。「人類が木星に行けますようにー」

「違う! こっちに来いっ、ほら両手で持って、高く、高く! 見えるようにしろ、飛び跳ねろ、注意を向けろ!」

 何を云ってるんだ、この人は。

「願え、願え、強く願え!」

 なのでトイチは、両手で高くそれを持ち上げ、「バイバイ・ジュピタァー」

「何を云っているのかね、キミは」

「サヨナラは人類の方でしたっけ?」

「違わんけど違う」

「ムゥーン・ロストォ!」

「ポォール・シフトォ!」

「ツァラトゥストラは語りマシター」

「いいかげんにせんと、怒るよ?」

「こっちも同じ気持ちです」自分も乗っかったクセに。トイチは思う。なんだろう、この人。

「もういい」ミューズはトイチの後ろに廻って、ぴょんぴょん飛び跳ね、「カマーン、カマーン、オゥ、イェー!」

 黒いそれをバンバン叩いた。「フォロー・ミー!!」

「えッ」

「次のステージに上がりたいかー!?」バンバン、ババババン。乱暴に自作モノリスを太鼓のように両手で交互に叩き、「オ──!!」拳を頭上に振り上げた。

 灰色の、流体のような固体のようなゾル状のそれが、二人の方へとデロデロしながら動き出した。

「ショウキ!」

 よっしゃっとばかりに得意げに叫ぶと、ミューズは車に乗り込んだ。トイチもモノリスを後部座席に放り込むと、助手席に滑り込み、シートベルトを留めながらミューズの言葉を脳内漢字変換する。第一候補は勝機だろう。だが、妙にハイな彼女の正気も疑っている。


   *


 各部を組み立て、貼り忘れた隙間を端切れで埋めて行く。満は腹部に作られた操縦席に潜り込み、カオリからボンドを塗り広げた紙を受け取り、丁寧に、しかし素早く貼り付けて行った。コンソールパネルを模した様々な細かいところはペーパーロボットたちがぺたぺたと貼って行く。エースの大雑把な仕事にショコラが憤慨しつつも手を入れ、他方、キングは黙々と丁寧に作業を進めて行く。いいチームだ。満は微笑ましく思う。負けていられない。天井に不思議紙を貼り、手のひらで均していると、

「ここにいたかー」顧問の声がした。

 ピンク・コングは廊下側を背にして組み立てていたので、腹部の操縦席は、顧問からは見えない。念のため、満はペーパーロボットたちに作業をやめて、動かぬよう指示をした。

「榊先生、どうしたんですか?」トシ子が訊ねる。

「どんな按配かな、と。美術室に誰もいないから」

 顧問は、操縦席から出てきた満の姿を認めると、「竹尾さんは?」

「出てます」

 おや、と顧問は第二美術室、室内を見渡し、眉をひそめて「十勝の姿もないな」

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