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颱風のようにやって来たミューズは、有無も云わせずにトイチを上履きのまま窓枠から外へ押し出し、やはり颱風の様に連れ去った。
残された満は、これからすべきことに些か疑問を持ちつつも、それでも大きなクラフト紙の包みを解き、詰襟の上着を脱いで取り掛かった。
ミューズは満にペーパーロボットを起動させ、「なるたけチョッパヤで」作業の指示をすると、「足の裏も忘れないでね!」、ジャック・レモンを通信用の名目で連れ去った。まるで人質だ。
こうなっては二人の命運は自分にある。満は部位ごとに分解されたモニュメントの大きなブロックを前にして、「よし」自分に云い聞かせるように声に出した。
「さっさとやっちまおうぜ、アニキ」プラム・エースがピンク・コングの頭の上で逆立ちして見せた。
「そうよ」ショコラ・クイーンが同意する。「あたしの予感だとかなり大変だわよ」
「のんびりしてられないぞ」キング・ライムが大きなボンドのボトルを持ってきた。「我々も手伝う」
「うん──」
この大きなピンク・コングのパーツ全てに拡張紙を一人で、しかも一時間足らずで貼るのは相当難しい。ペーパーロボットたちの意気込みは嬉しいが、やはりクラフトはクラフトだ。マンパワーが足りない。
第二美術室の扉がノックされ、引き戸が開いた。
「お邪魔しまーす」カオリだった。満の姿を認めると、小首を傾げて「ひとり?」
「トイチならちょっと、」ハテ、あれはなんだったのだろう。未成年者略取とかなんとか云うのだろうか。よく分からなかったので返事の代わりに訊ねていた。「部活は?」
「ちょっと風邪っぽくて」たはは、とカオリは笑った。「雨だったでしょ、水温低くなっちゃって。他の子は泳いでるし陸トレしても良かったんだけど、先生に大事とりなさいって。今月いっぱい泳ぐんだしね」
すん、と鼻を鳴らしたカオリに、「無理はしないがいいよ」
「うん、大丈夫。別に熱っぽくもないし。るーくん、作品、持ってきてるかなって思って。でも……なんかそんな感じじゃないね」
「リっちゃん、時間ある?」考えることなく、口にしていた。
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すぐさまカオリは美術部室に向かい、部長のトシ子以下、手の空いてる部員を連れて戻ってきた。起動していたペーパーロボットたちの存在は、カオリの機転で片がついた。「うちのお父さんが気に入っちゃって、なんかした」
皆、モニュメントのパーツブロックの上から上へとちょこちょこ動いている彼らに興味深い視線を向けながらも、「そうなんだ」あっさり納得した。ありがとうロボット実験特区。「こういうのテレビで見たことある」一年女子の何気ない言葉の後押しもあった。「可愛いですよねっ」すごいぞロボット実験特区。
満は作業内容をかいつまんで説明した。手順の注意、効率については既にトイチに因る「追加作業」を経験したトシ子と美保子、そして自分を中心にして、「なるたけチョッパヤで」進めるよう頼んだ。「諸々疑問はあると思うけれども、後廻しにしてください」云いながら、なんともヒドイ話しだと我ながら思う。しかし皆、快諾してくれた。
「枚数に限りが在るので、面積の広いところはこっちで」ミューズの持ってきた厚型拡張紙を、「関節とか細かい処はこっちで」お店で預った薄型拡張紙を使い分けるよう指示する。「はみ出た分は切り落として」教卓を指さし、「そこに集めておいて。再利用するから」
数の足りないスキージーは、段ボールを切り出し張り合わせ、即席で作った。「ボンドは速乾性だから取り扱いに注意して。皺、縒れが出来た場合、無理に剥したりしないで直ぐ呼んで下さい、リカバリするから」
「何が始まるの?」大きな拡張紙を前腕部分に一年女子とペアになって貼り付けながらトシ子が訊ねる。
「怪獣退治」満は、カオリと共に、大きな足裏にやはり大きな拡張紙を貼り付けながら答えた。
発端は資源ゴミにあった。
ミューズは取り立ててエコロジカルな人間ではないがゴミの分別は厭わなかった。新素材の破棄を申し渡された彼女は、泣く泣く(と本人の談)それに従った。断腸の思いだった(と本人は語った)。提出せよ、などと云う妄言(と本人の弁)もあったが、既に資源ゴミとして回収された後であり、万一残っていたとしても、誰かの手に渡すくらいなら自ら引導を渡すのを由とした。ちなみに持ち込んだ初期型である厚型拡張紙は車に積んだまま、たまたま「資源回収に出すのを忘れていた」ものだと云う。
さて、資源ゴミとなったそれは、市の外れにある集積所に持ち込まれ、他の古紙と共に再生プラントへと廻され、ドロドロに溶かされ、紙としての繊維の結合を解かれた──までは良かったが、そこで魔女の鍋が吹きこぼれた。共に溶かされ古紙に混じった拡張紙の繊維が、様々な紙繊維と絡み合いドロリと這い出た。
それは意思を持ったヘドロの塊であり、不定形で、暗く重たい鉛色の巨体で、ずるりずるりと市内へ向かって移動を始めた。このままでは民家を破壊し、町中を蹂躙するのは火を見るより明らかだ。それを手をこまねいて見ているわけには行かない。ミューズはキリッと云った。「なので誘導する」
「……どこへ?」満の問いに、指をくいっと下に向け、「ヒアー」ひどく滑稽な発音だった。
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誘拐された、とトイチは思う。ミューズの車の助手席で、さるぐつわも手錠も目隠しもないけれども(シートベルトは別だ)、そもそも、自分たちが積極的に行動するまっとうな理由がない。だが、非常識講師に常識を求めても栓無いことだ。勢いに飲まれた部分も確かに在る。ミューズは満のクラフトも勾引かした。「どれでもいいや」とか云いながら「この子、借りるねっ」ジャック・レモンを指名した。
「ねぇ、」アクセルを踏み込み、ステアリングを握るミューズが口を開く。「教室に保管されてた例の仁王像は使えないかしら? あれに拡張紙なら大戦力にならない?」
「やめたがいいと思いますね」肩に掴まるジャックを膝に降ろしながら答えた。
「なんで?」
「作った人間の意思が転写されるのが正解なら、面倒が増えるだけです」
「あれ作ったの、そんなに酷い子なの?」
「悪いひとではないですけど、」春に卒業した銀木先輩、その顔を思い浮かべ、「悪ノリが過ぎるかな、と」
「なおさら良さげじゃない?」
「制御不能って味方にもならないんですよ」トイチは呆れた。「拡張紙だってあれが最後ですよね? 余分はないんですよね? そんな残念そうな顔しないで下さいっ!」




