7-4
「おつかれ」満が応える。「どこ行ってたん?」
「美術室。先輩たちにはもうあらかた終わったから、自分たちの制作に戻ってもらうよう伝えて来た」
「ふうん」満は少し考え、「ならここは俺とトイチの貸し切りでいいかな」
「それと非常識講師」
「ん?」
「何でもない」
トイチは部位毎に分割された大きなモニュメントのパーツ群に分け入り、通学鞄を置いて、満の座る机の横、手近な椅子に腰を降ろした。視界の隅に、力なく揺れる満の上履きがある。
「あのさ、」ややあって満が云った。「色々と……ありがと、な」
「うん」
「それと、」工具箱に手をやり、「こいつらのことも」
「うん」
それはきちんと保管し、無事に届けたことだけのことか、それとも全てカオリに話したことを指してのことか。「大丈夫だった?」
「まぁ、さすがにあんな大立ち廻りじゃ、ね」
少しの手直しをした、と云ったその友人の顔は、やはりどこか晴れないでいた。
教室の中で、二人分の呼気が静かに漂い、溶け消える。
満がクラフト紙の包みを手に取り、トイチに渡した。
「それ、不思議紙の余りなんだ」
「どのくらい使った?」
「三分の一くらいかな」
包みの折り目具合から、確かにそのくらいであろうとトイチも思った。「どうしてこれを?」
「連鶴って知ってる?」
「繋げて作った折り鶴のことでいいかな」
「そう」云って、満は何か迷うような顔をした。
だからトイチは水を向けた。「不思議紙、汎用薄型拡張紙」クラフト紙の包みから一枚、半分ほど引っ張り出した。「これの効果効能、持続作用も分からないって」
「そう」ふぅと満が、それと分からないほど小さな溜め息をついた。「やっぱりいつか、動かなくなる日が来るのかな」
独り言のようで、自分に云い聞かせているかのようだった。
「なぁ、トイチ。これ──何だ?」
「モンジはどう思う?」
「分からない」
「うん。ぼくも分からない」
「ミューズさんは何か云ってた?」
「ミューズさんも、分かっていない」
その言葉に、満は薄く笑う。「酷い話だよな。勝手に押し付けて、夢みたいなことをしてくれて。なのに何も分からないなんて」
その通りだ。トイチは思う。酷い話だ。何も知らぬ前と知った後では、何もかもが違ってしまう。ひとたび起こってしまったことは、何も起きなかった世界と違って、無かったことに出来はしない。だから彼女は無慈悲で残酷な魔女だ。
「連鶴を折ったんだ」満は云った。「飛ぼうとして、飛べずにいたんだ。苦しそうで、見ていられなくて」哀しげに続けた。「だから──切り離した」
「それは、」云いかけ、トイチは口をつぐんだ。
思いが転写される紙? ならばその連鶴は誰の思いか? それとも、作られたモノの思いなのか? 満が連鶴を作った時、何を想っていた? 何が紙に作用した? 何が紙をそうさせた?
比較事例が不足している。条件が不明瞭だ。追試も検証も、その方策も確立していない。それで何が分かる? 知ることができる?
この紙は──一体、何だ。
静寂を破壊したのは、乱暴に開かれた窓だった。「面倒、起きた!」
非常識講師、竹尾ミューズがクラフト紙の大きな包みをドコドコ投げ入れ、窓枠を乗り越え、白衣を翻し、土足のまま入室した。「ヤクい、かなりヤクい!」
パンッと両手を二人に向けて合わせ、「手を貸して!」
「何を……?」満が問う。
「これ」ミューズはクラフト紙の包みを手で示し、「初期型。その名も汎用厚型拡張紙。キミの持ってるそっちより三倍厚い。うまく使ってもらえる?」
「何をする気ですか」トイチが訊ねる。
「怪獣退治」
至極真剣な面持ちでミューズは云った。
*
颱風のようにやって来たミューズは、有無も云わせずにトイチを上履きのまま窓枠から外へ押し出し、やはり颱風の様に連れ去った。
残された満は、これからすべきことに些か疑問を持ちつつも、それでも大きなクラフト紙の包みを解き、詰襟の上着を脱いで取り掛かった。
ミューズは満にペーパーロボットを起動させ、「なるたけチョッパヤで」作業の指示をすると、「足の裏も忘れないでね!」、ジャック・レモンを通信用の名目で連れ去った。まるで人質だ。
こうなっては二人の命運は自分にある。満は部位ごとに分解されたモニュメントの大きなブロックを前にして、「よし」自分に云い聞かせるように声に出した。
「さっさとやっちまおうぜ、アニキ」プラム・エースがピンク・コングの頭の上で逆立ちして見せた。
「そうよ」ショコラ・クイーンが同意する。「あたしの予感だとかなり大変だわよ」
「のんびりしてられないぞ」キング・ライムが大きなボンドのボトルを持ってきた。「我々も手伝う」
「うん──」
この大きなピンク・コングのパーツ全てに拡張紙を一人で、しかも一時間足らずで貼るのは相当難しい。ペーパーロボットたちの意気込みは嬉しいが、やはりクラフトはクラフトだ。マンパワーが足りない。
第二美術室の扉がノックされ、引き戸が開いた。
「お邪魔しまーす」カオリだった。満の姿を認めると、小首を傾げて「ひとり?」




