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ミューズはストローから口を離し、楽しそうに笑った。
「なかなか面白い話だけど、どうにも陰謀論めいた嫌いがあるね。映画の見過ぎだよ、身の安全だなんて。技術と開発はセットである必要はないんだ。過程はいらない、結果だけで充分なんだ。資料と試料を持って行けばいい。それはわたしのモノだと叫んだところでどうなると? ひらめき、発想こそは運だったりすることもあるけど、ヒエラルキーで云えばわたしなんか下の下もいいところ。一浪二留の院生風情に出来ることなんてたかが知れてる。そうだろう? 頭のいい人間なんて世の中、幾らでもいるんだ。確かに情報の拡散はそのものの価値を下落させる。だが、皆が欲しいと思うかどうかは別物だ。そもそもキミはわたしの『汎用薄型拡張紙』を何だと思っているのかな?」
「その名前の通りですよ。拡張。便利な言葉です」
少年は真っ直ぐミューズを見つめ、静かに続けた。「あなたの発明は、たぶん……式神もしくは付喪神と呼ばれる類いでないかと、ぼくは考えます」
その言葉に、ミューズは降参、とばかりに手を上げ、身体を背もたれに預けた。「科学が一転してオカルトになったか」
「発達した科学は──」
ミューズは手を振り、遮った。「いいさ、分かってる。まぁ式神よね。カミはカミでも紙のカミ。理想通りだわ。わたしのモノリスが失敗したのは、モチーフの持つ設定故に観測出来なかった可能性があるかもしれないが、問題はその実、他にあると思ってる。たとえば思い入れだけじゃなくて雑念の少なさとか。キミタチみたいな純粋な気持ち、たぶんどっかで落としちゃったんだと思う」ふ、と自嘲の笑みを口元に浮かべ、「あれをそんなにご大層なモノだと思ってくれるのは、まぁ正直、気分いいね。うん。教授からして研究テーマに興味示してくれやしないし、フォローもない。あ、別に愚痴じゃぁないよ。知ってるだろうけど、わたし、大学じゃ浮いてるからね。遊んでくれる人もいないのさ」へへっと鼻の頭を掻いて、「さて、キミの仮定が本当なら、わたしだけでなくキミタチもマークされてるよ。いや、いつ消えてもおかしくない」
「冗談じゃないです」
「冗談じゃないわよ」
云って、どちらとも取れるな、とミューズは思った。まぁ、大差ない。「至極本気である」でも「巻き込まれてたまるか」でも。その両方でも良い。
ミューズはカップを持つ手の人さし指を対面に座る少年に突きつけ、「幾つかの偶然がキミの仮説に対して、たたまた合致したからと云ってそれを結論とするのは些か早急すぎやしないかな。結論ありきは結果を歪める」
「逆算してみただけです」
「そう」くすり、とミューズは笑う。「わたしがその気になったら、そこの工具箱の中は今頃とっくに空だと思うよ。それについてはどう考える?」
「現段階において、それが得策でないからです」
「うん。そうだね。正直、箱の中身はすごく欲しい。けれどもそんな雑なマネをしてもわたしに益はない」
「だから、モンジに取り入った。その方がずっと平和的で、早い」
ミューズは腕を組み、「随分わたしを悪者にしたいんだね、キミは」鼻から息を吐いた。
「ぼくはモンジの友達です」
真っ直ぐ云った少年に、ミューズは腕を解き、椅子に座り直した。「OK、それはまぁ──安心していいと思うよ。わたしはたぶんキミが思うほど悪い人間じゃない。ただ、そうと知らずにキミにそう思われる、誤解されるようなことをしてしまうことはあるかもしれないが、他意はない。なにぶん大雑把で思慮深い人間じゃないんでね」
「確かにミューズさんはには、そう云うところがあると思います」
「おい、キミ。そこは嘘でも『いやいや、そんなことないですよ、ミューズさんは繊細で思慮深くて素敵なひとですよ』だとかおべんちゃらの一つでも云う処だろう」
「イヤミになると分かって、云う程のことでないと思ったので」
しれっと云う少年に、「まったく」ミューズは肩をすくめた。「彼はキミにとって本当に大切な友達なんだね」
すると少年は、「モンジのペーパークラフトが動いたのを見て、ぼくはやった、って思ったんです」テーブルに置いた大きな手をキュッと握り、静かに続けた。「すごく嬉しかったんです」
「ふうん?」
「だってすごいことですよ。いつか動くとぼくは思ってた。モンジの作品は生きている。同じ物を作ってもぼくはただの置物しか作れない。ペーパークラフトが動くなんてことはありえない。でも、モンジの作品はいつ動いてもおかしくないと思ってた。すごいんですよ、モンジの作品は。だからと云って、やっぱりペーパークラフトはペーパークラフトで、作品は動きそうな作風でしかない。なのにそれが動き出したなんて……、」
「うん?」云い淀んだ少年に、ミューズは先を促した。
少年はごくりと咽喉を動かし、「……ドキドキした」ひどく恥ずかしい告白をしたかのように耳を赤くした。
「そのワリには随分と冷静に受け止めていたようだけども?」
視線を落とした少年は、小さな声で、「だってぼく、はしゃぐとかキャラじゃないから」
なにこのかわいい生き物。ミューズは思った。確かにこれなら一年女子のあいだで幸運のおまじない扱いされているのも理解できなくはない。
「ふひっ」思わず変な声が漏れ、慌てて口元を覆った。




