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銀木はアバンギャルド解釈で阿吽像を制作したのだった。
モニュメントを見ようと集まっていた生徒、教師を前にして、銀木は語った。これは法悦の阿形像、奉仕の吽形像、慈愛と云うテーマに沿った作品である、と。
これにひとりの教師が「あかん」と物云いをつけた。男子体育担当の小林健太郎教諭である。「校門にこんなワイセツ物を置くのは許されぬ」
一方的な通達にむっとした銀木は保健体育の授業を引き合いに出し、結果、その賢しさがアダとなって余計に教師の態度を硬化させた。もちろん銀木も作品に対するストイックな姿勢でもって強情だった。
開催宣言から数十分、扇情的な裸体像の前で生徒と教師がぎゃぁぎゃぁ云い合い、これも催し物だと勘違いした生徒たちが囲む中、互いに一歩も引かぬ有様で、安全管理の見廻り教員、そして教頭まで現われた。「いやぁ見事ですなぁ」
出来は確かに言葉通りであったが、「やっぱりいけませんねぇ」と云った。
呼ばれた校長も、作品に感嘆しながらも、「やっぱいけませんねぇ」と云った。
体育教師は勝ったばかりに鼻から満足気に太い息を吐き、銀木は悔しさで唇を噛んだ。
そこへ、「これを頭ごなしにダメという明確な理由を説明することはできない」と美術部顧問、榊昇教諭が押っ取り刀で駆けつけ、歴史的観点を加えた芸術論を展開して銀木を擁護した。しかし、「これはなやっぱなぁ」美術部の展示ならば大事にならんかったと付け加えた。
最終的に、校長はひとりの教育者として作品の素晴らしさは認めざるを得ないが、責任在る立場としては中学校と云う敷地内に於て相応しくないと判断し、両者を取りなした。
校長は今年が最後である美術部の三年女子部員に猶予を与えた。
撤去か、局部を隠すか。
決めるまでシーツで覆っておくこと。
一度、部室に戻って頭を冷やしなさいと顧問に云われ、今に至るという次第だ。
「まぁ、ちょっと悪ふざけがなかっとは云わないけどね」銀木はぺろっと舌を出した。
「気付いてた?」満がトイチに問うと、「うん、まぁ」と答えた。
銀木はへぇ、と楽しそうに「うまくやったつもりだったんだけどなぁ」
「確かに見事でした」トイチは苦笑した。「首と上半身に下半身、両腕が別パーツで、阿吽の両方、混ぜて作ってましたから。ワザとですよね? でも、骨格は明らかに男と女でした」自分の腰の辺りを叩いた。
「そりゃそうだ」からっと銀木が笑う。「やっぱそこだよねー」
そう云えば、作業中、ただの一度もパーツを仮組みしなかったと満はぼんやり思った。変に思わなかったと云えば嘘になるが、問題になるとも考えなかった。そもそもポンチ絵だけで、きちんとした図面や完成図があったわけでないので、先輩の頭の中に完全な三次元完成像があるんだろうなと思ってたくらいだ。自分だってポンチ絵くらいは描くが、たいていは作る段階でどんどんイメージが膨らみ、当初のラフ画と違ったものができ上がることなんてしょっちゅうだ。
トイチが云った。「仁王像にしてはちょっと華奢かなと」
「まぁねー」
骨格から作り替えるのはさすがに面倒だからと銀木は笑う。阿形は女性らしい体つきにすることを前提にギリギリのところで制作し、最後の二週間でに乳房を取り付け、各所の調整をしたと云う。吽形の男性器は自宅で削り出し、準備していたと云う。「野郎は楽だったわー」
満は訊ねた。「それでどうするんですか? 片づけるんですか?」
「まさか」頬杖を突き、物憂げに銀木は云った。「何も云われないとは思ってはいなかったけどさぁ。撤去だって云われると、やっぱ悔しい」
「なら腰布ですね」トイチが云った。
「そうなるね」んー、と銀木は腕を突き上げ背筋を伸ばした。「おっぱいはいいのかな?」
「トーガにしたらどうでしょうか」
「なんだっけ? それ」
「古代ローマ人のやつです、片肌を出した」
「あー」なるほどなるほど。
「たぶんですね、先輩、そう悲観することないですよ」
「そう?」
その後、銀木は校長に会いに行き、体育教師と美術部顧問の立ち会いのもと、シーツを阿形には肩から袈裟懸けにして乳房と下半身を隠し、吽形には腰に巻くことで展示続行の手打ちとした。
布を巻いた三メートルを超える、一風変わった木彫り風の阿吽仁王像は好意的に受けいれられた。開催宣言直後の事件は校内で話題となっており、布の裾を捲る生徒が多数いた。隠したことが余計に人の好奇心を招き、それは銀木を多分に愉快な気持ちにさせた。
「トイチくんの云う通りだったわ」
今朝方の不愉快な出来事をすっかり水に流し、揚げ句お釣りを貰ったように銀木は中学最後の文化祭を愉しんだのであった。
二日に渡って開催された文化祭の終わった夕暮れ時、銀木は片づけを満とトイチに手伝わせた。分解しながら「実はね」秘密を打ち明けた。「この二体、腕の角度を変えると抱き合って乳繰り合う二身一体和合像になるんよ」
「マジっすか」
満の言葉に銀木は声を上げて笑った。先輩は誤用的に確信犯だと確信した。
そうした経緯もあって、本年度の文化祭ウェルカム・モニュメントは従来通りの企画書、ポンチ絵の提出に加え、制作経過の見学随時受け入れが義務づけられた。