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●第七章
インターネット上、動画共有サイトに、とある地方都市駅前ショッピングモールで起きたちょっとした騒ぎのビデオが投稿されていた。咄嗟にスマートフォンで撮影したものであろう、かなりブレがひどく、はっきりしない。一方で、尺こそ短く、数秒足らずのものの、可愛らしいシルエットの、小さな「ロボット」としか思えぬものが小走りにテナントを、商品棚を縫うように駆け抜ける姿を捉えたものもあった。
コメントは、肯定的なものと否定的なものが拮抗していた。しかし撮影場所が特定され、そこが「ロボット実験特区」であると暴露されたことで、「さもありなん」、「さすが」、「クール」と云った好意的なコメントが増えた。一方で「フェイク」と断定するものや、メジャースタジオのCGかもしれないと云った懐疑的なものが依然、ぽつりぽつりと書き込まれている。
やがてSNSやブログに転載され、加速度的に再生数が伸びそうになったそのタイミングで、二本のビデオがアップロードされた。
ひとつは、ロボットの制作ビデオで、滑らかに動作する実験風景。アルミ材から削り出した骨格はぴょんぴょん飛んで跳ねてみせた。その背後には外装と思われるカラフルな部材が無造作に積まれていた。どうやら、モールで撮影された「ロボット」のそれに見える。
もうひとつは、モールを別角度で撮影したものだった。一分に満たないそのビデオ、前半はモールの中を行き交う人々の足を巧みにすり抜ける可愛らしい小さなロボットの姿、後半はワイヤーフレーム、レンダリング、そしてテクスチャを合成し、完成させるまでのメイキングだった。営業時間外、深夜と思われるモールの中で「仕掛け人」、日本人と外国人スタッフが笑いながらハイタッチする姿で締めくくられる。
三号館、誰も寄りつかない外れの教室の丑三つ時。魔女の巣と呼ばれるそこで、ほう、と部屋の主は感嘆する。明かりの消えた部屋の中、デスクライトとパソコンのモニタの光りがメガネのレンズに反射している。
大学は不夜城だ。生活ノイズの所為で夜間しか実験の出来ない学生、半泣きで締め切りまでの無慈悲な数時間、レポート執筆に費やす学生、計測終了までの十何時間を機器のそばでシュラフに包まる学生、酒盛りそして麻雀大会で騒ぐ学生……大学は、眠らない。
どうやらフェイクの線で落ち着きそうだ。ミューズは感心する。なかなか良くできたビデオだな。
投稿者のアカウントを調べるに新規でない。過去にもプラモデルのコマ撮りや自作の3Dレンダリング動画を幾つかアップしているユーザーだ。メイキングビデオも、このアカウントの主が作る他と同じオープニングとエンディング・クレジットの体裁をとっている。
だが、ミューズは騙されない。ツールを使って動画をダウンロードし(違法です)、解析した。……音がこもっている? スピーカーをイヤホンに差し替え確認する。別の作品もローカルに保存、双方のファイルから音声を抽出した。音波形を重ねるにドンピシャだ。劣化コピーかエンコードミスか。些か雑に思えるが、向こうが慌ててのことなら、愉快なことに他ならない。
ミューズは幾つかの可能性を考えた。(イ)、誰かが他者のアカウントを乗っ取り動画を上げた。(ロ)、このアカウント主が幾何かの謝礼を受け取って代理アップロードした。(ハ)、このアカウントはそもそも〈商社〉だとか、アルファベット三文字の略称を持つ、そんな感じの機関専用のものである。
まぁいいさ。どっちにしたって偽物なのは違いない。
ここにきて、だいぶ相手の動きが能動的になってきた。問題はどの程度くらい食いついてきたかである。状況次第では、すぐにでも次の段階へ移るだろう。間接的なアプローチか直接的なコンタクト、或いは──強弁なる圧力、強行なる行動。
指導教授の渋面を思い浮かべ、口の端をニヤリと曲げる。今はまだ、こっちに分がある。故に、もう一仕事でトドメとしたい。
それにしても、とミューズは思う。頭の後ろで手を組み、暗い天井を仰ぎ見る。中坊もなかなか侮れないね。
向かい合ったファストフード店の隅の席。眼前には縦にも横にも、大きな中学生。
彼は云った。「あなたはぼくらについて色々と把握してますよね」そう切り出した。「でもその逆もしかり。幾つかの逆算はそれほど難しいことではありません。顧問の榊先生、図書室の卒業アルバム、教室の吾郎先生に明美先生、大学と研究室、学会、論文の検索」
ミューズはカップを持って、ストローから中身のコーラを静かに啜り、先を促した。
「騒ぎを起こす。それが今日の目的だったんですよね」
視線を窓の外に向けた。細い雨の筋が窓ガラスの表面をついと流れる。テラスのタイルが黒く塗りつぶされていく。
「その動機は推測でしかないですが、遠からずだと思います。全てはあの不思議な紙、拡張紙。その研究が狙われたか潰され掛けている……だからこその先手、情報の開示。騒ぎがニュースになれば、情報は拡散され、広告にもなる。それは同時にミューズさんの身の安全を保障するものだと思います」




