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カミガミペーパークラフト  作者: 岡本眞事
第六章 「作品、見てくれる?」
38/53

6-9

「あ、はい」委員長の従兄かぁ。そうなんだ。へぇ。「……ってなんでそれで!?」

「長峰、誕生日が来週なの。私と長峰が同じクラスだって話になって、だからそのお祝いに何がいいかなって、」カオリはでも、と小首を傾げた。「ミっちゃんにそう云ったよ?」

 視線が満の隣の部屋に流れたのを認めた。ハッとして、身を乗り出し隣の部屋を見遣れば、カーテンが窓の隙間からひらひら踊ってた。「ミチ子!」

 ぷ、とカオリが笑った。「やられたね」

「まったく……」

「今度、お出かけする時は、るーくんにきちんと云うよ」

「いや、そこまでしなくても、」

「なら一緒にお出かけすればいいかな」

 満は思わず唸った。なるほど、名案過ぎる。「リっちゃん、すごい」

「はいはい。どこ行く?」

「映画」その言葉はするりと口から出た。「映画にしよう。ほら、あの木星の映画」

 ところが、カオリは何か考え込むように押し黙った。

「別のが……いい?」

 満の言葉にカオリが首をぶんぶんと振った。「観たい。るーくんと一緒に〈スペース・タイタニック〉観たいっ」

 無邪気な笑顔は、昔ながらの、満の良く知っている表情だった。

「あのさ、リっちゃん。ケータイの番号、教えてよ」

「いいよ」微笑み、「でも、るーくん、ケータイ持ってないじゃん?」

 そうでしたー。「ミチ子から借りるから」

「もう登録してあるよ」くすくすカオリが笑う。満も、笑いを堪え切れなくなった。

 ペーパーロボットたちはそんな二人に構うでもなく、窓辺に座って足をぶらぶらさせたり、満の背中を登っては降りたり、ちょこまかしていた。そんなクラフトを見て、ふとカオリが云った。「もう、連鶴は折らないの?」

「うん? 別にそうでもないけど?」

「そう」カオリが嬉しそうに笑う。「作ったらそれも見せてね。じゃ、もう遅いから」

「うん」

「明日から十月だよ。衣替え、忘れないようにね」

「うん」忘れてた。「大丈夫」

 しばらく見つめ合って、なんだか二人は気恥ずかしさを憶える。

「おやすみ」満は云った。

「おやすみ」カオリも云った。「また明日、学校で」

 互いに一つずつ紙コップを手放し、自室に引き入れる。最後にカオリは小さく手を振って、カーテンの向こうに消えた。

 満も窓を閉め、ペーパーロボットたちをスリープさせると、工具箱の中に丁寧に横たえた。

 胸の奥で支えていた何かがすっかりなくなり、晴れやかに感じた。時間割を見ながら通学鞄の中身を入れ替え、作業台に目をやった。依然、最後の一体、ビビッド・ジョーカーはパーツばかりで完成していない。

 連鶴か。

 気晴らしに一つ折るのも良いかな。

 今日の問題の発端である拡張紙こと、不思議紙で作ってみるのはとてもいい考えだと思った。

 満は不思議紙の余りを、赤い千代紙に貼り付けた。その上にティッシュを置いて本を重しにして、紙が皺にならぬようしばし放置。ボンドが乾いた頃合いに本をよけ、カッティングマットの上で位置合わせするや、カッティング定規を宛て、カッターでザッと長方形を切り出した。それを左右から斜めに折り、真ん中を半分、切った。

 折って、曲げて、開いて伸ばす。切れ込みに注意しながら、ふたつ同時に鶴を折る。最後に膨らませ、首を爪の先でつまみ折り曲げて完成。翼の半分をくっつけた連鶴の基本、夫婦鶴だ。

 連鶴は正方形の数と切り込みの位置で仕上がりが変わる。繋がりが翼の先だったり、キスするようにくちばしになったり、その両方を一度にすることもあれば、幾つも繋げて、両端の紙を重ね折ることで輪にすることも出来る。根気と組み合わせで幾らでも成り立つのだ。お江戸の時代には一羽から百羽までの様々な連鶴の、紙の切り込みを解説した本が出版されている。

 鶴は折り紙の中でも難しくないが、繋げて折ると、それは一際面白い仕上がりと感動をもたらす。数ミリだけ残した切れ込みで作るとなると、紙質も選ぶ。だから繊維の長い和紙がいい。

 ふと、満は机の上に出来たばかりの二羽の連鶴がぱたぱたと羽ばたいているのを見た。不思議紙。すべての始まり。飛べるかな。そう思ったのは間違いだった。繋がった鶴は互いに上手く動けずにいた。羽ばたきが強くなる。繋がりから千切れそうになる。満は慌てて繋がった二羽を捕まえ──手の中で暴れるそれを、大人しくさせようとしたが、無理だと悟った。苦しそうな羽ばたきを繰り返す夫婦鶴を、満はハサミを手にし──僅かに躊躇ったあと、切り離した。

 自由になった二羽の折り鶴はそれぞれに飛び始めたが、すぐに力尽きたようにぱたりぱたりと、羽ばたきが弱くなり、程なくして沈黙した。

 満はそっと一羽に触れてみた。ぱた、と小さく羽ばたいたきりだった。それは最期の一息のようだった。

 自分は何を折ったのか。胸の内で得体の知れない何かが鎌首をもたげるような感覚を憶えた。いったい何を作ったのだ。いや、「なにで」この連鶴を作った?

 机の上には折り鶴が二羽、あるだけだった。

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