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タブレットの液晶の中に、カオリと大学生の仲睦まじい光景が映し出されていた。音はなくとも、楽しそうにしているのが仕草で分かる。カオリは学生の手からラインストーンの光る髪留めを取り上げ、棚に戻した。全く分かってない、しょうがないなぁ、とでも云うかのように学生の腕を、親しげに叩くのだった。
満は、胃の辺りを変な物がぬらりと居座るのを感じた。
「仲がよろしいようで」ミューズの言葉が追い討ちをかける。
「なぁ、アニキ。おれっち何かやることない?」エースが云った。
「いや、」肩ひもからぶら下がるそれに苦労して、「何もない」たった一言。
「あっそ」エースはヒマそうに肩ひもでぶらぶらと揺れ出した。満はやめさせようと手を伸ばしたが、ひょいと逃げられた。余り動かれると、衆目を集めるのは想像に難くない。並ぶミューズのストラップにいるジャックと小突き合いを始めたので、満は二歩下がることで距離をとった。その時、自分がショッピングモールと云う驚くほど開けた空間にいることを改めて知った。そこは広く、騒がしく、流れる音楽、人、人、人。行き交うカップル、家族連れ。響く足音。喋り声と笑い声。音楽とアナウンス。眩しい照明の中、繊細なペーパークラフトを持ち出したことを激しく後悔した。
彼らはちょっとしたことで壊れてしまう。手で触れただけでも、ダメになることがある。アンテナが曲がる、パーツが取れる、ボディが凹む、紙が汚れる。万が一にも人に蹴られる、踏まれるなんてことが起きたら、もうどうしようもない。自由に動き廻る彼らを見ていて、自分の感覚がどれほどひどくマヒしていたのか、強く思い知らされた。
「ほら、移動するよ」
ミューズが歩き出す。その後を追う満の足取りは重たかった。
カオリたちはそのままティーン向けの雑貨店や、アーリーアメリカンを気取ったアンティーク風のショップ等と云った幾つかのテナントをひやかし、笑い、話し、歩き、デートを愉しんでいるようだった。そしてモールの三階、いっとう角地にある大きなスペースを持ったステーショナリーショップに足を踏み入れた。鮮かなピュアレッドがブランドカラーの、全国展開している人気のショップだ。ファンシーな雑貨に、ハイエンドの文具まで取り扱ってる。
細々とした物が並べられた賑やかな売り場の中で、小さなクイーンの姿を満は見失った。
タブレットを持ったミューズは、「ふむ」関心したように、「成程、いい選択だ」
満の位置から、液晶の映し出す世界は、天井の照明が反射して見えなかった。結局、そろそろと陳列棚を迂回して、二人の様子を窺った。むむむ。什器が邪魔で、人が多くて、何が何だか良く見えない。
「おれっちが行って──ぐむっ」
エースの申し出を、手で覆って辞退した。「喋るなって、」
横を通った二人組の高校生くらいの女子が、訝しげな視線を向けたのが分かった。
「少年、少年」エースから満にしか聞こえな程度でミューズの声がした。「今、どこよ?」
満は顔を上げ、什器に掲げられたPOPに目を向け、「ケータイ用品のコーナーです」
直ぐに、「お、いたいた」陳列された商品の蔭から、ひょこっとミューズが姿を見せた。満はタブレットを見ながらふんふんと頷くミューズのそばに移動した。
「お買い物は済んだみたいよ」
「何を買ったんですか」
「気になる?」
むふっと笑うミューズに、「いいえ」失言だったと自己嫌悪。カオリが何を贈られようと知ったことではないのだ。それを知る権利は自分にないし、そもそもこの尾行めいた行為に対して後ろ暗い。だからそれを知ることは何かもっとひどいものを失うように思った。
「ホラ、なにぼーっとしてんの、行くよ」
促されて向かったのは下りのエスカレーター、カップルが二階のカフェへ入って行くのが見えた。その後ろを巧みにクイーンがちょこちょこと追いかける。満は驚く。どこで身に付けたスキルか、身体の大きさと身軽さを活かした追尾だった。
「隠れる場所、ないね」ミューズは言葉とは裏腹に、大して深刻でない風にタブレットを指先で繰る。「ちょうどテナントの切れ目だ。トイレ前ならいい按配で向こうからは見えないだろうね」
はたしてミューズの言葉通り、白い壁の蔭から、ちょうどカフェを窺い見ることが出来た。
「何も頭を出して見つかることもないよ」タブレットから顔を上げずにミューズが行った。「ショコラは優秀だね、ちょうど二人の席の真上、ランプシェードの上にいる」
ギョッとした。「熱が、」
「発火するほどの高熱なら消防的にアウトだよ」
だが、どうしたってそんな環境下ではクラフトに傷みができる。
「もし本当にアウトならショコラが自己判断するだろうさ」満の思いを見透かしてか、しかし軽くミューズは云った。「まぁ、ちょっと我慢しておくれよ」
「もう止めませんか、」
「ハハハッ」ミューズが笑った。「何を今更。やるならトコトンだろうに」まるで面白いことを聞いたように哄笑するが、一転して顔が曇った。「あー……」、タブレットをのぞき込みながら、情けない声を出した。「バッテリがあかん」
「それじゃ、」
「警告出た。もうオチる。あー、あっあっ、カウントダウン始めよったばい」
「なら仕方ないです」ホッとする自分がいるのを満は感じた。だが、「諦めるのは未だ早い」ミューズは使い物にならなくなったタブレットをジャケットのポケットに滑り落とした。




