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クイーンは「そうだわよ」えへん、得意げに胸を張った。
「声に出さずに会話できるか。結果は」パチン、と指を鳴らし、「お見事。ノーパソと通信して、チャットついでに、他のクラフトとやりとり出来るかどうかも試してみたんだ。外部コマンド受け付けるかなぁーって」
「ちょっと待ってください」トイチが遮る。「スリープさせてたよね? モンジ?」
「そうだけど、」
「うん、だからね」しれっとミューズは云った。「試しにショコラに三体に声をかけてもらったんだ。スリープ解除は無理だった。けどね、機能の一部がオンになったんだよ、それでキミタチの会話も筒抜け」ふへっ、と鼻をこすり、「まだまだ分からないことだらけだ、ハハハッ」
満はちょっとむくれ、「勝手なことはやめてください」
「そうは云うけどね」ずいとミューズは満との間合いをつめ、その胸に人さし指を突き立てた。「キミは分からないままモノと付き合って行くつもりかい?」
ミューズの言葉にぐ、と詰まった。
それに異を唱えたのはトイチだった。「いいんじゃないですか。分からないままでも」
するとミューズはメガネのレンズの向こう、目をすうっと細めて云った。「キミらしくないように思えるね」
トイチは肩をすくめてみせた。
「まぁいいか」ミューズも肩をすくめた。「それにしても拡張紙とはよく云ったものだ、我ながらいい名前だ。そう思わないか? な? な?」
満はなんかウザくなってきた。「ハイ、ソウデスネー」
しかしミューズは、「ハハハッ!」ちっとも気にしてないようだった。「それに通信機能ってのは便利に使えそうじゃない?」だが、満とトイチが黙っているのに気が付くと、「考え過ぎだよ」少しも悪びれた風でなく続けた。「ロボットが無線で通信するのはおかしくないでしょ? データリンクも。試してみたら出来たってだけ。これは発見だ、喜びたまえ」
「でもこいつら普段、喋ってんですよ」満が云った。
「うん、そうだね」ミューズは首肯する。「これはわたしの考えだけど、いわゆる『ロボット』と『ロボット生命体』は違うんだよな。考えてることがタダ漏れじゃ具合が悪いのは人間も一緒だ。『ロボット生命体』も何から何まで人間と全く同じである必要がない。データリンクも通信の送受信も、機能として持っていたって良いんだ。ただ用途に併せて使い分ければいいってだけのこと」
トイチが口を開く。「ミューズさんはこのペーパークラフトたちを生命体と定義するんですか?」
「いや」ミューズは頭を振る。「ただのお茶目な紙細工だね。けど、新しいジャンルと云うか、概念だから、ひとまずわたしはそう認識することにしている。今後、拡張紙で別の誰かが何かを作ったとしたら、また違ったものが生まれるだろう。その時、定義を改めて考えればいい。だから今はお茶目な紙細工で充分だと思うのさ。だからね、」ミューズは満に視線を向け、「このお茶目さんたちはキミの潜在意識も影響しているだろう。能力はキミの創造力、創るほうのソウゾウに依存しているのは間違いない。けれども、動き出した瞬間から彼らはキミの手を離れえて外界からの入力、環境に影響されて進化……って程でないかな、成長? そのくらいはあると思うよ。たとえば仲間と協調していくとか、何をしたら壊れ易いとか、ジャンプの仕方、着地の仕方、学習したことを互いに教え合ったりするのは、ある種のデータリンクだろう。わたしはね、この狭い教室とキミの部屋だけで終わらせるのは勿体ないと思っている。後生大事にカゴの鳥で終わらせたいか? NOだね。外界と接触して多くのことを学んで欲しい。それは結果にとして彼らの扱い易さ、付き合い方に繋がると考えてるよ」
ミューズは身近にあった机に腰を預け、足を軽く交叉させた。「さて、折角だからちょっとガールズ・トークしよっか」
「ボーイズです」トイチの言をミューズはナチュラルに無視して、満に云った。「四方田さんは何故、わざわざキミの妹ちゃんにデートの服装について相談する?」
「……初デートだからじゃないですか、」
「〇点」次いでトイチを目顔で示し、「キミは?」
「信頼してる相手だから」
「二〇点……は多すぎか、十五点だ」
ミューズは、よっと身体を起こし、両手を白衣のポケットに入れ、夕日を背負ってにやぁっと笑った。「キミタチは、誰かに伝えて欲しいと云う意思の現れだと考えないのかい?」
おいすー、おいっおいっ、おいすーっ。
グランドから運動部の活動を締める声が聞こえた。
おつかれっしゃーっ。
ややあって、トイチが真剣な面持ちで云った。「つまり、モンジに対する嫌がらせですね」
「そゆとこだろうね」むふっ、と笑う。
*
待ち合わせは駅に隣接したショッピングモール二階。施設案内ではパティオと呼ばれる、オープンテラスの午後一時半。
秋を目前に控え、気持ちよく晴れた日だった。自由に利用できるテーブルのひとつに、黒いスクエア型のメガネをかけたひとりの男子学生が文庫本を座って読んでいた。ブラウンのチェック柄シャツに、チャコールグレーのジーンズ。質素な清潔感はあっても、華やかなモールの中にあって、ややもすると埋没しそうな印象だった。




