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ふふっとミューズは笑い、ペットボトルのコーラをくいっと傾けた。それから口元を押え、そっと小さなおくびを不思議な上品さで漏らした。
「デートしたかったんだ。一緒にいたかったんだ。だからパシリらせて、そのついでの帰り道にカラオケ行こうとかゲーセン行こうとか、ワガママに付き合わせたんだ」
えーマジですかー、きゃー。
マジマジ、ほんと可愛かったんだって、サッキーってさぁ。聞いておくれよ、わたし、成績良くなかったけど、がんばって同じ高校にしたのに、さっぱりだもん、やんなっちゃう。
それって、……もしかして榊先生のために進学先、決めたってことですか?
YES、動機としては充分だろう?
きゃーっ、なんか素敵ッ。
だけどね、大誤算だったね、二年になったら文理で別れてガッカリよぉ。
ああん、なんて切ないの……。
だがまぁ、同じ学舎だ、休み時間に放課後に、幾らでも捕まえる機会はあったさ、ふへっ。
今も連絡取り合ったりしてるんですか?
いやぁ、恥ずかしいねぇ。あんましからかわないでくれよん。
きゃーきゃー。
今度、ご飯一緒に食べよーって誘ったのに、あの朴念仁、自分が奢らされるとか思ってんの。するかって。むしろわたしが奢りたいってのにさぁ。
あー、なんか分かりますぅー、榊先生、ニブそうですもんねー。
そーなんだよ、苦労。分かってくれるよね?
分かります、分かりますぅー。
だからね、キミタチ、サッキーに色目使ってる女子教員とか知ってたら教えてね。
大丈夫ですよ? 杞憂ですよ?
なんだそれはっ! わたしの趣味が悪いみたいじゃないかっ!?
そんなことないですよぅー。
教卓前で繰り広げられるガールズ・トークに、ふと満の口から言葉が零れた。「デート……」
「モンジ、」満のそばにすいとトイチはしゃがみ、マーメイドにボンド塗りの作業に手を貸しながら云った。「心あらずっぽい」でもまぁ、と続ける。「部長と副部長が来てくれたお蔭でスケジュールは充分すぎる程に余裕だから気にしないでいい」
「そう、」迷ったのは一瞬、昨晩知った事実をトイチだけに聞かせるように話していた。「四方田サンが週末デートだってさ」
トイチは黙々とボンドのついた紙を貼り付けた。満は指先でつまんだスキージーをブラブラさせていた。
「妹が、その、どんな服がいいのかって聞かれたって」
「ふうん……」何か考えるように、けれども、「モンジ、そっち引っ張って」
「うん」満はスキージーを置き、云われた通りした。
教室の反対側ではミューズと、作業しながらのトシ子、美保子がきゃいきゃい楽しげに話しをしている。対照的に、こっちはどこか色彩を欠いたように、満は感じた。
*
下校時刻より余裕のあるところで、第二美術室、文化祭ウェルカム・モニュメント制作、本日分の作業を終了とした。トシ子と美保子は帰宅準備に部室へ戻った。窓の外、校庭でも運動部が片づけを始めている。傾いた陽が、グランドを赤く焼いていた。
ミューズは教室の明かりを落とすと、教卓の上、ノートパソコンの液晶を閉じ、机に置かれた段ボール箱の中身に声を掛けた。すぐにショコラ・クイーンが腕を伝って、ひらりとその肩に乗った。
「退屈で眠っちゃいそうだったわ」
薄暗い教室の中、クイーンは腕を突き上げ、背筋を伸ばした。ペーパーロボットに脊椎の設定あったかなぁ。満は他の三体を工具箱から取り出し、スリープを解除した。
「四方田さんって、キミん家のお隣さんだよね?」
クイーンを肩に乗せたミューズが、ぶらぶら満たちの所へ歩いてきた。「水泳部で、種目はバタフライ。特に記録は残していないけれども、ショートカットの子」
「……そんな話、しましたっけ」満は訝しく思った。この赤メガネの人は他に何を知っているのだろう。
「そんな怖い顔しなくていいよ」満を見透かしたようにミューズはくすりと笑った。「なんでわたしがここにいるのか、幾つか逆算すればそれほど難しいことでないと分かってもらえるでしょ」
「紙の行方をお店で聞いたってことだけじゃないってことですよね」トイチが断定の様に云う。
ミューズはどうとでも取れるような曖昧な笑みを浮かべ、「まぁそんなことより」話題を変えた。「週末にデートとは羨ましいね。わたしの中学時代の憧れたひとつだったよ、私服のお出かけ」
「ぼくらはこっちで話をしていたんですけど、」トイチが云った。「それも誰かに聞かせるわけでなく、小さな声で」黒板と後ろ壁を指さし、「教室のこっちとあっちですよ?」
「ショコラと通信の実験してたんだ」




