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カミガミペーパークラフト  作者: 岡本眞事
第一章 「思いのほか、早い仕上がりに見落としがないか不安になってしまう症候群」
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1-2

   *


 それは自然に「ピンク・コング」と呼ばれるようになった。

 文化祭のウェルカム・モニュメントは毎年、美術部が制作し、校門そばに設置される人気のフォトスポットだ。在校生はもちろん、父兄来場者もケータイ、デジカメを構えずにいられない。

 何が出来るか当日まで一般生徒が知ることはないが、美術部渾身のクオリティに期待は大きい。

 昨年度のモニュメントは、造形を得意とする先輩女子がほぼひとりで作り上げた。大工仕事が出来るトイチはかなり貢献したが、スキルが充分でない満はあれこれと雑用を云い付かった。

 それは金剛力士をモチーフにした阿吽仁王像だった。

 ──校門の両脇にあって出迎えられたらなんかカッコいいよね?

 今年の春に卒業した銀木しろき先輩は楽しそうに云った。

 頭部と腰部で分割し、両腕も肩で接続する形で制作された。組み上げれば台座込みで優に三メートルを越える巨体になるはずだ。離れの一階にある空き教室は第二美術室と呼ばれ、年に一度のそのためだけに割り当てられている。過去の作品も、予算都合から一部は再利用のために分解され、保管されている。

 銀木は図面など引かず、いきなり木枠を作り、ボロ布を巻いてポリエステル樹脂を重ね塗りし、持ち込んだサンダーで削って磨いて整えて、アクリル絵の具で木目を描き込んだ。

 図面も詳細完成図もなく、適当なポンチ絵しかない有様だったので、先輩の云うことに従う以外に出来ることはなかった。一年男子と云うだけでだいぶコキ使われたと思うが、満は同じ造形を愉しむ者として苦労も多かったがそれ以上に楽しかった。慣れぬうちは樹脂とアセトンの強烈なニオイに多分に辟易したが、それだって経験だ。

 銀木先輩謹製のウェルカム・モニュメントは文化祭の二週間前に、ほぼ完成した。

 ──あとはあたしだけで大丈夫だから。

 以後、当日までのお楽しみと云う理由で作業室への立ち入りは禁止された。確かにもう手伝う所もないだろうと、モニュメント制作から解放されたトイチと満は、それまで殆ど手付かずだった自分たちの展示作品に本腰を入れて取りかかった。

 トイチは三枚のB2サイズの連作を書き上げた。満はペーパークラフトの技法で二体のロボットを厚紙とカラフルなマーメイド紙で制作した。

 文化祭展示期間中、二人の作品は女子から「カワイイ」と評された。

 トイチの画風はややもするとマンガ的であり、雄大な風景と蒸気で動く不思議な機械、そして少女と云うモチーフをアクリル絵の具で水彩風に仕上げた。満の作品もカッコいいロボットではなく、雷神、風神のモチーフをヤンチャに擬人化し、表情豊かにディフォルメしたものであり、今にも飛び跳ねそうなポージングも相まって来場した子供たちに好評だった。

 問題は文化祭開催直後に起こった。

 初日午前の一番、会場の受付兼案内担当はトイチと満の二人だった。なので、校門で起こったウェルカム・モニュメント事件については、ぷりぷりしながら展示会場である美術室に戻ってきた銀木先輩その人から訊くまで知る由もなかった。

 まだ見物客もまばらで数える程度の中にあって、銀木は片隅にあったパイプ椅子にどっかと腰を降ろし、太い鼻息を吐いた。

「アッタマ来るー!」

 スカートの裾がめくれるのも構わず子供みたいに足をバタバタし、パンクかメタルか前衛芸術か、激しいヘッドバンギングをかました。「あーッ、悔しい!」

 あまりのイキオイに満は近寄るのも憚れたが、「どうしたんです?」トイチが訊いた。

「モニュメント撤去するって!」

「そんな、」どうして、と云いかけた満は最後まで言葉を紡げなかった。

「ワイセツってなによ、ワイセツって!」銀木は火を吹くように声を荒らげた。「裸がダメな理由がワイセツって何よ!」

 話の成り行きが分からない満がトイチを見遣ると、彼はあー、やっぱりなーと云う顔をしていた。

「ワイセツと、思う頭がワイセツだ!」

「まったくそうです」賛同するトイチ。

「そうよね!」ビシッと指さす銀木。

 トイチの同意を得てか、荒れてた銀木も「はぁー」と息を漏らして落ち着きを取り戻し、校門に設置した件のモニュメントについて話し始めた。

 銀木は二週間前に満、トイチ以下、美術部はもちろんのこと、文化祭実行委員と生徒会の入室を禁じた揚げ句、教室のカーテンを閉め切ってウェルカム・モニュメントの仕上がりの一切を秘密にした。設置も一人で行った。そして当日。文化祭実行委員長による開催宣言と共にオブジェに被せたシーツをばっと払った。

 これは金剛力士をモチーフとした新解釈の阿吽仁王像である、と提出された企画書にあった。仕上がりをイメージしたポンチ画もあり、美術部顧問、文化祭実行委員、生徒会、校長の許可ハンコが捺され、予算がついた。

 すでにこの段階で金剛力士像はあくまでもモチーフであり、造形一本、中学三年部活動の集大成、銀木独自の作品になることは明言されていた。

「だって金剛力士像を飾りたいなら東大寺から借りてくればいいじゃん?」

 もっともである。ではなぜウェルカム・モニュメントに阿吽像なのか。企画書には銀木の造形に対する熱い思いが込められてた。「従来の仁王像は人々に畏怖を抱かせるために、ともすれば恐ろしげな形状であるが、今回、自分が制作するに当たって、人々を慈しむ愛を具現化したい」と云ったことが数ページ渡り綴られていた。「来場者を喜びで出迎え、感謝で見送りたいとと考える」。問題が起きた今となっては熱すぎたことにあったと云う見方も在ろう。

 シーツの下から姿を現したのは、巨木から削り出されたような見事な阿吽像であった。外装は樹脂製だが丁寧に木目模様が描き込まれ、誰もが木工作品だと思った。思ったが、皆が想像していた仁王像にしてはなんだかおかしい。

 阿形像は乳房があり、吽形像にはペニスがついてた。どちらも腰布などなく、全裸の肉体美、そして繊細かつ精密に陰部が作り込まれていた。

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