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カミガミペーパークラフト  作者: 岡本眞事
第五章 「と云うのは嘘ですっ」
28/53

5-5

   *


 第二美術室の部活動、モニュメント作りに、オブザーバーとして美人講師が臨時配属された、との妙なウワサは直ぐに広がった。夏休みも、それ以前よりも多分なギャラリーの衆目に晒され、幾分パンダになった気分で満とトイチは作業を進めざるを得なかった。

「ずるいわ」部長のトシ子が云った。

「ずるいですね」副部長の美保子が云った。

「なんか手伝うよ? ってか手伝わせて」ふんふんと鼻息荒く部長が詰め寄ったので、トイチは作業の割り当てを組んだ。

 それ自体は、二人にとって問題ではなかった。ただ、ペーパーロボットたちをスリープさせたままにせざるを得ず、一緒に過ごした時間がすぐにも懐かしくなった。あの楽しい時間をもう一度取り戻せたら、と満は小さく溜め息を吐く。向こうでは部長たちに作業内容を指示をするトイチの大きな背中がある。彼も同じ思いでいるだろう。そして黒板前、教卓の上にノートパソコンを置き、物凄い速度でタイピングしている臨時講師を少し恨んだ。恨んだが、彼女も自分の発明、拡張紙のもたらした奇跡のようなペーパーロボットをもっと詳しく知りたいだろうから、やるせない思いをどこかに抱いているのではないかと感じ、結局のところ、自分たちと同じなのだと理解して作業に戻ろうとしたら、窓に鈴なりになって見物していた生徒たちにそれはそれはにこやかで健やかで清々しい笑みを振りまき、優雅に手を振り、初心な男子生徒の頬を赤らめさせ、女子生徒にきゃぁっと黄色い声を上げさせたりして、数秒前に抱いた結束感を一瞬で消し飛ばした。

「楽しそうね」

 放課後、通学鞄とスポーツバックを抱えたカオリと廊下で行き合い、イヤミを云われた。

「そうでも……ないな」ペーパーロボットを思って応えた。

「ミっちゃんが教えてくれたわ、すっごい美人だって」

「あの人、」実はアレなとこがある、と云いかけて口をつぐんだ。それはわざわざ口にすることではない。

 しかしカオリは、「あの人?」言外の響きを感じ取ったようだった。「そのあの人がなんだって?」

「なんでもない」

「そうね」

「興味あるなら見物に来ればいいじゃん」

「なんでわたしが!」

 云って、ハッとしたように口元を押えた。なにか物凄い塊を苦労して飲み込んだようにごくりと咽喉が鳴ったのが分かった。

 なんだろう。満は思った。何か、イラつくな。カオリにではなく、自分に、だ。面白くない。カオリが悪いわけでない。なのに胸に支えるものがある。第二美術室は見物人が多くて作業がしづらいとかそんなことはない。スケジュールは順調だ。トイチの追加作業計画は予定前倒しで進行している。なのに、何かがひっかかる。

「なによ」変な顔して、とカオリはふんっと鼻から息を吐いた。

「なんでもない」

「そうね」

 無言のまま二人並んで廊下を歩いた。

「トイチくんのことね」ふとカオリが云った。「お腹のおまじない、ミっちゃんがうまく訂正してくれたわ」

「へぇ」

「それだけ?」

「何が?」

「もういい」

 云い終わらぬうちにカオリは満から離れ、スカートの裾を翻し、階段を駆け降りて行った。残された満は、依然、胸の内にある何か得体の知れないそれを引き上げようとして、どうにもうまくいかないことに苛立った。

 何だよ。いったい何だってんだよ。


   *


 文化祭出品予定の作品、最後の一体であるビビッド・ジョーカーの制作は難航していた。

 ボール紙をサークルカッターで切り抜き、その真円を縦に横にと組み合わせて接着、下地を作り、そこに舟型多円すい図法──皮をむいたミカンの房のようなボール紙で作った型に合わせ、切り出した〈黒〉のマーメイド紙を注意深く貼った。この色は、はみ出たボンドが特に目立つ。

 頭にはシルクハット風の、しかし歪な形の帽子。他に、先の尖ったブーツ、手袋にパラソル、前輪の大きなペニー・ファージング自転車(スポークは造花用紙巻きワイヤー)。背負った円筒のボイラーの、煙突からはもくもく蒸気。麗しきヴィクトリア朝の雰囲気とメカを融合させた、そんな小物類を随所に取り付けるつもりだ。トイチの意見を汲んで、手足は黒を基調として赤だの青だの黄色だのと、ビビッドな模様を作る──はずだが。どうにも思うように手が動かない。イメージがもやもやしてはっきり見えないのだ。どうにもしっくりしない。バランスだろうか。それとも球体ボディが面白くないのだろうか。だから小道具の方を先に作業を進めた。これがむしろ足かせになっていないか? 小道具は他にも転用できるから制作してストックにすればいい。デスク上のケースの中には、そんなパーツが幾つもある。ときどきひっくり返して、組み合わせがひらめくと、ニコイチ、サンコイチにしたり、アクリル絵の具で塗装した木枠の箱に詰め込んで額装したりする。

 とにかく本体が出来上がらないことにはシリーズ連作、フルハウスにならない。

 満はカッティングマットの上で黒い球を転がした。いつしかペーパーロボットたちは、思い思いの格好でくうくう寝ていた。時計を見たら、午後九時を廻ったばかり。たぶん活動時間は子供のそれと余り変わらないのだろう。

 満は、帰宅するとスリープから解除してやり、部屋の中とは云え、「色々と注意するように」釘を刺す。これはエースだけの頃は少々難しかったが、仲間が増えると自然と秩序が生まれた。特にクイーンの存在が大きいだろう。エースやジャックに対して、ややもすると口幅ったいのは、女子らしい。たまにキングがたしなめる。制作上の設定年齢よりも少し高いかな、と思ったが、ふとキングのイメージが彼の大きな友人と被っているところがあるのに気が付いた。

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