5-4
「キミ、なかなか良いところ突くね」ミューズはにこっと笑う。「なにしろそう云うのは真っ向からやると怒られちゃうからね。例えばステルスに使われてる塗料って、もともと市街での電波の反射をおさえるために吸収するつもりで作られたものなのよ」
「似たような話は訊きますね。パワーアシストとかも」と、トイチ。
「そうそう」頷くミューズ。「なんか平和的な使い道でぇっす、ってことにしとかないと目、つけられちゃう」
「それが巡り巡ってここに来たのか……」満は、なにやら感慨深いものを胸中に感じる。授業で習った一期一会と云う言葉を思い出す。「縁……ですね」
「そうよ!」ミューズが鼻息を荒くした。「ロボット! カワイイ! これは来たね! オモチャ化バンザイ、お金持ち!」
しかしトイチは、「アニメとかゲームにならないと難しいと思います」懐疑的な口ぶりで続けた。「ヒットって作れるものでもないでしょうし、代理店とかコネがないと、やっぱりこっちも、どこからか横槍が入るんじゃないかと思います」
ミューズは眉根をキッと立たせた。「そんなの杞憂よ、よく見なさい! これだけの商材を前にして二の足を踏むだなんて今すぐ倒産と同義語だ!」
「ええ、まぁそうでしょうけど、物が物だけにそうは問屋が卸さないことも充分にありそうです」
トイチの言葉に、そうだねぇ、とミューズ。「キミの懸念は分からないでもない。ほんっとにヤバいやつは全力で潰しにかかってくるってからね」
「ええ。そうでしょうね」トイチはミューズの言葉に嘘がないとばかりに、イマイチ話の分かっていない満に頷いて見せた。
「だからの先手なんだよ」ミューズは腕を組んで続けた。「その昔、とても効率的でエレガントなOS、コンピュータの基本ソフトが開発されていたのよ。ところがいきなり潰された。ガチで来るわよ、国益を損なうと判断したら。人類の発展や技術革新よりも優先なんだから。でも、ま、それが普通なんだよね」
「なら研究を国が守ってくれれば、」
満の言葉を「まさか」と世間知らずを諭すようにミューズは云った。「無理無理。こればっかりは仕方ないの。国防って、国力と同義語なんだから。幾つもの発明が潰され、基礎研究は基幹部をかっさわれて、国内のあらゆる研究施設、大学、民間に至るまでチェックされてると云っても過言でないでしょ。そして時が来たら、外交と云う脅しでもってポンッ」
口を半開きの満に、「若いねぇ」くふっとミューズは笑った。「その若さ、大事にしておくれよ」
「ミューズさんだって若いでしょうに」トイチのフォローに、「あら、お上手」云いながら、ミューズはずるずると椅子から落ちかける。「でもわたし、一浪二留してるし、慢性運動不足だからもう色々とダメなんだわ」
肯定するのも否定するのもダメだと思い、満とトイチは黙っていた。
「まぁ、情報が一瞬で世界を巡る今時分、表立ってそんなことはない、とは思うんだけどね」物憂げにお腹の上で両手を絡ませ、「仕掛けられる前にこっちから仕掛けられる手段があるのはすごいことだよ。拡散しまくれば情報も価値が下落するから。皆が知ってることにお金を出すかい? NOだ。情報開示は同時に自分の取り分が減ることだから諸刃の剣だけどね。表に出ない情報には値段がつく。たとえ空の箱でも『中にスゴイモノが入ってますよ』なんて云われたら誰だって興味津々でしょ? ババを掴まされるか金貨の山か。箱の中身に価値はない。価値の本質は、開けて見るまで分からない外箱そのものにある」
満は友人の大きなお腹に視線を向けた。もしかしたら、おまじないの本質ってのはそう云うものなのかもしれない。つまり、これも開けてみるまで分からない。
いやいやいや。
想像して頭を振る。恰幅のいい腹を割腹とかシャレにならんぞ。
おっ。
満は心の中で座布団を重ねた。
「そう云えば」座面に手を突き、ミューズは、ずりずりと座り直し、「ここにエロい仏像があるって訊いたんだけど?」
「何を期待してるか分かりませんが仏罰が下りますよ」幾分投げやりにトイチが答えた。
「ハハハ! 仏像だけにぶつぞうってか!」
変だな。満は思った。まだ九月末だと云うのに、雪が降りそうだ。
立ち上がったミューズは、どこかなどこかなーと変な節をつけながらうろうろして、教室の隅、シーツで覆われたそれに目をつけしゃがみ込み、ぺろっと捲って「うおっ、」唸った。「これ、マジでエロいやん……」
「だから云ったでしょうに」溜め息混じりのトイチ。
「なんで乳繰り合ってんの?」
「慈愛だそうです」
制作者である銀木は、樹脂で阿吽の二体をがっちり固定して卒業して行ったのである。たまに上級生やクラスメイトが参拝と称して、購買のジュースだとか菓子パンだのを奉納しに来ないわけでない。お供えはたいてい、満とトイチの腹に収まる。
「確かに傑作だ。しかし小娘の妄想もこの程度、ハハハ!」ミューズは呵々と笑った。「世間にはもっとエロい仏像が幾らでもあるぞ?」
「マジっすか」
何気なく云った満に、ミューズそれはそれは嬉しそうな顔で、握った拳を突き出した。人さし指と中指の間から親指がぴょこっと顔を出していた。「マジでこんな感じだ、ハハハッ!」
余りの低俗さを目の当たりにして、満は遠く天竺に思いを馳せた。
「キミタチね、エロスってのはただ裸にすればいいってもんじゃない」立ち上がりながら白衣の裾を叩き、「大切なのはシチュエーションなのだよ」教室の外、校庭に目を向けた。「グラウンドの女子陸上を見てエロスを感じるかい?」
もうやだ、この臨時講師。満とトイチは同じ思いを抱いた。
しかしミューズは、「わたしは感じる」嬉しそうに続けた。「お尻にフトモモ。あのユニフォームの裾からのぞくお腹におヘソ、そして脇。女子中学生はけっこう健康けしからん! しかしだね、あれが全員全裸だったらどうだ。つまらんだろう。企画物にしたって出来の悪いギャグでしかない」
「はいはい」おざなりに満が応えた。
「なんだその気のない返事は!」
「セクハラってあるんですね」真顔でトイチが云った。
「嘆かわしい。ゲージュツの善し悪しなんてパラメータが妄想力だけじゃん。技法なんか手段にすぎないってーの」
「榊先生が聞いたら嘆きますよ」
トイチの言に、あっさりと「うん、まぁ、そうだね」ミューズは頷いた。「サッキーにはもう意地悪しないって約束したからな」
それから二人に向き直り、「そんな次第で個人的な理由もあろうけど、監視管理の名目を反故にするつもりはないんだ。気にせず作業を続けて、いいウェルカム・モニュメントを制作してくれ」
言動も行動も、どうしようもないところはあるけれども、他の教師たちと違った、ざっくばらんな物云いはどうにも憎めなかった。満はトイチと顔を見合わせ、そっと笑う。
そんな二人の気持ちを知ってか知らずか、ミューズは、ペットボトルを傾け、コーラぐびぐび飲んで、「ぐえっぷ」おくびを漏らした。「失礼」
憎めなかったが、もうちょっとアレであってもいいと、二人は思った。




