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茶色いクラフト紙で包まれた全紙サイズの二色、〈桜〉と〈桃〉のマーメイド紙は満が普段使うものより薄い、斤量の小さいものである。
「紙の目に注意だって」トイチが業務用ボンドのボトルを開封しながら云った。キロ単位だ。そんなものがあるのに満は驚いた。
「Y(横目)? T(縦目)?」
「目と同じ方向にバーッと塗ってパッと貼る」
「それでスキージーか」満は青い樹脂製ワイド三〇センチのヘラを手にする。「こんなでっかいのはさすがに貼ったことないなぁ」
「水を含むと伸びるけど、乾燥したら縮むんだ」
なるほど。「水張りと一緒だ」
「そう、とにかくスピード」
「ほぅら、こっちだ、こっち!」分解されたピンク・コングのパーツブロックの上を、エースとジャックが追いかけっこしていた。「遅いぜ!」
「頼むからボンドのボトルの中には落ちるなよ」
満は心からペーパーロボットたちに願った。
「まかっときぃ」エースとジャックはこのうえなく軽く答えた。
「大丈夫だわよ、アタシとライムで見てるから」
「頼むよ」ホント。
満はもうちょっと落ち着きあるキャラクター設定にしておけばよかったと思ったが、実のところ、それぞれ四体、チームとしてのバランスはちょうどだと感じている。大きな友人を見遣れば、ちょうどキングがスキージーを手渡していた。
なんかいいな。思わず口元に笑みを浮かべた次の瞬間、ポン、ポンとポップコーンがはじけるような音がして、後頭部に軽く何かが当たるのを感じた。「エース! ミニガン取り上げるぞ!」
「おっとヤベェ、アニキ狙ったんじゃないよっ」
「よそ見するなってっさ」 ぶうんっとジャックが円筒で作った棍棒を振り廻した。ブースターつきと云う設定で、一見ハンマーのようにも見えるそれを、「おっとぉっ、」エースがひょいとよけ、空を切って満の鼻に当たった。痛くはないが、「ジャック、お前も! どっちも取り上げるぞ!」
「ごめんっさい」おざなりの謝罪で、二体は教室の向こうへ向こうへと、追いかけっこを続ける。
「子供ねぇ」クイーンがやれやれと肩をすくめる。「何歳なのさよ、アンタたち」
生後三日も経ってねぇ。
そうして数日、満とトイチはペーパーロボットたちと共に、「ピンク・ゴング改修プロジェクト」、その作業手順の試行錯誤を二人をして「いい感じ」に進めた。他の部員たちの手を借りることなくスケジュールは滞りなく進行しており、満は改めて友人の先見性に感嘆した。ペーパーロボットたちも、ちょっとボンドがついたりしたり、トラブルがなかったわけでないが、広くて大きな場所の中、それぞれに楽しみを見出していたようだった。
そんな最中にあって、前触れのない嵐と云うものがある。
放課後、いつも通り第二美術室で作業を始めようと二人(と四体のペーパークラフト)が準備していると、
「ハイハイ! ハイハイ!」
いきなり廊下からテンションの高い女の声がした。
「だーるまさんが──、」ガラッと教室の扉が開かれた。「転んだ!!」
瞬間、全ての時間が止まった、と満は思った。トイチも止まった。ペーパーロボットたちも止まった。
女は後ろ手に扉を閉め、白衣の裾を翻し、勝手知ったるとばかりに緑色の来賓用スリッパをペッタンペッタン鳴らしながら教室に入ってきて、黒板の前に立つと教卓にバンッと両手を突いた。「ハイハイ! どーも、よろしく!」
赤いフレームのメガネ、黒髪は頭の上で無造作束ねている。白いハイビスカス柄の散ったスカイブルーのアロハシャツ。ライトブラウンを基調とした迷彩柄のカーゴハーフパンツ。リゾートファッションに理科教師のような白衣の取り合わせが、さらに時間を止めた。
「……何を?」やっとと云った按配で訝しげトイチが口を開くと、「ハイそこ!」赤メガネがビシッと指さす。「今日からー、この第二! 美術室! 管理アンド監視の任に就きました非常勤の臨時講師でっす! ハイ! 分かってます! 顧問の榊先生の許可出てまーす!」
白衣のポケットからぺろっと一枚の紙を取り出し、ベンッと黒板に貼り付けた。「だから安心してくだっさい!」
満とトイチは互いに顔を見合わせ、同じ結論に至った。不安しかないです。
臨時講師の赤メガネは、黄色いチョークで黒板に大きく「竹尾ミューズ」と書いた。酷い悪筆だった。始まりの「竹」に対して、終わりの「ズ」は半分の大きさで、全体的に右上がりだ。
「名前で分かる通り」赤メガネはなにやら自慢気に胸を張り、「この身体には地球半周分の血が流れてますっ」
なるほど、云われて見れば、世界史の教科書にあった写真、シルクロードの交易を経たアルカイックスマイルが彼女の顔立ちから垣間見える。満とトイチは納得し、同時に頷いた。
「と云うのは嘘ですっ」
えっ。満とトイチは同時に顎を落とし、胸の内に不信感を追加した。
「あと、教職は持ってるけど、先生ってのはなんか小っ恥ずかしいんでー、ミューズって呼んでねっ」
てへっとばかりにウインクをかまされ、満とトイチは、不安と不信をただただ余計に募るだけだった。
「ちなみにOGだから。榊くんとは同級生だから」
「うそっ」思わず口にした満に、ビッとチョークが突きつけられた。「それはどう云う意味でかなっ」
「後輩でないんですね?」如才なくトイチが訊ねる。満は思った。この適応力の高さはなんだ。
ミューズは、「あらやだ」チョークを放り出し、身をよじった。「その年でお世辞とか、おねーさん困っちゃう」
満は思った。なんだこの人。まずはテンション普通にしてくれ。
すると願いが通じたか、ミューズはぐりっと教室を見渡すと、手近な椅子を引き寄せ、「よいせっ」と座って、「あー……」変な声を出した。「ごめん疲れた」
黒板に貼り付いていた紙がぺろんと剥がれ落ちて、すいと床の上を滑った。




