4-6
一拍ののち、トイチが口を開く。「四方田さんは現実的なのです」
「ふうん?」
それって褒められてるのかな、と思ったが口はもちろんのこと、顔にも出さなかった。
「目で見た物を信じるのであります」トイチはゆっくりと云い含めるようだった。
「そうだね、うん、四方田サンはそう云うところあるよね」軽薄に満が追従する。
「ふうん?」
カオリがの視線がゆっくり二人の姿をなぞる。「ふうん?」
えへん、とトイチはひとつ咳払いをして、教室後ろ、ペーパークラフト作品の置かれているその机のそばに立ち、口元を手で覆った。
何をするつもりかと思ったら、「コンニチワ!」
甲高い声がした。
「ヨロシク、四方田サン!」
口を半開きにしたクラスメイトに向かって、なおもトイチは続ける。「おれっちはエース! プラム・エースってんだ! 昨日でき上がったばかりのペーパークラフト・ロボットさっ!」
目の前のシュールな光景にカオリの思考はちょっと停止した。でっかいトイチくんが物真似してる。パペットごっこしてる、教育放送の番組みたいに。
「なんか意外……。六文字くんならまだしも、トイチくんがそんな真似するのって」
「チョット四方田サン?」それは失礼じゃないかな。そう思ったけれども、満はがんばって続く言葉を口に出さずに飲み込んだ。
カオリはカオリで、どうにもしっくりしないものを感じていた。「……何か隠してない?」
「誤解だよ」満が否定する。「これはただのペーパークラフト。紙の作品。なんなら触っていい」
促す満。しかしカオリは腕を組み、その場からジッとして動かなかった。「わたしの目を見て云える?」
「もちろん」と作った高い声でトイチ。
ついとカオリの視線が満に向けられる。「六文字くん?」
視線と視線がぶつかった。
幼なじみの女の子は眉間に皺を寄せて睨んでいる。なんだか無性に面白くないと満は思った。「なんでそんな一方的に云われなきゃいけないのさ?」口から出た言葉には、幾分トゲが含まれていたと自分でも感じていた。
カオリの視線がすうっとカミソリのように細くなった。「どうなの?」
満は肩をすくめ、「思った通りだよ」
「何がどう思った通りなの?」
「別に」
「はっきり云いなさいよ」
「……四方田サンの云う通りですよ、間違いないですよ」
「何? イヤミ?」
「さぁね、そんなつもりはないんですけどね」
「態度悪いよ、るーくん、意地、悪いっ」
「先に難癖つけてきたのはリっちゃんだッ」
「わたしの所為だって云うの!?」
「云ってないよ!」
「難癖ならそっちでしょ、先につけたのは!」
「知らないよ!」
「ハッ、ご自分の胸に手を宛てて御覧なさい、すぐに分かるでしょ!」
「あー、ホントだホントだ、心臓バックンバックン鳴ってる!」
「何よ、嫌みったらしい!」
そこに、「ケンカはやめて!」甲高いトイチの声が割り入った。「仲良くしてよ!」
「ケンカじゃないわ」むっとしてカオリが云った。
「ああ、そうだね。ケンカじゃないね」同じく、不満げに満。
「そ・う・よ・ね」一音毎にカオリの眉が釣り上がる。「ケンカじゃないよね! そうだよね!」
「もうやめてください」トイチは声音を戻し、「後生ですから、二人とも」
カオリはキッとした視線を満に、第二美術室全体に向け、「どーも、お邪魔様でした!」くるりと踵を返すや、ピシャリと引き戸を閉めて出て行った。
おいすー、おいっおいっ、おいすー。
野球部の掛け声が聞こえた。
満は手近な椅子を引き寄せ、どかっと座り込んだ。「ふいー」どうにもひどい疲れを憶えた。「ったく何だってんだよ……」
「それはぼくも云いたいよ」穏やかにトイチが云った。
「だよな!?」
「いや」否定した。「モンジ、君にだよ。なんであんな云い方するんだか」
「ナンデ!?」
云い掛かりにも程がある。先にキレたのはカオリの方だ。
しかしトイチはまるで何も分かっていないとばかりに、静かに頭を振った。
なんだよ、もう。
むくれながら満がプラム色のペーパークラフトを手に取り、その背にある電源ボタンを模したパーツに触れようとした次の瞬間、廊下を突進してくるような物凄い足音に驚き、慌てて紙細工を机の上に戻した。
教室の前で止まるや否やガラッと引き戸が開いて、「るーくんのバカ!」
ピシャッと扉は再び閉じられ、カオリの廊下を蹴る音はすぐに遠くなった。
一拍のあと、「わざわざ云いに戻ってくる程かよ!」満は呆れた。
「それほどまでご立腹なんだよ、四方田さんは」諭すようにトイチが云った。
「……ワケ分かんねぇ」
それ以外に何が云えたろう、満はずるずると机の上に突っ伏した。
*
一人の女子生徒が教室を去ったかと思ったら、駆け戻って来るや扉を開けて男子生徒を面罵し、走り去った。
若いねぇ。
どうにもニヤけて仕方ない。
バカだって。バカ。
うけけっと変な笑いが漏れかけたので、慌てて口押えた。代わりにおくびが出た。「ゲフッ」
身じろぎもせずにジッとして、辺りの様子に変化ないか、耳を研ぎ澄ました。
おいすー、おいっおいっ、おいすー。
校舎の向こう、グラウンドの方から運動部の掛け声がきこえた。
暫くののち、フゥ、とささやかに安堵の溜め息。大丈夫のようだ。くしゃみ、しわぶき、屁におくび。いずれも命取りになる。注意、注意。
中学校の敷地、金網フェンスを挟んでシルバーの軽ワゴンが停まっていた。窓からにゅっと突き出ている透明のそれは小さな衛星アンテナのよう。パラボラ集音マイク──いわゆる、盗聴器。
竹尾美神は座席に深く座り、耳のヘッドホンに手を宛て、単眼鏡で「第二美術室」と書かれたプレートのかかる教室を覗き見ていた。
でっかいのと小さいの。二人の男子生徒の話に聞き入る。
……へぇ。
その口元がニヤリと曲がる。満足気な笑みになる。




