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ものづくり系ジャンル作「青春」×「クラフト」=「青春クラフティ!」
●第一章
折る。曲げる。開いて伸ばし、膨らませる。最後につんと尖った先を爪の先でつまみ曲げて完成。
六文字満はでき上がったばかりの小さな折り鶴を作業テーブルの上に置くと、頬杖を突いて窓の外を見た。机の反対では広げた図面を前にしてメガネをかけた同じ美術部員、トイチこと十勝耕一がその巨体でうんうんと唸っていた。小柄な満と比べるに、その様相は山の鳴動を思わせる。
校舎三階、美術室の真下は二十五メートル屋外プール。水泳部がぱちゃぱちゃと水に浸かっていた。さすがに二学期初日である今日は真面目な部活動と云う感じでなく、水着姿の部員たちが楽しげに水をかけ合っている。その輪の中に、妹のミチ子の姿を認めた。
まだまだ残暑にあって、羨ましいと思った。
「いいなぁ」
満の気持ちを代弁するように、背後に立った美術部部長、登別トシ子が云った。「ああ、わたしの夏はどこへ行ったの?」
右手を振り上げ、左手を胸に当て、左右の三つ編みを揺らしながら芝居がかった仕草で悩める中学三年の悲嘆を表現したらしい。「夏なのに、アアッ夏なのにィ、夏なのにィッ」
「夏休みは終りマシター」満が云うと、「分かってるよ!?」顔を近づけ、ふんふん鼻息荒く続けた。「それでも夏は終わらないの! 今年は海にも山にも行ってないの!」
「先輩、一応受験生でしょ」図面から顔も上げずにトイチが云った。
するとトシ子は頭を抱え、「それは 云わないで!」またもや芝居がかった仕草で悲嘆に暮れる少女を表現する。「文化祭まで引退しないから!」
「もちろん引退されては困ります」
「あれ? トイチくんはあたしがいないと寂しいかにゃー?」
「とても寂しいです」
あらやだ、とトシ子は両手で自分の頬を包み、身をよじった。「センパイ、困っちゃう!」
茶番に付き合うのも面倒なので、満は我関せずと水泳部を眺めていた。
「モンジくんのお目当て誰?」
肩に手を乗せ、寄りかかるようにしてトシ子はずずいっと顔を近づけた。「あの子? ねぇ、あの子?」
むっちゃ指さしてる。「先輩、」
「何かな?」
「水泳部から苦情きますよ」
「そうよねぇ。男子がのぞき見してたら女子水泳部も困りものだわ」
いや、それは違うのです。
諭そうとしたが、やめた。
「ねぇ」トシ子が云った。「競泳用水着ってすっごく可愛くない?」
「機能美ですから可愛いとは違うかと」トイチが応えた。
んもー、とトシ子は小鼻を膨らませる。「スク水派か!」
「あれは派閥争いがひどいんで」
「だよねー」
あはっと笑って、「それでトイチくんはなにを唸っているのかな? おトイレさんかな?」
「いや、さっき出してきたんでそっちは大丈夫です」
「あれじゃないかな」と横から口を挟んだのは副部長の洞爺美保子だった。「思いのほか、早い仕上がりに見落としがないか不安になってしまう症候群」
「ええ、まぁ」縦にも横にも大きな体躯を起こし、トイチはふひーと変な息を吐くと、半袖から伸びるハムのような太い腕を突き上げ背筋を伸ばした。「順調すぎるのも考えものです」
「心配性だ」トシ子はにこっと笑って、満とトイチの間に置かれた三十センチ大のピンク色の模型を手にした。それは満が手がけた紙製のモックアップだ。
「去年の美術部ゲリラの所為と云うべきかお蔭と云うべきか、順調でおねぃさんは嬉しいのよ?」
「モンジの仕事のお蔭です」とトイチ。
「トイチがいなかったら無理だよ」と満。
刹那、トシ子はピンクのモックアップを頭に乗せ、室内に向き直り叫んだ。「みんな、クロッキー準備、六〇秒で描き上げな!」
へーい、と三人ばかりの部員がお喋りとお菓子を食べるのを止めて、クロッキー帳を取り出し、トイチと満を描き出した。
「よし、次!」きっかり六〇秒後、再びトシ子が叫ぶ。「トイチくんバンザイして直立不動! 腰にモンジくん抱きついて!」
「腕、廻りませんよ」満は肩をすくめた。小柄以前にこの腹に腕を廻せる生徒はそういない。しかしトシ子は、「お腹に顔をうずめるのよ!」
部長命令に、満とトイチは苦笑しつつ、云われた通りの格好をした。逆らっても無駄なのだ。弱小文化部、男子二人きり。この美術室において反論異論は認められない。今春、二人は二年になったタイミングで反旗の翻しを試みたが、入部したての一年女子が餌食になった。なんだかえっちぃ格好を強要されて顔を真っ赤にした後輩を前にし、満はクロッキーどころでなかった。トイチはそつなく見事な素描を仕上げたが、以来、部長の無茶振りは一手に引き受けようと紳士同盟を結んだのだった。
それにしたって。満は思った。なにもこんなに暑苦しい格好させんでも。
しかしそれを云ったら一分の迷い無く脱げと云われるだろうなぁと、満は友人のたっぷりとした腹に顔をうずめた。……むっちゃ汗くさい。