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満はカオリと妹から訊いた話を、かくかくしかじかと語った。話を訊いたトイチはふひーと変な溜め息をついた。「なんでそうなるかなぁ……」
「トイチが羨ましいよ。そこまで気に入ってくれる人がいるってすごいよ」
「……そんなことないよ」
「そんなことあるでよ」満はどこかその巨体を縮こませたような友人に努めて明るく云った。「俺もトイチの絵、好きだし」
昨年、トイチが出展した作品を思う。自然と機械的な何かを融合させたような不思議な世界観は、イラストボードと云う限定された平面空間の中にあっても雄大さが損なわれるものでなかった。「だから、それを人にもっと知ってもらいたいって気持ち、分かる」
「そうだとしてもコレはないよ」自分のお腹を撫でながらトイチは云った。
「まぁコレはないな」腕を伸ばし、満もトイチのお腹を撫でた。
「ぼくはただ、いい作品を作りたいって思っているだけなんだけれどなぁ」
トイチは再びふひーと溜め息をついた。ちょうどその大きなお腹から空気が漏れたようだった。あのさ、と満は云った。「なんかそれ余計にこっちが惨めになるんだけど」
「あ、うん」トイチはお腹を膨らませた。「いきすぎた謙遜はイヤミになるとは云うけど、正直ぼくは自分の作品に満足してるわけでないから」
「そりゃお互い様だ。ほら、完成はなくても──、」
「締め切りはある」
「だもんな。妹には一応、ありもしないおまじないは止めるよう頼んであるから」
「お手間とらせます」
「いやいや、そんな」礼を云われるべきはカオリだ。「もしおまじないが続くようならたぶん俺より四方田サン経由でミチ子に云ってもらうのがいいと思う」
「お姉ちゃんの云うことのほうが上か」トイチが笑った。
「そりゃそうよ」満は認めた。
「情けないお兄ちゃんだ」
「笑うなって」
そして再び分解、整理の作業に戻る。二人は仕事はアレとかコレとか指示代名詞で殆ど通じる。
「だいたいこんなものかな」トイチはふたつの机をくっつけた上に広げられた図面と作業の工程表を見比べ云った。満はふたつ並んだ緑茶のブリックパックの一方を手に取り、刺したストローに口をつけた。
「なぁ、」唇を湿らせ、満は云った。「ぶっちゃけマーメイド貼るのってどうなんだ?」
「どうって?」図面から顔を上げず、トイチは応えた。
「クリアでコートしても当日雨だったらどっかから染みるんじゃないか」
「まぁそうだね」
「ボンドだって水溶性だぞ?」
「まぁそうだね」
「……なぁトイチ、問題はクリアしてる筈なんだろ?」
「いや、」
「ちょっと待ちねぇ、なんでそこまでしてマーメイド使う必要があるんだ?」
「モックアップがマーメイドだったから」
「ただの検討用のモックじゃん」表面にマーメイド紙を貼らず、ボール紙のままでも良かったのだ。マーメイド紙を使ったのは、満にとってマーメイド紙が画材であったからだ。
「あのさ、モンジ」
「なにさ?」
「去年の春までぼくの部屋はたぶん今のモンジの部屋とあまり変わらなかったと思うよ」
「何の話?」
「ぼくが工作をやめた理由」
いきなり云われて、満は口をぽかんと開けた。我ながら阿呆面だろうと思った。




