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カミガミペーパークラフト  作者: 岡本眞事
第二章 「これってペーパークラフトでいいんだよね?」
13/53

2-5

   *


 デザートに満の買ってきたアイスを食べた。カオリがチョコミントを選んだので満は黙って抹茶にした。客人が優先である。自分じゃ次点でいいのである。妹はチョコチップクッキーをそれはそれは幸せそうに口に運んで、終始ニコニコしていた。お茶で一服したあと、タッパーに夕食の残りを入れて、「すぐ隣だよ」と断るカオリに、ミチ子は満を送りに出した。「玄関での出入りが危ないのっ」

 確かに夕食のタッパーを持って鍵を探したりするとなると、まぁ送って行くくらいは、と満は思った。レジ袋に入れたそれを持ち、玄関を出て、「あのさ、」カオリに呼びかけた。「今日はありがとう。なんだかミチ子の我が侭に付き合わせたみたいで」

「別に」

 先をとことこ歩きながら、カオリは応える。

「なんか怒ってる?」

「別に」

 鍵を取り出し、ドアを開けて振り返ったカオリにレジ袋を渡した。

「やっぱ怒ってるじゃん」

「もういい」カオリは心底憮然としたと云った感じで、「映画、別の人と行く」

「映画? 誰と?」

「大学生」

「え、ちょっと、なに?」不意に投げられた言葉に満は混乱した。「誰?」

「誰だっていいでしょ、デートに誘われてるのっ」

 えっ、と満が声を出す前に、バタンと扉は閉められ、一際大きな音を立てて鍵が締められた。さらにチェーンの掛かる音がして、本気で閉め出されたのを感じた。

 帰宅すると洗いものをしていた妹が顔を上げ、兄を一瞥するや、「最悪だよ」

 何故かダメ出しされた。


   *


 哀しい一日だった。こんな日は工作を進めよう。ふふふ、と満は椅子をゴロゴロと作業デスク前に移動させ、不思議紙を引っ張り出した。ひとたび組み立てた物を分解するのに、抵抗がないと云えば嘘になる。

 どうしたものかと考えながら、何となしに不思議紙の角を折り曲げ、五センチ角に切り出し、それで鶴を折った。

 でき上がった半透明の鶴はデスクライトの光を受けて、不思議な光りを弾いた。

 これでも充分綺麗だな。

 色や模様の入ったトレーシングペーパーは幾つか持っている。だが不思議紙の仕上がりはそれらと一線を画す。とは云え、折り紙にも使えるなんて「面白い活用方法」ではないだろう。そもそも「面白い」って言葉自体が曖昧だ。ペーパーロボットに使うのだってマーメイド紙で作る表現の拡張でしかない。

 ま、いっか。

 満は折ったばかりの鶴を学習デスクの折り鶴の山にうっちゃり、プラム・エースのボディを手にした。下手な考え休むに似たり。分解すべきパーツとその必要のない箇所、工作手順を考える。不思議紙を宛てて、貼り付けたパーツがうまく合わせられそうなところはそのままで、でも結局、目や鼻、アンテナ耳、顔と首と胴をそれぞれ分解することにした。

 デザインナイフの刃をそっと貼り付き箇所に差し込んで、傷つけないよう慎重に剥す。

 パーツとパーツはボンドでべったり接着されているわけでない。薄くポイントで貼り付けてある。それで充分な強度が出るのだ。そもそもべったり貼り付け、ボンドがはみ出ると、作品としてみっともない。乾いたボンドは紙の上でひどく目立つのだ。箱状のパーツなら四隅にちょっとあるだけでもきちんとくっつく。もし不注意で作品を落とし、破損しても、貼られたほうの紙を傷めるリスクも最小限ですむ。これは今回のようなリカバリが必要な場合にも同じことが云える。先生たちの話ではクライアントからゴーサインが出たものの、リテイクと云って修正が入ることがあるそうだ。そんな時、がっちり接着されていると、結局、大部分を作り替えなければならない。そう云った点でも、べったべたにボンドを使うのは冴えたやり方でない。薄く使うだけで充分事足りるのだからそれでいい。かてて加えて紙もボンドも資材である。紙は切れ端の切れ端まで保管しておくし、ボンドもたくさん使えば使うほど無駄でしかない。とどのつまり、プロの知恵なのだ。

 静かに作業に没頭していたが、ふと視界の端で何かが動くのを感じた。かさ、と小さな音を聞き、虫だろうか、顔を向ける。

 ふと、学習デスクの一角、積み重なった折り鶴の山の、いっとう上に置かれた不思議紙のそれが落ちた。

 別に珍しいことでない。バランス考えて積んでる訳でないのだから。

 再び作業に戻ろうとして、カサ、と囁くような音を聞き、もはやそれは決定打だった。

 不思議紙の折り鶴が羽ばたいていた。いや、羽ばたこうとしていた。カサカサと翼を上下に動かし、でも飛び上がれずに、ひどく不器用な鳥のようだった。

 アホウドリじゃあるまいに。

 ひどく冷静な自分がいるのに思い当たり、それはそれで如何なものかと思いながらも、しかし目が離せなかった。折り鶴の羽ばたきは程なくして小さくなり、ひどく緩慢になり、やがてぱたりと沈黙した。

 満は手を伸ばし、鶴の尾を摘んだ。動くことはなかった。手のひらに乗せ、じっくり観察しても、ただの折り鶴でしかなく、不思議紙で折られたものでしかなく、だから目の疲れが引き起こした錯覚で、動いたように見えただけで、時計を見遣れば三時間くらいすっとんでいた事実がそれを雄弁に語っている。

 制作に没頭すると、周りが見えなくなることなんてしばしばだ。何だか肩が痛い。指を絡めて腕を突き上げ、背筋を伸ばした。コキッと肩で関節が鳴った。熱中するのも考えものだ。明日も学校なのに、夜更かしで遅刻はもとより、授業中に居眠りするわけにもいかない。特に、成績のよろしくない生徒としては。

 満は少しばかり作業を進めて一段落。片づけをして、明日の時間割を確認しながら通学鞄の中身を入れ替えた。それから音を立てぬよう部屋を出て、歯を磨いてトイレに行って、電気を消してベッドに入って、今後の工作手順を考えながら寝た。

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