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カミガミペーパークラフト  作者: 岡本眞事
第二章 「これってペーパークラフトでいいんだよね?」
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2-2

 学校で満とカオリが隣り合った家に住んでいることを知っている者は少ない。そもそもクラスの中で特段親しい関係でもなく、互いに絡むこともないし、敵対してるわけでもないが友好でもなく、ありきたりな普通のクラスメイト同士と云うレベルで、そりゃ確かに幼なじみではあるが、満が工作教室に通っている頃、カオリは水泳教室に通い出し、ミチ子を挟んでの関係であると思う。それも中学に入ってカオリとミチ子が先輩と後輩になったことでまた少し立ち位置も変わったのではと思ったりするが、こうして制服を脱ぐとただのクラスメイトでなく、なんだか一気に昔なじみの幼なじみに戻ったようにも思えたりしちゃったりして何を意識してるんだ早く帰ってこい妹よッ。

「ねぇ」

 不意に呼ばれて、「ハイッ」声が裏返った。

「今年の文化祭、トイチくんと作ってるんだって?」

「あ、うん。ハイ」

「去年の、すごかったね」

「いや、それはね、」慌てた。アレに一枚噛んでいたと思われたらコトだ、誤解あってはならぬ。「銀木先輩が勝手にさ、あ、銀木先輩ってのは卒業した美術部の先輩で、」

「知ってるよ」ぷくっとカオリの頬が一瞬、膨らんだ。「今年はどんなの作ってるの?」

「去年の件があるから今年はフルオープンだよ。随時見学自由」

「そうじゃなくて」

「なに?」

「その、モニュメントのデザインをしたって」

「あ、うん。それはぼくが、」

「すごいね」

「いや、確かに原型はぼくが作ったけれども、それをきちんとスケールアップさせて作るのはまた別。すごいのはトイチの方。図面も一人で引いて、ほら第二美術室って普通の教室と変わらないから出入り口も窓も大きくない。だから中で組み上げ、また解体して搬出して校門前で組み立てる、そこまで全部考えて、事前に立てた制作スケジュールも遅れるどころか前倒しさせて、はっきり云ってぼくらは指示に従っているだけ」

「そうじゃなくて」

 カオリは苛立たしそうにグラスを手に取り、ずうーっとグラスの半分を一気に飲んだ。

「なに?」

 満の言葉に、フゥと息をついて、「今年も作品、展示する?」

「そりゃ文化部唯一の発表の場だし」

「ペーパークラフト?」

「今年は五体のチームって設定で、」特に考えなく言葉が口をついて出た。「見る?」

「いいの?」

「作り掛けでよければ」

 ずいとカオリが身を乗り出して、「もちろんっ」教室で見たことのない無邪気さで顔を綻ばせた。「どのくらいぶりだろ、るーくんの部屋にお邪魔するの」

 えッ、と内心狼狽したが、つとめて平静を装い、「まぁだいぶ変わったと思うよ」エヘンと咳払いひとつ。パーツだけを持ってくるつもりが、部屋に案内することになっていた。

 部屋に入るや否や、「わぁ」とカオリは感嘆の声を上げ、満に向き直ると「すっごい」瞳をキラキラさせた。

 満の部屋は妹と隣り合っているが、どういう力関係か、妹のそれより幾分小さい。その所為でクローゼットを開けるときは、扉前に積んだ作品保管のプラスチック製の衣装ケースをどかさねばならない。作品の飾り棚と化している大きな本棚が壁の一面に、ベッドが一つ、デスクが並んで二つ。デスクの一方は学習用で、参考書や筆記具が並んでいるが、横付けされた作業用デスクからの侵略を受け、領土を三分の一ほどを失っている。今は「A&Cファクトリー」の明美から預かったA3の不思議紙を包んだクラフト紙が置かれて、もう勉強する気ありません状態だ。更には課題の合間にレシートやメモ用紙の切れ端で作った大小様々な折り鶴が幾つも積まれており、どう取り繕っても遊び場にしか見えない。作業用デスクは、目的通りであることをこれ幸いといった按配だ。A2規格のカッティングマットで上面を覆い、材料と工具がすぐに取り出せるよう配されている。

 作り掛けのカラフルなパーツ類があちこちにあって、「オモチャ工場みたい」カオリの評価をこそばゆくも嬉しく思った。どうにもうずうずとした感情がカオリから発散されているのが分かり、「触っていいよ」

「ほんと?」

 云うそばからカオリは作り掛けのえんじ色したペーパークラフト・ロボットの上半身をそっと手にとり、おや、と小首を傾げた。「けっこう重たい」驚き、直ぐに納得する。「頑丈なんだ」

 そのペーパークラフト・ロボットは、片手にはちょっと大きいくらいの丸みを帯びた箱型のボディ。顔はマスクを被ったように、メインカラーの〈えんじ〉と〈ナチュラル〉、その二色で分けられている。丸い鼻に、ゴーグル風の目。瞳のハイライトは直径一ミリ、皮工芸用パンチで打ち抜いた〈白〉の紙を貼り重ね、いかにもいたずらっ子めいた表情にした。耳のところはアンテナを模した黄色いパーツがついている。

「かわいい。もしかして去年のより小さい?」

「今年は全部で五種類のロボットチームってコンセプトで作ってるんだ」

 すると、え、とカオリは目を大きくさせた。「去年は二体だったよね? そんなに作るんだ?」

「たぶん、去年の今頃だったらやっぱり二体が精いっぱいだったと思う。でも」レモン色の別の──こっちは四角いブロック的要素からなっている──クラフトを手にして、「慣れともコツとも違うと感じなんだけど、作りたいモノのイメージからどの程度で仕上がるか見えるし、せっかくなら去年以上で驚かせたいって気分があって、」

「ふうん?」カオリの視線が棚に飾られた一対の作品に向けられたのが分かった。そこにあるのは昨年度の出品作だ。

「去年は先輩が仁王像作るって訊いたから、ぼくならどうするかなってコンセプトで、風神と雷神をモチーフにしたんだ。サイズのワリに情報量が少なくてのっぺりした感じになった。で、今年はトランプチームってことで全体をスケールダウン、とにかく細かく作り込みたくて」カオリの手の中のそれを指さし、「その一体は先行して制作してるけど、シリーズらしい統一感出したいから他は平行作業中、ひと通り仕上がったら細かいディティールアップを施す予定」

「この子、名前とか決まってる?」

「プラム・エース。こっちがジャック・レモン。それがショコラ・クイーンで、その緑っぽいのがキング・ライム」

「フルハウス? 最後の一枚は?」

「ビビッド・ジョーカー。名前だけ決まっているだけど、これだけまだイメージが固まってないんで作業保留中」

「フルーツの名前と色に絵札だよね? ビビッドって?」

「原色的なニュアンス……でいいのかな。道化師だから特に派手な色と、他とはちょっと違った雰囲気になればと思って」

「そうなんだ」カオリはそっと、プラム・エースのボディを作業デスクの上に戻し、「これってペーパークラフトでいいんだよね?」

 その問いに、うーんと満。「実はそれがちょっと難しい。一般にペーパークラフトって呼ばれるのはペーパークラフト・キットのことだったりするんだよね」

「どう違うの?」

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