大切な命だから
牢の一番奥にいた陛下は、
静かに目を閉じて正座をしている。
若様…ごめんね。
ほんとに、ごめんなさい。
「陛下…」
「そなた…」
「カンナです…」
「なぜお前が、こんなところへ」
「陛下を…助けにきました…」
「なんだと? お前は…兄上の側近ではないのか?」
「…そうです」
「ならば、なぜ…」
陛下の手に巻かれていた魔封じの黒い布。
あたしがそれをはずすと、陛下は目を見開いた。
「ここを…脱出してください」
「……」
「これを…」
あたしは、陛下の手を取り、その上にそっと乗せた。
「これはなんだ…」
「拳銃というものです」
「けん…じゅう?」
「兵士たちは、いずれ眠ります。そのスキをみてここを脱出してください。だけど、逃げる途中、もしも身に危険がおよんだとき、相手に向かってこの引き金を引いてください。本当に危険なときだけ…これは一度しか使えません」
「…なぜ私を助ける…」
「それは…」
この人の母親は、
あたしの父と母を殺した。
憎い…。
会いたくて、一度でいいから両親のぬくもりを知りたかった。
だけど…子供であるあたしたちは、なんの関係もないこと。
陛下も、若様も、それに白虎の皇女であるあたしも、ただの被害者。
「それは…大事な命だからです…」
陛下は、深くゆっくりと瞳を閉じる。
「命…か…。命など儚いものだ。人間、皆いつか死ぬ」
「だけど死ぬってわかってる人を見殺しにできない。助け出せるなら、あたしの世界の人なら、誰だってそうします」
「そなたの…世界…」
「はい。それに…陛下は大切な人と同じ顔をしているんです…」
「…兄上のことか?」
あたしは小さく首を横にふった。
「本当にびっくりするくらいそっくりなんです」
「そうか…」
「陛下…」
「私はもう王ではない」
「はい…。でも、どうか生きてください。遠くはなれた場所で、静かに暮らしてください。そこにあなたが夢見ていた場所がきっとあるはずです」
拳銃を握りしめ “ありがとう…”
そう呟いて、初めて見せた陛下の笑みに、なんだか胸が苦しかった。
「大切な人か…。その者よりも先にそなたに出会いたかった」
「カンナ!!無事だったのね」
「どう?兵士たちは…」
「うん!!きっと今頃、爆睡よ」
なんだか宮殿が騒がしい。
「どうやらリシル陛下は無事逃げれたみたいね」
あぁ…よかった。
これで、蓮も無事だ。
カイリside
「カイリ様!!カイリ様!!」
「キトか…どうした騒々しい…」
「一大事にございます」
「……?」
「今、リシル陛下の牢を見張っていた兵から連絡が」
「どうした…」
はぁはぁ…呼吸を整えてたキトは、ゴクリをツバを飲み込むと口を開いた。
「陛下が…ご、ご自害…なされました」
「な、なんだと?バカな…魔力は封じてあるはず。自害することなどできない。まさか…誰かが抹殺したのか?」
「いえ…ご自害でございます」
キトはまっすぐ見据えたまま、私を見る。
「なぜそう言いきれる」
「それは…お耳に入れておきたいことが…」
胸元から何かを取り出したキトは私の前に差し出してくる。
「これは…なんだ…」
「陛下がご自害なさった、ブツでございます」
はっ‼︎
こ、これは私がカンナに渡したもの。
どうしてこれをリシルが…。
「ご安心ください。私がかけつけたときは、まだ手に握り締めており、誰も気付いてはおりません」
まさか、カンナが殺したのか?
いや…そんなはずない。
「先ほど…カンナに、陛下はもう処刑されたかと尋ねられました」
「なんだと?」
だけど、どうやって牢へ入った…。
「見張りの兵たちは何をやっていたのだ」
「それが…カイリ様からの差し入れと言われ、大酒を浴びて眠っていたようです」
「なに?」
「その酒を運んだのは…ヒナタです」
「……」
信じられない。
一体何を考えてこのようなことを。
「カンナはどうした」
「組織の部屋で寝ているものと思われます」
カンナside
「カンナ…カンナ!!」
バン!っと扉を開け、部屋に駆け込んでくるヒナタ。
「どうしたの?」
「大変!! 大変なことになったわ!!」
「なに?」
「陛下が…崩御された…って!!」
ん?
なに?
「今…なんて言ったの?」
「陛下が…ご自害したみたいなのよ」
「じ、自害って…し、死んだ…の…?」
「原因はまだはっきりしてないんだけど。ただ頭に何かで打ち抜かれたような不思議なあとがあるって…魔力ではないとの噂よ」
力が抜けて、ガクンと膝から落ちたあたしの体。
そんな…うそだよ…。
どうして?
どうしてよ。
「…っ…うぅ…」
「カンナ!!しっかりして!!」
あたしが、二人を…
蓮と陛下を殺したんだ…。
なんのために…あたしはここに帰ってきたの?
結局、助けられなかった…二人とも…。
コンコンと小さくノックする音がして、部屋に入ってきた若様と視線が絡み合った。
「カンナ…」
「陛下には…生きていてほしかったから」
「そのために、ここへ帰ってきたのか…」
陛下は自分が王であることに悩んでた。
“その世界に連れて行ってもらいたいものだ”
現実から逃げたがっていた。
だから、自由になりたいと言った言葉を、叶える力になりたかった。
ただそれだけなの。
生きるために渡したのよ。
死ぬためじゃないのに!!
なのに、どうして?
どうしてよ!!
「カンナ…私は、リシルを処刑する気はなかった。公に逃すことはできないが、大切な弟だ。殺すわけがない」
そう口にした若様に、あたしの頭はますます混乱してくる。
「あっちの世界で好きだった人に陛下がそっくりだったって話したでしょ?」
「あぁ」
「親友もモアにそっくりだったの。向こうに帰ったら、モアが死んだ日にその子も死んでて…。
だから…蓮も助けたかった…助けたかったよぉ」
「カンナ…」
「いや‼︎ 触らないで!!」
肩に触れた若様の手を、思いっきり振り払ってしまった。
若様が悪いんじゃない。
誰のせいでもない。
あたしが、すべて自分が決めてきたこと。
そんなことはわかってる。
けど、もう、何もかもが嫌。
子供みたいに泣きじゃくってしまったあたし。
あたしは、
若様からも、
この世界からも逃げるように、
ヒナタと組織を離れた。




