祭だ!
311
アビウさんは、騎士さん達がすぐさま引き返していったのを見て、残念そうだった。街の話をもう少し聞きたかったらしい。
実は、自分もアビウさんにお願いがあったりする。
「馬の鞍の作り方を教えてもらえませんか?」
「・・・街に行けば、いくらでもよいものが手に入るでしょうに」
「いえ、こちらの皆さんが使っているものがいいんです」
街中で手に入れようとしたら、ムラクモの趣味に合わせたピカピカのデーハーな鞍になりかねない。何となく、そんな気がする。エルバステラさんの馬の、別染めした革で装飾されていた鞍や色とりどりな組紐を使った手綱なんかを、しつこーく見てたからねぇ。
自分は目立ちたくないんだ。草原の人たちが使うような、素朴な作りのものがいい。なにより、作り方がわかれば、自分で修理もできるし。
ムラクモは、やっぱり難色を示した。この派手好きめ!
見た目ではなく素材や仕上がりの優れているものの方がかっこいい、といったら、ようやく納得してくれた。
居留地で一番の職人さんが、手ほどきしてくれることになった。
便利ポーチから素材の革を取り出して、鞍向きのものを選んでもらう。
「これなら、いい鞍になるよ」
一枚の革を鞍の形に切り抜く。鞍の前の部分を叩きのばして盛り上げる。馬の背中の曲線に沿うように、叩いて形作っていく。革のふちの部分は別の革で補強を付ける。鐙と腹帯も縫い付ける。それらを革ひもで縫い付ける。
残った革から、手綱や顔掛け用のひもを作る。ムラクモは、ハミも付ける用に要求してきた。そこまで本格的にしなくても、と言ったけど、これは譲ってくれなかった。仕方なく、こっそり、ロックアントで成型する。ついでに、鐙も作る。
「前に、たまたま貰ったものがあったので〜」
といって、職人さんに見せると、「用意がいいねぇ。いいものだよ、これは」といって、取り付けてくれた。
・・・突っ込まれないのは助かるけど。だからといって、そう素直に信じられるのもどうか、と思うのは自分だけ?
鞍のしたに敷くマットは、居留地の人から頂いた。フェルト製の厚手のマットで、鞍の刺激が伝わりにくいクッションになる。
数日掛けて作り上げ、ムラクモにつけた。
「おお、馬っぷりが上がったねぇ」
馬のプロの人たちにも見てもらったが、合格点を貰えたようだ。ムラクモは、ドヤ顔をしている。調子のいいやつ!
それを見た人たちが、けたけた笑った。
「従魔があんな顔をするなんて!」
「いやはや、おもしろい!」
へ?
「あの? 普通の馬ですよね?」
「「どこが?」」
ここの人たちにも、ばればれ?
「ルーさんの連れているものが普通な訳ないよな」
「人についてくる銀狼だろ?」
「従魔でなければ、ありえないって」
横で話を聞いていたユキ達も、皆、なぜか得意顔。
だから、なぜ? そりゃあ、「従魔のふりしてね」とお願いはしたけどさ。そこまで、なりきらなくてもいいんだってば。
居留地の人たちが、わらわらと集まってきた。
「あ、あ〜、ここの人達とか、家畜に手を出したら駄目、だからね?」
魔獣達は、そろって、うんうんと頭を振る。
「「「「おおお!」」」」
集まった人たちから拍手が起こる。
アビウさんが、おもむろに宣言した。
「よし! 宴会だ!」
だからなぜ!
貴重な家畜をそうそう減らしてしまうのは悪いので、狩に出ることにした。
獲物は穴ウサギ。大きさは、羊の半分くらいある。ずいぶんと大きいウサギだ。
ウサギが掘った穴に足を突っ込んで怪我をする家畜や馬がいるので、放牧エリアで程々に狩っているそうだ。全滅させると、狼のターゲットが家畜に集中するので、獲りすぎないようにしている、とも。
ちなみに、部族の魔術師さん達は、この穴を埋めるために【土】系の魔術が得意なのだとか。納得。
狩の合間に、こっそり練習した。
狼達が風下から驚かして、ウサギが飛び上がったところを、指弾で仕留める。でもって、とらえたウサギをくわえて持ってきてくれる。悪いなぁ。
「食べる?」
そう聞いたけど、首を横に振った。でも、多めに狩っておくことにする。
ほかにも、雷鳥みたいな鳥とか、ガゼルみたいな動物も狩った。持ちきれない分は、付いてきたムラクモが背負ってくれた。鞍の両側に籠をぶら下げ、そこにウサギとか鳥を入れた。
獲物を渡したら、居留地の人たちは大喜びしてくれた。宴会のごちそうには足りるようだ。早速、料理に取りかかる。
捌いたウサギをみんなにあげようとしたら、なぜかそっぽを向く。そして、料理している鍋の方をじーっと見る。
「あっちの料理が食べたい?」
自分を見上げて、だらだらよだれを垂らしている。あんたたち、魔獣でしょ? 野生動物でしょ?!
塩控えめの煮物にした。これならどうだ!
・・・やっと食べてくれた。でも、減らない。いいもん、自分で食べるもん。味付けし直したら、こっちは食べた。おい。
他の料理もいいらしい。宴会の席に混じって、料理を貰っている。ムラクモは、薄焼きパンをぱくついている。野火の慰労の宴会の時は、猫をかぶっていたのか。あああ、食べすぎだよ。なじみすぎだよ!
居留地の人たちは、魔獣達があれこれ食べるのが面白いようだ。いや、皆さんにも食べてもらいたいんですけど。
・・・明日も、狩りにいくことにしよう。
宴会の翌日、エルバステラさん達が再びやってきた。
「まだこちらにいらしてくださってよかった!」
「なにか、進展があったんですか?」
「はい、シンシャの近くにある湖で試験したところ、使えそうな魔法陣があったので、明日、東湖で試してみることになりました!」
うわぉ。シンシャの魔術師組合は、フットワークが軽いらしい。速いわ〜
「それで、こちらの居留地の近くを通過する前に族長様へのご挨拶を、と思い、一足先にやって参りました」
「わざわざの挨拶、痛み入る」
いつのまにか、アビウさんが来ている。
「船なども運ぶために、移動は大掛かりになります。お騒がせします」
なるほど。家畜の群れに突っ込んだりしたら迷惑だし、あらかじめルートを予告しておくってことか。
「賢者様には、よろしければ実験を見ていただけないでしょうか?」
「見てても、どうなるものでもないですよ?」
複合魔法陣も砦も、実験中から一切見てないし。
「我々は、数日中には次の放牧地に移動する。必要ならば、ここを使われればよろしかろう」
「あ、ありがとうございます。それで、賢者様は・・・」
「自分も、噴火の影響を調べるために、そろそろ出発します」
ほら、一応「調査」って名目をもらってるしね。本当は、トレントの、だけど。言わなきゃばれない。
それに、うっかり、偉いさん達に取っ捕まったら、どんな騒動に巻き込まれるか判ったもんじゃない。
「・・・そうですか」
「では、今夜は、客人の旅路を祈って、宴会にしよう!」
アビウさん。まだ、やるんですね・・・
昨日とは違う場所でウサギを狩る。自分と三頭との連携もうまくなってきた。くっついてきたエルバステラさんたちは、それをみて驚いている。
「・・・うまいものですね」
「この子たちが賢いからだと思います」
褒められて、喜んでいる。こらこら、他人の馬を怯えさせるんじゃない。
「自分で取ってくるのかと思ってたんですが、追い立ててくるとは」
「バックリ噛み付いたウサギは料理しにくい、と理解しているみたいで」
「・・・はぁ」
「狼の方は皆さんにお任せしますから」
「「「・・・はい」」」
そこそこ狩ったところで、居留地に戻る。ハナは、すでによだれをだらだらたらしている。
「わははは、そんなに昨日の料理が気に入ったか!」
「気合いが入るわねぇ」
せっかくなので、自分もウサギの丸焼きに挑戦した。
皮を剥いで、内臓を取り出し、きれいに洗う。水気を切ったところに、塩こしょうを擦り込んで下味をつける。水で薄めた蜂蜜をまんべんなくかけながら、直火であぶる。焼いている途中でも、蜂蜜水を塗り付ける。
森のドードーもどきでよく作った調理法だ。鳥よりも肉が厚いので、火加減が難しかった。が、まずまずの出来上がりだろう。
食べやすい大きさに切り分けて、他の料理と一緒に並べる。
「! あらぁ。おいしいわ!」
「外側のぱりっとした食感と肉の味が何とも・・・」
「あの、憎たらしいウサギがこんなにおいしくなるとは!」
「ねぇ。作り方は難しいの?」
おお、好評だ! ハナ達にもうけている。というより、お代わりをねだっている。こら!
「君たちはまた今度! 今は、ここの人に食べてもらいたいの!」
渋々引き下がる。かわりに、他の料理をねだることにしたようだ。
「わはははははっ。かーわいーいのーぅ」
アビウさん、絶好調。ねだられるままに、あれこれ料理をあげている。まあ、可愛がってもらえてるんだから、いいか。
自分は、丸焼きの作り方を説明しよう。
翌朝、出発の準備をする。といっても、ぜーんぶ、便利ポーチに放り込むだけだけど。
ただ、かめさんから貰った球だけは、入れられなかった。生きているのだ。
生きている、白い球。・・・卵、だよね? むかーしに拾われて、まだ生きている卵。どこのどなたさんの子供でしょ? 自分は、ユキ達四頭でもういっぱいいっぱいなんですけど! たよりのアンゼリカさんは、山向こうだし〜
仕方がない。しばらくは持ち歩くしかない。
ムラクモの鞍に下げられるよう鞍袋を作って、そのなかに卵を入れた。槍のホルダーもついている。卵の反対側には水袋を入れた。便利ポーチにも水瓶は入れてあるけど、ほら、カモフラージュになるし。
朝食を頂いた後、出立の挨拶をした。
「長らく、お世話になりました」
「こちらこそ。たいしたもてなしもできなかった」
アビウさん、昨日の醜態を覚えているらしい。ぷくく、なんか、かわいい。
「滞在させていただいたお礼です。受け取ってください」
ならべたのは、数種類の魔獣のなめし革、蜂蜜瓶数個、水晶のビーズ一袋。下手な飾りよりも実用品の方が喜ばれると思ったから。
「賢者殿、いや、アルファ殿は我々の客人だ。受け取るわけには・・・」
「いえ、客人からのお土産です」
にっこり笑って押し付けた。
脇から、一緒に料理をした女性達がやってきた。
「あらあら。そういうことなら、これをお土産に持っていって」
渡されたのはふた付きの桶が三つ。中身は、全部バターだ。
「! これ、売り物じゃないですか!」
「ガーブリアに持っていくはずだった物よ。だから、持っていって。そして、たくさんおいしい料理を作ってちょうだい」
「また、新しい料理を教えにきてくれると嬉しいわ」
「あと、これも貰ってくれないかしら?」
自分が借りていたテントに敷いていたフェルトのマットだ。
「ふふ、あの子達の匂いがついちゃったらしくて、馬達が落ち着かないのよ」
あ〜、散々転げ回ったしなぁ。鞣し革のような加工品ならともかく、生魔獣の匂いはだめか。
「〜〜〜すみません!」
「謝ることじゃないわ。もったいないから貰ってって、ってことだもの」
アビウさんをみると、頷いている。そうか、いいのか。
「では、ありがたく、頂いていきます」
数枚のマットを、それぞれ丸めて便利ポーチにしまう。バターの桶もしまった。
女性の一人に、ナイフを渡す。
「お詫びとお礼です。使ってください」
「! あらまぁ、ずいぶんといいものなんじゃないの?」
「自分用は別にありますから。羊の骨を捌くのが楽になりますよ」
「うれしいわぁ。あれ、男手がないと大変なんだけど、楽にできるのなら助かるわ」
そりゃもう、この辺の羊や山羊の骨ならぱらぱら捌けちゃう。
「では、またいつか!」
「「「「客人の旅路に幸いのあらんことを!」」」」
ムラクモの背に揺られながら、居留地を離れた。
うん、また、会いたいな。
居心地よすぎて、なかなか出発してくれませんでした。




