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客人の客人

309


 宴会の間に、二胡の弾き方を教えてもらった。そのうちに、自分でも作ってみよう。ギターのリベンジ、に、なるかな?

 また、翌日には、鞍を借りて乗馬の練習もさせてもらうことになった。他の馬を借りようとしたら、ムラクモが怒ったのだ。だが、彼の鞍はない。


「ずいぶんと、体の大きい馬だねえ。うちらの使ってる鞍じゃ小さすぎるよ」

「練習用の鞍しか付けられないよね」

「頭はいいし、あんたの指示にもよくしたがってくれる。いい馬だ。ちゃんとしたものを用意してやるんだよ」


 魔獣に鞍。ほんとに、いいんだろうか。


 ムラクモとの乗馬練習を兼ねて、溶岩流の様子を見に行った。流れは、大きな橋の架かっていた川に集中している。東湖沿岸は、辺り一面が水蒸気に覆われていて、時折、温度差で溶岩が弾ける轟音がする。

 野火が草原側に広がる様子はなかった。


 夕方からは、また宴会が始まった。ハナ達がすっかりなじんじゃってて。何とも言えない眺めだ。まあ、皆楽しそうだし、いいか。


 若いお姉さん達には、自分の髪ひもが好評だった。特に細工はない。なめした皮を細くして、両端に、水晶のビーズや模様を刻んだロックアントの球をつけてあるだけなのだが。


「そうかぁ、こういうもので飾ればいいんだ」

「小川で拾った石とかも、こんな風に細工すればきれいだよね」

「鹿の角なんかも、模様とかつけやすいですよ」


 変身するたびにちぎれ飛ぶので、ぶっちゃけ、髪ひもは消耗品だ。術弾や指弾の失敗作を有効利用しただけ。とは、言えない。お姉さん達の夢を壊しちゃいけない。


「これくらいしか、おしゃれできなくて〜」


 そう、取り繕っておく。


「あらぁ、ルーさんはまだ若いし、こんなに綺麗なんだから!」

「着ている服もすてきよね〜」


 フェンさん渾身のシャツやズボンも好評だ。素材は、気にならないらしい。いや、突っ込まれても困るからいいんだけど。


 三日めも、自分で様子を見に行った。居留地の人も一緒だ。野火は、防火帯の手前で消えていた。溶岩流も草原側には広がってきていない。

 これ以上は延焼が起らないと判断された。


 安堵したせいか、宴会では、みんな大いに食べて大いに飲んでいた。自分も食べた。

 ヨーグルトが、おいしい! ちょっぴり取り分けて、便利ポーチにしまおうとしたけど、入れられなかった。現在進行形の発酵食品は駄目なようだ。残念。


 翌朝、集まっていた人々は帰っていった。帰り際、機会があれば彼らの居留地も訪ねて欲しい、と言われた。嬉しかった。

 そういえば、みんな、自分の名前に驚きはしても、堅苦しい態度にはならなかった。それも嬉しかったな。


 やがて、居留地は静けさを取り戻した。



 そろそろ、自分も出発するか。そう考えて、アビウさんに挨拶しにいった。しかし、


「いましばらく、留まっていただきたい」


「なにかありましたか?」


 他のところからも、火が出たのだろうか?


「お客人をたずねて、シンシャから人が来るようなので」


 今朝方の指笛には、そういうのも混ざってたのか。


「わかりました」


 居留地から離れるわけにはいかないようので、テントで休んでいることにする。


 そうだ、ガーブリアの報酬とやらを確認しておかないと。


 革袋の中には、さらに小さな袋と二通の手紙が入っていた。

 一通はグレスラさんからだ。

 狩猟村のメンバーが一人も欠けることなく避難してきたことへの感謝と、依頼料を払う旨が書かれていた。金額が少なくてごめん、とか、次ぎにきた時にはゆっくり飲もう、とか、そういうことも書き加えられている。小さい袋は、ギルドの依頼料だった。ただのお使いには、これでも多すぎるって。

 もう一通は、バラディ殿下から。街門で話した内容とほぼ同じ。


 しかし、二人とも、自分がガーブリアに一旦戻ってなかったらどうする気だったんだろう。

 自分が出発したのと同じタイミングで早馬を出していても、街道閉鎖には間に合わなかった。そうなれば、シンシャへの手紙は届けられなかったはずだ。信頼、されてたのかな?


「よろしいか?」


 訪問者が到着したらしい。広げていたものを片付けて、テントを出る。


 三人いた。女性騎士が一人混じっている。


「はじめまして」


「こちらこそ、お初にお目にかかります! シンシャの騎士、エルバステラと申します。森の賢者様におかれましては、このたびのガーブリアへのご高配、我ら一同いたく感激いたしました!」


「ちょっとまって! なんですか、その「森の賢者様」って?!」


 三人の騎士さん達が、顔を見合わせてくすりと笑った。


「うわさ通りのお方のようで」


 どんなうわさだ?! 焼き払ってやる!


「とにかく! そういう用件でしたら、どうぞお引き取りを!」


「そうではなくて、こちらを」


 手紙を渡してくる。しぶしぶ受け取り、封を切って中を見る。


「・・・これを、自分にどうしろと」


「よいお知恵があれば、是非ともお借りしたいのです」


 街道が溶岩で塞がれている間、ガーブリアとの連絡手段をなんとか確保したい。との主旨だ。いわんとすることはわかる。自分でも、同じ立場なら、なんとかしたいと思う。だけど。


「自分は、一介の猟師に過ぎません! なんだって、あっちもこっちも、なんでもかんでも訊きたがるんですか」


「「「賢者様ですから」」」


 うがぁっ! ここの人たちとの付合い方に慣れてたから、この態度はなんていうかもう!


「いままでも、街道以外の連絡は取れてたんですよね?」


「山道を使ってました」


 ただいま、溶岩流で閉鎖中。駄目じゃん。


「東湖は?」


「水棲の大型動物に襲われます」


「襲われない時もあるんですよね?」


「たいていは、沈められてます」


「・・・これ、自分でも無理ですよ。時間はかかるけど、西回りの早馬を使うしかないんじゃないですか?」


「「「そこをなんとか!」」」


 魔道具による通信では、片言しか送れない。鳩などを使った方法は、この世界では知られていない。そもそも、自分も訓練方法など知らないし。


 アビウさんが、教えてくれる。


「沿岸で漁をする船では被害は出ていないが」


「少し沖に出たとたんに取り囲まれた、と記録にありました」

「かろうじて、一人が岸に泳ぎ着きましたが、腕をかみちぎられていて危うく死ぬところだったとか」


 何らかの攻撃トリガーがあるのだろうが、沖が縄張り、とかだったらお手上げだ。


「今のところ、東湖を横断する方法しか思いつきません。すぐには無理です。期待しないでください」


「賢者様の駄目だしがあれば、上層部もあきらめがつくというものです」


「そういうのに、自分を利用しないでください!」


「ですが、このまま彼らがごり押しすれば、騎士達が犠牲になるばかりです。なにとぞ!」


 あ〜、そういうことか。だから、騎士さん達だけで来たのね。とはいえ、どうすればいいんだ?


「賢者様の結論が出るまで、近くで野営しております」


「狼がたくさんいるそうですけど」


「「「・・・」」」


「客人に用があるというのだ。滞在を許可しよう」


「! よろしいのでしょうか?」


「周辺の狼でも狩ってもらえればいい」


「「「ありがとうございます!」」」


 自分には、すんごいプレッシャーにしかなりません。


「三日。それで、良い方法が思いつかなければ、諦めてください」


 居留地の食料にそれほど余裕はない。いきなりの客人をまかなうのはそれくらいが限界だろう。

 彼らの上司とやらも、それくらいの期間は我慢していてくれるはずだ。きっと。


「・・・わかりました」

「族長殿、よろしくお願いします」


 アビウさんは、一つ、頷くと中に戻っていく。多分、テントなどの手配を指示するのだろう。


「自分は、これから東湖を見に行ってきます」


「「「お供します!」」」


「一人だけですよ? 他の人は、居留地の仕事を手伝ってください」


 押し掛け客人だ。それくらいはやってもらわないと。


「私が行きます」


 エルバステラさんがそう言った。まあ、力仕事は男性向きだし。いいか。


「「よろしくおねがいします」」


 ムラクモに、仮の鞍をつけて東湖に向かった。ユキ達もついてきた。散歩じゃないんだよ?



 東湖は、東西に伸びる大きな湖だ。この辺りでも、南北の幅は二キメルテ(キロメートル)ぐらいある。湖岸には、所々、葦のような植物が生えている。南岸はやがて山裾に繋がり、そこから上陸するのは難しくなる。北岸はほぼ芦原と砂州におおわれている。昔、上空から見た環境が変わっていなければ。


 東湖西岸は、いま、一部が溶岩流に覆われている。溶岩の流れは完全に止まってはいないようで、次から次へと水際に溢れ出している。

 その遥か向こうに、噴煙を上げる火山が見える。だが、先日よりは、噴煙の高さがない。


 いや、今は東湖の話だ。


 エルバステラさんに質問する。


「襲われた船は、どれくらいの大きさだったんですか?」


「湖岸で作り上げた、としか」


 わからん。駄目元で、自分が湖に入ってみるか? でもなぁ。無茶するなって、怒られるし。黙ってても、絶対ばれそう。


 うなりながら、湖を見る。湖面は穏やかだ。水面下だと、それほど深くまでは見えないが、船を襲うような凶暴な動物の影もみあたらない。変な気配はするけど。これが原因?


 岸辺に降りて、さらに中を見透かしてみようとした。背後で、ユキ達のうなり声がする。


「賢者様!」


 いきなり湖底が盛り上がった。水面から突き出る。岩の柱? なんだ?!


〈最近は、にぎやかだのう〉


 気配の主が現れた。よく見れば、亀だ。頭だけで十メルテほどもある。声をかけてくるくらいだ。いきなり襲ってくる気はないらしい。


「あ〜、はじめまして?」


 とりあえず、ご挨拶。


〈そうじゃの、はじめまして、だの。魔天の王よ〉


 はい?


 かめさん、かめさん、今なんておっしゃいました?


〈西が騒がしいので、見に来たところで、珍しいものに会えたのぅ〉


 なんか、嬉しそうですね。見せ物じゃないんですけど。


「騒がしいのは、火山のせいです。自分じゃありません!」


〈そうかそうか。王がおられるようになって、ずいぶんと穏やかになっておったからのぅ〉


 話が理解できない。何を言ってるんですか、このかめさんは。


 それよりも。


「こちらにお住まいなのですよね?」


〈いや、ワシは普段はもっと東に住んでおるよ〉


 この際だ。単刀直入に質問してみよう。


「あのですね、ここを人が船で渡れる方法を知りませんか?」


〈船を使えばよいではないか〉


「誰か知りませんが、沈めちゃうらしいんですよ」


〈大きな音を立てるからじゃ〉


 大きな音?


「船をこぐ時に櫂が水面を叩く音とか?」


〈そうじゃよ〉


「静かに進めば、近寄ってこない?」


〈そうじゃな〉


「浅いところでは普通に櫂を使ってるはずですが」


〈あやつらは、図体がでかいからの〉


 そういうことか。


「ありがとうございます。なんとかなりそうです」


〈そうか、そうか。ところで魔天の王よ〉


「誰ですか、それわ」


〈王に決まっておる〉


 だめだ。このかめさん、肝心なところで話が通じない。


「・・・何のご用でしょうか?」


〈よいところにきた。これをもらってくれんか?〉


 魔力で何かが放り投げられる。受け取ってみればバレーボールよりも小さな球だ。


「なんですか? これは」


〈王に献上しよう。もっとも、むかーしに拾ったものだがの〉


「・・・では、お返しにこちらを差し上げます」


 まーてんの薫製果実を差し出す。


〈ほう! ありがたくいただこう。・・・ふむ、美味であるの。ふむふむ。よいものをいただいた〉


 顔面はこわもてだが、声は満足そうだ。


〈騒ぎの原因も教えてもらえたことだし、ワシはこれで住処に戻るとしよう。王の旅路に幸いのあらんことを〉


 言いたい放題言って、かめさんは水面下に沈んだ。そうか、彼がいたから凶暴な奴らの影が見透かせなかったのか。


 他の理解できない話は無視だ、無視! 忘れてしまおう。

 妙な肩書きばっかり増えてます。

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