客人の客人
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宴会の間に、二胡の弾き方を教えてもらった。そのうちに、自分でも作ってみよう。ギターのリベンジ、に、なるかな?
また、翌日には、鞍を借りて乗馬の練習もさせてもらうことになった。他の馬を借りようとしたら、ムラクモが怒ったのだ。だが、彼の鞍はない。
「ずいぶんと、体の大きい馬だねえ。うちらの使ってる鞍じゃ小さすぎるよ」
「練習用の鞍しか付けられないよね」
「頭はいいし、あんたの指示にもよくしたがってくれる。いい馬だ。ちゃんとしたものを用意してやるんだよ」
魔獣に鞍。ほんとに、いいんだろうか。
ムラクモとの乗馬練習を兼ねて、溶岩流の様子を見に行った。流れは、大きな橋の架かっていた川に集中している。東湖沿岸は、辺り一面が水蒸気に覆われていて、時折、温度差で溶岩が弾ける轟音がする。
野火が草原側に広がる様子はなかった。
夕方からは、また宴会が始まった。ハナ達がすっかりなじんじゃってて。何とも言えない眺めだ。まあ、皆楽しそうだし、いいか。
若いお姉さん達には、自分の髪ひもが好評だった。特に細工はない。なめした皮を細くして、両端に、水晶のビーズや模様を刻んだロックアントの球をつけてあるだけなのだが。
「そうかぁ、こういうもので飾ればいいんだ」
「小川で拾った石とかも、こんな風に細工すればきれいだよね」
「鹿の角なんかも、模様とかつけやすいですよ」
変身するたびにちぎれ飛ぶので、ぶっちゃけ、髪ひもは消耗品だ。術弾や指弾の失敗作を有効利用しただけ。とは、言えない。お姉さん達の夢を壊しちゃいけない。
「これくらいしか、おしゃれできなくて〜」
そう、取り繕っておく。
「あらぁ、ルーさんはまだ若いし、こんなに綺麗なんだから!」
「着ている服もすてきよね〜」
フェンさん渾身のシャツやズボンも好評だ。素材は、気にならないらしい。いや、突っ込まれても困るからいいんだけど。
三日めも、自分で様子を見に行った。居留地の人も一緒だ。野火は、防火帯の手前で消えていた。溶岩流も草原側には広がってきていない。
これ以上は延焼が起らないと判断された。
安堵したせいか、宴会では、みんな大いに食べて大いに飲んでいた。自分も食べた。
ヨーグルトが、おいしい! ちょっぴり取り分けて、便利ポーチにしまおうとしたけど、入れられなかった。現在進行形の発酵食品は駄目なようだ。残念。
翌朝、集まっていた人々は帰っていった。帰り際、機会があれば彼らの居留地も訪ねて欲しい、と言われた。嬉しかった。
そういえば、みんな、自分の名前に驚きはしても、堅苦しい態度にはならなかった。それも嬉しかったな。
やがて、居留地は静けさを取り戻した。
そろそろ、自分も出発するか。そう考えて、アビウさんに挨拶しにいった。しかし、
「いましばらく、留まっていただきたい」
「なにかありましたか?」
他のところからも、火が出たのだろうか?
「お客人をたずねて、シンシャから人が来るようなので」
今朝方の指笛には、そういうのも混ざってたのか。
「わかりました」
居留地から離れるわけにはいかないようので、テントで休んでいることにする。
そうだ、ガーブリアの報酬とやらを確認しておかないと。
革袋の中には、さらに小さな袋と二通の手紙が入っていた。
一通はグレスラさんからだ。
狩猟村のメンバーが一人も欠けることなく避難してきたことへの感謝と、依頼料を払う旨が書かれていた。金額が少なくてごめん、とか、次ぎにきた時にはゆっくり飲もう、とか、そういうことも書き加えられている。小さい袋は、ギルドの依頼料だった。ただのお使いには、これでも多すぎるって。
もう一通は、バラディ殿下から。街門で話した内容とほぼ同じ。
しかし、二人とも、自分がガーブリアに一旦戻ってなかったらどうする気だったんだろう。
自分が出発したのと同じタイミングで早馬を出していても、街道閉鎖には間に合わなかった。そうなれば、シンシャへの手紙は届けられなかったはずだ。信頼、されてたのかな?
「よろしいか?」
訪問者が到着したらしい。広げていたものを片付けて、テントを出る。
三人いた。女性騎士が一人混じっている。
「はじめまして」
「こちらこそ、お初にお目にかかります! シンシャの騎士、エルバステラと申します。森の賢者様におかれましては、このたびのガーブリアへのご高配、我ら一同いたく感激いたしました!」
「ちょっとまって! なんですか、その「森の賢者様」って?!」
三人の騎士さん達が、顔を見合わせてくすりと笑った。
「うわさ通りのお方のようで」
どんなうわさだ?! 焼き払ってやる!
「とにかく! そういう用件でしたら、どうぞお引き取りを!」
「そうではなくて、こちらを」
手紙を渡してくる。しぶしぶ受け取り、封を切って中を見る。
「・・・これを、自分にどうしろと」
「よいお知恵があれば、是非ともお借りしたいのです」
街道が溶岩で塞がれている間、ガーブリアとの連絡手段をなんとか確保したい。との主旨だ。いわんとすることはわかる。自分でも、同じ立場なら、なんとかしたいと思う。だけど。
「自分は、一介の猟師に過ぎません! なんだって、あっちもこっちも、なんでもかんでも訊きたがるんですか」
「「「賢者様ですから」」」
うがぁっ! ここの人たちとの付合い方に慣れてたから、この態度はなんていうかもう!
「いままでも、街道以外の連絡は取れてたんですよね?」
「山道を使ってました」
ただいま、溶岩流で閉鎖中。駄目じゃん。
「東湖は?」
「水棲の大型動物に襲われます」
「襲われない時もあるんですよね?」
「たいていは、沈められてます」
「・・・これ、自分でも無理ですよ。時間はかかるけど、西回りの早馬を使うしかないんじゃないですか?」
「「「そこをなんとか!」」」
魔道具による通信では、片言しか送れない。鳩などを使った方法は、この世界では知られていない。そもそも、自分も訓練方法など知らないし。
アビウさんが、教えてくれる。
「沿岸で漁をする船では被害は出ていないが」
「少し沖に出たとたんに取り囲まれた、と記録にありました」
「かろうじて、一人が岸に泳ぎ着きましたが、腕をかみちぎられていて危うく死ぬところだったとか」
何らかの攻撃トリガーがあるのだろうが、沖が縄張り、とかだったらお手上げだ。
「今のところ、東湖を横断する方法しか思いつきません。すぐには無理です。期待しないでください」
「賢者様の駄目だしがあれば、上層部もあきらめがつくというものです」
「そういうのに、自分を利用しないでください!」
「ですが、このまま彼らがごり押しすれば、騎士達が犠牲になるばかりです。なにとぞ!」
あ〜、そういうことか。だから、騎士さん達だけで来たのね。とはいえ、どうすればいいんだ?
「賢者様の結論が出るまで、近くで野営しております」
「狼がたくさんいるそうですけど」
「「「・・・」」」
「客人に用があるというのだ。滞在を許可しよう」
「! よろしいのでしょうか?」
「周辺の狼でも狩ってもらえればいい」
「「「ありがとうございます!」」」
自分には、すんごいプレッシャーにしかなりません。
「三日。それで、良い方法が思いつかなければ、諦めてください」
居留地の食料にそれほど余裕はない。いきなりの客人をまかなうのはそれくらいが限界だろう。
彼らの上司とやらも、それくらいの期間は我慢していてくれるはずだ。きっと。
「・・・わかりました」
「族長殿、よろしくお願いします」
アビウさんは、一つ、頷くと中に戻っていく。多分、テントなどの手配を指示するのだろう。
「自分は、これから東湖を見に行ってきます」
「「「お供します!」」」
「一人だけですよ? 他の人は、居留地の仕事を手伝ってください」
押し掛け客人だ。それくらいはやってもらわないと。
「私が行きます」
エルバステラさんがそう言った。まあ、力仕事は男性向きだし。いいか。
「「よろしくおねがいします」」
ムラクモに、仮の鞍をつけて東湖に向かった。ユキ達もついてきた。散歩じゃないんだよ?
東湖は、東西に伸びる大きな湖だ。この辺りでも、南北の幅は二キメルテ(キロメートル)ぐらいある。湖岸には、所々、葦のような植物が生えている。南岸はやがて山裾に繋がり、そこから上陸するのは難しくなる。北岸はほぼ芦原と砂州におおわれている。昔、上空から見た環境が変わっていなければ。
東湖西岸は、いま、一部が溶岩流に覆われている。溶岩の流れは完全に止まってはいないようで、次から次へと水際に溢れ出している。
その遥か向こうに、噴煙を上げる火山が見える。だが、先日よりは、噴煙の高さがない。
いや、今は東湖の話だ。
エルバステラさんに質問する。
「襲われた船は、どれくらいの大きさだったんですか?」
「湖岸で作り上げた、としか」
わからん。駄目元で、自分が湖に入ってみるか? でもなぁ。無茶するなって、怒られるし。黙ってても、絶対ばれそう。
うなりながら、湖を見る。湖面は穏やかだ。水面下だと、それほど深くまでは見えないが、船を襲うような凶暴な動物の影もみあたらない。変な気配はするけど。これが原因?
岸辺に降りて、さらに中を見透かしてみようとした。背後で、ユキ達のうなり声がする。
「賢者様!」
いきなり湖底が盛り上がった。水面から突き出る。岩の柱? なんだ?!
〈最近は、にぎやかだのう〉
気配の主が現れた。よく見れば、亀だ。頭だけで十メルテほどもある。声をかけてくるくらいだ。いきなり襲ってくる気はないらしい。
「あ〜、はじめまして?」
とりあえず、ご挨拶。
〈そうじゃの、はじめまして、だの。魔天の王よ〉
はい?
かめさん、かめさん、今なんておっしゃいました?
〈西が騒がしいので、見に来たところで、珍しいものに会えたのぅ〉
なんか、嬉しそうですね。見せ物じゃないんですけど。
「騒がしいのは、火山のせいです。自分じゃありません!」
〈そうかそうか。王がおられるようになって、ずいぶんと穏やかになっておったからのぅ〉
話が理解できない。何を言ってるんですか、このかめさんは。
それよりも。
「こちらにお住まいなのですよね?」
〈いや、ワシは普段はもっと東に住んでおるよ〉
この際だ。単刀直入に質問してみよう。
「あのですね、ここを人が船で渡れる方法を知りませんか?」
〈船を使えばよいではないか〉
「誰か知りませんが、沈めちゃうらしいんですよ」
〈大きな音を立てるからじゃ〉
大きな音?
「船をこぐ時に櫂が水面を叩く音とか?」
〈そうじゃよ〉
「静かに進めば、近寄ってこない?」
〈そうじゃな〉
「浅いところでは普通に櫂を使ってるはずですが」
〈あやつらは、図体がでかいからの〉
そういうことか。
「ありがとうございます。なんとかなりそうです」
〈そうか、そうか。ところで魔天の王よ〉
「誰ですか、それわ」
〈王に決まっておる〉
だめだ。このかめさん、肝心なところで話が通じない。
「・・・何のご用でしょうか?」
〈よいところにきた。これをもらってくれんか?〉
魔力で何かが放り投げられる。受け取ってみればバレーボールよりも小さな球だ。
「なんですか? これは」
〈王に献上しよう。もっとも、むかーしに拾ったものだがの〉
「・・・では、お返しにこちらを差し上げます」
まーてんの薫製果実を差し出す。
〈ほう! ありがたくいただこう。・・・ふむ、美味であるの。ふむふむ。よいものをいただいた〉
顔面はこわもてだが、声は満足そうだ。
〈騒ぎの原因も教えてもらえたことだし、ワシはこれで住処に戻るとしよう。王の旅路に幸いのあらんことを〉
言いたい放題言って、かめさんは水面下に沈んだ。そうか、彼がいたから凶暴な奴らの影が見透かせなかったのか。
他の理解できない話は無視だ、無視! 忘れてしまおう。
妙な肩書きばっかり増えてます。




