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草原に暮らす人々

308


 ムラクモ達を連れて街道まで戻った。案内役二人が待っていた。


「おまたせしました〜」


「いや。ぜんぜん! それより、この馬、どうしたんだ?」

「街道でもずーっと後をついてきてたよね?」

「って、銀狼までいたのか!」


「森で懐かれました。離れてくれません」


 護衛よろしく、自分の後ろにぴったりと付いている。


「乗せてくれるのかな? 居留地まではすこし距離があるんだが」


 彼らの連れていた馬は、ムラクモよりも小さい。彼を見て、少々引き気味だ。やっぱり、わかる人にはわかるのか。人じゃなくて馬だけど。


「背中、怪我してるんで、自分走ります、って、なに?」


 袖を引いて、その馬面で背中をしゃくる。乗れ、と言っているのか。


「いやほんと、すごいね。乗せてくれそうだ」


「〜〜〜そうみたいです」


「じゃあ、急ごうか」


 軽く、ムラクモの背を叩く。もう、痛みはないらしい。回復、早いなぁ。


 でもさぁ、馬に乗ったことなんか一度もないよ? 振り落とされないかなぁ。やっぱり、自分で走った方がいいよね。


 ムラクモが振り向く。目が、「任せろ」と言っている、気がする。「早くしろ!」ともいっている・・・気がする。

 仕方ない。背中に飛び乗り、軽く足で胴を押さえる。


 三頭が歩き始めた。なんとか、転げ落ちないで済んでいる。狼達も、ついてきている。


「乗り方、うまいよ」


「初めてなんですけど」


「いやぁ、そうはみえないねぇ。その馬も乗り方を合わせてくれてるみたいだし、いいコンビだよ」


「はぁ、そうですか」


 こころもち、得意げに頭を上げている。君、魔獣だよね。いいのか? それで。


 途中、河原で一泊した。辺りから、枯れ枝を集めてくる。案内役の二人が非常食を分けてくれようとしたので、自分から[森の子馬亭]の料理を出して食べてもらう。街の料理は小洒落ていると、喜んでくれた。

 小さなたき火を囲んで、山向こうで猟師をしていたとか、ガーブリアの灰はすごかったとか、このあたりは狼が多いとか、羊や山羊を放牧して生活しているとか、そんな話をした。


 たき火の見張りをしながら、交代で休んだ。

 狼達も、火のそばで休む。ときおり聞こえてくる遠吠えは無視している。この子達が慌てないのなら、大丈夫だろう。


 翌朝、浅瀬を渡り、再び居留地に向かって出発した。ムラクモの背中に乗せてもらうのも慣れてきた、気がする。でも、まだ走らせることは出来ない。自分の足で走った方が早いのに、ムラクモが断固拒否する。くぉのぅ、わがまま者め!

 慌てなくていい、と案内役の人がいってくれた。早く帰りたいだろうに、すみません。


 軽い昼食をとって、のんびりと草原を進む。


 やがて、空は、青から茜色へ。そして、深い夜色へ。わずかな残照が残る中、ようやく居留地に到着した。


「案内してきたよ」


「ご苦労だった。お客人、ようこそ」


 途中の指笛で、到着を知らせていたのだろう。アビウさんが待ち受けていた。


 ムラクモの背から降りて、挨拶する。


「お招き、ありがとうございます。山向こうの猟師、アルファです。お世話になります」


 周りにいた人たちが、自分の名前を聞いてざわめいた。

 それを、アビウさんが腕の一振りで黙らせる。


「今夜は、とにかく休んでほしい。話は、明日にしよう」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」


 ムラクモは、他の馬と一緒に休ませてくれるそうだ。ほい、いってらっしゃい。


 自分は、女性二人につれられて、ちいさなテントに案内された。狼達も一緒に入ってきた。中にフェルトのマットが何枚も敷き詰められている。とても居心地が良さそうだ。

 マットの上の小さなトレイには、水の入ったポットと木製のカップと焼きたての薄いパンが数枚。


「たいした物はないけれど、まずは休ませるようにって。用があれば、外に声をかけてね。明日は、たくさん話をしましょ」


「はい、いろいろとありがとうござます」


「では、また明日」


「おやすみなさい」


 入り口の布を下ろして、去っていく。


「ん〜っ。一休みぃ〜」


 馬に乗るのもなかなか疲れる。これも修行か〜。伸びをしてから、マットの上に横になる。気持ちいい。


「どうしたの?」


 三者三様に体を横たえて、しっぽで床を叩いている。調子が悪いわけでもなさそうだが、なんだろう?


 トレイの食事をいただいて、革袋の水を飲む。便利ポーチから適当なボウルをだして、ユキ達にも水を与える。一応、干し肉も出しておいたが、今のところは要らないようだ。自分は、物足りなかったので、アンゼリカさんが持たせてくれたお弁当も食べる。ほぅ、おなかも落ち着いた。


 しっぽたたきが収まらない。ぱたぱた、ぱたぱたぱた。


 『灯』をつけて、ガーブリアで押し付けられた革袋の中身を確認しようとした。

 ところで、ハナに押し倒された。というより、のしかかられた。自分の襟首をくわえると、おなかに抱え込むように引きずって、横になって丸くなる。ユキとツキも、まとわりつくようにすり寄ってくる。


「もしかして、「ここで休め」?」


 ぱたぱた。前足に頭を乗せて目をつむっている。


 ・・・もふもふは嬉しい。せっかくだし、ここは堪能させてもらおう。


「ありがと。じゃあ、お休み」


 『灯』を消した。三頭に抱きかかえられるようにして眠る。ふふふ、ふかふか、もふもふだ。むふふ。



 翌朝、日の出前に目が覚める。いつも通りだ。体調もわるくない。

 起き出した自分を見て、ツキが物足りなさそうにしている。自分を子猫かなんかと勘違いしてるんじゃないか?


「ほら、朝だから。どいたどいた〜」


 テントの外に出た。色をとりもとしはじめた空の光で、地平線が浮き上がって見える。星々が名残惜しそうに、姿を薄れさせていく。


 馬の囲いの方に行く。この宿営地には井戸があるらしく、馬や羊達に与える水を汲んでいる。自分も手伝った。


「おはようございます」


「おはよう。よく休めたかい?」


「はい、ぐっすりでした。みなさん、もうお仕事始めているんですね」


「もちろん。お日様の出ている間は仕事の時間だよ。特に、今日は大忙しだ」


 水桶にくんできた水を注いでやると、馬達が飲みにやってくる。ムラクモは一歩下がって順番を待つつもりのようだ。


「あんたの馬は賢いね」


「懐かれたばっかりで、よくわかりませんが」


「始めて来たところでも、落ち着いているし、うちらの馬達ともうまくやっている。街の馬だと、たまに威張りくさってるやつがいたりしてねぇ」


 ぶふっ。馬も人に似てくるのかな。


「飼い葉とかは与えないんですか?」


「これから、外で食べてくるさ。うちらが刈ってやる必要はないよ」


「そういえば、そうですよね」


 辺り一面が、食べ放題のレストランみたいなものだ。


「そういえば、今日は大忙しとか、なにがあるんですか?」


「あんたの歓迎会だよ」


 なんですと?


「うちらの居留地には滅多に他所からの人は来ないからね。せいぜい、街から兵士が伝言を届けにくるくらいさ。街へ行くのも、売り買いする物がある時だけだし。

 まあ、あんたを口実に騒ぎたいんだよ」


「・・・アビウさんは、なんか深刻そうな顔をして「話は明日だ」なんていってましたけど」


 がははははっ。


 作業していたおじさん、おばさん達が大笑いした。


「若くてきれいな女の子が丁寧に挨拶したんで、舞い上がっているだけさぁ」

「かっこつけちゃって〜」

「思いっきり、からかってくれていいから!」


 いいのかねぇ。


「馬達は、まだ出してあげないんですか?」


「うちらが食べたあとで、出してやるしかないんだ。狼が恐いからね。見張りが必要なんだ」

「あんた、山向こうから来たんだって?」


「はい、森で暮らしてました」


「それじゃぁ、知らないのも無理はないさ。森と草原では暮らし方は違うもんだよ」


「そうなんですか」


 って、ここにもいますよ? いいんですか?


「あんたの連れだろ? 問題ないさ」


 そういうもんですかねぇ。三頭はわかっているのかいないのか、尻尾を振りながら自分のそばに控えている。


「さ、朝飯ができたよ。一緒に食べようか」


 山羊の乳粥に野草が一緒に煮込まれている。暖かくて、おいしかった。


 数人が放牧のために出かける。馬に乗り、家畜達を追っていった。ムラクモは、居留地の近くで残った馬達と一緒に草を食べている。おとなしくしていてくれるようだ。


 そこそこに日が昇った頃、ちらほらと人が集まってきた。他所の居留地の人だそうだ。数頭の家畜を連れている。薪を積んできた馬もいる。


「さあ、準備に取りかかろうか!」


 って、歓迎会はこの居留地の人たちだけでやるんじゃないの?


「ほら、草火よけもやったじゃないか」

「あれの慰労もあるんだよ」

「一度広がったら、もっと東の方の部族も被害を受けるしな」

「火元に近いところにいた部族が音頭をとって」

「援助を頼んで、そのあと宴会をするのさ」

「ちゃんと、あんたの歓迎もするから」


「はぁ、ありがとうございます・・・」


 野火の見張りに出ている人や、放牧の人たちも参加できるよう、三日ほどかけて行うのだそうだ。まあ、何かあった時、火元に近いところに人手を集めておく意味もありそうだけど。


 ご馳走となる羊を解体する前に、呼ばれた。できれば、この子に声をかけてやってほしい、そうだ。


「ありがとう」


 そういって、頭をなでてやる。


 そのあと、他の家畜達とともに解体された。


 臨時のかまどを組み立てて、火をおこす。大きな鍋も持ち出されてきた。焼かれて、煮込まれて、広場に並べられる。


 料理も人もそろったところで、酒が配られた。この辺りでは木は貴重品だ。

自分だけが木のカップを持たされている。


 アビウさんが立ち上がり、音頭をとった。


「客人のおかげで、大過は免れた。草原の部族を代表して礼を言う。この先、客人の旅路に幸いのあらんことを。

 では、乾杯!」


 思い思いの料理に手が伸びていく。昨日、テントに案内してくれた女性が、一つ一つ説明してくれる。

 ヨーグルトにつけ込んで、さらに味付けして焼いた肉があった。これが、おいしいのなんの!

 ほかにも、手間をかけて肉団子にして、それを野菜などと一緒に煮込んだものとか、薄切りにした肉でいろいろなものを巻いて焼いたものとか。


 自分がご馳走をぱくつく様を見て、みんなも喜んでいた。


「気に入ってもらえてうれしいよ」


「文句なしで、おいしいです!」


 普段は、干し肉を戻したものを食べているそうだ。肉が新鮮なうちに料理するのは、狩りが成功した時か、お祝い事の時だけ。なので、居留地の人たちもおいしそうに食べている。


 ご馳走のお礼に、ヘビ酒を数本出した。


「やぁ、こんな酒ははじめてだ!」

「きくねぇ〜」


 ・・・ちょ〜っと、度数が高すぎたか?


 アビウさんが真っ先につぶれた。

 他の人たちは、飲み慣れていないこともあって、少しずつ口にしていたが、アビウさんはなぜか一気のみしてしまったのだ。


「大丈夫かな?」


「静かになってよかったよ」

「いつもなら、このまま説教が始まるところだからね」


 そのうちに、音楽も始まった。二胡のような楽器とタンバリンに似た太鼓もどきを軽快に鳴らす 若い人たちは、立ち上がり、たき火の周りを踊り出した。あ〜れ〜え? ユキ達までぴこぴこはねている。踊っている人たちの影と戯れているかのようだ。

 さらにその外側で、まだ料理をぱくついている自分。いやほんとに、おいしいんだもん。


「あはは、あんたは色気より食い気だねぇ」


「この料理がおいしすぎるのがいけないんです〜」


「わははは、それ、褒め言葉かい?」


 頷きながら、次の料理に手を出す。


 いまのところ、野火が防火帯を超えた知らせは来ていない。風向きも草原の方が風上側だ。溶岩流が、防火帯にまで迫らなければ大事にはならないだろう。

 今日は、とにかく料理を堪能しよう。

 まさしく、色気より食い気。

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