「オオカミが来るぞ」
302
火山が噴火する。
テレビで見た、火山活動のあれこれを思い出す。溶岩、噴煙、火砕流、火山ガス、噴火そのもの、火山灰に塗り籠められた町。
[魔天]にも、被害は及ぶ。今、自分がいる一帯は、最悪、溶岩の海に飲み込まれて消える。このトレントも、死んでしまうかもしれない。
生きていれば、いずれは死ぬ。判っているつもりだった。ただ。出来ることなら、生きて欲しい。生き延びて欲しい。人も、魔獣も。そう、願わずにいられない。
そのために、自分にはなにができるだろう。何か、出来るのだろうか。
自分の魔力でなんとかするのは無理だ。相手の質量、熱量ともに比較にならないほど大きい。文字通り、焼け石に水、だ。
火山そのものに手が出せなければ、逃げ出すしかない。動物達は、とっとと避難するだろう。だが、街の人は?
殿下から借りた歴史書には、数百年前に火山が噴火したという記載はあっても、具体的な活動記録なんかかけらもなかった。避難についてはは言わずもがな、だ。
・・・素人が噴火による被害予測を立てるなんて難しすぎる。さらに、ここには地球にはなかった「魔力」が関与してくる。
めまいがしそうだ。
それでも。
手をこまねいていれば、ただ、混乱だけがもたらされる。そして、多くの人が死ぬ。
山を観察しながら、最悪のパターンが起きると予測して、避難方法、避難時の注意など、一通りの被害想定を絞り出す。
地下探査では、マグマの上昇経路に大きな魔石は見当たらない。先日のような規模の魔震は起きないだろう。それだけは安心できる。
ロックアントの退治シーズンになった。[魔天]中を探索し、見かけた群は問答無用で狩り獲っていく。体の動きは悪くない。これで、魔震で引き起こされた体調不良は完全に回復した、と判断した。
もう一度、山を見に行く。あまり時間の余裕はなさそうだ。
よし、ローデンに行こう。
向かった、は、いいが。誰に言えばいいんだ?
東の街門から入って、とりあえずギルドハウスに行く。出来るだけ、深刻な表情を出さないように注意しておく。
「こんにちは」
運良く、受付近くにいた侍従さんを捕まえられた。って、いつ王宮から来たんだ? 自分は街門から直行して来たんだよ?
「すみません。いきなりですが、お使い頼んでもいいですか?」
「お久しぶりです。賢者殿。何事でございましょうか?」
「出来るだけ急ぎで団長さんにお話があるのですが、都合を聞いてきてもらえませんか?」
「承知致しました」
その足で、ヴァンさんの部屋に行く。
「おう! 元気そうじゃねえか!」
「はい。久しぶりです。あのあと、どうなりました?」
「どうって?」
「お宝事件」
ヴァンさんが、にたりと笑った。
「文句を言いたくても、お嬢がいないんじゃ話にならん。てことで、あのまんまだ」
「ふふふ、勝った!」
「・・・お嬢よう、だんだん女将に似てきてないか?」
「教育の賜物です」
「〜〜〜やめてくれ」
こんどは頭を抱えている。
「今日は、またヴァンさんと団長さんに相談があるんですけど」
「呼んだのか?」
「ちょうど侍従さんに会えたので、口で頼んじゃいました」
「せめて、何の相談がしたいかくらい言っておけよ。あいつも忙しいんだからさ」
「あ、それもそうですよね。しまったな〜」
軽い口調で、自分の執務室に誘う。
「もしかして、ロックアントに余裕があるのか?」
「ちょーっと違うんですねぇ」
今日もまた、団長さんが走ってきた。しかし、王宮の騎士団長を気軽に呼び出す自分も自分だよねぇ。今更だけど。そういうと、
「いやぁ、賢者殿のお呼びであれば、なんとしてでも都合をつけますぞ!」
熱い。熱いよ、団長さん。
「トリーロさんも、内緒話に加わります?」
「いいえ! 外に出てますから!」
トリーロさんは、三人にお茶を用意すると素早く逃げた。
これでよし。
部屋の鍵をかけて、さらに、『遮音』を実行する。
「なんだ? ずいぶんと厳重じゃねえか」
「なんの悪巧みですかな?」
そういう話だったら、どんなによかったことか。
用意してきた資料をテーブルの上にばらまく。
斜め読みしようとしたところで目が止まる。二人とも、真剣に資料を読み始めた。
「・・・なるほど、さっきのは、わざとトリーロを外に出すためか」
「相談先が思いつかなくて」
団長さんの手が、ぶるぶると震えている。
「こ、これが、もし本当に、起るなら〜〜〜」
「いえ、これよりももっと酷い状態になることも考えられるんです。ただ、自分には思いつけなくて・・・」
火山の東西に大量の溶岩が流れ出し、密林街道を分断。大量の火山灰は、森も街も埋め尽くし、川さえも干上がらせる。山の斜面に降り積もった火山灰が雨をうけて土石流となり、麓になだれ込む。さらに、噴火に刺激を受けて興奮した魔獣達が[魔天]から飛び出してくる。
交易は、大混乱するだろう。人の世の混乱は、森をも乱す。できることなら、それは避けたい。
「何故、王宮に直接連絡しない?」
「以前も言いましたよ? 目に見える証拠でもなければ、腰を上げないだろうって」
「だが、証拠なら!」
「山も森も、まだ目立った異常は見られません。ただ、自分はありえない魔力異常に出くわして調べてみただけですから」
「王宮の魔術師に調査させればいい」
「かなり深いところを「視る」必要があるんですが」
「深いって、どれくらいなんだ?」
「この辺の井戸よりももっと、ですねぇ」
「団長?」
「女官長殿に以前聞いたが、鉱脈を見る事ができる魔術師はそう多くないし、普通は十メルテ見えればいいそうだが」
「って、十メルテじゃ井戸の底が見えるか見えないか程度だろ!」
「・・・」
「そういえば、やたらと東を気にしていたが、これだったのか?」
「そうみたいですねぇ」
「さすが、「密林の野生児」!」
・・・ここで、その名前はあんまりだと思う。
「とにかく! 王宮の魔術師さんに判るようになる頃には、噴火は目前でしょう。警告を出すどころか、彼らが山から避難できるかどうかも怪しい」
「・・・この、溶岩とやらは、どれくらいの速さでやってくるものなのですか?」
「出てきてみないと判りませんよ、そんなの。なにより、必ず溶岩が流れるとも限らない。ただ、こういう現象が起ることを「知っている」のと「知らない」のでは、いざという時の選択範囲が変わります」
「どういうことで?」
「避難するかしないか、どこまで避難すれば安全といえるか、何日分、何人分の水や食料を確保しておけばいいか。誰を切り捨てるか」
「「それは!」」
「・・・本当に、自分に出来たのは、どんな現象が起きてどんな被害になるかを予測する、それだけだったんです。すみません」
執務室を沈黙が支配する。
しばらくして、団長さんが言った。
「やはり、王宮に至急伝えましょう」
「でも・・・」
「賢者殿には実績があります! ただの「妄想」とは誰も言えません」
「実績、ですか?」
「確かにな。俺たちの手には余るぜ。何より、この予測図、ガーブリアが入ってるじゃねえか」
ローデンの東側にガーブリアはある。噴火が予想される山は、両国の境となっている山脈のなかにある。
火山西側は[魔天]領域内なので、集落はない。一方、山脈東側の[魔天]領域は狭く、火山の東山麓は領域外になる。谷筋に温泉が湧き出ていて、国内外からの湯治客が集まる街が多数ある。
自分の予測では、温泉街は火砕流で壊滅、ガーブリアの王都は、降灰で機能停止、さらに、溶岩流が隣国からの救援の手を阻む。噴火後は、大量の火山ガスが噴出し、完全に交通が遮断される。
「あっちに、お嬢の知り合いはいねえのか?」
「自分、どんだけ神出鬼没だと思われてるんですか?! 無茶言わないでください!」
「でもよぅ」
「そうですよね」
「お嬢だしな」
「賢者殿ですから」
自分は神様じゃない!
「だったら、なおさらだ。王宮経由でガーブリアに警告を出してもらう。これよりましな伝達手段は、他に無え。それをどう生かすかは、あっちの仕事だよな?」
「その通りですぞ!」
あら、熱血に火がついた?
「賢者殿! 他の被害予想もありますな? それらもすべて見せていただきたい!」
「ハンター連中には、警告を出す。それと同時に、異常があればすぐに知らせるようにも言っとく。あと、何かすることはあるか?
って、ちょっと待った!!」
「ヴァン殿、どうなすった?」
ほんと、どうしたんだろう。途中でブレーキをかけるとは、らしくない。しかし、ヴァンさんは、顔中から汗をだらだら流し始めている。
「・・・このままお嬢を巻き込めば、女将が怒る」
「あっ、あぁっ!」
団長さんも、絶叫した。
「な?」
「た、確かにっ」
「それって、あの心配かけちゃったとき、の?」
「そうだ」
「そうです」
「でもでも、今回は非常事態だし・・・」
「女将には通用しねえ!」
「こんどこそ、終わりです・・・」
大の大人が、真っ青になってがたがた震えている様は、かわいらしいといえなくもない。しかし、アンゼリカさん、どんなお説教をしたらこんなんなるんだろう。
「どうしたら・・・」
「・・・お嬢、まだ宿には行ってねえんだよな?」
「寄っていれば、絶対にここに来させないはずですぞ」
「だよな・・・」
先ほどとは違う沈黙が重い。
「こうなったら」
「しかたありませんな」
「?」
「女将に相談する」
「え〜っ!」
「それが最善です」
「なんで?!」
「女将の知らないところで、お嬢に何かあってみろ!」
「私はまだ死にたくありません!」
「おれもだ!」
そのまま、[森の子馬亭]に連行された。
未曾有の大災害になる、かもしれないという話も、アンゼリカさんには「あらまあ」で流されてしまった。それよりも、
「また、一人でなんとかしようとしたのね!」
「痛い、痛い、痛いです! アンゼリカさ〜ん!」
手にしていた盆で、ぱこぱこ殴られた。だから、先にヴァンさん達に相談したのに!
「それで? お二方は、どうなさるおつもり?!」
にらまれて、小さくなったヴァンさんと団長さん。
「こりゃ、お嬢の協力が必要になると思ってな・・・」
「こうして、ご相談に伺ったわけでありまして」
「資料とやらは、全部、渡してしまったのでしょう?」
「う、今のところのは、全部、はい」
「なら、あとは任せちゃいなさい!」
「だがよぅ・・・」
「認めません! これ以上、アルちゃんにできることなんかないの! そうでしょ?!」
「いまのところは、はい、そうですけど・・・」
自分には、そうとしかいえない。
「アルちゃん!」
「はいぃ」
「街を出ちゃいなさい!」
「「「え!」」」
「目の届くところにいるから、頼りたくなるのよ。なら、いなければいいのよ!」
アンゼリカさんが、胸を張って宣言した。
「女将! いくら何でもそれは!」
「それともなにかしら? この街のお偉いさん達は、アルちゃんなしではなーんにもできない能無しなのかしら!」
「「!!」」
アンゼリカさん、それはちょっと言い過ぎでは〜。
「そ、そうだよな・・・」
「まことに、ごもっともなことで、はい・・・」
「王宮もそうよ! まったく、いつもアルちゃんに無理をさせるから、いつまでたっても!」
あー、お説教が始まってしまった。ちゃんと相談しにきたのに。とはいえ、自分にはアンゼリカさんを止められない。
ヴァンさんも団長さんも、こってりと絞られた。
いっかな主人公でも、自然災害の前には無力です。
アンゼリカさんの前でも、ほぼ無力です。




