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真相

227


 いまのところ、魔法陣の発動実験は中止している。


 自分でも、「ここまでしなくても」という気はする。でも、やめられないのよ。教授が、はまっているのも判るわぁ。


 再現したいのは『防陣』。


 可能性のありそうな組み合わせで、今までにない魔法陣を組み立てた。そりゃもう、ほんの小さな部分からいじりまくって、何パターンも描きだして。でも、魔術師さんたちが音を上げるまで実験したが、うまくいかなかったのだ。


 ん〜、個人防御がダメなら、広範囲結界ならどうだろう。


 学生さん達は、複数の魔法陣を同時発動して、大きな爆炎を作り出した。うん、参考になる。自分も、複数の種弾で結界を発動するし。


 彼らにも協力してもらえないかな〜?



「こんにちわ」


 今日も、ギルドハウスで挨拶する。


「「いらっしゃいませ!」」


 窓口のお姉さん達が、ひっくり返った声で挨拶を返して来た。


「いやその、そんなにしゃちほこばらなくても」


「・・・すみません。お顔を見たら、緊張してしまって」


「これが、そんなに怖い顔に見えますか〜?」


 うんと困ったように言うと、ぷすっ、と笑ってくれた。


「顧問殿!」


 絶叫を聞きつけて、トリーロさんが飛び出して来た。


「はい、こんにちは」


「なんで、ギルドに来ちゃうんですか!」


「・・・だめだった?」


「「「だって、ここに来るたびに騒動が」」」


「いつもじゃない!」


 失礼な!


「ロックアントのシーズンが終わったから、届けに来ただけなのに」


「「「あ」」」


 ヴァンさんも出てきた。


「ヴァンさん、こんにちは」


「律儀だよなぁ、お嬢は」


「確保してありますよ。追加は、いかほど?」


「! あるのか?!」


「そこは、団長さんと要相談?」


「く〜〜〜っ」


 今年の分は、解体はしても、板にしていない。ただ、言われるままにポイポイ出すのも考えものだし。他のハンターが頑張った分と合わせて、需要にちょっと足りないくらいがいいだろう。


「結局、やりあうのか・・・」


 うなだれるヴァンさん。


「侍従殿が待機していらっしゃいます」


 済ました顔で報告してくれるトリーロさん。


「本当に、どっから聞きつけてくるんでしょうね。追っかけっこできないようにしたはずなんですけど、これ」


 身分証になっているペンダントをつまむ。


「王宮の奴らのすることなんか知るもんか!」

「顧問殿。手紙はどうなさいますか?」


「それは、ヴァンさん、どうします?」


「〜〜〜、お嬢、すまん、頼む!」


「団長さんの都合のいい時に、来てもらえばいいですか?」


「たぶん、すぐさま飛び込んでくると思うがな」


 予約分よりも多くあるので取引するかどうか話し合いたい、と手紙を書いた。書き上げたとたんに、トリーロさんに取り上げられ、すぐさま部屋の外へ持ち出される。

 直接でもいいじゃん、って言ってるのに!


「まぁ、今日のところは休めや?」


「そうします・・・、?」


 だだだだだ、だかん!


「け、賢者殿! はぁ、おひさし、ふぅ、ロックアントの!」


「おおお落ち着いて!」


 団長さんが、駆け込んで来た! どこにいたんだ?!


 トリーロさんから水を貰って、息を整える。


「・・・本当に来やがった」


「うわさをすれば、ってやつでしょうか・・・」


「街門の門番からの連絡を受けて、おそらくこちらにいらっしゃると判断しました! お会いできて、よかった!」

「手紙は、行き違いか?」

「ちゃんと受け取りましたとも!」


 侍従さんがギルドハウスを出てすぐのところで、鉢合わせしたそうだ。なんつー偶然。


「もう少し、落ち着いてからにします?」


「賢者殿さえよろしければ、すぐにでも!」


 相も変わらず、熱いよねぇ。走ってきた勢いもあるんだろうけど。


「ヴァンさん?」


「おう、しょうがねえ」


「どれくらい要るか決まったら、連絡してくださいな。じゃ!」


 自分はそそくさと退散した。


 しかし、ギルドハウスを出る前に、引き戻された。なぜなら、「お話し合い」が、すんなりまとまったから。


 拍子抜けしてしまった。そういうと、


「話をこじらせると、また叱られるからな」

「全くです!」


 そうですか。そうなんですか。


「それじゃ、用事は終わりっと」


「たまには付合えよ」


「たまにはって、こないだ来た時も飲んだでしょ?」


「いいじゃねえか! あんときゃ、ろくに話もできなかった!」

「そのとおり!」


 夕方、三人で[森の子馬亭]に集まることになった。



 ギルドハウスの解体場と騎士団の倉庫に、その日のうちに配達して回る。去年よりも数が多いとあって、どちらの人たちもニコニコしている。特に、騎士団の工員さんたちが「これで去年聞いた加工法に取りかかれる!」と喜んでいた。そうか、去年のは防具を作るぎりぎりの数だったんだ。


「成功したら教えてくださいね?」


 とお願いしたら、「もちろん!」と言ってくれた。彼らの加工方法も、黒棒の改良の参考になるかもしれない。なるといいな。


 これで、お使いは終了。



 その日の[森の子馬亭]は、すごい人出になった。ハンターや団員さんたちが、大挙してやってきたのだ。


「アル坊の独り占めは許さん!」

「我々も、賢者殿と一献酌み交わして!」


 と、いうことらしい。


 [森の子馬亭]の食堂だけではまかないきれず、両隣の食堂にも助っ人を頼むことに。


 騒ぎが起これば、人が集まる。気がつけば、一帯はちょっとしたお祭り騒ぎにまでなっていた。


 自分は、あっちこっちに引っ張り回され、ろくに酒も飲めなかった。当然、ヴァンさん、団長さんと話をすることもできなかった。いや、話しかけては来たけれど、すぐさま横からさらわれちゃって会話にならなかったのよ。残念でした〜。



 翌日の、ギルドの「顧問執務室」。


 ブスくれた男二人。それを見て苦笑するトリーロさんと、ため息をつく自分。


「野郎ども、すこしは落ち着いて飲ませろってんだ。ちくしょうが!」

「私も同感ですな! 訓練内容を増やしてやります!」


「ま、二人とも、落ち着いて〜」


 まだも、ぶつぶつ文句を言っている二人に、さらに声をかける。


「それで? なんで今日もここに集まるの?」


「「それだ!」」


「それ?」


 なんかあったかな?


「お嬢、騎士団の訓練にあれこれ口出ししてるそうだが、なに企んでやがる」

「最初は、ご自分の鍛錬のためかとも思っていましたが、どうみても実践的すぎますぞ。どのような意図がおありなのか、是非とも聞かせていただきたい!」


「・・・」


「暴れるだけなら、一回ですっきりさっぱり終わらせるはずだしな」

「賢者殿のすることに無駄のあるはずがありません!」


「どういう判断基準なんですか? それ!」


 トリーロさんも、訊いてくる。


「もしかして、王宮魔術師の実験も、ですか?」


 さすが、三人とも人を見極めるプロだけあるなぁ。


 『遮音』の術弾を出し、四人で囲むテーブルの中央に置き、発動させる。


「「「!」」」


「殿下からお借りした本の中に、街道都市の歴史が書かれたものがありました。

 三百年ほど前までは、二十年前後の周期で魔獣の氾濫があったそうです。主要都市の高い街壁は、それに備えたもの。

 確かに、最近はそのような災害は起きていません。でも、二度と起こらない保証はない。また、いつか起きるかもしれない。


 自分にできるのは、森の異変を教えることくらい。


 街を飲み込むような魔獣の群を殲滅するのは、それぞれの街のハンターと騎士団の役目ですよね。

 ただ、最初に試させてもらった時、騎士団の戦い方は大型魔獣に特化しているように見えました。これでは、複数種の魔獣の大群が襲ってきたとき、自身を守ることすら危うい。そして、彼らが倒れてしまったら、残された人々はなす術がない。


 ということで、自分の知っている対魔獣戦を指導してみました〜」


 最後は、ちゃかしてみたけれど、みんな固まっている。


「・・・顧問殿。実験の方は?」


「う〜ん。魔法陣の本をお借りして、その効果とかいろいろ勉強したんですが、殲滅用はないんですよねぇ。せいぜい十数頭を吹き飛ばせればいい方で、いずれも使いどころが難しい。

 それなら、防御に徹してしまえば、ハンターや騎士団は戦闘に専念できるかな、と。団長さんとヴァンさんは、自分の術を見てますよね? あれを魔法陣で再現できないか試行錯誤していたんです」


「その時は賢者殿が守ってくだされば!」


「自分がいなくなった時は?」


「「「!」」」


「暴走は、ほぼ同時にすべての都市を襲っています。そのとき、ローデンは守れても、同時に他の街まで守るなんて無理です。まして、一都市だけ生き残って、そのあとは?


 最初は、この街から。その知識と技術を、他の街へ。そうしてお互いがお互いを守り助け合う。それが街道都市のルール、でしょ?


 この街のことは好きですけどね。自分のすみかは森です。いつ、何が起こるか判らない」


 そう、いつまでここに出入りできるか。そもそも、いつまで生きられるかすら判らないから。

 それに、全部人任せで安全が得られるなんて思ってほしくない。


「お嬢・・・」


 ヴァンさんがかすれた声でつぶやく。


「賢者殿! なぜ、それを最初に言ってくださらなかったのです?」


「緊張感はそう長くは維持できませんから」


「「「!」」」


 突発的な刺激で意欲をあげるより、普段からの基礎訓練をたゆまなく続ける方が底力を付けられると思う。


 人は、忘れられる生き物だから。事故も天災も過去の教訓も、努力し続けなければ記憶から薄れてしまう。歴史の本も、それを受け止めるものによっては、ただの物語に過ぎない。


「・・・なぜ、今?」


「さあ? 単なる意地悪かもしれませんよ?」


「! お嬢! あの調査か!」


 いきなり、ヴァンさんが大声を上げる。


「・・・ほんと、杞憂ならいいんですけどね」


 日本では、放置された造成地で、外来植物が大繁殖した。外国では、干ばつに襲われた草原で単一種のバッタが大繁殖し、さらにその周辺の農地を壊滅させた。一種類の野菜だけを育てている畑では、害虫を駆除するために毎年大量の農薬を必要とする。枚挙にいとまはない。


 一概にはいえないが、今の状況はどう見ても正常にはほど遠い。


 ましてや、あそこは[魔天]の一部だ。トレントがいなくなり、動物層が単純になりつつある。今後、どんな変化が引き起こされるか、全く予測がつかない。


「なぜ、そこまでする? お嬢なら、それこそ暴走だろうが何だろうがおかまいなしで生き残れるだろうが」


「前に、王宮で言いましたよ? 「森が悲鳴を上げているようだ」って。その悲鳴に、人が引き裂かれる様をみたくないのかも」


 テーブルの上の丸い茶色の術弾が、なぜか涙のように見えた。

 どこまでも、お人好し。

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