夢語り
219
食後のお茶を頂きながら、殿下の話を聞く。
「これから、学園へ参りませんか?」
「でも、研究員はむりですよ」
「話だけでも、といわれておりまして」
「なんで、王太子殿下ともあろう人が、そんな交渉人みたいなことをしているんですか」
「賢者殿に関わる件は、王宮の最優先事項になっております」
侍従さんが、さらりと答えてくる。なにそれ!
「ただの猟師がなんでそういう扱いに・・・」
「「賢者殿ですから」」
王宮よ、あんたらもギルドの同類かい!
「だから、なにも殿下がでてこなくても〜」
「ですから、最優先事項ですので」
・・・話が通じない。何度目だ。
「では、行きましょう」
二人がたちあがった、と思ったら、自分の両腕を捕った。二人で来たのはそのためか! ずるずると引きずられていく。
「あ、アンゼリカさん、たすけ「いってらっしゃい」・・・」
物悲しい子牛の歌が、頭の中で繰り返す。
宿から少し離れた所に、馬車が待機していた。準備がよすぎるよ?!
学園に到着し、管理棟ではなく、研究棟のさらに別棟に連れて行かれる。学園長さんはほっといていいのか?
「教授、お連れしましたよ」
「待っていた〜〜〜っ!」
開口一番、それですか。
頭の白い、いかにも「研究者」な男性が仁王立ちになっていた。部屋の中は、混沌としている。あっちにもこっちにも紙の山。
「失礼しました」
自分は回れ右して、部屋をでる。
「「「なんで?!」」」
「こんなトッチラカッタ部屋での研究活動なんて、自分には付合えません!」
「「わかりました!」」
王宮組が即答した!
教授があぜんとする中、テキパキと書類を捌いていく。適当に束ねるのではなく、一通り目を通し、きちんと分類した上で、本棚に収めていく。本当に、あのひと王子さまなの? なんなの、この事務処理能力は。
途中、突っ立っていた教授が邪魔になったらしく、「外に出ていてください!」と追い出された。廊下には、自分と教授の二人。
「あ〜、先ほどは、失礼しました」
「いや、こちらこそすまんかった」
「猟師のアルファです」
「ラガス・マールヴァじゃ。よろしく頼むぞ」
「頼まれません」
「なぜ?! なぜじゃ! 新しい魔法陣の開発がこれからできるはずじゃなかったのか?!」
「自分は、結界術用の術式にしか興味ありません。まして、自己流ですし。ご協力はいたしかねます」
「そんなはずはない! 聞き取り調査から推測した術式の規模は第六段、出力は七! 自己流で展開できるはずはないんじゃ! 使った魔法陣を見せてくれ!」
「これですけど?」
種弾を出す。『昇華』の刻印済み。
「? 何じゃこりゃ」
「自分が使う術具ですよ」
「こんなちっこいもんが魔法陣なわけなかろうが!」
「術具って言いましたよ?」
「だから! こんなもんに書き込んだ魔法陣で、結界などはれるはずはない!」
「ですから、教授の魔法陣研究への協力はできません。無理です。では」
だから〜、そもそも既存の魔法陣すら読めない人が、研究活動できるわけないんですってば。
「まてい! 人の話を聞かんか!」
どっちが?!
ばたん! 部屋の戸が開いた。
「終わりましたよ!」
「話し合いなら、部屋の中でどうぞ」
はやい! じゃなくて!
引きずり込まれる。・・・こんなんばっかだな、もう。
部屋の中は、見違えるほど綺麗になっていた。机も床もちゃんと見える。
「魔法陣の基礎について、書かれたものはありましたか?」
侍従さんが素早く取り出してくる。
「勝手なことをするんじゃない!」
無視して、紙に目を通す。魔法陣の効果の説明とともに、円陣のなかにいろいろと書き込まれている。が、読めない。
「・・・もっと基本のはないんですか? 火を出すとか、風を吹かせるとか」
「そんなもんに魔法陣を使うやつがあるか!」
教授の絶叫はあくまでも無視。
殿下も侍従さんも苦笑した。
「それは、中等部で学んでしまいます。魔法陣では、もっと複雑な術になりますね」
「じゃあ、魔法陣はどうやって覚えるんですか?」
「学生は、既に知られている魔法陣で、自分が使いたいものを覚えます」
「つまり、陣に何が書かれているか理解していなくても、効果のわかっているものを書いて魔力を乗せれば術は起動する、と?」
「そういうことですね」
だめだこりゃ。自分のやり方とは全然違う。
「じゃあ、教授の開発って、とにかく新しい陣を書いて、効果があればそれでよし、ですか?」
教授が真っ赤になっている。
「これでも! ある程度傾向はわかっておる! じゃから、他の者よりも多くの魔法陣を知っておるのではないか!」
下手な鉄砲、数打ちゃ当たる。事故も多そうだけど。この教授の研究室だけ離れになっているのも、事故前提だからなのかな?
「魔法陣の開発とはそういうものですよ?」
「じゃあ、呪文は?」
「あれは、自分の中に、術の効果をイメージするまでのプロセスを凝縮したもの、なのだそうです」
つまり、ショートカット、いや、エイリアスか。
「魔法陣はあらかじめ魔導紙に書いておく必要があり、また、術が発動すれば、魔導紙は消滅します。それに比べて、呪文を使う場合は、とにかく覚えておけばどこででも使えますから」
「なぜ魔法陣が必要なんですか?」
「魔法陣なら、呪文では発揮できないような規模の魔術が使えます」
一長一短、ま、そういうものか。
「〜〜〜ワシの話を聞け〜〜〜っ」
「殿下」
「何でしょう?」
「自分の参考になりそうにないです」
「だめですか?」
「其処まで言うなら、お前の術とやらを見せてみろ!」
なんでそういう結論になるかな〜
「殿下」
「なんでしょう」
「どうしましょう?」
「見せて差し上げればよろしいかと」
「見せるって言ってもねぇ」
なにがいいのかな? 分解系は目に見えるけど、規模が大きいし。閉鎖系は、目に見えなくて地味だし。
ばたん!
「協力して差し上げてもよろしくてよ!」
乱入者、再び。どこからみていたんだ?
「ビエトラ君、呼んでなんぞおらんぞ!」
「学園長にお話ししましたわ。訓練場に参りましょうか!」
ああ、話を聞かない人が、ここにも。
「殿下。なんで、ここまでごりおしするんですか?」
「魔法陣の研究が進むことは、国益にもなります。賢者殿の研究も進めば一石二鳥! でしょう?」
やっぱり! この王子さまはタヌキだった!
またも、両腕をとられて訓練場に連れて行かれる。かといって、下手に暴れると殿下を喜ばせるだけみたいだし。くそぅ。
コロッセオのように円形の壁に取り囲まれた訓練場には、すでに数人の学生がいた。こないだ食堂で最初に突っかかってきた人たちだ。
念のために、殿下と侍従さん、護衛の人たちにも術弾を渡す。
ビエトラと呼ばれた女性を含めた五人で、円を描くように等間隔に並ぶ。自分は、その中心に立つ。付き合い、いいよなぁ、自分。お人好し、なのかなぁ?
「先日は、ただの呪文でしたもの。今日はひと味ちがいますわよ!」
それぞれが魔法陣の書かれた魔導紙を突き出し、タイミングを合わせてさらに起動呪文を唱える。
「「「「「【業火爆来】!」」」」」
人に向かっていきなりそんな魔術をぶつけてくるんか!
もーっ。めんどくさいっ。
ロックアントの黒棒を取り出し。構える。
「「「「「な!」」」」」
発動地点から一歩下がり、合体した火球が最大になったタイミングで真上に打ち上げる。すぱーん! と一直線に飛んでいく。
たーまやー
全員が見上げた瞬間に種弾を取り出し、地面に叩き付ける。
『瞬雷』!
王宮組をのぞいた人たちが一斉に倒れる。
「「賢者殿!」」
「あー、軽くしびれてるだけ。死んでないから」
術を解除する。もっとも、『瞬雷』は、文字通り瞬間にしか発動しないけど。地面を伝ってスタンさせる術だ。
「・・・もう少し、手加減されてもよろしかったのでは?」
「手加減するための研究なんですけどね」
「「・・・そうでしたか」」
「じゃ、もどりましょうか」
二人をおいて、すたすたと出口に向かう。
「ま、まてぇ〜ぃ」
小さく声が聞こえたが、無視! しかし、期待はずれだったなぁ。残念。
頭上で爆音が轟く。さぞや、でっかい花火だったことだろう。あ、見損ねちゃった。
馬車に乗ってから、殿下に釘を刺しておく。
「勝手に利用するようなことは、今後やめてくださいね。さっきのも、術具を渡しておかなかったら、殿下方もしびれまくってたんですから」
「「!!」」
気付くの遅いよ。
「こういうこと、やりたくないんですよ? 本当に。でもねぇ。周りの人たちになかなか自重してもらえないから、自分がこうやって苦労するわけで。聞いてます?」
宿に着くまでに、もう思いっきり愚痴ってしまった。二人とも、だんだん顔色が悪くなっていく。防御結界が甘かったかな。今頃、影響が出てくるとは。調べておかなくちゃ。
宿についてから、さすがに、殿下相手にあれはなかったと反省。お詫びの手紙を書いておく。
疲れたので、といって昼のうちから部屋で休ませてもらう。『魔力遮蔽』の結界を張っておいて、ヘビ酒を飲み、薫製果実を食べる。早めの補充だ。食べ終わったら結界を解いて、一休み、と思ったら本当に眠っていた。
ん、体が重いなぁ。なんか、周りもうるさいし。静かにしてくれないかなぁ?
−深い水の底にたゆたうような、浮遊感。
あれぇ? どこにいるんだっけ?
−さらに、深みに沈んでいく。
ねむい
−からだも、いしきも、あやふやになって
ねむいんだ
−とおくからの、よびごえ
つかれることも、あるけど、でも、うん、たのしいよねぇ
−よびごえがする
ちゃんと、おれいをいわなくちゃ
−よびごえがする
ありがとう、って、みんなに・・・
−よびごえがする
・・・だいじなだれかを、わすれているような
−よびごえがする
ああ、まーてんだ
−よびごえがする
ここにおちてきたときから、ずっと、たすけてくれた
−よびごえがちかくなる
いろんなことを、させてくれた
−よびごえがちかくなる
たくさん、あたためてくれた
−よびごえがちかくなる
まーてんにいられたから、いままでいきられた
−よぶこえが、する
たくさん、たのしかった
−よぶこえが、する
まーてんだ ありがとう
−あたたかい
じぶんもだよ だいすきだ
−いかないで
?
−いっしょだよ
世界が反転した。
主人公と魔術師の、術の違いがさらに明らかに。
人事不詳になったのは、もっと穏やかというか平和だと思っていたのに、魔法陣まで使って人を攻撃することを知ったショックから。
三百年あまりの引きこもりによる対人スキルの劣化は、思っていた以上に深刻でした。
ところで、「よびごえ」は、誰の声だったのでしょう? 一人じゃありません。
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『瞬雷』
地面伝いに電気ショックを与える。しびれて動けなくなるか、気絶する。




