燃えている・・・
218
宿に戻れば、トリーロさんが待ち構えていた。
「話し合いはすみました?」
「はい。それで、ギルドハウスに来てほしいと、ギルドマスターからの伝言です」
「ここで待ってなくても、よかったでしょう?」
「いえ、ちょうど来た所だったんです」
連れ立って、ギルドハウスに向かう。
ヴァンさんの執務室にはよれた男が三人。団長さん、ヴァンさんとギルドの会計担当。
「・・・もしかして、昨日あれからずっと?」
「「そうだ」」
「そうです」
トリーロさんに、縄茶を入れてくれるよう頼む。レモングラス風味、魔力なし、だから問題ない!
「顧問殿、これは?」
「気分がさっぱりするお茶。出所、聞きます?」
「! すぐに淹れてきます!」
自分も席に着く。
「単刀直入に聞きましょう。最低ラインと、購入限度は?」
「騎士団は最低七体、最大十五体だ」
「ギルドも七と十五だ!」
「そんな、けんか腰にならなくても・・・」
「去年、出してくれたのが十一だろう。よそで狩った分があるとしても、いくらお嬢でもそこまで余裕はないだろ?」
正直に言うべきか、悩むな。
「「「「・・・」」」」
お茶を持ってきたトリーロさんも含めて、息をのんで答えを待つ。
「もっとあります、って言ったらどうします?」
ギルドの会計さんとトリーロさんがひっくり返った。
「な、な、な・・・」
「どんだけ獲ってきたんですか?!」
「大丈夫、来年もちゃんと獲れるから」
「「そうじゃなくて!」」
「あれ、普段は、他の魔獣の食べ残しで満足してるのに、群になったとたんに全部食べちゃうんですよ。この時期は、群れてなくても食欲旺盛で。森がはげ上がる勢いなもんだから、目に余る規模のやつだけでも殲滅してるんです、って、あれ?」
気がつけば、団長さんの目が空ろになっている。訓練がどーとか実力があーだとか、ぶつぶつ言い始めた。
ヴァンさんは、目も口もでっかく開けたまんま硬直している。
あれまぁ。ロックアントの習性は、あまり知られていなかったらしい。
まあいいや。いくつ要るか聞いたことだし。ほっとこう。
まずはギルドの解体場に行く。
「こんにちわ」
「「「姉御!」」」
「その呼び方、なんとかしてほしいんですが」
「「「姉御は姉御です!」」」
見てくれは全然違うのに、三人のおじさんがハモって答える。
「はぁ。もう、いいです。それで、ヴァンさんから、ロックアントの引き渡し数を聞いてきたんで届けにきました。って、顧問でも、ギルドで買取してもらえるんですか?」
「そういえば!」
「姉御、ハンターの登録じゃないんだっけ?」
「去年も売ってるし、大丈夫じゃね?」
「そういうものですか・・・」
話を聞きながら、解体済みのロックアントを十五体取り出す。ただし、横割りにしてないので、大顎、頭部、尻の先端、残りの部分、の四つしかない。
「姉御、中身は?」
「秘密」
「「「!」」」
「冗談です。まあ、魔力を使ってかき出してるだけなんですけど?」
「「「・・・姉御だし」」」
そういうことにしておいてもらおう。
「あとは、よろしくお願いします〜」
「「「へい!」」」
解体場をあとにして、またもお城にとんぼ返り。
騎士団の調達部の人に連絡を取ってもらう。
「団長さんからいわれて、届け物しにきました」
「昨日から帰ってこないんですが。何かあったんですか?」
「ギルドにいました。ロックアントの買取の件で、ずーっと駆け引きやってたらしいです」
「そうでしたか! お知らせいただき、ありがとうございます!」
「けっこうかさばるので、保管場所に案内してもらえませんか? そこで全部出しちゃいますから」
「了解しました。こちらへどうぞ」
練兵場の一角にある建物に案内される。防具、武具の保管庫、作成や修理の工房、素材の保管庫、だそうだ。
保管庫の中で、ポイポイと取り出す。見ていた団員さんや工員さんが、これまた目を丸くしている。
「これで、十五体分、と。間違いないですか?」
「は、はい。確かに! ありがとうございました」
「しかし、すごいですね。去年もそうでしたけど、余計な傷が一つもない」
「でも、去年と解体方法が違うようですが」
「去年のはギルドの解体担当の人にお願いしましたが、これは自分が解体したやつですから」
「そうでしたか! とすると、この部分がうまくつかえるよな」
「腕が鳴るぜ〜」
工員さん達は、嬉しそうだ。団員さんの方は、
「これって、急所を一撃で?」
「そうですよ。背中に乗って、この辺めがけて、これでひと突き」
頭部側の頸部急所を、取り出した棒の先で示す。
「ただの鉄棒で、できるんですか?!」
「持ってみますか?」
放り投げて持たせる。
「! 軽いです!」
「ロックアントで作りましたー」
「「「は?」」」
「魔導炉を使って練り込めば、作れるんじゃないでしょうか?」
工員さん達が、一斉に硬直する。
「?」
「だ、団長殿と相談してみますっ」
「練り込み方法とかは!」
「炉の性質にも依るから、それは試行錯誤してもらわないと」
「! 了解です!」
適当に説明しておく。自分は、魔力で力任せに作れるけどさ、それ、説明のしようがないんだもん。
「お届けものはお渡ししたので、これで帰ってもいいですか?」
「はっ。ありがとうございましたっ」
「あ、そうだ。これの作り方、女官長さんにも教えてあげてください。知りたがってたけど、自分、意地悪して黙ってたから。それでは」
絶句する一同を置いてきぼりに、すたすたと城を出る。
用は終わった。
宿に戻れば、またも待ち構えている人がいた。ヴァンさんと団長さんだ。
「二人ともお疲れ様」
「・・・お嬢」
「賢者殿・・・」
「あ、それぞれ十五体ずつ置いてきました。それとも、まだ要ります?」
「「ちが〜う!」」
「こら! 大声出さないで! 他のお客さんの迷惑でしょ? 執務室じゃないんですから」
「〜〜〜すまん」
「ひとつ、教えていただけますかな?」
「何でしょう」
「つまり、その、(ロックアントの群相手に毎年殲滅戦をやっておられる?)」
途中、さらに声を屈めて団長さんが質問する。
「そう、いうことに、なります、ね」
「〜〜〜なんでまた」
「あれ? ヴァンさんとこの部屋で説明しましたよ? 他の魔獣も減っちゃうし、自分が困るから」
「「・・・」」
「周縁部より外に出るのはシーズン最終期のそれもほんの少しです。だから、街道沿いでの被害はまずないとおもいますけど。
領域内では食べる食べる! もー、やんなっちゃう」
「「・・・」」
おや? お疲れのようだ。元気付けを出してあげよう。ヘビ酒(魔力なし)をひと瓶、どんと目の前に差し出す。
「丸一日、おつかれさま。ま、これでもやって元気出して」
「「・・・」」
アンゼリカさんにグラスを三個出してもらい、それぞれに注ぐ。おつまみも勝手に注文した。グラスを持った所で、それを軽く打ち鳴らす。二人は、つられて口に持っていき、そのまま一気に飲もうとして、むせた。
「げふっ、ごほっ」
「〜〜〜何なんですか、この酒は〜」
「きついぜ、これは!」
「口にあいませんか?」
「まあ、悪くはないが。だがな、お嬢。なにで作った?」
「蒸留酒にヘビの内臓を漬けました。滋養強壮に効果があります〜」
「「ぐふっ」」
こっちの世界には、そういうお酒はないのかな? いろいろあるよねぇ、キノコとか、虫とか、果物とか。
アンゼリカさんにも、お酒の味見をしてもらう。
「あらあら、結構強いのね。でも、おいしいわ」
酒豪だったか。
「これなら、別の料理の方が合いそうだわ」
何やら、うきうきと厨房に戻っていく。他のテーブルの人も、興味があるようだ。
「アンゼリカさ〜ん、ほかのひとにも振る舞っていいですか〜?」
「いいわよ〜ぅ」
「「やめとけ!」」
二人の制止もむなしく、つがれたグラスが次から次へと人手に回る。そして、
「きゃははははっ」
「お〜いし〜いよ〜ぅ」
「だからそれはね〜」
店内は、とってもにぎやかになった。ただし、ヴァンさんと団長さんは店の隅で小さくなり、ちびちびと最初のグラスをすすっている。自分もそれに付き合い、そのテーブルの料理を食べている。
「そうだ」
「なんだ」
「なにか?」
「用があったから、ここに来たんですよね? なんだったんですか?」
「なんでしたっけ?」
「そうだな、なんかあったはずなんだが」
「ロックアントの話はしましたよね」
「「それだ!」」
「配達しましたよ。あ、まだ要るって話でしたか?」
「!」
「いやもう、それはいいですから!」
「でも、他に何を聞くことがあった?」
「群がどうとか」
「こいつが、素直に吐くと思うか?」
「・・・ですよねぇ」
「さっき、ちゃんと正直に答えましたよ?」
「「信じられるか!」」
ひどい。
「ああ、自分も思い出しました。団長さん? 騎士団の人が「団長殿が昨日帰ってこなかった」って心配してました。ギルドにいたとは伝えておきましたけど、あとでちゃんと自分でも報告しといてくださいね」
「え? あ、はい。了解しました。わざわざ、どうも」
「いえいえ」
「そうか、王宮にも届けにいったって」
「どこで出しても一緒だもん」
「「・・・」」
空気が重い。
「なあ」
「なんでしょう?」
「こいつの常識ってどうなってるんだろうな」
「さあ、賢者殿ですからねぇ。我々にはとてもとても」
「・・・そうだよな、お嬢だもんな」
なぜか、それから、二人で話し込み始めた。自分を気にしてないようなので、部屋に戻ることにする。ついでに、三人の料理代を支払っておいた。アンゼリカさんは、「お二人に出してもらえばいいのに」なんていってたけど、「疲れてるみたいだから、おごります」と答えた。アンゼリカさんは、それを聞いて、ころころ笑っていた。
ヘビ酒は、団長さん達以外には受けが良かった。今度は、何を漬けようかな〜。そんなことを考えながら、ベッドに横になった。
翌日、穏やかな朝を迎えた、わけではなかった。
殿下がお供の方と一緒に食堂に来ていた。
「おはようございます、殿下。気分は大丈夫ですか?」
「お気遣い、ありがとうございます。はい、おはようございます、賢者殿。ええもう、頂いたお薬ですっかり元気になりました」
どこか、言葉遣いがいつもと違う。お供の方に聞いてみる。
「まだ、具合が悪いんじゃ。それとも、薬の効きが悪かったかな。まだありますから・・・」
「違います!」
殿下が遮ってきた。侍従さんがいうには、ようやく、ベッドから出られるようになった所で、ダブル説教が始まり、夕食を挟んでまで、それはもう盛大に叱られたそうだ。
「賢者殿といろいろお話ができた上に、お酒までご馳走になってしまい、調子に乗りすぎておりました。昨日はお見舞いにまで来ていただき、ありがとうございます」
「殿下は、自分よりも大人なんですし、たまにはめを外してしまっても其処まで叱られるなんて。やり過ぎだったのでは?」
「いえ、賢者殿」
と、またまた侍従さん。どうも、自分達を差し置いて、賢者殿と親交を深めた、というので、半分やキモチもあるらしい。何じゃそりゃ? 自分と親しく? なにそれ、何の得があるっていうんだ? 王宮もよくわかんないな〜。
「おはようございます、ですわ。お食事は、いかがなさいますか?」
アンゼリカさんが、自分の朝食を持ってきてくれた。
「ご一緒させていただいても、よろしいでしょうか?」
殿下、なぜ自分に聞いてくる。
「・・・どうぞ」
「では、女将さん、二人分お願いします」
やれやれ、今日もにぎやかになりそうだ。
三たび。お酒は二十歳を過ぎてから! 失礼しました。
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ロックアントと主人公
昔、[魔天]にはロックアントの天敵がいたが、人が絶滅させてしまった。それ以降、ロックアントは[魔天]から定期的に溢れ出し、他の魔獣とともに近隣都市を半壊させていた。高い街壁はその名残り。
主人公が、毎年[魔天]深淵部で一定数を駆除するようになってから、森の周辺部まで徘徊する個体が減った。また、森全体の植生や動物層も回復していった。
二百年ぐらい前から、高い街壁を持たない集落も作られ始めた。街道都市で取引される品数も増え、現在の繁栄に繋がっている。




