お土産
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這々の体で、森に逃げ帰った。
なお、次にくるのは二月後だと言ってある。これからしばらくは、ロックアント退治のシーズンだから。とまでは、教えていない。
[魔天]領域内をくまなく探索し、十匹以上の群を殲滅していく。自分がロックアントを狩り始めたころと比べて、群の数はそう多くない。ただ、南部では群を構成している個体数も変異体の数も多かった。
何が違うんだろう? 植生の構成は確かに場所によってずいぶんと異なるが、それだけとも言えないような。
蟻退治の合間に、いつもの保存食やら何やらを作る。エルダートレントの薫製果実は、街での滞在が長期に及んだ時の魔力補充用として、いつもより多めに作った。ついつい、つまんでしまうので、気がつくとなくなっている。ばりばり魔力を出していて、街中で食すには障りがあるが、背に腹は代えらない。
前に作ったドリアードの根の煮汁は、水晶くずから成型したガラス瓶に小分けにしていく。普通の人がひっくり返る魔力量でも、自分にはスポーツドリンクみたいなものだ。
全部、便利ポーチにいれておけば、魔力は感知されない。だから、問題ない。
・・・いいの! 多少頑丈でも、魔力のあれこれが変わっていても! 中身が人間なの! ばれなきゃいいのよ、ばれなきゃ。
ヘビの内臓酒とか蜂蜜酒も、出来上がっているものを瓶詰めしていく。
この世界に缶はない。ロックアントで作った一斗缶も、本来あり得ない。なので、人前に出すなら瓶。これは、昔からあるらしい。ソーダガラスで、きっちりリサイクルされている。自分が作ったのは石英ガラス製。耐久性がちょっと違う。水晶と同じく魔力を通さない。
・・・魔力を使って加工しているのに、完成すると魔力を通さないとは、これいかに? この世界のルールは、未だによくわからない。
それはさておき。
以前、山脈を探索している時に、ジャガイモもどきを見つけていた。というより、そのもの。ただ、芋のままでは便利ポーチに保管できなかったので、厚めにスライスし、ゆでてから保管する。薫製肉とソテーにすると美味。
残った皮とゆで汁から、なんとアルコールができた。蒸留して、度数を上げておく。
まーてん周辺では、結構大きなヘビが捕れる。肉はその場で焼き肉および薫製に、皮は加工用に鞣し、内臓を蒸留酒に漬けてみた。
骨はさすがに太すぎたので、つけ込みは諦めた。匂いが気になるので、エルダートレントやトレントの根で薫製にしたあと、術弾の実験台にした。使えなくはないが、指弾にするにはもろかった。ので、単なる結界用術具になった。ちなみに、殿下に持たせた弾はコレ。種弾同様、術一回で崩壊する。
だから! それはおいといて!
ヘビの内臓は、かなりの魔力を含んでいた。すべての、ではないが、まーてんの草地に侵入してきたヘビは、全部。それを漬け込んだ酒も、魔力たっぷり。
ヘビの生肉の魔力量ははごく低量で、薫製にしたらそれなりに増量。人が食べられるのは生肉までだね。・・・土産にならんがな。あ、蒲焼きにするか。おぼっちゃま殿下にも好評だったし。しかし、今は焼き締めしている暇がない。ぐぬぬ。
ロックビーの蜂蜜は魔力を含まない。それで作った蜂蜜酒も魔力はない。
魔力なしのヘビ酒と蜂蜜酒を、カモフラージュに用意すればいいだろう。で、自分はものごっつい方のヘビ酒をいただく、と。
滞在準備は、ほぼ終了。
あとは、[学園]への賄賂。は、まずいよねぇ。学園長さんへのお土産ぐらいなら、どうだろう。なにがいいのかな? 珍しすぎるのはだめだし。それとも、使い道のないお金を寄付金にする?
あれこれ考えつつ、ロックアントをひっ捕まえていく。さすがに、筋力を最低限に押さえた状態では急所を打ち抜けない。爆散させない程度に解放して、びしばし蟻弾を打ちまくる。あるいは、黒棒の一旋で首を狩る。
[魔天]領域外の周辺部で、はぐれロックアントを見かけなくなったらシーズンの終わり。
今期仕留めたロックアントの解体処理なども、すべて完了した。
では、まーてん、行ってきます!
ローデンの街は、いつも通りにぎやかだった。まずは、ギルドハウスに向かう。
「で? お嬢よう」
「なんです? 気味の悪い声を出して」
「あるんだろ? あるよな。売ってくれるよな?」
あ、あれか。覚えてたんだ〜。解体しただけのものを残しておいたが、正解だったか。
「いくらで買います?」
「お嬢のことだから、解体済みだよな。おい、買取班呼んでくれ。俺は「ちょ〜っと待った〜っ!」・・・」
団長さんが駆け込んできた。どこで聞きつけてきたんだ?
「うるせえ。うちの商売の話だ!」
「そうはいかん! 騎士団の安全にも関わる話だ。去年のようにぼったくられては予算に響く!」
「知るか!」
うわぁ、そんなに吹っかけたんだ〜。
いつのまにか、そばに来ていたトリーロさんに、ロックアント素材の街中での流通状況を聞く。
ローデンに持ち込まれるロックアントの買取先は、主に騎士団だが、一部ハンターや海岸沿いの街からの注文もあるとかで、それなりに需要はある、とのこと。かといって、自分のようにほいほい取って来れるハンターも居らず。結果、どうしても高値になってしまう、というわけだ。
うーん、安すぎれば、他のハンターの食い扶持をかっさらってしまうことになるし、あるだけ出せば価格崩壊だし。
ん?
「お嬢!」
「賢者殿!」
「「どっちに売ってくれる?」んだ?」
「両方」
「「「!」」」
トリーロさんも含めた三人が絶句。自分が何か言うたびに、周りが絶句しているような気がする。・・・気のせいだ! 気にしない! そうしよう。
「双方、どれくらい必要なんです?」
三人で頭を寄せ合って、相談を始めた。あ、解体担当や会計からも人が飛んできた。
「去年購入したのが七匹分で、せめてそれくらいは・・・」
「予約っていうか、売ってくれって言ってきているのが・・・」
「ギルドの予算で購入できる分は・・・」
などなど。
「話がついたら連絡してくださいな。配達しますから」
終わりそうにないので、宿に行くことにする。
[森の子馬亭]で、「ただいま」のご挨拶。
こっちには殿下が来ていた。情報通にしても早すぎないか?
「いえ、賢者殿の立回先に「お願い」をしているだけですよ?」
そういう手があったか! いや、そうじゃなくて!
「今日は、なにごとです?」
「実は・・・」
何なのよ、そのもったいぶった言い方は。また、めんどくさい話?
「賢者殿の竪琴が聞きたくておじゃましました」
おもわず、まじまじと殿下の顔を見る。みてしまう。
「それが理由?」
「はい、それがなにか?」
あくまでもにこやかにお返事する殿下。
「〜〜〜アンゼリカさ〜ん!」
「あら、何かお願い?」
夕食を運んできたアンゼリカさんに、確認する。
「ちがいます!
自分の腕は、人に聞かせるほどのものでもないし、まして、殿下ならいくらでも一流の演奏家を頼めますよね?」
「女将さんに、さんざん自慢されてしまいまして。王宮ではなく、こちらでお聞きした方がより楽しめるとも言われれば、これはもう、是非おねだりしたいと」
うがぁ! おねだり、と来ましたか。
さらに、耳を寄せて小声で言ってくる。
「女官長から、賢者様となら他人に気づかれずに内緒話ができる、と聞いてきました」
厄介ごと込み、ですか!
「〜〜〜では、食後に」
「夕食もご一緒できるとは、うれしいことです」
「こちらの食堂はよくご利用になるのですか?」
「いえ、最近のことですね。もっと、早くに知っていれば女将さんの自慢料理をもっと楽しめたのに、と残念に思っているところです」
「あら、これからもご贔屓にしていただけるよう、腕を磨いておきますわ」
「それはそれは。うれしいですね」
「こちらこそ」
ふふふ、おほほ、と笑い声が飛び交う。この二人の会話は心臓に悪いわ。それより殿下、王族が一般食堂で堂々と夕飯、って有りなんですか?
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術弾 その三
材料は、大蛇の骨。指弾に使うにはもろすぎるので、固定結界に使用。一回の発動で消滅する。




