学園
215
翌日、殿下が学園に行幸することになり、自分はそのお供に付いていく、ことになった。
名目は「ローデン紙の普及が、学業の向上にどれくらい貢献しているか、実地で確認する」。本音は、自分の学園見学。
ただ学園を見学したい、と言っただけでは、表面上のものしか見えないだろうから、殿下を盾にして聞きたいことは全部聞いてくればいい、のだそうだ。
ほんとうに、いいんだろうか? なんか、殿下をパシリに使ってるみたいで恐れ多いったら。本人は、とっても、すごくとっても楽しそうにアレやコレや企んでいたようだが。
フェンさん謹製の一張羅を着て、城門前で殿下の馬車に合流。街門間の大通りを横切って南へ向かう。
大通りと街壁の中間ぐらいに、その[学園]はあった。
敷地を囲う壁は低く、門は開放されている。学園内で何か起こった時、すぐに助けにいけるように、だそうだ。金網フェンスなんてこの世界にはないからね。
正門と裏門には、それぞれ守衛さんが付いている。学園内も巡回している。皆、王宮からの派遣兵士だと、殿下が説明してくださった。
敷地には左右に長い建物があり、正面玄関らしき所に数人が立っている。
「ようこそ、お越し下さいました。フェライオス殿下。歓迎いたします」
「うん、ありがとう。急な話で悪かったね。
先に伝えた通りだけど、あの紙は、学園に融通を利かせているだろう? 二ヶ月以上経って、そろそろどんな風に役に立っているか見てみたくなってね。
だけど、授業の邪魔になるつもりはないから。障りのない所だけでも案内してもらいたい。
そうそう、こちらは、ローデン紙の普及に貢献された方でね。今回の成果がどういうものか、一緒に見てもらいたくてお連れしたんだ。よろしくたのむよ」
待ち受けていた人たちに話もさせない勢いで、押しまくる殿下。こういうところはさすが王族。
「・・・畏まりました」
学園長さん、自ら案内してくれることになった。
建物の案内とそこで行われている授業について、簡単に説明が行われる。
正門から見て左手が初等部、中央が管理棟、右手が中等部および高等部となっている。初等部の裏に講堂、管理棟の裏に訓練場、高等部裏手に研究棟が建っている。
紙の販売はちょうど新学期に間に合い、初等部や中等部では、例年よりも書き取り練習がたくさんできるとあって、皆よく勉強が進んでいるそうだ。
武術科では、さほど目立つ影響は出ていない。まあ、武器振り回すのに、紙は要らないし。
魔術科では、書いても術が実行されない紙で丁寧に魔法陣を書く練習ができるとあって、大好評。今までは、バカ高い魔導紙を使って練習し、失敗しては自分の手と財布を痛めていたそうだから。
昼時になって、管理棟最上階にある食堂に案内された。生徒も職員も一緒くたにご飯を食べるそうで、すんごい人だかりだ。なんとか一角を確保し、殿下、学園長さんと自分で食事にする。殿下の護衛は、食堂の隅で待機。昼ご飯無しなのかな。
「殿下、いかがでしたでしょうか?」
「すばらしいね、思っていた以上だ。貴女もそう思いませんか?」
「ええ、お役に立っているようで。自分も嬉しいです」
そんな話をしながら、食事を終える。さあて、これからが質問タイムだ〜、と張り切っていたのに。
「それで、殿下。このような場所で申し訳ないのですが、今年度の寄付金について・・・」
本当に、場所を考えようよ、学園長さん。周りに学生もいっぱいいるじゃないですか。学生が増えたからとか、老朽化がどうとか、おおっぴらにしていいんですか? 自分はそういう話は聞きたくない!
でも、一段落するまでは、聞いて貰えそうにない。
「少し、席を外しますね」
付いてきたそうだった殿下を学園長さんが引き止める。何かあっても、術弾を持たせてるし、護衛の皆さんも目を離してないし、大丈夫でしょ。
大丈夫じゃないのは、自分の方だった。
あっという間に、数人の学生に取り囲まれる。
「本当にこいつかよ? 俺たちと同じくらいの歳に見えるぜ?」
「ギルドハウスから出てきた所を見たもん」
「凄腕とか、嘘だろ?」
「討伐の話だって、でっち上げだってお父様が言ってらしたわ」
「そんなひとが、筆頭魔術師様に対して威張ってるって? 許せるわけないじゃない!」
ほ〜ら、くすぶってた。しかし、今日の視察では、自分の名前も身分も言ってないし。情報源はどっからだ?
「「「「なんとか言えよ!」」」」
「これだけ言われて、黙っているなんて、うわさは本当のことですのね?」
「・・・なんとか?」
「「「「「馬鹿にして!」」」」」
もう、ここらへんで発散させてあげよう。ということで、挑発の一言を下す。同時に、殿下の『重防陣』結界ともう一つを発動。
彼らは、自分からやや距離を置いて取り囲み、術具を構えて魔術を打ち出してくる。
無関係の学生や職員は、悲鳴を上げてあわてて逃げ出した。数人の教員が取り押さえようと一瞬構えるが、学生の中の一人を見て、口を閉じる。
一番慌てたのが学園長さんだ。なんたって、殿下の目の前で、攻撃魔術がばかすか発動しているのだから。怪我ひとつ負わせても、学園長さんの責任になってしまう。
でも大丈夫。自分の結界があるから。
護衛隊にも、万が一には自分の保護結界で守ることを伝えてあるので、慌てる人は誰もない。にやにやしながら見物に徹している。そうか、この人たちもうわさ話をきいていたのか。
一番喜んでいたのが殿下で、
「この身で体験できるとは。来てよかったです!」
なんて、はしゃいでいる。それを見た学園長さんは絶句。ちなみに、殿下の至近距離にいたため、学園長さんも『重防陣』の中。よかったね。
「・・・なんで、破れないんだよ」
「うそでしょう?」
「術具を持ってるようには見えないのに」
「どうなってるんだ?!」
「・・・先輩達、呼んでくる!」
一人離脱したと思ったら、助っ人を連れてくるらしい。やれやれ。
助っ人さん達も参加し、入れ替わり立ち替わり攻撃魔術をぶつけてくる。でっかい火の玉とか氷の矢とか空気の槍とか。
が、結界はびくともしない。
自分が起点になっているこの結界は、『散華』。
触れた魔術を魔力に分解する。
だって、下手に反射させると、周囲の被害甚大だし。
人数が増えた分、分解された魔力も増える。食堂内に、外に逃げ切れない魔力が充満してくる。自身の魔力耐性を超えてきた人は、気分が悪くなってきたようだ。一方、攻撃している学生は魔力不足を起こし始めて、彼らも倒れそう。
でも、完全に攻撃が止まるまでは結界を解かない。殿下の結界もいっしょに解除しちゃうからね。安全第一。
騒動が始まってから、半刻も経たないうちに、襲撃者および助っ人連の全員が気絶した。見物人の中にも、巻き添え食って倒れた人がいる。あれま、さっさと逃げておけばよかったのに。
ぴくりとも動かなくなったのを見て、やっと結界を解除する。近寄ってきた殿下には、次の術弾をそれとなく渡しておく。
「おみごとでした」
「ほめられたやり方じゃないと思いますけど」
場所柄、やり合うのに適していたとも言えないし。
かといって、下手に逃げ出せば、流れ弾が飛び交って、老朽化しているという学園の建物が持たなかったかもしれないし。立てこもりじみた攻防戦しか選択できなかったんだい!
手空きの職員と武術科の学生が呼ばれて、気絶した人たちを運び出していく。講堂に並べておくそうだ。あの程度の当てられ具合なら、一晩もすれば回復するだろう。
ちなみに、食堂の備品も壊れた物は無し。せいぜい、学生がいすを蹴飛ばしていたくらいか。
「怪我人も周囲への被害もなし。これだけのことができる人は、まずいませんよ。なのに、まだ勉強したいとは?」
「さっきの結界、もう少し小さくしたいんです」
「「「!」」」
それとなく殿下との会話を聞いていた人たちが、思いっきり引いた。王宮の面々は、なぜか拍手。
「・・・自分、何か変なことを言いました?」
殿下が苦笑して、学園長さんを見る。彼は、真っ青な顔をして教えてくれた。
「結界術は、その範囲を大きくするほど、発動自体も、維持も難しくなります。それを、あれだけの規模で発動しておいて、なおも安定した効果をあれだけの時間維持し続けるとは・・・。それを「小さくしたい」ですと?!」
「そういうものなんですか?」
「そういうことです。もう一ついえば、別の結界も維持してらした。学園長、お気づきでなかった?」
「!」
一人の魔術師が、規模も効果も異なる結界を、起点をずらして発動する。誰もできないそうだ。聞いたこともないらしい。・・・また、やっちゃったか。
「お騒がせしました。わざと挑発したりして、すみません」
当事者の一人だ。きちんと謝らなくちゃ。学園長さんに頭を下げる。
「いえ! こちらこそ、お手を煩わせてしまい申し訳・・・」
「?」
「失礼ですが、もしかして、貴女様は、もしかして・・・」
学園長さんが言いよどんだ所を、殿下がさわやかに宣われる。
「こちらの方が、サイクロプス討伐者、ローデン・ギルド顧問、我々が「賢者殿」とお呼びしているアルファ氏です」
学園長さんまで気絶した。殿下も鬼だな〜。
学園長さんを、園長室に連れて行って休ませる。目を覚ましそうにないので、今日の見学はおしまいになった。かろうじて立っていた副学園長さんが、正門まで見送りにきた。精一杯背を伸ばしていたが、膝が思いっきり笑っていた。
王宮組は、意気揚々と城門に戻っていく。途中で、自分と殿下は馬車を降りた。
自分は宿に帰るからいい。でも、なんで殿下まで降りるのかな?
「女将さんから、報告するように頼まれていますので」
「護衛の方達は帰っちゃいましたよ?」
「ここからは、公務ではありませんから」
「・・・」
[森の子馬亭]についたら、ヴァンさんとトリーロさんまで待ち構えていた。なんでも、どんな惨事になってしまうのか、気が気じゃなかったらしい。と言うより、仕事はどうした!
「心配で心配で、それどころじゃねぇ!」
まだ、夕食の仕込みには早い時間だというので、アンゼリカさんまで混ざって、報告会?
殿下が、学園食堂での一幕を事細かに説明すると、三人が喝采をあげた。
「「さすが!」」
「それでこそ、アルちゃんね!」
殿下も、すんごく嬉しそうな顔をしていう。
「賢者殿の結界術は、本当にすばらしいものでした。女官長が感動のあまり卒倒しかけた、というのも頷けます」
それ、褒めてるよね。褒めてるんだよね? カップを両手で抱えてお茶をすする。
「しかし、アレだけの騒ぎを起こしちゃったんだから、これで、「勉強させて」ってお願いし辛くなっちゃったな〜」
「なぁにいってるんだ? 大きな貸し作ったんだ。それをネタにいくらでもいうこときかせられるだろ?」
「そうですよ。紙の件でもいろいろと、ね?」
ヴァンさんも殿下も、自分をどんな風に考えているんだ!
「そういう、脅し方はきらいです!」
「「「別に、いいじゃない」」」
げふっ
またもお茶にむせる。ここのお茶、変なものを含んでるんじゃないか?
「うちの街の連中は、一度変に頭が固まるとな〜」
「そうそう、これくらいしないと、いうこと聞いてくれないんですよ」
「賢者殿のおかげで、貴族へのネタが着々と増えている所で、本当に感謝してますよ」
「この程度でへこたれるようじゃ、やっていけないわよ?」
四者四様のご意見、アリガトウゴザイマス。自分は、やっていけそうにありません!
魔術科生の懲りない面々。ギルド前で締め上げられていた学生も助っ人に加わっていた。人数を頼みにしたが、返り討ち状態。
主人公は、自分の魔力のどこがずれているか、少しずつ理解し始めた、のかな?




