家路
121
ギルドハウスの買い取りコーナーの裏には、解体用の広場があった。そこで、便利ポーチから、死にたてほやほやのロックアントを取り出して並べる。
ヴァンさんの他に、買い取り判定人兼解体担当が数人呼ばれていた。
「・・・う〜ん、すごいなぁ」
「関節周辺の傷が一つもない」
「しかし、十一体か。時間がかかるな、これは」
「腕が鳴るってもんよ」
「いくらが妥当だ?」
「「「二十五」」」
「決まりだな」
話が?
「なにが、二十五なんだ?」
そう言えば、まだお兄さん、いっしょにいたっけ。
「一体につき、金貨二枚、まとまった数がある分、色をつけた」
「そんなにするんですか?!」
おおう、びっくり価格だ。
「軽くて丈夫で攻撃魔術をある程度防げるって素材だ。騎士団では、いくつあってもいいって代物だぞ? 普通なら、一体から一人分が採れるかどうかってとこだが、これは、大きな損傷がない。そのぶん、たくさん作れるって訳だ」
「え〜と、相談なんですが。買い取り価格、もうすこし下げませんか? そして、できるだけ加工しやすい状態にまで解体しておいて、騎士団に売る! そんときに、価格を上乗せする!! どうでしょう?」
「なんで、下げる必要がある?」
「さっきのに巻き込んだ、自分からの迷惑料がわり。それと、吹っかけるのは、城に対する迷惑料込みってことで」
「おめぇも、けっこう厳しいよな・・・」
このくらい、かわいいもんです。
「お嬢からの迷惑料はいらん。ギルドとして迷惑を受けたんじゃないからな。それに、おもしろいもんも見せてもらったことだし。逆に俺から謝礼を出したいくらいだ」
ヴァンさん、お兄さんの前でそれを言っちゃいますか・・・。
お兄さんの目が、ちょっと遠くなってますよ。
「そ、そうだ、解体について、なにか言っていたようだが!」
くっ、秘技、話題転換を身につけられてしまったか!
「おう、そういやそうだな。なんか、いい案でもあるのか? こんだけの数があると、そうだな、おい! おめえたちで何日かかる?」
「早くて五日、かな?」
「道具が途中で壊れたら、もっとかかるよな」
じゃじゃ〜ん。そこで、とりだしますのは!
黒刃のナイフ
三本を並べる。
「「「「こいつは!」」」」
「一体、見本を見せますね〜」
内臓用の大きな桶を用意してもらう。自分の便利ポーチから、さらにロックアント製の桶も二つ出した。
頭の大顎の付け根の関節にナイフを当てて、くるりと回す。そっと引き抜くと、袋が付いてくるので、それを小桶に入れて、大顎からも剥がしとる。もう片方も同様にする。
「力を入れすぎると、袋が取り出せません。これが付いたままだと、あとの解体の時に怪我することがあるので、注意してください」
「消化液だよな?」
「そうです」
今度は、腹部の最先端の一節を切りはずす。ここに付いている二つの袋も、さらに別の小桶に入れる。
「これは?」
「蟻酸。消化液とは別物ですが、やはり、かぶると怪我をします」
「そうか、こいつのせいで、すぐに解体用のナイフがすぐにだめになっていたんだな」
「多分、そうだと思いますよ」
「俺たちが使うやつでは、関節が切れなくて・・・。力余ってそいつを突き破ってしまっていたのか」
「えと、あとは、防具に作りやすい形にばらしていくわけですが。足とか大顎の中とかも、大桶に出してくださいね」
触角と足を切り離す。さらに関節で細かく切り分けていく。触角と足は、外側、内側になるよう縦に割る。大顎は上下に切り分ける。切り分けた内側に、薄い膜に張り付いた腱のようなものがある。
「この腱、何か使いますか?」
「! いや、今の所はない」
「じゃ、内臓といっしょに入れておきます。この外殻の内側に張り付いている膜は、死後時間が経つと剥ぎにくくなります。できれば死後一日経つ前に剥がした方がいいです」
「剥がせなくなった時は?」
「普通の火だと火力が弱いようなので、魔術師に依頼して【火】系統魔術で焼いてもらってください。膜がない方が、加工しやすいはずです」
「! わかった」
頭を上下に割る。やはり薄い膜がある。丁寧に、脳や筋肉などとまとめてはぎ取る。胸部と腹部を切り離し、それぞれを上下に割る。筋肉、内臓を取り出す。
二刻と掛からずに、解体は終了した。
「以上が、自分の解体方法です。要は、このナイフを使うこと」
解体担当の三人に、それぞれナイフを渡す。自分の持っていたナイフの切っ先を、自分の手の平にぐりぐり押し付けるが、傷一つ付かない。
「これ、生きているものは絶対に切れません。死んでいれば、ロックアントもこの通り。解体作業にもってこいなんですよ」
「お嬢! これをどうする気だ!?」
「ギルド顧問の権限で、ローデンギルド解体部門に貸し出し、しようかと」
「いいのか? 貴重なもんだろ? これ」
「ガレンさん達には、イロイロお世話になったお礼として差し上げてます。ただ、ものの性質が性質なので、おおっぴらに表に出しにくいだけなんです・・・」
「「「・・・これが[不殺のナイフ!]」」」
そのネーミングもね〜、ハンターのおじさん達が勝手にそう呼んでるだけなんだってば。
決して自分で命名したのではない!
「あんまり、若い人には使わせない方がいいと思います。これの切れ味を自分の実力と勘違いして、無謀をやっちゃいそうな気が・・・」
「! そうだな。了解した。普段は俺が預かり、俺の判断で貸し出すようにする。これでいいか?」
「いいんじゃないですか? ヴァンさん、責任重大ですね〜」
からかうように言ってみたが、生真面目に返答された。
「もちろんだ。お嬢の目にかなうように努める!」
「「「俺たちも、頑張るぜ!」」」
あ〜、そういえば、この街の人、熱血系だったっけ。
「これなら、何日で解体できる?」
「「「一日で!」」」
「しかも、本当に状態がいい。ふふふ、王宮の連中に思いっきり吹っかけてやる!」
お兄さんの前で、断言しちゃってますけど。って、お兄さん、腕組んで大きく頷いている。
「いい素材が、高く売られるのは当然だ!」
「よし! お嬢の出来映えに習って、仕上げていくぞ!」
「「おう!」」
ナイフを握ったおじさん達が、嬉々として蟻の死骸に群がっていく。
「そうだ、もうひとつ!」
「なんです?」
「別取りにした袋はどうするんだ?」
「消化液は、小分けにして、森で解体した時に持ち帰らない分を処分する時に重宝します。蟻酸は、強力な腐食作用があるので、そういうものを使う加工系の職人さんなら用途があると思います。商工会の方に訊いてみては?」
「今回のこれは、自分では要らないのか?」
「森で必要な分を自分で獲ればいいので」
「「・・・そうか」」
というより、今シーズン分、獲り終わっているし。
「ただ、どちらもそれなりの容器が必要なので、早めに相談してくださいね」
「「「!」」」
あ。
廃棄物用の一時容器ならともかく、耐腐食性の保存容器を常備しているとこって、ないのか。毒とか酸とか持っている魔獣も、そこそこ居るはずなんだけど、普段、どう処理しているんだろう。
「入れ物がないなら、容器も貸しますか? それとも自分が引き取ります?」
担当者三人にヴァンさんも加わって相談していたが、貸し出しを希望した。助かった。引き取りの場合、解体終了まで、付合わなきゃならないところだった。
ロックアント本体の買い取りと解体作業の見本、一体の解体料、消化液の保存容器の貸し出し代は、締めて金貨二十八枚で話がついた。
「・・・名目だけでも関係者になっちゃったので、たまには顔を出すようにします〜」
「・・・なんか、すっげえ嫌そうな顔をするじゃないか」
「ここはいいんですよ、まだ話が通じるから。ただ、街に入れば、あそこからまた余計な茶々が入りそうで〜〜〜」
「「・・・なんか、すまん」」
うん、二人が謝ることでもないんだけどね。
「今日はこれで帰ります」
「・・・おう、またな。って、そうだ、土産にこれをやる!」
ヴァンさんが、瓶を一本取り出した。
「街中で飲むのとはまた違う味わい方ができるだろ? ぜひ、感想を聞かせてくれ」
「・・・いただきます」
ヴァンさんと乾杯したあの酒のようだ。うれしいな。
ギルドハウスをでたところで、また女官長さんが待ち構えていた。今度は、重そうな袋を持った侍女さんが二人付いている。
「団長さんは?」
「あのあと、腰にきたらしくて・・・」
うわぁ。そこまでは、やってないはずなんだけどな〜。
「・・・お大事に、って、伝えてもらえます?」
「畏まりました」
「女官長さん、なんか、ずいぶんとしおらしく、というか、大人しくというか・・・」
「いえ、私が思い上がっていただけのことですので。お気になさらず」
「じゃあ、もう一ついいですか?」
「! な、なんでしょう・・・」
身分証のペンダントトップを取り出す。
「余計な機能は、消させてもらいます」
「「「!」」」
女官長さん一同だけでなく、お兄さんも驚いている。そう、これには追跡魔術用のマーカーが付加されている。だから、自分のいる所にピンポイントで現れることができたのだ。本っ当に、油断も隙もありゃしない。
「〜〜〜大変、失礼致しました!」
「身元不明の人を使ってあれこれ画策するなら、必要な措置だったかもしれないけど。でも、そういうのって、誠心誠意の交渉が決裂してからでも遅くはない、と思います」
全部終わってから鈴をぶら下げたって意味ない、とも思うし。
「「「誠に、ごもっともです」」」
深々と頭を下げて、謝罪する。あの、ここ大通りですよ? みんな、見てますよ?
ペンダントトップに軽く魔力を当てる。それだけで、マーカーは消滅した。侍女さん二人は、真っ青になっている。握って、手のひらに光を映すと、ギルドハウスで見たのと同じ模様がある。ちぇっ、身分情報は消去できなかったか。
「だいたい、こんな鳴りものぶら下げて森に入ったら、あっという間に魔獣に取り囲まれちゃいます」
「「「「・・・」」」」
魔獣さんたちは、異様な魔力にたかってきたりもする。
なんとか立ち直った女官長さんが、侍女二人に合図して袋を差し出させる。
「城までの案内料とこの度の件での迷惑料です。どうぞ、お納めくださいますよう」
まあ、一種のけじめなんだろうな。しょうがない。二つの袋をすぐさま便利ポーチに放り込む。
「これから、頑張ってくださいね」
一礼して、門に向かう。
三人は、お辞儀をしたまま、自分を見送っていたようだ。
まだくっついていたお兄さんが、教えてくれた。
「アル殿の説教がよっぽど堪えたようだな」
「さあ? どう受け取るかはその人次第だし〜」
「そうだな」
お兄さんが、くすりと笑った。
街門の門番さんに、挨拶する。最初に話を聞いた、あの人だった。
「ご出発ですか?」
「はい。お世話になりました。そうだ、滞在許可書、お返ししますね」
「確かに。滞在中、いかがでしたか?」
「・・・いろいろと濃ゆい街でしたね」
「・・・はあ、左様で。まあ、また機会があればお越し下さい」
「ご丁寧に、ありがとうござます。お兄さん、見送りありがとう」
「また、逢おう」
たくさんの旅人に混ざって、そうして、街から離れた。
門番さんとお兄さんに見送られて。
主人公、そのつもりはないけどサービスし過ぎ。初めての街訪問で浮かれてたのかな?
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ロックアントの解体
主人公のロックアントの処理方法は、1 丸ごと圧縮した蟻団子、2 丸ごと圧縮した蟻板、3 消化腺、蟻酸腺を取り除いた蟻板、4 122話で紹介した解体後に蟻板、と進化しています。
あくまでもフィクションです。
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黒刃のナイフ(027話、034話)
トップハンターには「不殺のナイフ」と呼ばれている。主人公いわく「変なナイフ」。文章中にある通り、生きている物は、木の葉一枚、指一本切れない。




