宿屋と酒場と
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ヴァンさんとテーブルに着く。いやその前に、
「女将。客を連れてきた。宿泊を頼む」
カウンターに連れて行かれた。
「ようこそ、[森の子馬亭]へ。何泊ですか?」
貫禄のある女将さんが対応してくれる。
「はじめまして。よろしくお願いします。一泊で」
ヴァンさんが茶々を入れる。
「そう連れないことを言うなよ。騎士団の方にも用が残ってたろうが」
どこで、聞いて来たんだ?
「何も、明日でなくてもいいようですし。一旦、ねぐらに帰りたいんですよ」
「だから、慌てることないって」
「女将さん、一泊で。延長する時はまたお願いしますから」
ヴァンさんを無視して、女将さんに言う。
「はい。ではそのように。記帳をお願いできますか?」
「済みません。代筆してください」
名前を言って、台帳に書いてもらう。早く、文字も覚えたい。宿代は、王宮で貰った報奨金から支払った。朝食付きで銅貨八十五枚だった。・・・小銭入れも必要かな。
「女将、おすすめの料理と酒を頼む」
テーブルに着いたところに、まず酒が届いた。ボトルとグラスが二つ。
「お嬢ちゃんと知り合えたことに、乾杯!」
きつめの蒸留酒だ。ぐっと腹に染み渡る。
「〜〜〜乾杯に飲む酒じゃないですよ。おいしいけど!」
相好が崩れる。
「おう! こいつの良さがわかるとは! 増々気に入った!! 最近のハンターは安い泡酒ばっかりでな」
いや、普段は酔えればいいんだから。酒の値段にこだわるのはよっぽど稼いでいるハンターぐらいでしょうに。
料理もどんどん運ばれてくる。
「サイクロプスの煮込みです。こちらは、フレイムボックスのあぶり焼きです」
説明を聞きながら、食べていく。どれも蒸留酒にあう味付けで、実においしい。
一通り食べて、おなかが落ち着いたところで、ヴァンさんが言った。
「さて、さっきの話の続きだ。報酬、受け取ってくれるよな?」
あそこまで暴れたあとだし、ヴァンさんとも気が合いそうだし、これ以上拒否るのも今更だろう。
「わかりました。一応、受け取っておきます」
「・・・なんか、「一応」ってのが気になるが、まあいいか。明日、ギルドハウスで渡す。受付に言えばわかるようにしておく。あと、だな?・・・」
「え? ギルド関係の話は、これで終わりでしょ?」
酒を飲みながら、聞き返す。本当に、これ以上関係はなかったはずだが?
「ハンターとして登録してくれ」
ぶふぉ!
思わず吹き出した。
「驚くことかよ!」
「全然、考えてもいなかったので。・・・げほん!」
「お嬢ちゃんほどの腕のやつはそこいらにはいない。そんな、凄腕をよそのギルドに回すのはもったいないんでな。どうだ?」
どうだ? と言われても・・・。つまり、またも、メンツの話か!
「他人の話を鵜呑みにするような人じゃないでしょうに!」
「話は、うちのトップクラスからいろいろ聞いているさ。サイクロプスの件で、確信した。問題はない!」
さらに、グラスに酒を注ぎ足しながら、そう言う。
「えーと、身分証は王宮からもう貰っているので、今更、ギルドに登録する意味が・・・」
「その身分証に、ギルドメンバーであることを追加情報として乗せればいい。うちの保証もつくんだ。お得だぞ?」
どういう、売り込みだ。普通のハンターなら飛びつく話なんだろうが。街で買い物が出来れば十分だ。身分とか役職とか名誉とか、面倒くさいだけだってーの。
「・・・これ以上の厄介ごとは御免です」
「? 後ろ盾がはっきりしていれば、厄介も起こりにくいぞ?」
「その、後ろ盾さんからの厄介ごとがいやなんです!」
既に、王宮関係でまだ残っている件がある。ギルドで、別件を引っ掛ける可能性は低くない、と思っている。このギルドマスターさんも絶対に何か押し付けてくるはずだ。
「なぁに、そんときゃ、俺も出番ってやるさ。お嬢ちゃんみたいな出世株をつまらんことで潰されたりしたら、それこそギルドの恥ってもんだ」
ここにも、話の通じない人が・・・。
ローデンの人は、概して熱血系らしい。雪でも降らしたろか!
「ここだ、ここにいたぞ!」
突然、指笛が響き渡る。ハンターが仲間に獲物の位置を知らせる合図だ。
瞬く間に、男たちがわらわらと集まってくる。だけでなく、店に入ってきた。
「「「「アル坊! ひどいじゃないか! 俺を差し置いておやじと先に一杯やるなんて!」」」」
女学生か、あんたらは!
「つまらない悪戯をするからでしょ。自業自得です」
「思ったよりも早かったな」
ヴァンさん、その感想もどうかと思う。
「やぁ〜っと、街に来る気になったんだなぁ。俺ぁ、嬉しいぞ〜」
人の顔を見るなり泣き出した。
「俺の気に入りの酒だ! 一気にぐいっとやってくれ!」
なみなみと酒の入ったグラスを突き出してくるのもいる。
「とにかく、酒だ酒! 女将! じゃんじゃん持って来てくれ!」
・・・それから、酒場は、混乱のるつぼと化した。
男どもが、屍累々、といった有様になる頃、自分は騒ぎを抜け出し、店の片隅に陣取って竪琴を奏でていた。
修羅場の後始末を始めていた女将さんが、手を止めた。
「聞いたことのない曲ですね。なんだか、落ち着きます」
そうか、この曲はこちらの人にもそう聞こえるのか。偏屈な魔法使いと呪いを掛けられた女性が紡ぐ、ラブストーリー。お気に入りの一つだ。ちょっと、気を静めたかったのでこれにした。
「まだまだ、練習不足ですけどね。気に入ってもらえたら嬉しいです」
「皆さんが、ここまで騒ぐのも久しぶりです」
「?」
「このところ、明るい話題がなくて。酒が入れば、ケンカで憂さ晴らしをする。そんな状態だったんですよ。
それが、大型魔獣が街を襲う直前に仕留められた。とどめを刺したのは無名の女性で、にもかかわらずトップハンターが絶賛する人物だった。
町中が、喝采したものです。街の住人を代表して、お礼申し上げますわ」
あ〜、表彰云々には、こんな理由もあったのか。
「皆さんの協力があればこそ、だったんですけどね〜」
くすり、と女将さんが笑う。
「その討伐に参加できただけでも、自慢の種になるようで。それが、なかなかギルドハウスに現れないとあって、ハンターの一部はかなりいらついていたようです」
で、ギルドハウスでのあの一件に繋がる、と。みんな、何を期待してるんだろうね?
「いいんですよ。楽しめる口実さえあれば」
当分の間、完全にネタ扱いだな、こりゃ。
「しばらく、街で顔を見せてやってくださいな。さて、そろそろ部屋に案内しましょうか?」
いつの間にか、散らかっていた皿やグラスは片付けられ、マグロのよーに床に転がっている男たちだけが残っている。
「・・・女将さん、このおじさんたちは?」
「あとは、朝まで放っておくだけですよ。いつものことです」
あんだけ飲んだあとだ、明日は辛かろう。
竪琴を置いて、ひと瓶取り出す。
「・・・これは?」
「二日酔いの薬です。二十倍くらいに水で薄めて、目が覚めたら飲ませてください」
「あら、そこまでする必要はありませんよ?」
「ま、口実とはいえ、自分が街に来たお祝いだ! とか言ってましたから。そのお礼代わりです」
「・・・お優しいのですね」
「いえ、ちゃっちゃと目を覚まして、とっとと働け! と」
済ました顔で、答えた。
顔を見合わせ、二人して笑ってしまった。
「では、お預かりします。お部屋はこちらです」
部屋に案内してもらい、ベッドで休んだ。
アルコール
お酒は、二十歳を過ぎてから。脳みそがヤバくなります。胃にも肝臓にもヤバいです。
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この世界では、アルコール度の低い物(三パーセント以下)なら、十歳ぐらいから飲んでも問題ない、ことになっている。普通に飲酒が認められるのは、十五歳を過ぎてから。
主人公は、実年齢が三百歳オーバーなので問題なし。自称「十六歳」なので、こちらも問題ない。
アルコールも含めて解毒能力が尋常ではないので、「ザル」を通り越して「わく」。前世では、酒には強くなかったが、味は好きだった。その所為もあって、ハンターとの物々交換ではよく酒を貰う。自身でも[魔天]産の収穫物を使った酒を各種仕込み中。
作者も、問題ない年齢。
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二日酔いの薬
主人公謹製。原液はややとろみがあり、口の中に強烈な刺激を残す。二十倍ぐらいまで薄めれば、匂いのきつい漢方薬ぐらいになる。主人公自身は、使う必要は全くない。




