居直り囚人
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牢屋生活、六日目。
早朝に初顔の人が来た。年配の女性。乳母やさんとか女中頭さんとかな雰囲気の人だ。
「この度は、大変ご迷惑をお掛けしております。何もお世話できずに申し訳ありません。ようやく、お食事をお届けすることが出来ました。どうぞ、お召し上がりくださいますよう」
顔は笑って、目が笑ってない。けど、くれるというならもらっとく。
「ありがとうございます。熱いものが苦手なので、後ほど頂きます」
「・・・承知いたしました。私は、これで、失礼します」
女中さんは、立ち去った。
しかし。
「食べられないものを持ってこられても、困るんだけどなぁ」
盆の上には、スープとパンと肉のソテーと水の入ったコップがある。どれも銀色の食器に盛られている。
銀は毒物に反応して変色するといわれており、上流階級での晩餐等でよく用いられる。安全保証みたいなものだ。
銀が、反応製の高い物質であることは間違いないが、完璧に毒物の識別が出来るとは限らない。そもそも、これは見せかけだけの銀で、別物だし。
中身をひっくり返す前に、証拠物件として保存しておこう。盆まるごと便利ポーチに収納する。
嫌がらせ? それとも本気で毒殺?
竪琴の練習をしながら、これを持たせた人の意図を考える。
生きていても、死んでいても、自分は使い勝手のよい道具になる。が、毒殺では、自害に見せかけるのは難しいはず。そうなれば、用途が限られてくるため、使いづらくなる。ならば、今、自分に死んで欲しいと思うのは、恨み、あるいは口封じ。
「まだ、情報が足りないな〜」
いろいろ考えはするが、基本、自分からどうこうするつもりはない。団長さんや女官さん達が始末するべき事柄のはずだから。下手に動けば、かえって彼らの邪魔になるだろう。
でも、何も知らないよりは知っていた方がいい。万が一のときに自分が適切に動けるようにする為だ。というより、やり過ぎないように冷静になっておく為、とも言う。
「慌てる乞食は〜♪」
自作の変な歌を口ずさみながら、今日も竪琴の練習を始めた。
昼過ぎに、また、女中さんが来た。
自分がぴんしゃんしているのを見て、驚いたようだ。が、顔には出さない。
「今朝のお食事は、いかがでしたでしょうか? お口に合えばよろしかったのですが」
こちらもしれっかいて答える。
「とてもおいしくいただきました。ただ、すみません。あまりにきれいな食器だったので、さわっていたら壊してしまいました」
「食器もお気に召していただけたようで、何よりでございます。あれはお客人に差し上げたものです。お好きなようにお使いください。それでは、こちらが昼食になります。ごゆっくり、とは言い兼ねる環境ですが、少しでも安んじていただければ幸いです」
食事を乗せた盆を置くと、一礼して出て行った。
ふむ、今回もてんこ盛りだ。だが、食べなければ問題ない。
便利ポーチにしまおうとしたところ、またお兄さんが来た。建物の周囲には、今回は誰もいない。
「元気か? とも声をかけづらいな。なにか変わったことは?」
小部屋の床に置かれた盆を指差す。
「差し入れをもらいました〜」
「なかなか豪勢だな」
そう、朝よりも一品増えている。パンの数も増えた。
お兄さんが手を伸ばそうとするのを、あわてて止めた。
「食べちゃダメですよ?」
「あ、すまない。アル殿の食事だったな」
「ちがうちがう。食べたら[天]に登っちゃいます」
「!?」
急いで、手を引っ込めた。
「な、な、な・・・」
「パンには下剤。お肉には麻痺毒。スープには、心臓を止める毒。デザートには五感を狂わせる毒。水には、呼吸を止める毒。そうそうたる品揃えですよ」
きっと、お金もかかっているんだろうな。
小声で一通り解説したあと、これも便利ポーチにしまう。
竪琴を手に取り、『遮音』を発動。
すぐさま。
「なんてことを!! どこのどいつだ! こんな卑劣なまねをするやつは!!!」
予想通り。大声で怒鳴っちゃいました〜。
「おこっても〜はじまらな〜い。口にしな〜ければ〜、問題ないし〜」
「だが! だがしかし!!」
「いまはまだ、「毒物に耐性を持っているかもしれない」ぐらいに思われていた方がいいです。毒が効果ないとわかったときは、大本が焦って馬脚を現す、かもしれないし〜」
相手の焦りを誘い、出来た隙を狙う。これも戦術の一つ、だよね?
そういうと、お兄さんは黙った。
しばらくは竪琴の音だけが響く。
そのうちにぽつりとつぶやいた。
「アル殿は、どうして、そのようなことができるのだ?」
「そのような?」
「相手を油断させ、勝機を伺う。戦闘であれ、対人交渉であれ。騎士団の団員でもそうそうできることではない。
・・・以前、「詮索はしない」と約束した。が、ただの猟師とは到底思えない。教えてはもらえないか?」
「森は、時間だけはありますからね。自分が生き残る方法を、手探りで身に付けました。仕留める技術だけでなく、獲物の習性、分布、天敵などを知ることも始めました。相手を知って自分の技量を把握していれば、無理せず狩が出来る。今回の件は、その応用ってところですか」
実際は、それだけじゃない。前世での処世術だ。嫌われないよう、目立ちすぎないよう、自分がどのように立ち回るべきか、必死で覚えた。おかげで、姉には「かわいげがなくなった」と嘆かれてしまったが。
「あと、毒物の識別は匂いで。森の薬草をいろいろいじっていれば、嫌でも覚えます」
これも、半分うそ。いじってわかるのではなく、匂いでほぼ薬効が判断できてしまう。無味無臭のものもあったはずだけど、食事の毒も嗅ぎ分けられた。超便利すぎるわ〜、この体。
「・・・俺は、そんなこと、考えたこともなかった。
団長や隊長の指示通りに戦えば必ず勝てていた。そんなときに、自分勝手な行動は許されない」
「作戦行動中なら、正しいです。ただ、団長さんも隊長さんもいないときには? 例えば、そのとき周りにいるのが負傷者ばかりで、お兄さんが先頭にたって、応じなければならなくなったときは? そんなことはあり得ない、なんて言わないでくださいね。何がおこるかわからないのが戦場でしょ?」
この世界では、街道都市間の戦争は、滅多におこらない。管理下に置くには距離がありすぎ、手間と金ばかり掛かるからだ。それよりは友好関係を結んでおいて、物流で厚遇してもらった方がいい。と、ハンターから聞いたことがある。
騎士団の相手は、盗賊と魔獣、害獣だ。街道の安全を守る。その為に日々訓練しているのだという。なるほど、対人戦闘は盗賊対策だったか。
「・・・俺はどうしたらいいんだろう」
素直すぎるよ、お兄さん?
「こういうことに「これが正解だ!」ってのは、ないですし。自分で悩んで迷って獲得していくものでしょ。お兄さん、まだ若いし。その気になったときに始めればいいんじゃないですか?」
人生相談が始まっちゃった。場違いにもほどがある。そもそも、自分が相談員役をやること自体、ミスキャストも甚だしい。
お兄さんが考え込んでいるうちに、さらに人が増えた。
女官さんとメイドさんだ。
メイドさんは、さすがに自分が牢屋に入れられているのを見てびっくりしている。女官さんは黙礼だけだ。肝の太さが違う。なお、外には、二人を尾行していた人たちがうようよいる。
「お手数をおかけしております。今日は、ロージーがどうしてもお礼申し上げたいとのことで、お伺いしました。私は、女官長を勤めております、ペルラ・ジングバーと申します。この者の付き添いで参りました」
よけいなことは言わない。さすがだ。
メイドさんが、頭を下げた。
「いろいろとご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。そして、あのとき助けていただき、ありがとうございました」
「怪我の具合はどうですか?」
そう、まだ自分が貸した黒棒を杖代わりにして歩いている。
ドアの大きな建物でよかった。そうでなければ、部屋を行き来するたびに黒棒が引っかかって歩くどころじゃなくなる。
「ほとんど、よくなりました」
それを、女官さんが訂正する。
「実は、やっと歩けるようになったばかりなんです。昨日まで熱を出して寝込んでおりまして」
やっぱり。
「無理して歩いてもらったからですね。すみません」
「貴女に謝罪していただく理由はありません。この者の、心得違い、鍛錬不足、判断ミス、などによる自業自得です」
・・・厳しい。それを自分の前で言うとわ、鬼だ、この女官長さん。
メイドさんは、深くうなだれてしまった。
「あ〜、今は怪我を治すことに専念した方がいいですよね? これ以上無理しないで」
「出来ましたら、これが怪我をした時の状況を教えてくださいませ」
さらにとどめを刺すつもりか、この人は!
「・・・言わなきゃダメですか?」
くるりとお兄さんの方を向いた!
「そういえば、ウォーゼン殿もその場に居会わせておりましたね。お話いただけますか?」
! そうきたか!
正直者のお兄さんは、女官長さんの「眼圧」に負けた。
「・・・群れで出てきたロックアントにむかった」
「そして、かなわず負傷したと。・・・この未熟者!」
「ま、ま、すぐに自分がフォローしましたし、こうして帰ってこれたわけですから、ほら、運も実力のうちといいますし」
ウチヒシガレているメイドさんを見かねて、思わず言葉でもフォローする。しかし、
「己の器を顧みず無謀な振る舞いをすれば、お仕えする方にも危機が及びます。全く持っていままで何を学んできたというのですか!」
怪我人、怪我人ですよ? にもかかわらず、むち打つような嵐の叱責。
・・・あのー、ここ牢屋なんですけど。なんちゃって囚人の前で、こんな仕打ちを見せつけるなんて、どういう拷問ですか!
三百年あまりの引きこもりで、対人スキルはがたがたのようです。余計なことをしゃべっちゃったり・・・。
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銀と毒物
中世ヨーロッパと中国で、文中にあるような理由で使われていたとか。ただし、うろ覚えなので具体的な国とかは不明です。すみません。
銀のように見える食器は、錫メッキをイメージしています。この世界では何を使っているか、作者にもわかりません。




