優雅な囚人
切りのいいところまで続けたら、文章が増えました。
109
変だとは思った。
執事っぽく装ってはいたが、全然似合ってない。服に「着られている」。その上、同じ職場の人、あの女官さんやメイドさん達と似通った匂いがしない。
連れて行かれた先は、独立した石造りの建物だった。離宮かとも思った。しかし、所々石組みが歪んでいたり、周囲の植え込みが全く手入れされていなかったりする。
中は、もっと酷かった。廊下を挟んだ両側に鉄柵のはまった小部屋がいくつも並んでいる。部屋のしきりの石壁に穴があいているところもある。
一応、隠れていたつもりらしい男達が、武器を構えて小部屋の一つに入るように脅してくる。自分には、音と匂いでバレバレだったけど。
部屋におとなしく入ると、扉に鍵をかけた。似非執事は、無表情、無言のまま、男達を引き連れて建物から出て行く。
そりゃあ、本来の筋力全開で暴れれば、男達もこの建物も簡単に壊せる。が、そうしなかった。
暴れても意味がない。百害あって一利無し。
この状況に興味もある。一種の出歯亀根性だね。・・・不謹慎といってもいい。自分の身に危害を加えられないと知っていれば、たいていの騒ぎは、ワイドショーのニュースネタぐらいにしか思えないんだよ。
牢屋だろうがどこだろうが、こちらの居場所が特定されていれば、良くも悪くもリアクションがあるだろう。自分の出方を決めるのはそれからでも遅くはない。
最も、自分を利用しようとするなら、それなりに「お返し」はするつもりだ。そのためにも、情報が必要となる。
当分は待ちの態勢を取ることに決めた。
とすると、しばらく滞在することになるこの部屋の居心地を少しでもよくしておきたい。
だってね、クサいのよ。匂いに敏感になった自分には、長居したくないところ。
でも、ここに居ると自分で決めたわけで。ならば、することは。
掃除。
自分の居る階と窓の外に人の気配がないことを確認して、便利ポーチからハタキと箒を取り出す。
部屋の上から下へハタキを掛けていく。唯一置いてあった板張りのベッドの上を箒で掃く。さらに、床も掃く。集まったホコリは、『換気』で、窓の外に放り出す。ついでに、外の新鮮な空気が循環するようにしておく。
ただし、水拭きはしなかった。
自分が水を集めようとすると、風呂桶四杯分ぐらいになる。種弾の設定を手を変え品を変え調整してみたが、どうしても、これよりも少なくすることが出来なかった。もし、ここで水を出したら、牢屋内が水没してしまう。そして、この階全体が水浸しになる。
まだ、自分から騒ぎを起こす気はないので、諦めた。
掃き掃除だけでも、それなりに匂いは和らいだ。
敷布代わりの毛皮をベッドに敷く。これは、まーてんでしつこく薫製したもので、桜の香りが染み付いている。
クッションも出す。てん杉の葉を綿代わりに詰め込み、これも薫製済みの毛皮で包んだものだ。慣れ親しんだ香りは、やっぱり落ち着く。
ベッドの上に横になる。
こんなものでしょ。
これで、考え事が出来る環境になった。
この状態のきっかけは、「おぼっちゃまの不在」あるいは「出奔」。
それによって、引き起こされる事態は。・・・なにがあるかな?
・・・昼ドラ的展開を想像するのは苦手だ。ああいうのは、端から見て楽しむものであって、自分が巻き込まれるものじゃあない。自分はクールな理系女子なんだ!
って、現実逃避しても始まらないか。
とうとう、日が暮れた。
食事も灯の差し入れもない。牢屋の外にも人はいない。ここまで、隔離しておくってことは、でたらめな証拠を作って悪役を押し付けるつもりかな?
ふふん。夜目はきくから、灯はなくても不便はない。非常食だって常備している。
見てくれはただの小娘かもしれないが、その実体は別物だ。ちゃちな嫌がらせでは、びくともしない。何かするなら、やってみろ! ってところだ。
しかし。
ひーまーだーよーっ!
まーてんに居れば、種弾の補充とか、機織りとか、薫製作りとか、やることはいっぱいあるのに、ここで広げるには障りがありそうで。
考え事するにも、情報が不足しすぎて仮説すら立てられない。
この建物が倒壊させられても潰されないように、結界だけ張っておこう。そしたら、一眠りするか。
・・・街での始めての夜を牢屋で過ごすことになるとは。ある意味、記憶に残る出来事だね。
三日目の朝がきた。
誰も来ない。
この建物の周りは、滅多に人が通らないらしい。昨日、たまたま窓の外を通りかかった人は、「幽霊が」とか「亡霊が」とかつぶやきながら足早に立ち去って行った。
そういう噂のあるところなら、人一人を誰にも知られず監禁するには絶好の場所だ。納得。
まあ、耳を澄ませてみても、物騒な物音は聞こえてこないので、まだ余裕があるのだろう。
寝転がっているだけというのも、芸がない。というより、暇だ。
ちょうどいい、アレをやろう。
竪琴を取り出した。
ようやく気に入った音が出せるようになった、小型のハープだ。これが出来るまでに何本作ったっけ。
調律を整えて、さて、練習だ。
一音ずつ音を確かめる。手元を見ずに狙う音が出せるよう、指に弦の位置を覚えさせていく。音量は控えめに、なおかつ丁寧に繰り返し音を奏でる。
今日は、一日中基礎練習に費やした。
四日目。
今日も竪琴を取り出す。
しばらく、基礎練習した。そして、懐かしいメロディを紡ぎ始める。地球でよく聞いていた曲だ。日本の国民的アニメ映画の主題歌。あれは、何度見ても感動したっけ。
主旋律だけをたどる。何度も繰り返す。曲に慣れてきた頃、副音を足して、さらに曲を続ける。
いつの間にか、日が暮れていた。
五日目、ようやく人が来た。
あの似非執事だ。
昨日、一昨日と何やら音がするのを知って、様子を見にきたらしい。彼が来る前に、敷いていた毛皮とクッションは便利ポーチにしまっておく。ただ、竪琴だけを弾いて、待ち受けた。
衰弱しているはずの虜囚が、楽しげに楽器を奏でているのを見て驚いていた。その顔を見て、自分も本来の目的を思い出した。が、自分からは何も聞かない。知らんぷりして、楽器をいじり続ける。
マントに楽器を隠していたと判断したようだ。
そうだろう、並の猟師がマジックバッグを所有しているはずがないからだ。便利ポーチを使いこなしているのを見て、驚きまくってたハンターからそういう話を聞いた。
似非執事は、鼻で嗤って戻っていった。もう、隠し球はないから、あとはどう料理するも思うがまま、とか思ったかな? 「死人に口無し」で、嫌らしい設定をかぶせる予定?
よし、まだまだ粘ってやる。予定が狂えば、どこかしらでボロが出るはずだし。
その日の夕方、なんと、もと迷子のお兄さんがやってきた。
自分が牢屋の中に居るのを見て、慌てて謝ってきた。
「なんで、こんなところに・・・! 済まない、すぐに出そう!」
いやいや、これからが面白くなるんですって。
「♪〜 だ〜いじょ〜う〜ぶ〜♪ もんだ〜いなぁ〜いよ〜ぅ♪」
竪琴BGM付きで返事をする。
「あれから、誰もアル殿を見かけたものが居なくて、城の中を探しまわったんだ。それが、こんな・・・」
あれ、半泣きになっている。
「さわ〜ぎ〜は〜ぁ、お〜〜きて〜いま〜せ〜んか〜?」
音は大きめ、声は小さめ。
お兄さんと会話しているのをわかりにくくしているのだ。決して、ふざけているわけではない。からかっているわけでもない。ないったらない。
さらに、小さな声でお兄さんに言う。
「女官さんと、騎士団長さんに頼まれてますから。あと、お兄さんを付けてきた人が外に何人かいますけど、知らんぷりしておいてください」
「! そんな話はしていなかったと・・・」
もちろん、口で依頼されたわけじゃない。二人とも、顔力というか、「もうしばらくつきあってくれ!」的な視線をガンガン飛ばしていただけだ。
だいたい、団長さんは、あの似非執事が正規の使用人でないことぐらい、わかっていた。それでも、連れて行くことを制止しなかった。あの暑苦しい話し方も、巻き込む気満々の現れだったんじゃないか?
「とにかく、彼らからの具体的な指示があるまでは、ここでのほほんとさせてもらいます。心配ないですよ」
「〜〜〜ほんとうに、すまない! こんなことにまで・・・」
本気で泣き始めちゃったよ。人が善いんだか、涙もろいのか。
「自分で判断し、付き合うって決めたことだから、気にしな〜い。えーと、毒を食らわば皿まで、って言うし」
「・・・それは、悪事を働くときに使う言葉ではなかったか?」
ぐずりながらも、ちょっと笑って、お兄さんが言う。
「企んでいる人に取っては、自分、毒になるんじゃないかな?」
いや、なってみせる! いまにみてろ〜!
「アル殿なら、劇的に効くのだろうな」
「劇薬まではいかないように気を付けま〜す」
ポロポロとつま弾きながら、話をする。
「なあ、アル殿は森から始めて人の街に来たのだろう? そこでこんな目にあうなんて、嫌ではなかったのか?」
「人生、自分の思うようにいくことなんて、まずあり得ませんからね。どうせだったら、楽しんだ方が勝ちでしょ」
思い詰めたところで、事態は好転しない。これが、師匠の教えだったと、自分では思っている。
「それはそうと、お兄さん。お芝居は得意ですか?」
「・・・」
団長さんに、ここの様子を探りにきた人の情報を渡したい。団長さんも調査しているだろうが、複数の情報源があれば、なお助けになるはずだ。
お兄さんと団長さんがこそこそ内緒話するところを見られるのはまずいだろう。その辺、うまく取り繕う機転をお兄さんに求めるのは、・・・無理そうだ。
「何かに書き留めてもらえば、機会を見て渡すことは出来ると思う」
いいアイデアだけど、これも無理がある。
「残念ですが、自分、文字が書けません」
この世界の文字は一度足りとも教わったことがない。当然、書くことも読むことも出来ない。自分のマル秘メモは日本語で書いてある。が、これも通じない。ハンターに、なんの魔法陣なのか、と質問されたくらいだ。
「ん〜、では伝言で。「小鳥の周りには、猟犬と狐と穴熊がいました。鷹は、離れて狙ってます」 これで多分通じます」
猟犬はお兄さん。狐と穴熊は似非執事の類友。鷹は女官さん関係。あの団長さんなら理解してくれるだろう。
「・・・今の話は、その連中に聞かれていないか?」
「これの音が邪魔しているはずだし、声も小さくしているので、多分聞こえてません」
実は、全く聞こえていなかったりして。
竪琴の弦を使って『遮音』結界を張っていたりする。お兄さんと自分の声だけ、外に出さない。竪琴の音は、素通りする。
「わかった、信じよう。出来るだけ普段の会話のなかで、伝えればいいんだな?」
「そ〜のとぉ〜り〜♪」
「・・・今日はこれで戻る。また来る。
そうだ、この件が完全に終わったら、うまい飯を食いにいこう。どうだろう?」
別の場所で言われたら、まるっきりデートのお誘いですね〜。でも、牢屋の格子越しでは、ムードもへったくれもありゃしない。
「きたいし〜ないで〜待って〜ま〜すぅ」
「・・・では、な」
建物の中には自分とお兄さんしかいなかった。何やら、魔術の気配はあったが、人を害するようなものではない。多分、盗み聞き用だろう。『遮音』で肝心なところは聞けなかったから、きっと地団駄踏んでるだろう。ざまみろ。
お兄さんが離れるにつれて、見張りの人も引いていった。下手に人が張り付いていると、かえって怪しまれるような場所なんだろう。
明日からは、少し慌ただしくなるかな?
野次馬根性も、ほどほどにしとかないと・・・。
#######
主人公の竪琴
本体:薫製したてん杉の枝。弦:てん杉の糸。小型のハープ。
普通の人が素の指で弦を弾いたら、怪我をする。下手をすれば、指が飛ぶ。
#######
『水招』
水を集める。風呂桶単位で出現させていたのは、毎日スコールが降る森で術を行使したから。森から離れたところ、例えば牢屋で行っていたら、普通にバケツ単位で召還できてたはず。
魔術の効果は環境にも左右されるという話。
#######
『遮音』
空間魔術の一つ。普通の魔法陣では、一切の音を漏らさない。主人公は竪琴の音そのものに術式を乗せている為、ああいう変なことが出来る。今回は術実験をかねている。種弾でも発動できる。
魔術実験は、もっと別のときにすればいいのに(by作者)。




