密林街道
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夜はまだまだこれからだってのに、夜よりも深く澱んじゃってますよ、このお兄さんは。
「・・・」
ダメダこりゃ。
「少なくとも、街道に出られれば、後は帰れますよね?」
今度は何! 捨てられた子犬のような目で、見つめてこないで!!
「〜〜〜、わかりました。ぼっちゃまは無事に送り届ける義務があるし、メイドさんは足をけがしているし、もう一人も放置できないし。なんですね?」
「このとおりだ! 助けてほしい!! 報酬は後払いになるが、必ず用意する!」
土下座してますよ、土下座。プライドってないのか?
引き受けたくない、引き受けたくないけどっ!
「・・・では、皆さん、四人をを無事にお家まで届ける。自分については詮索しない。報酬の額は、到着後に相談に応じる、ってことで」
「〜〜〜よろしくたのむ!」
あ〜、手握って、うるうる目してすがりついてきた。
「では、今夜は、これで休んでください。つか、さっきも言いましたよね? はよ、休め!」
「だ、だが、見張りぐらいは・・・」
チョップ!
「結界があるし、自分、体力に問題ないし、森に慣れてるし。お兄さん、頼むと言ったからには、指示に従ってもらわないと、ね?」
「〜〜〜本当に、すまない。では、先に休ませてもらう。が、何かあったら、すぐ起こしてくれ」
もう一枚、毛皮を出してあげた。
「はいはい、では、おやすみなさい」
すぐに、寝息を立て始めた。以外と、神経ず太いな。
しかし、ものすごく面倒な事態なのに、ちょびっとわくわくしているワタシ。いやいや、人の命がかかってるんだから、油断は禁物。
・・・これも修行のひとつなんですか? 師匠?
朝が来た。
お兄さんが起きたので、たき火を任せて水を汲みにいく。戻ってくる間に、メイドさんが目を覚ましていた。頭を打っていたから、少し心配していた。よかった。
まっすぐな瞳で見つめてくる。照れるじゃないか。
「おはようございます。具合はいかがですか?」
「・・・助けていただき、ありがとうございました」
うむ、ちゃんとお礼が言える人だ。
「ではさっそく」
?
!
立ち上がろうとした!
当然、すぐに倒れる。昨日の戦闘で気絶したのは、倒れた衝撃と負傷したせい。足の骨は折れていなくても、それなりに出血していたし、貧血と傷口の炎症でかなりつらいはず。
でも、今日は歩いてもらわないといけない。
肩をつかんで、無理矢理座らせる。
「出発までは、休んでいること!
昨晩、お兄さんと相談して、街まで送り届ける約束をしました。ヒスピダさんは拘束したまま、お兄さんが担いで連れて行きます。ぼっちゃまは、自分が補助します。なので、メイドさんには、がんばって歩いてもらわなくてはなりません。とにかく、少しでも体力を回復させてください。何か質問は?」
一息に説明してあげた。
そもそも、立ち上がって何する気だったんだろう?
「ですが、で「ミハエルさま」、ミハエルさまのお世話をするのが私の役目です」
お兄さんがぼっちゃまの呼び方を訂正する。お気遣い、ありがとう。アレを聞いたら、イロイロ後に引けなくなりそう。
それはともかく。なおも立ち上がろうとするので、きっちり押さえつける。まだ、立ち上がっちゃだめ!
「自力できちんと歩けない人が何言ってるんですか。お兄さん、言ってやってください!」
「我々の現在の状態では、森から出ることすら難しい。無理を言って案内をお願いしたんだ。この人の云う通りにしてくれ」
「で、ですが、おせわを・・・」
もう、石頭!
「ここは、街中のお屋敷じゃありません。何の備えもないところで、どんな「お世話」ができるっていうんですか? それに、怪我人は黙ってすわってなさい!」
ようやく、力を抜いてくれた。
たき火の灰の中に埋めておいた、木の葉の包みを取り出す。
「これ、食べてください。昨日は何も食べてないんでしょ?」
多分、この手の料理をはじめて見たんだろうな。おそるおそる剥いている。食べやすいように、昨日の串を渡した。
「串をどうぞ。食べ終わったら、傷口を見ますね」
ぼっちゃまも目を覚ましたようだ。用意しておいたぬれた布巾を渡す。
「おはようございます、勇者さま。これで、顔を拭いてください」
・・・手に取ろうともしない。ああ、本当にオボッチャマなのね。手に持っていた布をがばっと顔にあてて、ごしごし拭いてやる。
「〜〜〜な、なにをする! この、へいみん!」
もう、いちいち反応するのも面倒くさい。
「目が覚めたようですね。では、これが朝ご飯です。食べたら出発しますから、そのつもりで」
メイドさん? 食べてる手が止まってますよ? そんなに、乱暴だったかな?
「お兄さんも、はい、ご飯」
「・・・」
いただきます、ぐらい言ってよ。
四人の食事が終わって、メイドさんの傷の具合を見た。昨日の手当の甲斐あって、化膿はしていないようだ。念のため、痛み止めの薬草を煎じて飲ませる。
ぼっちゃまは、隙を見てはうろうろするので、お兄さんに見張ってもらっている。本気で、ひもで繋いでおきたい。
串とか毛皮などを、便利ポーチに片付ける。簀巻き男以外の三人が黙って見ている。やっぱり、珍しいよね、便利ポーチ。でも、くわしくは教えてあげられない。
たき火の始末も終わった。
それと、
「はい、これ」
怪我人に、手にしていた棒を渡す。軽くて丈夫な、アルさん謹製の黒棒。長さは二メルテ。
「これは?」
「杖代わりに貸してあげます。だから、ちゃんと歩いてくださいね」
受け取ってくれた。握り具合を確かめている。見た目はただの鉄の棒だから、重さのギャップに驚いたようだ。
「それでは。まず、最短で街道に出ます。運良く馬車が通ったら、それに乗せてもらいましょう。そうでなければ、とにかく歩く。途中、動物が出たら自分が受け持ちます。勝手なことはしないように。質問は?」
お兄さんが手を挙げた。
「何か?」
「ヒスピダはどうすればいい?」
あ、言ってなかったっけ。
「お兄さんに担いでもらいます。今の精神状態では、歩かせるのも危険です。他には?」
「ヒスピダの食事は・・・」
「大の大人が、一日食べないくらいでどうにかなるもんでもないでしょ?」
「・・・わかった」
食事抜きで大人しくなってくれれば、なおよし。一応、水は飲ませてるよ?
「メイドさん、一番無理がかかるのがあなたです。死ぬ気で歩いてもらいますが、絶対に倒れないでください」
念を押しておく。そう、メイドさんが歩けなくなっても、フォローできる人がもういないのだ。自分の体調を過大評価しないで動いてもらいたいのだが、・・・昨日、無謀な突撃したしな。
なにか、思うところがあるのかないのか、神妙な顔をしてうなずいてくれた。
「では、先頭は自分で。出発します」
云うや否や、ぼっちゃまを小脇に抱える。
お兄さんが絶句している。
「背負っていくのではなかったのか?!」
補助すると言いました。
「背中で暴れて、首を絞められたりしたら、たまりませんから」
あ、二人とも納得したみたい。
明るくなった森の中を、みょうちきりんな5人連れが移動する。
昼に休憩を取った。作り増ししておいた包み焼きを取り出して食べる。食べ終わったら、再び歩く。
怪我人がいるため、移動速度はゆっくりめだ。ぼっちゃまはさほど揺さぶられなかったせいか、ゆうしゃがどうとかずーぅっとわめいていた。さらに、休憩時に脱走しようとしやがりましたよ。すぐさま取っ捕まえたけど。
ごっこ遊びは、うちの中だけで完結させてほしい。人様の子でなければ、お尻ペンペンしてやったのに。
それからすぐに街道に出た。
実は、それほど、奥にいたわけではなかった。ただ、四人の進んできた方向は、密林の奥に向かっているつもりが街道と平行していただけ。油断せずに、さっさと歩いてほしかったから、少しばかり念入りに脅し、もとい、説明しただけだもん。
それでも、森は森、それなりの野営準備なしに入り込める所じゃない。街道と違って道が整備されてもいないし、バンガローなんかもありゃしない。所持品を確認したときには、呆れを通り越して身震いしたもんね。四人には、さっさといるべきところに戻ってもらいたい。
街道では、馬車を連ねた商人に会えた。護衛の一人が、顔見知りのハンターだったので、交渉の仲介をお願いした。自分が森から出てきたことに、すんごく驚かれた。
怪我人、病人、子供がいる事情を説明して、乗せてもらえることになった。商人さん、ありがとう! 商人さんへの謝礼もウォーゼンさんが街に帰ってから払うことになった。自分は、現金というものを全く持ってないからね。
・・・ふつう、使用人じゃなくて、その家の主人が払う物じゃないのかな? まあ、関係ないか。本当に、報酬が欲しくて送っていくわけじゃないし。
迷子様ご一行を街まで追っ払いに行くだけだ。
なんだかんだ言いつつも、結局お人好しな主人公です。
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おしりペンペン
作者の実体験です。
家族でない大人に正しく叱られるのは、子供の教育に大変有効、だと思います。しかし、体罰を肯定しているわけではありません。




