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誰が為に

031


 師匠が用意していたキャンプについていき、朝食を分けてもらった。肉の干物と乾燥した野菜で作ったスープは暖かく、とてもおいしかった。



 「さ、腹ごしらえはすんだ。いよいよじゃのう」


 端から見ても、ウキウキしている。


 「師匠、どうしてもやらなきゃだめですか?」


 「うむ。人生相談と朝食の代価じゃ」


 「うわ。それはない!」


 「なにおぅ。為したことに代価を求めるは当然であろ?」


 「代価というなら、物ではだめですか。今から取ってきて・・・」


 むんず、と襟首を掴まれる。


 「に・が・す・か!」



 ・・・ここで暴れたら、師匠の腕をポッキリとやってしまう。懸命に口で取りなそうとした。が、無駄だった。


 「・・・師匠」


 「おう、やっとその気になったか!」


 「じゃなくて! 自分の『実力』をまず見てほしいのですが」


 「よいのか? 手の内を見せてしまったら、勝負にならんぞ?」


 「見せておかないと、勝負になりません!」


 「どういう意味じゃ?」


 襟を放してもらうと、倒れた大木に近寄る。


 おもむろに抜き手を放つ。


 ざしゅ!


 ・・・大木はまっぷたつに切り裂かれた。


 「こういうことです」


 きっと、真っ青になっていると思って振り向くと


 「ふむ、それが全力か?」


 と平然と訊いてきた!


 「いえ、全然」


 と答えるワタシ。


 「ならば、全力を見せてみよ」


 とのたまう師匠。この人も、規格外だったか・・・


 ・・・諦めて、師匠につきあうことにした。



 大木を横に積み上げたところに、全力で手刀を振り下ろす。三段六本の大木すべてが一気に切断される。地面に当たらないよう寸止めする。これで、納得するかと思いきや、


 「おんし、魔力持ちであろ? 何故に使わん? やってみせよ」


 魔力隠蔽しているはずなのに、なんでわかるんですか?! それはおいとくにしても、さすがにそれはまずい。


 「以前、三割の力で樹冠まで体長のあるヘビを跡形なく消し飛ばしたことがあるので、遠慮したいというか、やめておきたいというか・・・」


 ちょっと考え込んでから、さらにのたまう。


 「では、問題ない範囲でやってみ」


 自分も、ちょっと考えて、アレをすることにした。

 崩れていない方の大木の山に、「カマイタチ」をまとわせた手刀をふるう。


 スパッ


 滑らかな断面を残して、切り分ける。今度こそ、顔色を変えて・・・


 「ふむ、見事なものじゃ。じゃが、まだ甘いところがあるの」


 でぇぇ。


 そのあと、師匠に指示されて、あんなこととかこんなこととか、いろいろやらされた。昼ご飯も出されたために断りきれず、さらに、言われるまま殴ったり蹴ったり走ったり・・・



 夕方になって、ようやく満足した顔になってもらった。


 「力の大きさは十分じゃが、使い方にむらがある。修行が足らんぞ。今後も精進せい」


 「では、手合わせはなしで・・・」


 「何を言うか。これから一当てやるぞ!」


 本当に、うれしそうですね、師匠。


 「怪我しちゃいます! いえ、怪我では済みませんてば!」


 「ならば、怪我をさせぬようにすればよいではないか!」


 いったそばから、飛びかかって来た!


 師匠の持っていた木の棒が転がっていたので、とっさに掴み、正拳を撃って来た腕のうちにそっとそわせて、力をそらすと同時に、自分の体をひねって的を外す。


 「なかなか、やるの! さて、これからじゃ!」


 昨日のお仕置きにも劣らぬ手数で襲いかかってくる師匠。黙って殴られっぱなしになると、また機嫌が悪くなるのが判るので、必死で、躱す。


 「そうそう、その意気じゃ!」


 

 スコールの中でも止めてくれず、結局、またも真夜中まで暴れ続けることになった。




 暗い森の中、二人して、仰向けに寝転び、荒い息を吐く。


 「なぜ、じぶんの、腕を、あてて、こなかった、のじゃ?」


 「ししょう、の、あしが、こっぱ、みじんに、なっちゃい、ます・・・」


 「じょうぶ、な、からだも、ふべん、と、いう、ことか、の・・・」


 「・・・そう、です、ね・・・」


 「まあ、おんしの、工夫は認めようかの。しかし、一つだけ言わせてもらう」



 お互いの顔も見ないまま、師匠が言う。


 「武人にとって、手加減されることは最大の侮辱じゃ。おんしに取っては、相手の無事を思ってのことじゃろうが、とんでもない。何より、身体の丈夫さは勝っていても技術に劣っているものに負けるとは、とてもとても納得できようもない。いずれ、人里にて暮らす時、要らぬ騒ぎを起こしたくなくば、さらに腕を上げよ。よいな?」


 「別に、武人になりたいわけでは・・・」


 「そなたの有り様は別格じゃ。好むと好まざると、相対することになるのは、間違いあるまい。故の、忠告じゃ」


 「・・・」


 しばらく、虫の声に耳を傾けていた後。


 「おんしは、愛されておるのぅ」


 と、師匠はいった。


 「?」


 「おんし、別れた家族に生きていてほしいと願っておるか?」


 「もちろん!」


 「ならば、その者らも、おんしの生存を願っておろう。その願いを受けて、この世界がおんしを迎えた。ゆえに、この世界で生き延びておる。わしには、そう思える・・・」


 梢の葉が滲んで見える。


 「縁あって、こうして話をした。わしは、おんしがここにいること、おんしの為人を知った。そして、おんしにこの先幸あらんことを願う。ほれ、もう一人きりではないであろ?」


 そういって、師匠は笑った。



 わたしは、また声を上げて泣いた。

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