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師匠

030


 森の夜は暗い。星の光など、見えはしない。やがて、虫たちの声がし始める。


 「おんし、何故に死にたがる?」


 「何故、自分は生きているの?」


 質問に、質問で返してしまった。


 「生きるのに理由が必要か?」


 「自分は、人だったけど、もう人じゃない。どこにもいられない」


 「ここにおるではないか」


 「どこにも行けない」


 「行けばよい」


 「無理」


 「何故?」


 「人じゃない」


 彼女は、多分こちらを見ているのだろう。だが、自分は背中を向けたまま、ぼそぼそと答える。


 「おんし、年はいかほどじゃ?」


 「ここにきて10年くらい」


 「・・・なんじゃ、正真正銘の小娘であったか」


 前世の実年齢も加算しようかと思ったが、いろいろ説明が面倒だったのでやめた。


 「経験足らずの引きこもりが、ふざけたことをいうではないか。世間知らずが甘えるのも大概にせい」


 「人じゃないもん」


 「おんしが何者であれ、関係なかろうて」


 あきれられた。


 「だって、誰もいないもん」


 「おんしから、会いに行けばよかろう」


 思わず振り向いた。


 「知る人もいなくて、こんな変な生き物で、ついうっかりしたら大変になっちゃうし、どんな顔して会えばいいのよ!」


 ぼろぼろ涙をこぼしていた。


 「・・・ほんに、難儀よの」


 頭をなでてくれる。気がつけば、膝にすがりついて声を出して泣いていた。


 「これも何かの縁じゃ。聞いてやるから、話してみよ」


 しゃくり上げながら、話した。前世の事故、異世界での事件、こちらに落ちて来たときのこと、そのあと経験したこと、そして、布団のこと。結局、歳のことも話した。話している間、頭をなでながら、黙って聞いていてくれた。


 「おんし、寂しかっただけじゃろう」


 「ウサギは、寂しさのあまり死んじゃうんだよ?」


 コロコロと笑った。


 「おんしは、ウサギじゃったかの?」


 「少なくとも、ウサギではないよね・・・」


 「クククッ、こんな頑丈なウサギ、見たことも聞いたこともないわ」


 「なら、どんな生き物がいるの?」


 「そうさのう・・・」


 今度は、老婆が話してくれた。


 今いる森は、「魔天」と言われる地域であること。今いるあたりは「魔天深淵」部、その周囲が「周辺部」とと呼ばれいること。魔天には魔力を取り込んで変異した動植物が生息していて、深淵ほど変異の度合いが大きいこと。それらは、力ある者が多いこと。人間にとって有用であるが、採取の危険度故に貴重で高価であること。周辺部の外側にも森は広がっており、その境目は曖昧であること。


 「一つ、聞いてもいい?」


 「なんじゃ?」


 「どうして、戦いたかったの?」


 「強くなるためじゃな」


 「もう、十分強いと思うけど」


 「わしの師匠なら、おんしなど一蹴りで森の端まで吹っ飛んでおるわ」


 「・・・本当に人ですか?」


 「わしも半信半疑じゃ」


 「もう一つ、聞いても?」


 「うむ、なんじゃ?」


 「何のために強くなりたいの?」


 「・・・さぁての。強いて言えば、人の力には限りがある、じゃが、その先に何があるのか知りたい。そんなところかの」


 「強すぎる力は、毒にしかならないよ?」


 高らかに笑い始めた。


 「ホホホッ、おんし、よくわかっているではないか! じゃが、わかっておらんこともある。力とは暴力だけではないぞ?」


 「さっき話していたことと、矛盾している気がする・・・」


 「じゃから、探しておるのじゃよ。この歳になっても、まだ、の・・・」






 「・・・師匠」


 「ん? 誰が師匠じゃ! おんしのような小娘を弟子に取った覚えはないぞ?」


 「自分の持つ暴力はまだまだこんなものじゃない。それでももっと先を見なければいけないの?」


 「見据えるも、目を逸らすも、おんしが決めることじゃろうて。何より、おんし、自分で納得できないことを他人に言われて素直に納得できるか?」


 「・・・無理。でも、このままでは単なる災厄に成り果てる。その方がもっと納得できない」


 「じゃ〜か〜ら〜、おんしが決めることだと何度言わせる! 幼児帰りして頭も悪くなったか?」


 「・・・」


 遥か樹上のその先が光を取り戻し始めている。


 「・・・師匠。わたし、生きててもいいのかな?」


 「当たり前じゃ。現に今、生きておるではないか」


 「う〜。判らないから、聞いているのに」


 師匠は、おもむろに語りだした。


 「この世界では、魔天の彼方に天上があり、死者はそこで安らぎを得て地に還る。生まれくるもの、地を巡り、天命を果たし、やがて、天上にあがる。そう信じられておる」


 「おんしは今この地にある、その時点ですでに天命はある。天命果たさず倒れたものは、幽鬼となりて巡る輪に還ることなく放浪し続けるというぞ。先のしごきごときで倒れておったら、解放どころかさらに縛り付けられることになっておっただろうよ。それは、おんしが望むところではあるまい」


 「・・・あれで、お仕置き、だったんだ・・・」


 ようやく、辺りの詳細が判るようになってきた(最も、自分は暗視でばっちり見えていたが)。

 随分と、見晴らしがよくなっている。樹々はありとあらゆる方向になぎ倒され、地面には、いくつもの大穴が開いている。爆弾でも投げ込まれたかのような、惨憺たる有様だった。


 「さて、気が済んだか?」


 「聞いてもらえて、気は楽になりました。ありがとうございます」


 軀を起こして、礼を言う。


 「ならば、いざ、一勝負!」


 「・・・師匠、まだやるんですか?」


 「まだもなにも、このために訪れたのじゃ。この機を逃してなるものか!」


 「お腹、すいてないんですか?」


 ・・・・ぐぎゅるるる。

 身体に似合わない、すんごい音がした。


 暴れる前とは違う意味で顔を真っ赤にしている。


 「・・・お、おんしこそ、腹が減っているのではないか?」

 「無駄に特別製なので・・・」


 きゅぅぅぅぅ


 あれ?

し、しまらない。

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