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因果は巡る

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 川の側だから? それとも、魔力量の調整が狂った?


 幸いというか、自分以外は、全員街道側に押されている。川に流されているのは、自分だけ。


 って、安心している場合じゃない!


 必至に泳ぐ。日本の有名アニメではないが、縦に横に手を振い水を掻き、落とされないよう足掻きまくる。


 あ。思い出すんじゃなかった。あのシーンでは、結局、水流に負けて、落っことされている。


 う。街道が見えない。えっ、このっ! ・・・だめだぁ!



 大量の水もろとも、濁流に投げ出された。




 いくら自分でも、激流の中で、何度も岩に叩き付けられるのは御免被りたい。痛いんだって!

 まだ手にしていた赤棒を、ぶつかってくる岩に突き立てようとする。でも、うまく行かない。水流が弱まれば、何とかなるか? もみくちゃにされながら、便利ポーチを探って、一枚だけ取り出す事に成功する。


 街道から回収していた岩が解放された。一瞬、穏やか、とまでは行かないが、水流が弱まり、体の自由を取り戻す。水面近くの岩に向けて、赤棒を振り回す。よし。引っかかった。岩に手をかけ、さらに水面をめざす。数度繰り返し、ようやく岸に這い上がれた。今の自分じゃなければ、死んでたね。

 だけど、すぐに激流に戻るだろう。もっと、上に登らないと。


 見上げれば、あれ?


 あの光る岩の根元だった。


 まずい。


 まずいけど。


 自分から、もう一度、この川に飛び込む勇気はない。確か、もう少し下ったら滝があったはず。

 かといって、変身して飛んで脱出するのも躊躇われる。まだ、陽は高い。自分が川に落ちた事で、たくさんの人が探索に出ているだろう。そこで目撃されたら、正体がばれる。

 二度と、人前には出ないとしても、妙な尾鰭付きのうわさが広まるのを看過する気もない。賢者様は竜になって去ってしまわれたーとか、守護竜が現れたーとか。想像だけでも、寒気がする。


 前に光った時には、半日で目が覚めた。少々のだるさを覚悟しておけばいい。女は度胸! ・・・違うか。


 水に洗われた岩は、つるつるしている。そこに赤棒を突き立てて、とっかかりを作る。ピッケル一本でロッククライミングをしているのと同じだ。でも、濁流怖さに、必至でよじ登る。

 本当に、死ぬ気でやれば、何でも出来るな。


 白い岩の部分に到達した。う、うまく登れるかな?


 根元の岩ほどではないが、赤棒で削れる。よし。手を掛けて、・・・岩の中に引きずり込まれた。あ、あれぇ?


 にゅるりとした感触の中を流されていく。が、すぐさま吐き出された。


 うええ。気持ち悪かった。


 ここ、石塔の中、だよね?


 ざっと見回すと、それなりに広い空洞だった。外の光も通すらしく、岩山というよりはガラス温室の中のようだ。でも、出入り口らしき穴はない。


 そして、中央には、棺みたいな形の岩が鎮座している。

 棺? 違う。ただの岩。偶然だから。たまたま、あんな形になってるだけ。ああいうところの影に、出口が隠されてたりするし。だから、そこもよーく調べてみる必要があるんだって。


 必死に、自分に言い聞かせながら、そろりと覗いてみる。


「にょわああぁぁあっ!」


 死体、死体、どう見ても死体!


 透明な岩に人が封じ込められている。あわてて、洞窟の端に退く。

 [魔天]で暮らすようになって、怪我人や、魔獣に殺されたハンターの死体などは、なんとか目視できるようにはなった。でも、未だに、棺とかお墓とかが苦手なのだ。それが、中身丸見えともなれば、イニシャルGを越えた恐怖物体となる。

 棺と一緒に密閉空間に閉じ込められて、正気でいられる自信はない!


 って、待て。なんとなーく、見覚えがあるよう、な?


 怖さを押し殺して、もう一度、覗き込む。


 血に濡れた布から、生白い皮膚が見える。それだけで、ホラーだ。やっぱり怖い。

 更に、観察する。人の形はしていても、手足の向きがでたらめだ。皮一枚で繋がっているところもある。酷い有様だけど、食い殺された死体ではない。そして、その顔。


「な、んで」


 床に座り込んでしまった。


 見覚えがあるはずだ。自分の顔なんだから。





 この世界に来る直前の話。


 わたしは、地球で、日本で、事故に遭った。


 仕事先のプロジェクトが一段落ついた。妹も春休みに入った。義姉さん夫婦も、義父も休暇が取れた。ということで、そろってピクニックに出かけた先で。


 山道を下ってくるバス。運転手は、うなだれたまま。気絶しているのか、居眠りしていたのかは判らない。進行方向にいたのは妹。とっさに手を引いて引き寄せる。反動で、自分がバスの前に立ってしまっていた。


 突き飛ばされた先は崖。もっとも、バスに追突された時点で、腕や肋骨が折れていたと思う。体を捻る事も出来ず、空を見上げながら落下していった。突き破られたガードレールの脇で、身を乗り出して叫ぶ妹の姿がある。無事だった。よかった。

 直後、背中から叩き付けられる。大量に血を吐いていた、はずだ。胸の奥から熱いものがこみ上げてきたのを覚えている。体は跳ね上がり、更にその下へ投げ出された。


 気を失っていたのは一瞬。さっきまで見えていた空ではなく、ドームのような物が見える。またも、背中から落ちて、バウンドした。ドームは、柱で支えられていた。つまり、隙間がある。取り囲んでいた人々を飛び越えて、ドームの外に放り出される。

 ずいぶんと高いところに設けられていたようだ。ドームの縁から身を乗り出している人達は、すぐさま小さくなって見えなくなった。


 地面らしきところに落ち着く。全身が熱い。それもそうだ。あれだけ、あちこちをぶつけまくっていたんだから。


 ようやく、わたしは死ぬ、と実感した。


 それなのに。


 わたしの体に、変なモノがまとわりついている。声にならない意思が、助けてくれ、と訴えかけている。もうすぐ死ぬ人間に、勝手な事を、と思った。なおも言い募る。わたしの命を助ける、代わりに、この世界を助けてくれ、と。


 この世界と別の世界と繋がる穴が出来て、その影響で異変が起きている。異変を収め、穴を塞いで欲しい。


 出来る訳ない、と胸の内でののしる。死に損ないに、何が出来る。


 そのための力も分け与える。この世界の人間には、それを受け止められるだけの器がない。召喚術によって呼ばれてきた人だけが、可能だ。


 もし、私が引き受けなければ?


 次の人を召喚する。


 死にかけの頭から、血の気が引いた。


 次に呼ばれるのが、妹でないという保証はない。冗談じゃない。あの子は、ちゃんとした家族と平和に暮らす義務がある。早世した母と約束したのだ。


 わたしが解決すれば?


 召喚術は行われない。


 ならば、やる。引き受けよう。



 体を修復する際に、いくつかの要求をした。この世界の言葉が理解できるようにする事。異変を治めるための能力を与える事。地球での知識を活かせる能力も与える事。


 変なモノたちは、この世界の精霊だと名乗った。


 体の修復というよりは、改造といったほうがしっくりする。

 地球にはない精霊術というものがあり、それを使いこなせるようになった頃、あのドームに集っていた人達がわたしを捜しにやってきた。

 召喚術を行った直後に、ドームから行方不明になり、ずいぶんと探しまわったという。自分が落とされたのは、精霊の森と呼ばれる場所だった。どうやら、精霊術が使えるようになるまで、精霊達がわたしの存在を隠していたらしい。


 精霊の森から離れたら、精霊達の干渉はなくなった。出来なくなった、というべきか。


 召喚術を行ったのは、精霊を奉る神殿の巫女と、その護衛達だった。彼らに連れられて、異変を解決していった。解決といっても、異界の影響で変形した獣や植物を消滅させるだけだったけど。


 いつの間にか、わたしは、あちらこちらで、聖女だとか英雄だとか呼ばれるようになっていた。ふざけたことを言うものだ。

 非常時だというのに、わたしを担ぎ上げ、暴利を得ようとする者達がいた。もちろん、神殿も。聖女への寄進を名目にして、あちらこちらから金を巻き上げ、私腹を肥やしていた。くだらない。


 仕事で培ったプログラミング技術を応用し、消滅させた者達の解析を行う。その情報をもとに、異界の穴を塞ぐ方法を模索した。その結果、ばかばかしい事実に気がつく。


 この穴、放っておけば、たいした時間も置かないうちに消滅していたのだ。固定してしまったのは、召喚術のせい。

 異界の穴の存在に慌てた神殿が、禁呪とも呼ばれた召喚術を行った。しかし、誰も、なにも現れない。しつこく、何度も召喚術を行い、その影響で固定化されていたのだ。何度も行った召還術の最後に、わたしが引っかかった理由は、結局判らなかった。


 すべての変異を片付けたところで、元凶の異界の穴に向かう。


 穴を塞ぐには、その対である召喚術そのものを無効化すればいい。召喚術を行ったドームには、わたしの血がたっぷりと撒き散らされている。魔法陣だけでなく、世界にあまねく存在する精霊術そのものから、召喚術の術式を消去した。ほら、これだけで穴は塞がっていく。

 ただ、召喚術が存在した事は、人の記憶に残っている。再現しようとする者が現れるかもしれない。


 唯一成功した召喚者。わたしをしるべにするだろうと、容易に想像がつく。ならば、一切を残さない。


 そうして、すべてを消し去ってきた。


 はずだったのに。




「なんでここにあるの!」


 あんの、馬鹿精霊ども。あいつらの所為だ。地球の人間が、そう簡単に精霊術を使えるようになれる訳がない。手っ取り早い方法は、改造ではなく、あの世界の物を材料にして作り直した体に、記憶とか人格とか、そう言う物を移植することだった。で、使えなくなった体は、異界の穴に捨てた、と。


 なぜそう判断したかといえば、精霊の名残を感知したから。中途半端に改造しようとして、うまくいかなかったんだろう。だからって、捨てるかな。


 あちらの世界の言う異界が、この世界。


 だとすると。前大陸の天変地異って、穴が固定化されたから?


 ・・・とことん、あいつらの所為じゃないかーっ!


 世界を切り離すだけじゃなくて、それこそ大陸一つ潰してやればよかった。


 自分がこの世界に落ちてきたのも、偶然じゃなくて、この死体、もとい本来の自分の体に引っ張られてきたから。だと考えれば、大いに納得できる。


 たまに光るってのは、自分の魂みたいな物を呼んでいた? 寝言みたいな物かな?


 ・・・おーけー、ちょっと落ち着こうか。冷静になれ。ここで癇癪を起こしても、過去は変えられない。仮定に仮定を積み重ねたところで、解決策は見いだせない。


 とはいえ、腹が立つ!


 棺に背を向けて座り込み、特濃ヘビ酒を取り出して煽る。


 でも、今は物言わぬ骸とはいえ、あれも自分だ。ずーっと、一人で待ち続けていた。


「待たせたね」


 向き直って、ヘビ酒を棺にかける。差しで飲み明かすか。




 洞窟の上の方がオレンジ色に染まる。


 完全に暗くなったら、全力で棺に『昇華』を掛けよう。


 コンスカンタでの魔力減少は、たぶん、改造された死体のせいだと思う。「異変を治める能力」、即ち、向こうの世界に変異をもたらす原因イコールこの世界の魔力、を失わせることだから。

 不定期に暴発するのは、改造が不完全で、能力を発揮するのにインターバルが必要だからだろう。

 とことん、あの世界の精霊には文句を言いたい。雑な仕事をしやがって!


 ランガさんに飲まされた薬のせいで、軽く酔っぱらっているようだ。愚痴が止まらない。


 うすらぼんやりと、棺が光る。


 あ。忘れてた。半日寝込んだら、夜が明けるじゃないの。脱出できなくなっちゃう。

 『重防陣』で防、げない! 結界まで、壊してくれたよ。今となっては、忌々しい能力でしかない。自分の体なんだけどさ! あー、だるい! キツい!


 棺の上に、火の玉がともる。


 だからーっ。お化けも嫌いなんだって!


〈おねえちゃ〜ん〉


 じょ、成仏して〜。あとで、花も生けとくから!


〈ひっく。おねえちゃん、どこに行っちゃったの?〉


 ええ。第二の人生ならぬドラゴンライフを満喫中ですよ〜。


〈空のお棺なんか、見たくなかったのに!〉


 お、おや? 自分の空耳とか、願望とか、妄想とか、じゃなくて。


「さっちゃん?」


〈え? ゆきねえちゃん?〉


「この声! やっぱり、さっちゃんだ!」


〈あたしをそう呼んでいいのは、ゆきねえちゃんだけなの! だれよ!〉


 この用心深さも、さっちゃんだ〜。お姉ちゃんの言いつけを守ってくれて、嬉しい〜。


〈だから、誰よ! おねえちゃんのふりしてるんだったら、許さないんだから!〉


 泣きながら怒ってるよ。火の玉にかぶさるように、人の姿が見えてきた。ああ、さっちゃんだ。全然変わってない。


「うん。わたしだよ。雪香せつかだよ」


〈あたしは、だ、だまされたりしないんだから! 悪魔よ退け!〉


「何のアニメを見たのよ。そりゃ、人をだまくらかす存在を悪魔と呼ぶ宗教もあるけどさ」


〈う。テレビじゃないもん。友達から借りたマンガに、って何言わせるの!〉


 思わず、笑ってしまった。


〈笑わなくてもいいじゃない。・・・本当に、おねえちゃん? ゆきねえちゃんなの?〉


「そういう、さっちゃんこそ、本物? 生きてるの?」


〈う、ひっく、ふえ。ゆき、ねえちゃん。庇ってくれたから。えうっ。怪我もしてない。・・・っえ〜〜〜〜ん!〉


「うん。無事だったら、いいんだ。よかった」


〈よくないよぅ。っく、うわあぁぁぁっ、おねえちゃん!〉


 幻の、さっちゃんの頭を撫でていた。

 冒頭のシーンは、まあ、あれです。

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