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後悔、先に立たず

604


 まわりにいる人達の動きが、スローモーションのように見える。


 団長さんは、自分の血塗れた顔を見て、完全に固まった。


 治療師さんが、牢屋から飛び出していく。


 背後にいた組合長さんは、自分の顔を覗き込み、すぐさま目をそらした。


 さらにその後ろの牢屋から、


ス「今のは! 何があったんですか!」


 いや。すごいね、あの鎧。兵士さん達が、慌てふためいて体をぶつけまくってるのに、ぐらつかないよ。


「すみません。油断しました〜」


 ようやく、片目を押さえる。うーん。自分の目玉の強度は、並だったのか。【氷の槍】は、手で弾き飛ばしてしまえばよかった。失敗失敗。

 でもまあ、バスの体当たり、崖下の岩へのボディジャンプに比べれば、たいした事ないな。それに、師匠の一撃の方が、ダメージは大きかった。


「い、いやぁあああああっ!」


 モリィさんの絶叫が、牢屋中に響く。たぶん、この建物中に反響したんじゃないかな?


デ「アルさん! どこ? 顔を怪我したの?」


「いえ。皆さんこそ落ち着いてくださいよ」


「「「「「落ち着けるか!」」」」」

「出来るわけないでしょう!」


「あの〜。大声出される方が、痛いんですけど〜」


 傷口に、じんじんとね。


 なんていうか。ひとり、パニックに乗りそびれて、逆に冷静になってしまった。


 胸元からは、王様の焦った声も聞こえる。やば。この騒ぎ、王宮中に広まっちゃった。


「すみません。牢屋前で、ちょっとしたハプニングです。騒ぎが酷くなる前に、音声、切りますね?」


 ちょっと待ちたまえ! とか、言ってた気もするが、


「とにかく、これ、あちこちに聞こえちゃってます。冷静になるように、音頭とって下さい。では」


 ぷちっとな。


 治療師さんが、数人引き連れて掛け戻って来る。多分、出て行ってから数分しか経ってない。早いな〜。


 彼の指示で、その場にいた人が整理される。状況を説明するために派遣される兵士さん達。大騒ぎするスーさん達も、侍従さんに取り囲まれたまま、牢屋から連れ出された。職人さん達は、台車ごと牢屋に押し込まれた。


 その間にも、治療のための手は止まらない。ガーゼのような布で傷口を押さえ、ゆっくりと床に座らせるように誘導する。


「座っている方が、頭に響きます〜」


治「しゃべらない!」


 止血のために頭を抑えられているから、周囲を見る事が出来ない。だけど、自分の隣に膝をつく人は見えた。


団「・・・すまない。本当に、すまない」


 泣いていた。


 うーん。悪い事しちゃったな。


「驚かせてすみません。油断しました」


団「なんで謝る必要がある! ・・・こんな、こんな酷い怪我を負わせてしまうなんてっ」


 蒼騎士君は、【氷の槍】で組合長さんの胸を狙った。割り込んだとき、コース上に自分の目が在った。と、そう言うわけだ。


 運が悪かった、としか言いようがない。


 便利ポーチに慣れ切っていて、劣化したカードからすべての中身がこぼれてしまう事を忘れていたし。魔術ではなく、指弾で気絶させておけば彼の魔術の発動もさせずに済んだ、と、いっても後の祭り。うーん。今後の検討課題だね。


「それより。勝手君、もう、解放してあげてもいいんじゃないですか?」


 両肩脱臼だよ? 自分よりも痛いはずだ。


治「こんな時にまで他人の話ですか!!」


団「・・・これ、か? 中身は誰だ?」


治「そんなもの、組合連中に任せておきなさい! とにかく、これ以上しゃべるというなら、口を縫い付けます!」


 いくら治療師さんでも、怪我人二人に対して、それはないと思う。


 職人さんの一人が、団長さんに簡単に説明する。それを聞いて、団長さんが指示を出した。特殊盾を持った兵士さんで、笑い続けている蒼騎士君の牢屋の前を塞ぐ。自分たちが、牢屋を離れてから、勝手君の鎧を脱がせ、もとい解体する。怪我をしているようなら、治療師を呼んで手当をさせる。付き添いには、更に刺股装備の兵士を追加する。などなど。


 彼女が指示を出すのを聞きながら、担架に乗せられ、牢屋から運び出された。えっさほいさっさ〜。


 あちこちに血痕が見える。掃除が大変だ。


治「だから、なんでそんなことばかり気にしてるんですか。自分の事考えなさいよ!」


 聞こえてたらしい。


「つぶれた物はしょうがないでしょ?」


治「ああああもう!」


 客室ではない部屋に運び込まれた。消毒薬っぽい匂いもする。


 ぐっしょりと濡れたガーゼが取り替えられた。ついでに、アルコールっぽい物で顔を拭われる。だけじゃない。口の中にも大量のガーゼが突っ込まれた。へ?


治「貴女から頂いた薬がまだ少し残ってます。さあ、覚悟はいいですか?!」


 げっ。


治「手のあいている者は、手足を押さえるのを手伝って!」


 や、やめっ。んみゃぁぁああああっ。


 あの薬は、ものすごくしみる、と実験台もとい元怪我人から聞いた。まさか、自分で体験する羽目になるとは。目の奥が、火花が飛び散ったかのようにちかちかする。頭の奥もがんがんする。しみるというよりは火が付いたかのようだ。


 だけど、効果は抜群。出血は止まった。


治「なんで?! どれだけ深い傷でもあっというまに完治していたのに!」


 治療師さんが、狼狽している。


 もがもがもがーっ!


治「あ。ああ。失礼」


 口の中のガーゼを取ってくれた。でも、手足の拘束隊はそのままだ。


「ひゃぁ。びっくりしました〜」


治「それどころじゃないって言ってるのに!」


「それ、欠損部位は再生できないって、言ったじゃないですか」


治「・・・眼球、も?」


「自分で見て来た範囲では、できませんでしたねぇ」


 その場にいた全員が床にへたり込んだ。拘束隊の手も緩む。


 出血は止まったが、後遺症ともいうべき頭痛は残っている。この手の頭痛に効く鎮痛剤は、なんかなかったかな?


治「そういうことなら!」


 また、漏れてた? 別室でがちゃがちゃと音がした後、カップを持って来た。床に座っている人たちを見回し、宣言する。


治「もう一度、だ」


 拘束隊、再び。


治「さあ!」


 彼が手にしたカップは、緑色を通り越した怪しげな色をした液体で満たされている。いろいろ混ざり過ぎてて、効果が判別できない。それが、ずいずいと突き出される。いやいやいや!


治「鎮痛! 増血! 滋養強壮!」


 これ、絶対怪しいって!


治「さあ、さあ、さあっ!」


 頭を押さえつけられ、鼻をつままれ、強引に飲まされた。


 きゅぅ。




 客室に戻されたらしい。でも、天井の絵が見辛い。って、片目になっちゃったんだっけ。やれやれ、無様なところを見られちゃったなぁ。

 左目を覆うように包帯が巻かれていた。頭痛はない。顔も髪も、きれいに拭われていた。服も着替えさせられている。


ロ「もう、目を覚まされたのですか?」


 ロージーさんが、ささやくように、問いかけてくる。よく気が付くなぁ。目を開けただけだってのに。


ロ「まだ、夜明け前です。寝ていてください」


 ・・・あの薬めっ! 半日以上寝かせるなんて!


 起き上がろうとしたら、ベッドの左右にスタンバイしていたメイドさん二人が、やんわりと、しかし、断固として阻害する。


侍女C「いけませんわ!」


侍女B「寝ていらしてくださいませ」


「もー目が覚めました。大丈夫ですっ」


「「「大丈夫じゃありません!」」」


 廊下から、バタバタと人が動き回る音がした。そこにも張り付いているとは、どれだけ大げさにしてくれちゃったんだろう。


 ベッドから起き上がろうとメイドさん達と悪戦苦闘しているところに、頭から湯気を立てた治療師さんがやって来た。よく見れば、目の下の隈が凄い事になっている。


治「・・・、・・・・・〜〜〜〜〜っ!」


 部屋に入るなり、自分を指差し、口をぱくぱくさせている。怒鳴りつけたいけど声が出ません、てな感じ。

 やがて、両肩を落とし、さらに両手を床についてうなだれてしまった。


侍女B「・・・ランガ様?」


 メイドさんの一人が、恐る恐る声をかける。


治「なんで、なんで、目が覚めてるの! 三日! 三日は、眠らせておけるはずなのに〜っ」


 握りこぶしで床を叩き付けている。


「なんて薬を飲ませるんですか!」


 ローデンで、寝落ちしちゃった時はともかく。そんな長い間、人事不詳になってたら、あーんなこととかこーんなこととか、やりたい放題になっちゃうじゃないの。冗談じゃない。


 という自分の主張を言う前に、治療師さんが、がばっと顔を上げた。


治「当たり前です! 頭部の負傷ですよ?! 絶対安静です。血液も魔力も損なわれて、その上、前々日の余波も残ってる。起きてたら何やらかすか判ったものじゃない! こんなは、眠らせておく他に手段はありません!」


 こんなのって、酷い言い草だ。


「起きたんだから、いいじゃないですか」


「「「「よくありません!」」」」


 四重奏になった。


「それより。ええと、ランガさん? も、ロージーさん達も寝てないですよね。皆さんこそ、早く休んでくださいよ」


 全員から睨まれた。そりゃもう、アンゼリカさんを彷彿とさせるようなものすごい形相で、睨みつけられた。え? なんで。


治「もうだめです。この人、頭、壊れてます。重病人です。全部、たわごとです。一切、聞いちゃいけません!」


 はいっ!


 ・・・今、廊下からも聞こえたよ。


「だって。出血は止まったし。目は覚めたし。頭痛もしないし。問題ないでしょ?」


治「・・・ほら。重体だ。ぜんっぜんわかってない。アレ、用意しておいてよかった」


 なぜか、体格のよろしい侍従さん達が入ってくる。一人は、カップを乗せた盆を捧げ持っている。


治「掛かりなさい!」


 やめっ。こらっ。だあぁぁぁっ。


 抵抗むなしく、またも謎の薬を飲まされた。不覚っ。


 それからは、目が覚めるたびに押さえつけられて飲まされる、を繰り返した。部屋には、必ず三人以上控えていて、なおかつ、眠っているふりをしていても見破られてしまう。


 自分を眠らせてしまう薬を調合してしまう辺り、ランガさんは、凄腕の治療師と言えるだろう。


 だけど。だけど。だけど!


 負傷後四日目の昼、ようやく見舞いを許された人達の前で、自分は膨れっ面をしていた。


 一方で、ランガさんは、連れ一同から尊敬の眼差しで見られていた。


ス「素晴らしい!」


デ「ありがとうございます。ありがとうございます!」


ノ「こんな方法があったとは!」


 ランガさんを褒めちぎっている。ちょっと!


「罪人じゃあるまいし! 自分の扱いが酷すぎませんか?」


「「「「どこが!」」」」


治「病人は、大人しく寝ているものです」


ス「たまにはいいものでしょう?」


「どこが?」


ノ「存分に、休養もとれたようですし」


「だから、どこが?」


デ「アルファさんが休んでいらっしゃるから、我々も落ち着いていられたのですよ?」


「なんで!」


 負傷した、と聞いて心配はしたのだろう。ちょっとやつれて見える。でもね? って、一人、足りなくない?


「モリィさんは?」


 あの人の事だから、またもベッドにダイブしてくるかとも思ってたんだけど。


 三人が、顔を見合わせた。


「どうかしたんですか? モリィさんも怪我したとか、また料理が食べたいってだだこねて迷惑かけているとか・・・」


 言っている途中で、ため息をつかれた。


 スーさんが、咳払いする。


ス「レモリアーナ嬢には、伏して願い奉り、手紙を届けて頂きました!」


 背中にぞくっと寒気が走る。


「て、がみ、ですか」


 覚悟を決めた殉教者のような、とでもいうのだろうか。


ス「ディ殿らにも、ご協力を頂き、前言通り、ローデンを出発してからアル殿が負傷されるまでの経過のすべてを、したためました。宛先は、女将様です」


 厳かに宣うスーさん。な〜んだ。


「アンゼリカさんは、ユアラに向かいましたよね? 盗賊増量中だし、まだ、ローデンには帰ってないでしょ?」


 手紙を読むのは、当分先の話だ。


デ「レモリアーナ殿云く、「あの人の気配なら、どこからでもわかるわ」だそうですよ?」


 ひっ!


ノ「でもって。「怪我人を見舞うためだから、連れて来ても問題ないもの」と言って、昨日、日の出直後に「飛んで」行かれました」


 そんなの、ありですか?!


「あの発光現象の時も、この怪我も、不可抗力。やむを得なかったのであって、」


ス「言い訳は、女将様の前でなさってください」


ノ「それに! アルさんが怪我をした直後! ムラクモさん達が大騒ぎしちゃって、大変だったんだから!」


「だからですね? 偶然というか偶々(たまたま)だったというか」


デ「それも、ムラクモさん達に、直に言ってね」


 ひいぃ〜〜〜っ!


 お説教は、い〜や〜だ〜っ!

 ちょっとくらいは、大人しくしませんか?


 次話より、毎日更新に戻します。

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