狂刃
603
職人さん達渾身の加工品に、抜殻ナイフで『漢字』を刻む。
「それが、魔法陣?」
「見た事ないな」
「細かすぎる!」
などなど。ちっとも静かじゃなかったけど。
実際には、構築した術式は、弾の内部に焼き付けている。ナイフで刻んでいるのは、ただの目印。いや、術式見れば判るけどさ。いいじゃん、仕分けしやすいんだもん。
マイク側とスピーカー側の関連付けは、いうなれば周波数の同調設定だ。その周波数で音声の送信だけでなく、双方のオンオフコントロールを行う。
なぜ、一つの術弾に二つの機能を設定しなかったのか? 元々、索敵やかく乱目的で作ったのであって、双方向通信をする予定なんてなかったからだ。
それはともかく。
「すみませんが、この後はややこしい方の設定をするのでご遠慮ください」
「「「えーっ!」」」
「設定に失敗したら、せっかく作っていただいた素材が無駄になります」
まだ見物していたかったようだが、自分の説明を聞くと、しぶしぶ部屋を退出していった。メイドさん達にも退室してもらう。
最後まで残っていたのは、スーさん。
「アル殿?」
「なんでしょう?」
「昨日の今日で、そんな細かい作業をするなんて。もう一日、延ばしませんか?」
「なんででしょう?」
成敗は終わった。さっさと終わらせて、国に帰れた方がいいでしょうに。
「・・・あれだけの強行軍の後で、盗賊退治までなさっていらっしゃる。無茶ぶりもいいところです。さらには、昨日、不可抗力とはいえ倒れてしまわれた。これ以上無理をなさる必要はどこにもありません!」
「・・・モリィさんのわがままはたしなめてくれませんでしたし、勝手国王君へのお仕置きは止めませんでしたよね〜?」
「あ、あれは! 竜の姫君に私ごときがお諌めする事など出来ません。それに、お仕置きというよりは、け、んじゃなかったアル殿の正当な権利ですっ」
あたふたと弁明するスーさん。
「冗談はさておき。自分は、その時に出来る事しかしていませんよ? どちらかといえば、スーさん達の方が無理してませんか? 自分のわがままで従魔達の全力疾走に付合わせてしまったのですから」
そう言ったら、今度は大きなため息をつかれてしまった。
「なんで、そう言うところだけ鈍いんですか、この人。誰がどう見ても一番無理をしているのはアル殿なんですよ? 今だって、また顔色が悪くなってるし」
がーん。鈍いって言われた。
「自覚がないのは、疲れている証拠です! ・・・判りました。アル殿がそう言うおつもりならば。私も覚悟を決めました」
「何の、ですか?」
「アンゼリカさんに、女将様にローデンを出発してからの事をすべて報告します。私もお説教をされるでしょうが、アル殿を止められなかった責任です。ええ。自業自得です!」
「ちょ、ちょっと! それだけは勘弁して! スーさん?」
だけど、開き直ってしまったスーさんの耳には、自分の懇願は届かなかった。据わっちゃった目をして、自分に一礼すると、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
・・・逃げたら、だめかな?
『拡声』大勢バージョンの設定が終わった。ついでで、便利ポーチの中身を、問題なさそうなカードとヤバさてんこ盛りのカードに仕分ける。
さらに、ローデンまでの道中に必要な装備も検討する。スーさん達の野営道具一式は、入国前にムラクモの馬車に預けてあるので、これは問題ない。
だが、食料事情は。便利ポーチが使えないから、今まで通りとはいかない。
盗賊達が、街中の保存食を食い荒らしてしまっている。次の街までの食料を確保するのは、難しいかもしれない。そうなると、道中で狩をする必要が出てくる。
となると、さらに移動速度が遅くなる。当然、到着までの日数は増える。用意しておきたい術弾の数も増える。仕舞っておくためのポケットの数が足りなくなる。・・・困ったな。
そうだ!
ミハエル殿下一行も同行してくれれば、殿下方の護衛は任せられるし、ローデン近郊で自分だけ遁走できる、かもしれない。お兄さん達と相談してみよう。
余った弾は『重防陣』と『縛雷』にした。使い勝手がいいし、実際、残弾が少なくなっていたし。
控えめにドアを叩く音がする。
「アルファ様。作業は、お済みでしょうか? お夕食の用意ができました」
どうやら、夕食も部屋でいただく事になりそうだ。
翌朝。また、治療師さんが来た。スーさんから、顔色が悪かったことを聞き出したらしい。でも。
治「・・・なんで、回復しているんですか?」
「なんで、と言われても」
治「こんな、診察しがいのない患者は初めてです。ただ者じゃありません」
ほとほと呆れたように感想を漏らす。まあ、自分の実態は謎生物だからねー、と自爆する。あうう。
団「今日は、動けそうか?」
治「昨日は、見た目大丈夫そうでしたが。どこかダメージが残っていたところに、根を詰めた作業をなさったためでしょう。念のためです。尋問は、半日で終わらせてください」
団「そうか。判った」
「あのー、自分の意見は・・・」
治「患者になりたければ、治療師の指示に従ってください」
なりたいわけじゃありませーん。
団「陛下から、「申し訳ない」とのお言葉を預かってきた。病み上がりであるところに、無理をさせてしまった、と。エストラダも、顔向けできないと言ってきた。私も気が利かないな。すまなかった」
「いえ。団長さんが謝る事ではないと」
「いやいや」
なぜか、メイドさん達まで首を横に振る。
侍女B「女官長様からは、お客様への無理強いを看過するとは何事かと、お叱りを受けております。ご奉仕も至らぬことばかりで、誠に申し訳ありません」
とんでもない。そもそも、この部屋のメイドさん達、多過ぎです。
「ですから〜。原因が、不可抗力でしたし。みなさんが謝罪する必要はないんですって」
「「「とんでもない!」」」
なんで!
いやいや、いえいえの、応酬が続いたあと、スーさん達がやってきて、ようやく止まった。
デ「なにをしていらっしゃったんですか?」
「・・・主義主張の食い違いで、ちょっと」
団「いやいや。もう少し自己認識を改めて欲しい。周囲の者のためにも」
ス「何となく、判りました」
団「苦労されてたのだな」
デ「そりゃもう!」
だから、自分が悪者みたいじゃないのよ。ぷんぷん。
ノ「アルファさんの従魔さん達はみんな元気でしたよ。ただ、アルファさんの具合が悪くなったから、厩舎に来られないって伝えたら、オロオロしちゃって。彼らのためにも、無理はしないように!」
あ。失念してた。
「・・・気を付けます」
ス「最初から、こうやって説得すればよかったんですね。しまったな」
だから、何を!
治療師さんが、ちゃっちゃと終わらせて、すぐさま寝かしつける、と宣言し、いいも悪いも答えないうちに、牢屋に連れて行かれた。スーさん達だけでなく、治療師さんも、メイドさん数人もくっついてくる。
途中、『拡声』の配布を兵士さん達にお願いした。
団「とは言え、勝手国王と黒賢者の話で大体のところは掴めたしな。騎士気取りからは、二人の話の裏を取れればいいか」
治「・・・一つ、気になる点があります」
団「なんだ?」
治「その、黒賢者、が使っていたと思われる薬物の入手先です。あれの存在をどこで知ったのかも、確認したい」
「そう言われれば。禁断症状を起こしてないなら、つい最近まで服用していたはずですよね。それなら、彼女、まだ、持っているのでは?」
団「ちっ。私も焼きが回ったものだ。取り調べ前に、所持品の報告を読んでおかなかったとは。少し待っててくれ」
特別房区画に入る手前で、待機する事になった。そこに、組合長さん達が、なにやら持ち込んで来た。
組「おぅ。昨日は済まなかった」
「それはもういいですって。ところで、後ろの荷物はなんですか?」
大小の金属部品が乗せられた手押し車が連なっている。
組「やつの欲しがっていた物を見せてやろうと思ってな」
にやりと笑う。
ノ「牢屋で武器持たせるなんて。何考えてるんですか!」
組「なぁに。見てれば判るさ」
荷物を運んで来た職人さん達も、にやついたり苦笑していたり。どんな勝算があるんだろう。
組合長さんは、団長さんに許可をもらい、特別房区画の廊下と囚人のいない牢屋に手押し車を運び込んだ。ついで、勝手国王君を独房前の廊下に引き出す。
「・・・なんだよ。この、おっさん達は」
ディさん達も、牢屋までくっ付いて来ている。そこに、この大荷物だ。足の踏み場もない。
ということで、客室から付いてきた人達もとい野次馬は、別の牢屋にはいってもらった。・・・囚人じゃないよ? 場所の確保のためだから。ざまみろ、とはこれっぽっちも思ってないから。
組「おめえの欲しがってた物だぜ? よし! つけさせてやれ!」
「「「「おう!」」」」
兵士さんの一人が、勝手国王君の足枷を外す。素早く、替わりにごっついブーツもとい金属製の靴が履かされる。筋肉親父どもに集られ、度肝を抜かれてしまったようだ。自慢の怪力を発揮する前に、次々とパーツを取り付けられている。というより、
「組み立て作業?」
黒賢者は、相変わらず、陛下に不敬だのホムラ君に触るなだのと喧しい。
「や、やめろよ。やめろって!」
勝手君が我に返った時にはもう遅い。ブレスプレートまで着せられた後だった。しかし、それを持ち上げるのに二人、背中のプレートを持ち上げるのも二人って。身をよじって抵抗しようとするが、前後を鎧で挟まれ、動けなくなる。そのまま、左右から固定された。
組「まだ残ってるぞ?」
上腕。二の腕。手甲。
勝手国王君の全身が、金属製の鎧に覆われた。
組「あとは、兜と武器だな」
それは、西洋騎士のフルフェイス。デザインはシンプルだが、三人で持ち上げるって、どうなの。
マスクもきちんと取り付けられる。これで、顔まで完全に隠れた。すると、むがーとかもごーとかいう声に変換された。
次いで、右手に幅広肉厚の大剣、左腕に分厚い大盾を持たせる。というより、どちらも、四人掛かりで金具を使って篭手に固定(シャレじゃないって!)された。これでは、他人の手を借りなければ手放す事も出来ない。
最後に、装備一式がそろったら、自動的に鎧の寸法が変わり、装着者の体格に合うよう調整された。あら便利。魔道具の一種だったんだ。
今度こそ、暴れだすかと身構えたけど、足も腕も頭も微動だにしない。どういうこと?
唖然としていた見物人一同から、ようやく感想が聞けた。
「・・・拷問?」
そう。大剣を持たせたとたん、右肩からものすごく痛そうな音がしたのだ。兜の中からは、「ぼおぉおおおおおっ」とくぐもった声がして、その後、ぱたっと静かになった。
組「おら。ちゃんと聞けや!」
兜をがんがん殴りつける。
組「頑丈な武器が欲しかったんだろ? 今、右手に持たせてやっただろうが。ただなぁ? 重さも半端なくてな。大抵のやつは握っている事すら出来ねえ。それなら、鎧に固定しちまえばいい、ってな。ついでに武器に似合った丈夫な鎧にすればいいってことで、出来上がったのがこいつだ。どうよ。かっこいいだろ?」
運び込んでいた職人さん達の額にキラリと光る汗がまぶしい。
「はい、質問です」
組「なんだ?」
「勝手国王君が工房巡りをしていた時に、なんでこれを出さなかったんですか?」
黒賢者も、尻馬に乗って来た。
「そうよ! さっさと出しておけば、ホムラ君だって!」
組「剣と鎧でセットだぜ? 剣だけよこせったって、聞ける話じゃねえな。だいたい、ろくに剣も触れてないガキに、剣の善し悪しが判ってたまるか。まともに話を聞こうともしねえやつと商売する気にもなれん! だがなぁ? 冥土の土産に、一度ぐらいは試させてやろうっていう俺達のこの優しさ! 感謝して欲しいぐらいだぜ」
全身に、分厚い鉄の枷を巻き付けました、と言っているようにしか聞こえない。総重量はどれくらいあるんだろう。
鎧からは、ぐぼぐぶ、という音が聞こえる。左肩からも異音がした。やがて、足元に水溜りが・・・。
それに気が付いた黒賢者が。
「ッキャアーーーーーッ! ホムラ君、ホムラ君、ホムラ君! あんたたちっ、ホムラ君になに恥をかかせてる、の・・・」
ぷっつん。
気絶しました。
すると、今度は、蒼騎士君が、叫びだす。
「アティカを虐めた。あんた達がアティカを泣かせた。許せない。許せない。僕が、守ってやらなくちゃ。ホムラには、守れなかったじゃないか」
あれ? 魔力量が上がってる?
え、え? この子も魔術師? やばい!
便利ポーチから『重防陣』を選択。一粒だけ取り出すつもりだったのに、すべての弾が床にこぼれ落ちた。一瞬気がそがれる。
あ。間に合わない!
とっさに、組合長さんと蒼騎士君の間に滑り込む。
【氷の槍】
血飛沫が飛んだ。
「あ、あ、あはははっ。見た? 見てくれた? ねえ。僕、強いよね? ホムラより、強いよねぇ? アハハハハハッ」
周囲にいた兵士さん達が、組合長さんが、一斉に動き出そうとする。でも、
「アハハハアハハァ! 僕にも魔術が使えたよぉ? ねえ。アティカぁ。アティカを守れるのは、僕だけだよぉ。ハッ、ハァハハハハハッ!」
狂ったように笑い出した。いや、狂ってしまったのだろう。焦点の合わない目で、天井を見上げて哄笑を続ける。
ようやく、団長さんがやって来た。
団「済まないっ! 蒼い方の男から離れろ!」
組「・・・遅せぇっ!」
彼の牢屋の前には、自分の血が飛び散っている。
あー。失敗した。
初負傷。




