鬼の霍乱
601
客室に、治療師さんがやってきた。
治「ご気分は、いかがですか?」
「ちょっと頭痛がします」
治「それは、よくありませんね。どの程度の痛みですか?」
それから、しばらく問診を続けた。
治「本来なら、すぐに出国する事をお勧めするのですが、今の体調で野営は無理と思われます。数日は王宮で静養なさってください」
「連れは、殿下方の体調は大丈夫でしたか?」
なぜか、ため息をつかれた。
治「まずは、ご自分の体調を第一に考えてください! まったく。フェライオス殿方が心配した通りだ」
はいぃ?
治「皆様は、すでに回復していらっしゃいます。夕食も、普通のものを召し上がられました」
食欲があるなら、大丈夫だな。
「えと、もう一つ。あの光と自分の体調不良には、なにか関係があるのですか?」
治「女官長殿?」
女官長さん(官)「症状の事も含めまして、あなたから説明して差し上げた方が、判りやすいかと思いましたの」
治「そうでしたか」
ふむ。
ということで、胃にもたれない夕食をいただきながら、治療師さんらの説明を聞いた。
またも、別大陸から入植した当時に遡る。
以前にも聞いたが、当時のヘリオゾエア大陸には魔力が満ち溢れ、人が長期に滞在できる土地は限られていた。その限られた土地が、西山脈西端だった。だが資源に乏しく、旧大陸から持ち込んだ資材にも限界はある。
探索の結果、人が滞在できる地域が発見され、コンスカンタと名付けられた。そこは、資源となる鉱山に接しており、現在のマデイラと食料と資材のやり取りをする事で、かろうじて生活水準を維持できるようになった。
やがて、竜達の苦心の結果、人の活動範囲が広がっていった。それでも、コンスカンタは、優良鉱物が採取できる国、魔道具開発技術の継承国、唯一の通貨鋳造国として、ないがしろにされる事はなかった。
一方、ヘリオゾエア大陸から魔力が薄れつつあるとき、苦労せずに生活できるという利点はなくなっていた。だが、「なぜ、そういう土地だったのか」という理由を調べ始めた頃、さっきのような現象が起きた。
どうやら、あの岩から放たれた光の到達範囲では魔力が失われてしまうらしい。その影響は、地中にも及ぶ。また、数十年の周期で活動期に入り、七日から十日ほどの期間中、発光現象が不定期に起きることも判った。
それによって、コンスカンタは、他よりも魔力の薄い、人の過ごせる環境になっていたようだ。
ただし、急激な魔力消失現象は、大陸の魔力に適応しつつあった人々に対して、体内の魔力量に比例したダメージをもたらした。つまり、大量に魔力を保持している自分みたいな人ほど、めっちゃ酷い目にあう。
入植当時は、大通りの南側にも建物が建てられていたが、発光現象のパターンが知られてから、住人は、大通りの北側に移住し、南側の建物は撤去された。なんでも、今の王宮付近は、もともと露天掘りの鉱山だったとか。
もう一つ、王宮から鳴らされた鐘は、住民への避難準備と退避命令を知らせるものなのだそうだ。
治「それにしても、今回の発光は、記録上、一、二位を争う規模でした。け、んじゃなかった、アルファ殿には不運といいますか、巡り合わせが悪かったといいますか・・・」
どっちも一緒じゃん。
官「通常は、街に入る時に門兵から鐘の説明があります。ですが、皆様は、その、そういう手続きを経ていらっしゃらなかったので、知る機会もなく・・・」
女官長さんが、居心地悪そうに弁明もとい解釈を付けてくれた。
「そういう現象があることすら、知りませんでした」
治「コンスカンタを頻繁に訪れる商人でもなければ、まして、自分で体験していなければ、すぐに忘れてしまうでしょう」
納得。
「確かに。そういうことなら、街を出るのが一番ですよね」
治「まだだめですよ? もう少し回復してからでないと」
官「そうですわ。お一人で立つ事も出来なかったではありませんか」
「いえ。相棒に乗せてもらえばなんとか・・・」
黒賢者と勝手国王君へのお仕置きは気が済んだ。この後の余計な騒ぎに巻き込まれないためには、さっさと逃げ出すに限る。
治、官「「だめったらだめです!」」
えー。
「お姉様! 無理なさらないでください」
治療師さんが退室していった後、自分の手を握りしめ、顔を見つめるメイドさん。どっかで嗅いだにおいだ。
あれ?
「ロージーさん?」
眉間にしわが寄りそうだったのが、花が開いたように明るい顔になる。
「覚えていてくださいましたか! うれしい。そうです、ロージーです。また、また、お会いする事が出来ました!」
なんでコンスカンタに居るの!?
官「やはり、お知り合いでしたのね」
ロージー(ロ)「はい! たくさん、たくさんお世話になりました。先だっての尋問をお聞きして、居ても立っても居られず。女官長さま。ご無理を申し上げて申し訳ありません」
官「いえ。貴女が持っていた棒と、アルファ様のものがよく似ておいででしたので」
ん? 勝手国王君の尋問を見てたのかな? それとも、この人も千里眼なの?
官「どちらでお知り合いになられたか、お聞きしてもよろしいかしら」
ロージーさんが、目に見えて狼狽える。
ロ「そ、それは。で、お、若様に許可をいただかなくては」
若様って?
外から、扉を叩く音がした。別のメイドさんが、対応する。って、ここ、自分以外に何人いるんだ?
侍女A「女官長様。そちらの女中のお仕えしている若様と護衛がお見舞いにきております」
女官長さんが、自分を見る。
官「どうなさいます?」
あ、あー。治療師さんが居れば、彼に判断を聞いたところなんだけど。まだ、軽い頭痛が収まらない。無理をしたら、後で苦い薬をどっさりと飲まされそう。
でも、久しぶりだしな。
「では、ちょっとだけ」
官「かしこまりました」
部屋に入ってきたのは、金髪美少年と元迷子のお兄さんだった。
「アル殿。久しぶりだ。こんなところで会えるとは、奇遇だな。だが、ベッドに寝かしつけられているなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「お兄さん。いきなりの挨拶ですねぇ」
「ははっ。だが、まだ顔色が悪い。無理はしてくれるな」
「そうします。で?」
隣の美少年に目を向ける。もの言いたげに口は開くが、声が出ていない。顔はあっというまに真っ赤に染まった。
「ミハエル様?」
自分から、声をかけてみる。
「はっ。ひゃいっ!」
ぶっ。舌かんでるし。
「大きくなられましたね」
あの時の、ぽっちゃりお坊ちゃんが、文字通り紅顔の美少年だよ? よく見ればスーさんによく似ている。
官「ローデンの貴族とお聞きしてますが、皆様、アルファ様とお知り合いなのですね?」
なんか、ゴシップネタに食いついたおばちゃんを彷彿とさせる。見えない手が、わきわきと、そう、わきわきと蠢いている、様に見える。
お兄さんが、少年に確認をとった。
「ここでなら、構わないと思うが」
「し、仕方ない、よね」
おもむろに、手袋を外した。その下にあったのは、ローデン王宮発行の、あれだ。
それを見た女官長さんが、息をのむ。
官「失礼いたしました」
ミハエル殿下に向けて、深々と礼をとる。
「あ、いえ。すみません。いまは、王室の者ではなく、見聞を広めるために風来坊しているいいところの子供、ということで」
官「まあ。そういうことですか」
「改めてご挨拶いたします。ローデンのミハエルと言います。王宮や自国では見られない事を知りたくて。留学先からの帰国途中、寄り道させてもらってます。ウォーゼンを始め、供の者には苦労をかけてます」
おおおっ。あのおぼっちゃまが! 勇者ごっこに明け暮れていた、あの、おぼっちゃまが。
お兄さん(兄)「・・・アル殿。なにか言いたそうだな」
ばれたか。でも、武士の情けだ。黙っていてあげよう。
兄「俺の他にも数人の護衛がいる。道中は、なかなかいい訓練が出来ると喜んでいたから、お互い様だ」
まあ、お兄さん。殿下とため口? 自分も、スーさん達とぽんぽんやりあっているから、批難は出来ないけど。それにしても盗賊相手をいい訓練なんて言えるとは。また腕を上げたんだ。
ロ「わたしも、鍛えさせてもらいました!」
兄「ロージーの棒術もなかなかだぞ。剣の持ち込みが出来ないところでも、その棒は許可されていた。おかげで助かった」
おやまあ。思わぬ所でお役立ちだ。
ミハエル殿下「家主と間違えられて、夜分に襲撃された時、ロージーが持ちこたえてくれて。それで、応援も間に合ったんです」
「どこでですか?」
兄「海都の貴族の別荘だ」
どんだけ、あちこちぶらついてきたんだ?
お兄さんが、にやりと笑う。
兄「いろいろとおもしろい話を聞いてきたぞ?」
「その、貴族のお屋敷で?」
兄「なんでも、体質が理由で家から離されていたところを、遠方の客人から解決策のアイデアを貰ったとか。もう少しでめどが立ちそうだと、屋敷中の使用人がうかれてた」
まさかぁ!
ミ「ご当主は、国外の客人をまねいてお話されるのが趣味という方でした」
確定だ。トレビス殿下だ。
侍女B「女官長様? また、お見舞いの方がいらしてます」
官「お通しして」
今度は、フリー?
入ってきたのは、いつものメンバーに団長さんと組合長さん。
モ「あああ。よかったぁ。気がついたのね!」
こらこらこら。ボディプレスはきついって! 安心したのは判ったから、わかったからどいて〜っ。むぎゅぅ。
デ「私達よりも先に見舞いにきてるなんて。どこの誰? アルさんの知り合い?」
ス「え。え?!」
あにおとうと、の、メンチ切り、じゃなくてお見合い、でもないし。
一度深呼吸したミハエル殿下が、
「あにうえ! お久しぶりです。ご健勝のご様子でなによりです!」
大きな声で挨拶した。
デ、ノ、モ「「「おとうとぉ?!」」」
「皆様、始めてお目にかかります。ミハエルと申します。皆様のご活躍は、このコンスカンタ王宮でお聞きしました。僕も、皆様に習って、より一層の精進に勤める所存です。ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますっ!」
あ、あの、ぼっちゃまがっ。こんな、立派な挨拶が出来るようになっているなんてっ。
ス「だから、アル殿。漏れまくってますって」
が、テンパっている元おぼっちゃまには聞こえていなかったようだ。
ミ「ここで、皆様に聞いて欲しい事があります!」
デ「な、なにかな?」
ミ「どうか、証人になってください」
何の? でも、なんか、ろくでもない事のような気がする。
くるりと自分に向き直る。へ?
「あ、あるふぁさまっ。ぼくと、けっこんしてくだしゃい!」
なにぃ〜〜〜〜っ!
ス「ちょっと待て! 求婚するなら私が先だ!」
違うっ。
デ「私も! 私も立候補します!」
それも違う!
モ「そう言えば、私の愚弟もずいぶん前から求婚してたわね?」
今更言うかな?!
ノルジさんとお兄さんは、あんまりといえばあんまりな場面に口も挟めず、ただ、呆然としている。
背後に立つ女官長さん達の目つきが、三日月型になっている。なんか、すっごくおいしそうなご馳走を見つけた狼のような目つきだ。ついでに、よだれ、垂れてますよ?
官「まあまあまあ。皆様。アルファ様は、まだ回復なさっておられませんし。静養させて差し上げたいのですが?」
兄「あ、ああ、そうだな。一度下がった方がよいかと思われるが、どうだろう」
ようやく再起動したお兄さんが、部屋から連れ出してくれた。
だが、去り際に、
「僕は、いつまでもお返事を待ちます!」
捨て台詞を残していきやがった。だれが、とは、あえて言うまい。
なんか、頭痛も吹っ飛んだ。
官「この者達を残しておきます。何なりとお命じください。わたくしは、今夜はこれで失礼いたします」
メイドさん二人が残り、女官長さん達も、速やかに部屋から去っていった。でも、きっとメイドさん達の控え室で、今の出来事がたっぷりの尾鰭付きでこねくり回されるんだろうなぁ。明日が怖い。
「団長さん達は、まだなにかご用ですか?」
まだ、呆然としていた、団長さんに声をかける。
団「あ、ああ。なんだったんだ。今のは?」
「少年の暴走でしょう。放っとけばいいんです」
組「いいのか?」
「もう少し立てば、冷静になるでしょ」
団「そうかな?」
「勢いでプロポーズしたって、ろくな事にはなりません」
なにをとち狂ったんだか、あのおぼっちゃまは。なんだ、全然変わってないじゃないか。
団「そうか。一応、報告させてもらうが、困った事になった」
組「一部の工房から、魔導炉が使えなくなったと報告が入った」
「話って、それですか?」
団「他にも城壁の防御陣や、保管してた未使用の魔石など、あの光の到達した範囲内の魔道具が、ことごとく使用不能になった。我々の記録にない規模だったのでな。こんな事は初めてだ」
「だからって、自分にはそれの復旧のお手伝いはできませんよ?」
組「判ってる。ただ、アレに巻き込まれたアルファ殿の術具もどうなったか、心配になって」
あ、そうか。
「ご配慮、ありがとうございます。明日にでも点検してみます」
団「そうしてくれ」
組「アルファ殿には、面倒事にばかり巻き込んでしまっているようで。申し訳ないっ!」
組合長さんだけでなく、団長さんまで頭を下げた。
「いえ。なんていうか、治療師さん曰く不運というか、ちょっと巡り合わせが悪かった、だけですよ。組合長さんが謝る事じゃありません」
それに、悪い事だけでもない。
団「だがな、そうは言っても・・・」
それなら。
「一つ、おねだりしてもよろしいでしょうか?」
団「出来る事なら」
組「なんだ?」
「あの光に巻き込まれて生還した人の証言集、みたいなものはありませんか?」
二人して、考え込んだ。
団「あの野郎のところには、有るかもしれない」
組「俺は、治療師連中を当たってみよう。だが、なんでそんなものを見たがるんだ?」
「一瞬なんですが、声が聞こえたんです」
団「私が、逃げろ! 叫んだやつか?」
「違うんです。耳じゃなくて胸に響いたっていうか」
組「・・・初耳だ」
団「アルファ殿が気になるって言うんだ。とにかく、探してくる。だが、見つからなかったときは諦めてくれ」
「もちろんです」
組「これ以上居ると、あそこの嬢ちゃん達に怒られそうだ。俺達も引き上げよう」
団「本当に、済まなかった。ゆっくり休んでくれ」
「お見舞い、ありがとうございました」
二人も、部屋からいなくなった。
侍女C「さあ、お客様もいなくなりましたし。お休みくださいませ」
「あの、付き添いはいなくても休めますけど」
「「女官長様のご命令ですから」」
一晩中、様子を見ててくれるって? そこまでしなくても。でも、引いてくれそうにはない。
こっそり、ヘビ酒を引っ掛けようと思ってたのに。しょうがない。とにかく、寝よう。
ようやく、最終章まで来ました。よろしくお願いします。




