逆襲の鐘は鳴る
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王宮の門も閉じられていた。城壁の上には、兵士が右往左往している。その足元は、・・・誰もいない。
「(盗賊達も、城壁からの矢を警戒しているんだろう)」
ノルジさんが、教えてくれる。
「(中の人と、連絡を取れればいいんですけど。小門が開いたりすれば、盗賊の見張りに見つかっちゃいますよね)」
ス「(そうだね)」
それなら、離れててもお話しできる道具を使おう。ウサギ皮の小袋に、新しい『拡声』のマイク、スピーカーセットを入れる。でも、これだけじゃただの怪しい術具だ。
トレント紙を取り出し、自分と同行者の紹介と、コンスカンタに来た理由、そして、出来れば現状を教えてもらいたい、と手紙を書いた。ロロさんから預かった指輪も入れておく。王宮の偉い人なら、判ってくれる、と思いたい。
城壁周辺をまわって、盗賊の見張りがいない場所を探す。ラッキー。一人居眠りこいているのがいた。
城内の池とか井戸とかに落ちませんようにっ!
城門近くを狙って投げた。小袋は、城壁の向こうに飛んでいく。自分は、投げた場所からすぐさま移動する。しばらくして、片割れの術弾から声が聞こえてきた。第一段階、成功。
「おい。何だこれ」
「さっきまでなかったよな?」
「手紙が入っている? って本物? っわ、た、隊長!」
いろいろな人から人へ渡されていく。どうやら、不審物だ! 捨てろ! にはならずに済んだようだ。
「お、おほん! き、聞こえてますか?」
渋いお声だ。誰だろ。でも、これで第二段階もクリアした。
「初めまして。ぶしつけな訪問にも関わらず、お声を掛けて頂き、ありがとうございます。自分は、猟師のアルファと言います。手紙は読んで頂けましたでしょうか?」
「失礼しました。こちらこそ、初めまして。コンスカンタ宰相のカラキウムと申します。ところで、わたし、いえ私たちが王宮の者であると信じていらっしゃるのですか?」
「済みません。手紙を投げ入れた時から、ずーっと音を聞いていました。兵士さんの会話とか、侍従さん達の足音とか」
「そうでしたか! 私は、宮廷魔術師団長のレンキニアです。なんといいますか、ずいぶんと変わった魔術をお使いのようで」
「今はそれどころじゃないだろうが! 騎士団長のセレナストルという。あんたこそ、本物か?」
玩具を見つけた子供みたいに弾んだ男性の声を、張りのある女性の声が遮った。
「何を持って「本物」というのか判りませんが。同封していた指輪では足りませんか?」
「アル殿! もしかして、あの指輪、投げ入れちゃったんですか!」
スーさんの非難が炸裂した。大声は控えてって、言ったのに。まあ、『隠鬼』は、音も外に漏らさないからいいんだけど。
「「「へ?」」」
王宮側からは、間の抜けた声がした。
「ああ、同行者は西側の街門の外で待たせています。皆さんと同じように、術具を介して話をしてます。自分は今、城門脇の樹の影にいますけど」
ス「って、アル殿! そうじゃなくて!」
「だって、他に適当な物がなかったから」
ス「あれはっ! 王族しか持たない物だってローデンを出る時に教えたじゃないですか!」
「スーさん。指輪は、あとで返してもらえばいいでしょ? それより、宰相さん。街門の兵士さんの面接も受けずに街に入った事をお許しください。終身刑とか手首を切られるのは勘弁して欲しいんですが」
「・・・本当に、ローデンとガーブリアの王太子が来ているのか?」
騎士団長さんの声から力が抜けている。
「やって来たというよりは、付いて来た、なんですけどね」
ス「あああアル殿が偽物を滅殺するのを放置しておけますか!」
「違います。しばき倒すんです」
デ、ノ、ス「「「どこが違う!」」」
ディさん達の突っ込みが入った。
モ「ねえ。街の人はお城にいるの?」
相変わらず、唐突な人だ。
「あの。今の女性は?」
宰相さんから質問が入る。
「手紙には書きませんでしたね。レモリアーナさん。竜の里から来た人です。成り行きでくっ付いてきました」
モ「ぶぅ」
「竜の里って、竜?!」
魔術師団長さんの声がひっくり返った。背後からも、ざわめきが聞こえる。
「それも後で直接会った時に。それで、モリィさん。なんで避難状況が知りたいんですか?」
モ「私が、お城の外にいる盗賊をやっつけてあげる」
「さっきも言いましたが、却下です。見届けるだけ、でしょ?」
モ「だってぇ。早くアルさんの料理が食べたいんだもの」
「まだ、黒賢者が見つかってません。終わるまではお預けです」
モ「だから、私がぷちっと」
こーのーひーとーわーっ! 「待て!」も出来ないの? それとも、ドラゴンだから? 食欲大王様だからなの?
「勝手をするなら、金輪際、モリィさんへの料理は無しです」
モ「ゴメンナサイもう言いません!」
騎士団長(団)「・・・なあ」
疲れた声が聞こえる。
「どうぞ、アルファ、と呼んでください。騎士団長さん、なんでしょうか」
団「あ、いや、いい。後で聞かせてくれ」
はて。何を?
「こちらからも、質問してもよろしいでしょうか」
宰相「なにか?」
「マデイラからのハンターさんは、そちらに居ますか?」
「っ!」
騎士団長さんの声が詰まった。
宰相「彼は、意識不明の重体です」
それから、宰相さん達の説明があった。
およそ一ヶ月半前、ケチラ側の街門から少年少女の三人連れが入国した。あちこちの武器工房で、散々ケチをつけては店を荒らしていく。余りの横暴ぶりに兵士が取り押さえようとしたところ、全員を返り討ちにした。街中で兵士に抵抗すれば、当然、捕縛対象となる。しかし、赤髪の少年は、騎士団員ばかりか腕利きハンターも叩きのめしてしまう。そして、黒髪の少女は、大火力の魔術で包囲陣を壊滅させた。蒼い髪の少年の振う剣は、少女に兵士を近づけさせない。
三人組は、怪我人を量産し、街を出ていった。
それから三日後、今度は盗賊達を引き連れて戻ってきた。
騎士団もギルドのハンターも、前回の騒動で受けた傷が完治していない。街門を閉鎖しようとしたが、黒髪の少女の魔術攻撃を受けて閉門が間に合わなかった。
かろうじて動ける者達で、街門を守り時間稼ぎをする。その間に、住民や滞在中の商人達を王宮に避難させた。
「東側の街門前や、ギルドハウス前のあれは・・・」
「そうです。彼らは、生きて戻ってきてはくれませんでした・・・」
「ただ、その時に盗賊達にも死者が出ました。戦闘が終わった翌日、それに不満をもらした一味を連れて、西門を出て行った後、雷が何本も落ちたような音がしました。戻ってきた時には、盗賊達は少年達に逆らう様子はありませんでした」
「まだ、その時には、街壁の上からこっそり様子を探れていたんだ。門は夜間も開けっ放しでな。
ただ、十日後に、そのハンターがやってきて、門を突破したはいいんだが、重傷を負ってしまって。街壁の上から援護の為に矢を射って、回復した騎士団員も繰り出して、彼を王宮に保護する事には成功した。だが、それから街壁の上にも無差別に魔術を放ってくるようになったので、探索の者を出せなくなってしまった。
あいつらが街門を閉じたのはその後だよ。理由は知らん」
ふぅむ。動機がさっぱり判らん。やっぱり、当人から訊くしかない。
デ「・・・あの、アルさん? 物騒な事、考えてませんか?」
「ディさん、失礼な。事態の解決策を模索していたんです」
ノ「それの、どこが物騒でないと?」
「見物人は黙っててください」
デ「黙ってられないよ!」
ス「無茶わいけません無茶わ!」
ノ「ローデンのギルドマスターからも散々頼まれてるんだから!」
宰相「・・・すまないが、あー、アルファ殿。事態の解決、とはどういう事ですかな?」
「宰相さん。コンスカンタの住人の皆さんは、街から盗賊を排除したい。自分は、彼らとつるんでいると思われる黒賢者の一味をとっちめたい。協力できると思いませんか?」
団「ああ。だが、我々ではあの三人組には歯が立たない事は証明済みだ。これ以上の街の破壊も避けたい」
「う〜ん、三人組が居なければ、あなた方の戦力で、街中の盗賊の無力化は可能ですか?」
団「それも難しい。まだ、団員もハンターも全員が回復したわけではないからな」
ス「だから、物騒な手段は駄目ですって!」
「物騒なんかじゃないですよ。ただ、ちょーっと派手にはなるかもしれませんが」
デ、ノ、ス「「「どこが違う!?」」」
「騎士団長さん。街に入り込んだ盗賊の人数は判りますか?」
団「すまない。五十はくだらないと思うが」
「王宮から、街中に探索に出ている人は?」
宰相「いえ、おりません」
つまり、今、街中をうろついている奴らは、〆ても問題無しどころか、拘束推奨ってことだ。うふっ。
「あ、城壁前に人が来ました。黒髪の女の子〜、っへえ、彼女かな? うわさの黒賢者は」
ス「アルファ殿! 駄目ですからね。駄目ったら駄目」
「何もしませんよ。今わ」
「「「「「・・・」」」」」
むさ苦しい男達と蒼い髪の少年を従えて、城門前までやってきた。確かに、彼女の髪は黒い。でも、自分のとは違って、どちらかと言えば焦げ茶色? しかも、スタイルはなかなかにメリハリが利いている。でもって、装飾過多な杖を握っていたりする。
「ちょっと! いつまで黙りを続けてるのよ! ホムラ君、いえ、陛下にかないっこないって判ってるんでしょ!? いい加減、王宮を明け渡しなさいよ!」
いきなり、杖を振り抜く。人の背丈ほどもある火球が現れ、城門にぶち当たった。
ふー、城門は無傷だ。
今度は、これまた人の背丈ほどの風の刃が、次々に繰り出される。城壁も城門も傷一つ付いていない。
「なんで、こんな無駄に頑丈なのよ。往生際が悪すぎるわ! 言っておくけど、あたしの魔術はまだこんなものじゃないんだからね。陛下のお城を壊したくないだけなんだから!」
捨て台詞を残して、引き返していく。少し離れたところから、追っていく事にした。
「ずいぶんな宣言をしてますねぇ」
団「盗賊を引き連れてきた時には、あんな状態だった」
力一杯苦虫をかみつぶしたような顔をしているのが、声だけでも判る。
「外から見てましたけど、城門も城壁も無傷でした」
魔術師団長(術)「いやぁ。頑張りましたっ。アルファ砦の仕組みを参考に、改良に改良を重ねて、城門にはロックアントの薄板を貼付ける事で、閉門時の強化を」
団「レンキニア! 今はそれどころじゃないって言ってるだろうが!」
「騎士団長さん、でも、その工夫のおかげで、まだ王宮が無事なんですから」
術「さすが! 判っていらっしゃる! 本物、本物ですよ。賢者殿です! いやぁ、皆、予算の無駄遣いだとか無用の長物とか愚痴しか言ってくれなくって」
ルプリさんの類友だ。
っと、例のご一行様は、ギルドハウスに入っていった。ふむ。閉じ込めちゃえ。
「彼らは、ギルドハウスに入っていきました。とりあえず、そこから出られないようにしておきます」
団「・・・どうやって?」
「結界で」
術「っ! 素晴らしい! 是非とも、詳しいお話を!」
「まあ、それは後にしましょう。あとは、街中に散っている有象無象をふん縛れば。って、ちょっと小細工しましょうか」
団「有象無象って・・・。それなりの人数が残っているはずだぞ?」
宰相「それに、そろそろ、暗くなります。貴殿が危険なのでは」
デ、ノ、ス「「「ないないない」」」
あ〜そう。信頼されていると喜ぶべきか、薄情者と非難するべきか?
モ「ねえ。私に手伝える事は?」
「大人しく、野営の準備でもしていてください。準備ができたら、連絡します。明日の夜明け前には間に合わせます。ああ、そうだ。ディさん、『拡声』は繋ぎっぱなしにしておくので、今のうちにお仕事しててください」
デ「仕事って、こんな状態で?!」
なかば呆れたような、悲鳴のような声を出す。ナニしにきたのか忘れたの?
宰相「あ〜、その。バラディ殿下。お仕事とは、なんでしょうか?」
まあ、普通は、王太子殿下直々に営業活動なんてしないもんね。
自分は便利ポーチから蟻板を取り出して、手早く加工していく。これがあれば、剣技を使えない人でも、盗賊を取り押さえる手伝いが出来る。とにかく、人数には人数で対抗しないと。
結局、宰相さんとディさん達の会話を聞きながら作業する事になった。例のガーブリアの復旧工事のこととか、コンスカンタの街の由来とか、魔道具の開発が盛んだとか、商工会とは別に職人組合もあるとか、まあ、いろいろ。
ありったけの蟻板を使った小道具を、特製収納カードにしまう。もうじき夜明けだ。
さて、
「えーと、宰相さんか、騎士団長さんは起きていらっしゃいますか?」
団「起きている。というより、寝ていられるか! 小細工とやらはどうした?」
宰相「団長。そう、けんか腰になるのはよろしくありませんぞ」
団「でかい口をきいたんだ。それなりの物を見せてもらわないと、納得できない」
「納得するかどうかは置いといて。また、城門内にちょっとした物を投げ込みます。そちらの準備ができたら、自分も仕掛けます」
そう言って、特製収納カードと解除キーワードのメモ、収納カードの解除方法とその中身の使い方を書いた手紙、重し代わりの水晶を入れた皮の小袋を投げ込んだ。
城内で動きが広がる前に、見張り役の盗賊をロストリスで眠らせていく。交代の盗賊は、まだ来ませんように。
術「すっ、すばらしいぃ〜〜〜!」
バクン!
団「失礼した」
殴り倒したよね? いいのかなぁ。
「・・・今、見張り役の盗賊を眠らせました。城の外に出るなら、交代役が来る前に」
団「了解した! 動ける者を編成中だ。しかし、これはいいな」
「森では使えませんが、盗賊退治ぐらいには使えるかなーと」
団「いや、十分だ。納得したよ。さすが、森の賢者殿。先ほどは失礼した」
「では、小細工を始めます」
デ「アルさんっ。小細工って」
「だいじょーぶ。死人は出ません♪」
思いっきり、引っぱりました。次号を、お楽しみに。・・・なるかなぁ?




