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回避不能な

525


 河原の砂は、今朝の雨で程よく締まっている。蹄をとられる事無く、走っていられるようだ。


「地面の状態で、こんなに乗り心地が違うなんて知らなかった」


 ノルジさんが、妙な感想を漏らす。


「いやぁ、昨日までと違ってゆっくりだからじゃないのか?」


 ディさんが、反論。


「両方でしょう」


 と、スーさん。


「どちらでもいいわ! 気持ちいいわね!」


 モリィさん。結局、それですか。


 河原は水につかる事なく、川の下流へと続いている。


「ところで、どうやって橋に上がるんですか?」


 とうとう、ノルジさんが疑問を口にした。


 そう。進むにつれて、左岸の土手がどんどん高くなっていたのだ。斜面、というよりは、崖っぽくなっていて、土がむき出しになっている。


「情報通りなら、ちゃんと土手に上がれるはずなんですが」


 荷物の整理や、スーさんを預かる手前、王宮で打ち合わせをしていた事もあって、ノルジさんは地図を見ていない。スーさん、ディさんも、以下同文。モリィさんは、そもそも地図の読み方を知らない。


「いざとなったら、私が持ち上げてあげる」


「却下!」


 だから、本体をさらすなと言っているのに。


「でも、これ以上、アルさんの変な術を見たら、常識に戻れなくなりそう」


 ・・・ドラゴンに常識を諭されてしまった。


 振り向けば、残り三人も大きく頷いて同意している。泣くぞ?


 しばらく、進んでいった先に人の気配がする。大勢。何事? 速度を緩めて、さらに進む。


「・・・何あれ」


 なんというか、キャンプ村?


 夏の有名キャンプ地で、週末に、人々が詰めかけて一斉に大小のテントを張っていた風景そのものだ。もっとも、テントの布地の色は、あちらのカラフルなものと違って、茶色の濃淡だけだったけど。でもって、ワゴンカーの代わりに馬車がゴロゴロと並び、馬達がつながれている。


 土手よりに、街道もどきが出来上がっていた。全員、従魔から降りて歩く。

 途中、巡回しているらしき兵士さん達がいたので、声をかけた。


「おはようございます。朝から、ご苦労様です」


「おや、おはようございます。昨晩は、ここで見かけなかった方達ですな。何か、ご用ですか?」


「なんで、こんなに人が居るんですか?」


「え? ご存じない?」


 近くにいた商人さんも混ざって、状況を説明してくれた。


「ユアラにもコンスカンタにも行けない?」


 ユアラ方面は、自分が懸念した通り、なぜか盗賊が大量発生していて、安全の確保が難しい状況。

 そして、コンスカンタは、落石だか崩落だかがおきたため、街道そのものが通れなくなっている。

 どちらも、いつ通れるようになるか見通しが立たず、商人さん達は、滞在費を圧縮するため野営している。


「我々にも詳しい話が伝わってこなくて、困っているところであります」


 話している途中で、自分の付けている指輪に気がつかれてしまい、兵士さん達の口調ががらっと変わってしまった。それと引き換えに、知っている限りの情報をべらべらと教えてくれた。うーん、便利なんだかなんなんだか。


「なお、もうじき、交易船が入ります。ケセルデ方面の急ぎの荷は、そちらに振り分けると、聞いております。また、コンスカンタ方面に向かわせた団員をユアラ側に回せば、盗賊討伐は速やかに完了できるだろうと、巡回班長の一人がこぼしておりました」


 おおう、緊急対策まで教えてくれた。


「お話、ありがとうございました。とにかく、マデイラに入って、もう少し情報を聞いてみます」


「賢者様ならば、必ず朗報を聞かせて頂けると信じております!」


 なんじゃそりゃ。朗報って。


「あ〜、解決できる保証はないんですよ?」


「大丈夫です! 賢者殿ですから!」

「「よろしくお願いいたします!」」


 お願いされた上、深々と礼をして送り出してくれた。ついでに、土手に上がる通路の場所も教えてもらった。


 もう、大橋は見えている。砂州に何本もの太い橋脚をもうけた石橋だ。


 土手に上がる通路を通って、さらに橋に接近する。


 混乱を避けるため、橋から離れたところに野営地を設けたそうだ。まとまっていれば、巡回班の目も届きやすく、いざという時の連絡伝達もやりやすい。


「何が起きているんでしょうか」


 スーさんが心細そうに訊いてきた。そんな、自分にも判るわけないでしょ。


「えーと、モリィさん? 本当にどうしようもなくなった時は、スーさん連れてローデンに戻ってもらえませんか?」


「なんで、スーさんだけなの?」


「自分やディさん達には従魔が居るので、もうしばらくは行動できますが、そのとき、スーさんを庇える保障が出来ません」


 悔しそうにうつむくスーさん。でも、事実だから仕方がない。


「今すぐじゃないです。とにかく、街に入りましょう」



 この大橋は、先人達が別大陸から移住してきたばかりの時に建設したものだそうだ。橋の下流側に堰が設けてあり、海から潮が上がってくるのを防いでいる。さらに、橋脚周辺の川底には、巨石が敷き詰められている。それらは、古代魔術で強化されていて、橋上面の敷石以外は作られた当時のまま、だとか。

 堰のすぐ脇が、交易船も着岸できる立派な波止場になっている。大橋、街壁とセットで建設されたもので、これまた強化済み。・・・川底の浚渫とか、どうやってるんだろう。


「すごい技術をもっていたんですねぇ」

「うーん、再現できないのかな」

「コンスカンタの職人に訊いてみよう」


 そうか。ガーブリアの溶岩で埋まった川は、別のところに流れを作った。それを渡る新しい橋のことか。そうだよね、どうせ作るなら長持ちしてくれないと。


 そんな話をしながら、マデイラの街門に到着した。全員が、身分証の提示だけですんなり通された。


 だけじゃない。


 街門につめていた控えの兵士さん達に押し包まれたまま、王宮に連れ込まれた。



「こ、こ、このような時節に、かの賢者殿のご来訪とは! 天の采配に感謝いたします!」


 王様と宰相さんと騎士団長と・・・えーと、偉いさん達が勢揃いしたところに、案内されていた。

 自己紹介もそこそこに、王様に両手をつかまれて押し頂かれている。お願いだから、やめてー!


「お、お役に立てるかどうか、判りませんよ?」


 そーっと、手を抜こうとしたら、逆にぎゅーっと握られてしまった。


「そんな、ご謙遜を」


「いえ、謙遜とかそう言うのじゃなくて。野営地を巡回している方から少しはお話を聞きましたけど、状況がさっぱり判らないのでは」


「これは失礼をいたしました。すぐさま説明いたします」


 しまった! さっきの台詞では、説明を聞いたら自動的に引き受ける事になっちゃう。


 あわてて、左右を見て、助けを求める。が、


「そうですとも。賢者殿にかかればすぐに解決できますとも!」


 スーさん! いじめ? いじめでしょ!


「ガーブリアの危機をいとも容易く救ってくださいましたし」

「大船に乗ったようなものです!」


 あああ、ディさん、ノルジさんに突き離された。


「ねえ。私、なにか手伝える?」


「やめてください! モリィさんの手出しは無用!」


 今のうちに、釘を刺しておく。勝手をされたら、ますます状況が混乱する。そうにちがいない。


 身内漫才をやっている間に、席に着かされ、説明を聞かされた。もう、逃げられない。


 ユアラ方面は、兵士さんに聞いた事と大差はなかった。


 コンスカンタ間の街道封鎖、というより、


「落石?」


「原因は不明です。とにかく、およそ、一月前、大量の岩が、かなりの距離を埋め尽くしてしまいました。コンスカンタ側からも排除作業が行われているはずですが、それを計算に入れても三月はかかるだろうと見込まれています。それで、コンスカンタの状況も把握するため、ハンターを派遣しましたが、まだ帰還していません」


 周囲の山は、足場が悪すぎて、並のハンターでは越えられないところ、なのだそうだ。ちなみに、隊商が通れるような迂回路の敷設も難しい。


「落石の場所は?」


「この付近です」


 地図上の一点を示された。コンスカンタにほど近い切り通しの谷だ。両脇は、例の先人達が強化した切り立った岩壁となっていて、迂回路を造るよりは岩を除去する方が楽、だとか。そんな場所で、落石?


「不自然ですねぇ」


「崖の上が崩れた形跡もありませんでした」


 騎士団長さん自ら現場の確認に行ったらしい。


「しかも、どの岩も相当な大きさがありました」


「・・・ええと、どれくらい?」


「四メルテ前後、ありました」


「「「ありえない!」」」

「そのような事、先だっての報告では申してなかったではないか!」


 王様ほか、マデイラの面々が悲鳴を上げる。


「・・・私も、自分の目で確かめるまでは信じておらなかったのです・・・」


 部下の報告が突拍子もなさ過ぎて、それで、結局自分で見に行った、と。


 ディさんが、モリィさんの袖を引く。


「あの、レモリアーナ殿? 大変失礼な事をお聞きしますが、里の方のいたずら、とか、は考えられませんか?」


「竜の里の者ではないわ。一ヶ月前に里を出たひとは、居ないもの。それに、アルさんのうわさを聞いてきたのは、里の結界付近で、・・・私なんだもの」


 ああ、不用意にうわさ話を聞かせてジルさんが飛び出していったから、それに責任を感じていたのか。律儀だなぁ。やることなすこと、騒動になってしまってはいるが。


「竜が人に悪戯するにしても、場所もやり方もおかしいですし」


「あ、アルさん。ありがとう」


「どういたしまして。ええと、ディさん、スーさん、決めちゃっていいですか?」


 一応は確認をとる。白紙委任をくれ、と言ったわけだ。下手に、自分が方針を知らせた後、彼らに不都合がないとも限らないけど。彼らは、自分に付いてくる、と言っていた。マデイラの王様以下、自分と交渉している。自分が、返事をしなくてはいけない。


「ええと、一蓮托生?」

「毒を食らわば、皿まで?」


 ・・・なんか、悲惨な結果になりそうな言い方ですねぇ。ぷん。


「では。陛下。落石は、自分がなんとかしてみましょう。今まで落石除去に当たっていた方達は、盗賊退治の方にかかってもらえばいいと思いますが、どうでしょう?」


「「「「ありがたい!」」」」


 すぐさま、落石現場の作業員に街に撤収するよう、伝令が派遣された。盗賊退治も、放置できるものじゃない。速急に人員を確保するためだ。


 自分達は、なんだかんだで王宮で一泊する事になった。

 一度、厩にいって、待っているトリさん達に状況を説明する。だって、話しかければちゃんと答えてくれる。仲間はずれには出来ない。四頭は、黙って頷いてくれた。

 すまないねぇ。自分の妙な他称が暴走している所為で、巻き込んでしまって。


「妙な他称とはなんですか? 賢者殿はりっぱに賢者殿です」


「スーさん! それ、説明になってません。それに、自分はその呼ばれ方を認めた覚えはありません!」


「「「いまさら」」」


 全否定された。いじめだぁ。


 ちょっと遅い昼食をいただいた。


「うーん」


「モリィさん、どうかしましたか?」


「やっぱり、アルさんの料理が食べたい」


「子供ですか!」


「こどもだもーん!」


 むっちりぱっつんなナニの持ち主が子供であるものか! 認めない、断じて認めないから!


「あの、お口に合いませんでしたでしょうか」


 給仕に当たっていたメイドさんが、不安げに聞いてくる。


「ほら。作ってくださった方に失礼ですよ」


「これはこれ。あれはあれ」


 見れば、ディさん達も変な顔をしている。


「なんでだろう。量? ちがうよね。なんだろう?」

「味付け、でもなさそうだし」


「どうしたんですか?」


「いや、あの、レモリアーナさんの意見に、その」


 そこまで癖になる料理かねぇ。


 食堂に料理長さんが駆け込んできた。


「何か、粗相があったようで申し訳ありません!」


「いえ。そうじゃなくて! なんでか、自分の料理も食べたいとだだをこねているだけですから、お気になさらず」


 そういって、謝った。のに、


「ええと、賢者様? 料理、もなさるので?」


「アルさんの料理、すっごくおいしいの!」


 モリィさん! 黙ってて!


 なのになのに、料理長さんがもみ手で哀願してきた。


「あのう、このようなお願いをするのは大変恐縮というかずうずうしいとは思うのですが、その、ご指導、いただけませんか?」


 ・・・なんでこうなる!

 マデイラは、さくっと通過するはずだったのですが、食欲大王様がアドリブをかましてくれました。話が進まなーい!

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