前夜祭
519
トリーロさんとルテリアさんが二人して盛り上がってしまったので、自分はまたも一人寂しく執務室を後にする。
受付のお姉さん達から声をかけられた。
「先ほどのお客様は?」
「トリーロさんに預けてきました。適当な頃合いで、[森の子馬亭]に案内してもらえませんか?」
「了解です」
「それにしても、昼過ぎにこられた方といい、スタイルがよろしい方ばかりで」
ルテリアさんは、天然百パーセント。モリィさんも、なちゅらる盛り。お姉さん達は、すっきり美人。うっく。泣けてきた。
「どういう人が好みなんだろう」
「俺?」
「いや、俺だ!」
後ろの男達が喧しい。
「さっきの彼女は、旦那持ちですよ? 帝都ギルドマスター」
「「「えええええ!」」」
存分に驚け。自分も驚いたんだ。
「やっぱり、地位とか?」
「それなりに稼いでいる自信はあるのに、なんで俺モテないんだ!」
身だしなみでしょ。街中に居る時くらい、着た切り雀はやめとけ。
お姉さん達は苦笑している。
「明日、ご出発なさるんですよね」
「はい。いやもう、皆さんにはご迷惑をおかけしました」
「「「そんなことはありません!」」」
「もっと、自信持ってください!」
「出来る事なら、私が鉄槌を下してやりたかったです!」
おいおい。物騒な。
「・・・皆さんのお気持ちも上乗せして締めてきます」
「「お気を付けて、行ってらっしゃいまし!」」
・・・宿屋の女将の挨拶じゃないんだから。
修練場では、モリィさんとムラクモがバトっていた。
「こう? これならどう?」
ぱこっぱこっぱこっ
「あ〜ん。もう少し早くしてくれてもいいじゃない!」
ぱっこぱっこぱっこ
「ガレンさん、どうですか?」
「うおぅ。アル坊か。やっぱ、竜人てのは人とは違うんだな〜。覚え方の早い事!」
最初は、ガレンさんが手綱を引いて歩いていた。今は、モリィさんが手綱を握って、並み足の練習中のようだ。
どう見ても、ムラクモに「乗せてもらっている」状態ではあるが、とにかく、鞍から落ちない事が肝心なのだ。いざとなれば、鞍にしがみついてもらう。
いや、自分だって、まだ半年程度の経験しかないけどさ。正直に言おう。乗せてもらってます。ムラクモ、ありがとう。
「どうだ? 連れて行けそうか?」
「やけに親身じゃないですか」
「あれだけ楽しそうにやってるのを見てれば、な」
正体はともかく、見た目が自分の娘くらいの歳なので、微笑ましく思っているらしい。どうりで、ほかのおじさん達と視線が違う訳だ。
「じゃ、最後。ムラクモ、ダッシュ三周!」
「体、前に倒して! 重心は馬体に合わせろ!」
「え、あ。あきゃぁぁ」
この調子なら、スーバーダッシュも耐えられそうだ。
「・・・まだ早いのか、あいつ?」
「自分でも振り落とされかねませんでした。そうだ、ガレンさんも乗ってみます? 今なら、ムラクモの機嫌も良さそうだし」
「いいいいいい、遠慮する。俺ぁ無理!」
三周終わって、自分の前に戻ってきた。
「あ、アルさん。酷いじゃないの。いきなり」
「でも、明日から、ずーーーーっとあの早さで移動しますよ?」
「え?」
「耐えられそうにないですか? そうですか。なら、留守番・・・」
「付いてく。付いていくってば! かっこいい馬のお兄さん! よろしくお願いします!」
ふむ、よきにはからえ
ってな顔してるよ。ムラクモッ、相手はドラゴンだよ? 正体、表されたら、プチ、だよ? 慌てて、たしなめようとした。
「いいのよ。今、助けてもらってるのは確かなんだもの。あの子が、お兄様って呼ぶのも判るわ」
馬の王子様? 竜の好みもよくわかんないなぁ。
「ガレンさん。報酬はこれで」
秘蔵の蜂蜜酒だ。
「おほう! 儲けた!」
「ありがとうございました。それでは」
「おう。気を付けてな!」
修練場の脇で、ムラクモの手入れをする。モリィさんも手伝ってくれた。あー、ブラッシングしてもらって気持ち良さそう。仲良くなれたようで、善きかな。
馬具を影にしまおうとするのは、やめさせた。他のハンターがまわりにいたから。これ以上目立ってくれるなと、なだめすかす。という訳で、自分が預かった。ヴァンさんに見つからないうちに隠しちゃえ。
ちなみに、修練場の従魔達は、今日はとても大人しかった。
修練場に着くなりツキが合流して、またも井戸端会議のようなものを行っていた。これから、ムラクモが走り回ると知らせにいったのかな? 直後から、邪魔にならないよう、隅に整列してお座りしていた。山東烏はオボロの頭に止まったまま。・・・最後まで。
じっとしているのも、大変だっただろうに。
見張りのガーブリアのハンターさん達に断りを入れて、声を掛けた。
「練習の邪魔をしないでくれて、ありがとう」
お礼代わりに、おにぎりを差し出した。なんと、一頭ずつ順番に並んでもらっていく。最後の山東烏は、お盆に残った粒まで拾っていった。
「・・・なにか、訓練でもしたんですか?」
「いや?」
「本当、どうしたんだろう。これで、餌付けされちゃった?」
「うまいよな。これ」
「ああ、そうだ。俺達も礼を言わなくちゃ」
「いえ、どういたしまして」
まあ、お行儀がいいのはよい事だ。
相棒達を連れて、修練場を後にした。
宿で最後の準備を、と思っていたが。その前に。
「いやぁ。頑張りました!」
料理長さん以下、揃って、いい顔をして待っていた。白い歯がキラリとまぶしい。
「ぅあの〜、これ」
「はい! 今回は、急ぎ旅ですよね。尚更、ちゃんと食べるように、と、女将から指示があったので!」
厨房では、かまどに掛けられた大鍋がどどどんと並んで、たっぷりと湯気を上げている。配膳台だけでは収まりきらず、食堂のテーブルにまで料理を盛った皿が並べられている。いすの上には、焼きたてホカホカのパンが籠に盛られて鎮座していた。
昼食休んで何をしていたのか、ようやく判った。モリィさんの食欲を計算に入れていたとしても、どうみても多すぎる。
「さ! 少々冷めたものもありますが、全部持っていってもらいます」
鼻息も荒く、テーブルを指し示す料理長さん。
「あのー」
「さっさと仕舞ってください。夕食が作れません」
にっこにこな笑顔で脅迫してきた。
「・・・」
またも敗北。以前使った飯盒や蓋付きカップなどを取り出す。と、手際よく料理を移し替えていく従業員さん達。便利ポーチから出したそばから容器を搔っ攫っていく始末。彼らのおかげで、一面の皿は、一面の収納容器に置き換わった。
「さ。どうぞ!」
これらを片付けなければ、テーブルは空かない。晩ご飯も食べられない。やむなく、便利ポーチに仕舞っていく。
「・・・御馳走になります」
料金を払おうとしたけど、今回も拒否された。
「でもでも、アンゼリカさんの準備もあるし。物入りでしょう?」
「娘の旅支度ぐらい、整えてやれなくてどうします!」
は?
「女将の娘なら、我々の娘も同然!」
ミョーなテンションは、こんなところにまで伝染していた・・・。アンゼリカ菌、恐るべし。
モリィさんは、夕食まで休憩すると言って部屋に戻っている。相変わらず、ぼん、びん、と調子はずれの竪琴の音もする。
あ、止まった。
自分も、夕食まで部屋にいることにした。
商工会から頼まれていた、そろばんの教本もどきを作る。基本の玉の読み方と、足し算、引き算の時の玉の動かし方。練習用の計算式。今日の朝食前に書いておいたものに、書き足していく。
これ、アンゼリカさんに渡して、彼女から商工会に貸し出す事にしてもらおう。今から同じ物を書き写すには、ちょっと時間が足りない。
手紙を書いておいた。多分、明日の朝は、いちいち伝言などしている暇はないだろうから。でもって、料理代と手間賃をいれた革袋も添えていこう。
いつもよりもやや遅れて、食事の用意ができたと知らせにきた。それでも、あれだけの鍋や皿を洗って片付けて、この短時間で一から料理を作ってしまうのだから、プロは凄い。
食堂に行ってみれば、
「・・・何事?」
そこは、大宴会場だった。
「あ、賢者殿〜。お先に頂いてます〜」
真っ先に、フェライオス殿下が出来上がっていた。
「おう! 俺たちの分までぶちかましてきてくれ!」
「頼んだぜ、アル坊!」
「うあははははは!」
ローデン・ハンター、ご一行。
「アンゼリカ様のご懸案については、我々が全力でサポートします!」
「うちのスタッフも同行させますし」
「徹底的にしぼりだしてやりますから!」
商工会一同。
「俺たちにも、任せろーっ」
「「「おおっ!」」」
ガーブリア組の面々。
「みどりちゃんっ、さいっこー!」
「「おおっ!」」
「トリさんっ、さいきょーっ!」
「「「おおおおっ!」」」
ノルジさんとディさんのかけ声に、さらに盛り上がる。
「やっぱりアルファさん! 僕とけっ、ごふっ」
今の一発で、ジルさんは両目パンダになってしまった。取り落とした竪琴を拾う。
「愚弟。その模様、よく似合ってるわ」
ジルさんは、なぜかワンピースを着せられている。中性的な顔立ちなので、黙って立っていれば長身の美少女、と言えなくもない。もっとも、ユニークな顔面模様が、すべてを台無しにしているが。
あのドレスを着込んでいたモリィさんが、残念ジルさんを見て、おほほと笑う。だが、酔っ払いどもには、もはや服装はどうでもいいらしい。
「竜の姐さんに、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「これ? お酒っていうのよね。ん、美味しいかも!」
あわてて釘を刺す。
「飲み過ぎると気持ち悪くなります。明日、ムラクモに乗るどころじゃなくなりますよ!」
「わっ。それは困るわ」
「帰ってから、一段落してからにしましょう」
酔っぱらったドラゴンなど、誰が面倒を見たいものか。
舌打ちした人の足を、さりげなく踏んでおく。もっとも、気が付いてもいない。おーい、痛覚までぼけるほど飲むんじゃない。
急いで、自分の料理を取り分ける。うん、美味しい。やっぱり、プロの料理人は、すごいな。
モリィさんをたしなめた手前、自分もガバガバ飲むわけにはいかない。お腹が満たされたところで、手持ち無沙汰になった。
食堂の隅に移動し、竪琴をいじる。横に、ヴァンさんが来たので質問してみた。
「なにを盛り上がっているんでしょ?」
「ああ? そりゃ、ひでぇ緊張から解放されたからなぁ」
「緊張?」
「心当たりがねぇとは言わせねえぞ?」
大元凶は偽物が現れた事だが、あとは、アンゼリカさん?
「ぶあっか。オメェもだ!」
「えぇ? 自分は単なる被害者でしょ?」
「このっ、このっ!」
髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。
「ひどい」
「なぁにが「ひどい」だ。こっちの気も知らねぇで、どんだけ騒ぎを起こせば気が済むんだ?」
「だぁから、なんにもしてないでしょう」
がすっ! 殴られた。
「模擬戦! その後! それから、あそこの姉弟! しまいにゃ、昨日の宣言! 心配ばっかり掛けやがってこの野郎!」
「えぇ? ジルさん達はかんけいな」
ごん! またもげんこつが落とされた。
「・・・おめぇ、今、なんて呼ばれてるか知ってるか?「竜の求婚者をボコった最強ハンター」ってな」
げっ。
「あっ、あれは! そもそも街道を混乱に陥れた考え無しに教育的指導をしただけで、それがなんで」
「だがな。泣かせた事に違いはあるめぇ?」
「それも全部ジルさんが!」
「あ、き、ら、め、ろ!」
締まってます、首、締まってますぅ〜。
「あの、僕もアルファさんの隣で〜っ」
すねを蹴り飛ばした。またも涙目になるジルさん。
「ほれみろ」
勝ち誇ったようにのたまうヴァンさん。ああ、ここにも酔っぱらいが一匹。
「まだ、練習は足りてませんよ?」
「そうなんです、難しいです」
「当たり前です。すぐさま弾けるようになるんだったら吟遊詩人の商売上がったりです。そもそも、音も出せないうちに、曲を弾こうとするのが間違いです。それぞれの弦で、一番いい音が出るところを指で覚えて、それからです」
「う、はい。先生」
だぁれが先生じゃ!
無視して、竪琴を弾く。この調子で相手をしていたら、ここにいる人達をまとめてこんがりとやってしまいそうだ。
お気に入りの曲にする。偏屈魔法使いと魔法を掛けられた女性のラブストーリー。
前世で彼氏無しだった自分が言うのもなんだけど、それでも「いいな」と思う人はいた。ただ、すでにふさわしい彼女がいた、というだけの話。あの映画のラストシーンのように、二人が幸せそうに微笑みあう姿をみて、自分も嬉しくなった。それだけのこと。
そりゃ、転生してから、そういうオイシイ展開も期待しなかった訳じゃない。が、どこか残念な男性達ばかりで・・・。それとも、高望みしすぎなのかなぁ。
うん。ちょっとは落ち着いた。
顔を上げると、とろけそうな微笑みを浮かべたジルさんがいた。
な、なによ。
周囲の騒ぎも鎮まっている。なんだなんだ?
一瞬の間を置いて、
「あるふぁさんっ、さいっっこー!」
ディさんが拳を突き上げて絶叫する。
「「「「うおぉぉぉぉっ」」」」
「「「「あねごぉーーーっ」」」」
・・・阿鼻叫喚、復活。
・・・まだ出発しない。一日を何話かけて書いているのかな。おやぁ?
ちなみに、作者がセルフ受けした一言は「アンゼリカ菌」。ひょこっと湧いてきました。




